20 地獄の馬車から脱出せよ
私ことアリスティアは現在馬車の中に監禁されています。
勿論盗賊に捕まったとかじゃありません、犯人はアリシアさんです。先の銀狼との戦いで私が大人しく馬車に乗ってるのは不可能と判断したらしく強権を発動し私の手足を拘束、口にはハンカチを入れられ馬車の中の椅子に座らされてます。気分は誘拐された令嬢?
「どうやらお嬢様に自制と言う概念が無いようですね。このままじゃ安全に王都オルトアに行けません。不自由ですが自分の自制心が足りないのですから我慢してください」
「むぐ…ふむう…むぐぐ」
返事出来んがな。
「ああ何といや…コホン。口まで塞ぐ必要はありませんでしたね」
「ぷはぁ‼最初から分かる事でしょう。それにこれは反逆、王族弑逆罪に該当しても文句は言えない。即刻解放を要求する」
「王妃様の許可状ではこれも十分許容範囲ですので無罪です。私の日頃の行いが良いって事ですね。信頼の差とも言えますが」
ぬぐぐ。何を言ってもアリシアさんは取り合ってくれない。本当に動けないんだけど。いちお縛ってる所の下にはハンカチを巻いて跡が付きにくくしたりきつくないように縛られてるけど逃げれるほど緩くも無い。
こうなっては私に出来る事は無いだろう。クート君はサイズ的に馬車に入れないので助けてくれないし魔法は制御に難がある現状、杖が無いと使いたくない。多分治せるけど紐を手ごと燃せるほど自虐心を持ってはいないのだ。
こうなっては仕方ない。最後の手段で脱出しアリシアさんには大人しくなって貰おう。
「ごめんなさいもう二度と悪い事はしません(嘘)。オルトアに着くまで一言もしゃべらないし動かない」
「え!」
急に大人しくなり黙りだした私にアリシアさんは慌てるけど私は何も喋らない。大人しく座ってる。元々動くのはそこまで好きじゃないのとこの後の為に今は座して待つべき。
「あ…あのお嬢様?別にそこまでしなくても大丈夫ですよ。もっとお喋りとかしながら…何か話してください~」
「……」
無論アリシアさんが折れて私を解き放つまで何も反応しませんとも。
そして無言開始から30分程でアリシアさんが折れた。チョロインですね。
「分かりました。もう分かりましたから何か言ってください。紐も外しますから~‼」
「許してくれるの?」
「勿論です。今後はこんな事はしないでくださいね」
やっと話し出した私に笑顔を向けながら私を解放するアリシアさん…掛かったな!
「スリープ」
「え?……」
私は紐を解かれるとすぐさま脇に置いていた杖(アリシアさんは持ったら攻撃を受けるので他の場所に置けなかった)を取り眠りの魔法をアリシアさんに放った。
【スリープ】はただ相手を眠らせる魔法で特に害は無い。ミスをしたとしても眠る時間が長引くだけらしいので特に問題は無いだろう。
「私はもう乗り心地の悪い馬車生活はしたくない。だから大人しくしててね」
アリシアさんを黙らせる事に成功した私はゆっくりとアリシアさんを横にする。これって意外と大変だ、私は子供だから大人のアリシアさんがもし椅子から落ちてたら椅子の上には上げれなかっただろう。
「総員停止‼」
私は窓から顔を出すと護衛の人達に停止の指示を出す。目的はこの馬車の改造だ。これ以上この不愉快な乗り物には乗っていられないので私好みに改造してやろう。
「姫様?どうかなさいましたか?」
護衛隊の隊長が跪きながら私に聞いて来る。今は仕事モード…きっと急な襲撃で彼等も錯乱してたのだろう。だって今は普通の人達だし。
「馬車を弄れる人は居る?」
「はい。兵士兼技師が2名おります。それがどうかなさいましたか?」
「これから馬車の改造を行います。アリシアさんを眠らせたので馬車から降ろしてください。それと馬車と馬の連結も外してください」
この時代、馬車の故障はよくある事だと思ったがやっぱり技師も同行してましたか。これなら予定より全然時間が掛かりませんね。
護衛の人達も私の普段の行動を知ってるらしく特に何も言わずにアリシアさんを馬車から降ろし近くの木陰に寝かせ馬と馬車の連結も外してくれた。特に危険がある訳じゃないので止める気は無いみたい。多分危険なお願いだったら馬車に戻されただろう。
「それで馬車をどうなさる御積もりで?」
隊長さんは作業終了の報告と共に私に問いかけてくる。
「浮遊馬車に改造します」
「え?」
私は馬車に杖を向け【フライ】の魔法で馬車を浮かせる。そして浮かせた馬車を横向きにすると車輪と車体を繋ぐ部分を【ウィンドカッター】で切り裂く、そして馬車をゆっくりと降ろす。
「荷馬車から竜骨と魔玉を4つ持ってきてください」
「え?…あ!はい」
近くに居た騎士に頼む事じゃないけど竜骨は大きいのだから私じゃ持てない。元々少しずつ使う予定だったけど意外と使い道が無いので一気に使おう。
私は待機しつつ目の前で馬車が壊れるのをポカーンと見ていた人達の方に行くと自分の希望を伝える。
「これ…出来ますか?」
「斬新ですね。この程度の加工なら今からでも出来ます。しかしかなり豪華な馬車ですなこんな竜骨の使い方は聞いた事がありませんし考えれたとしても竜骨の貴重性から実現なんて出来ませんよ。これは我等に取って栄誉です。こんな事親父達にすらやった事が無い」
話を聞くとうちの国の工房ギルドで一番腕の良い職人の次男らしく父親すらやった事の無い手法に興味津々でかなりテンションが高まってるみたい。直ぐに作業に取り掛かるとの事。
私は私で魔玉の加工があるしアリシアさんが起きる前に作業を終わらせないと…大変な事になってしまう。きっとアリシアさんの折檻を受けて作業どころじゃないと思いますが私の成果を見せればきっと私が正しかった事を認識して私に対する無礼な行為を泣いて謝る事でしょう。胸が高鳴りますね、私はまだ縛られた事を許してはいないのだ。慈悲は無い。
「私は作業を始めるから終わったら教えてください」
「了解です。最速かつ丁寧に仕上げさせていただきます!」
もし私の表情がもっと柔軟に動けばあの人達みたいにニヤニヤしてたでしょうが残念な事に無表情です。どうやって表情を動かすのかすら覚えていない有様です。
「姫様…その侍女殿を拘束しなくてもよろしいのですか?起きると作業どころでは無い気がします。作業終了まで動けないようにしておいた方が…」
「多分無駄だと思う。鎖でグルグル巻きにしても普通に出てくると思うから」
「一体何者なのでしょうね……」
私もアリシアさんの過去はよく分からない。お父様の冒険者時代にパーティーを組んでたらしいけど前後に何をしてたのか教えてくれないし年齢を聞くと私のほっぺに猛攻撃をしてくるので何も聞けないのだ。しかも実力はかなりあるので私に回避の二文字は無い。だから拘束は無理だろう。流石にお父様みたいに鎖を引きちぎったりは出来ないだろうけど。
さて私も作業を開始する。作業自体は今の私ならそこまで難しくない。魔玉に【フライ】を込めるだけだ。だが効率と効果を考えると風の精霊の力を借りよう。だって土と光しか普段使わないし。
「お願いできる?」
―オッケー何時デモイケルヨ―
私と風の精霊の二人で魔玉にフライを掛ける。本来1つでも大丈夫だろうが複数にする事で各魔玉の魔力消費やいざと言う時の補助の為4つの魔玉に【フライ】を込め馬車の底に配置する。ここまでは私の仕事だ。
当然配置後のバランス調整が一番難しいのだが精霊は普段浮かんでるのでそこら辺の計算は得意らしい…偶に壁に突撃してなかったっけ?
「ふむ」
「姫様…完……成しま…した」
作業が終わり馬車の裏に魔玉を魔法ではめ込むと後ろから技師の人達の声が聞こえたが振り返っても誰も居ない。何それ怖い。
「こっち…です」
下から聞こえてきたので下を向くと技師の人達が倒れてた。勿論見えてましたよ私の視線は低いですから。ちょっと大人気分を味わいたかっただけですよ皆子供扱いしかしないので。
「出来た…の?」
何か2人とも悟りを開いた顔をしてるね、この短時間で何があったんだろう。
「最高の仕上がりですが硬かったです。人生で一番充足しました」
仕事に満足して悟りを開いたらしいけど君達はそれの取り付けが残ってるのでそこでヘバってると困るんだよな…【ヒール】で治してもう少し頑張ってもらおう。
「まだ終わって無い。これの取り付けをお願い」
「ハハハ…俺はまだヤラネバならないのだな…まだまだだな。これを完成させれば終わりだと思ってたんだ。まだ…終わりじゃない」
そしてよろよろと作業に掛かり全ての作業が終わったのはアリシアさんが眠ってから3時間半後だった。
「完璧…これが馬車の目指すべき頂」
「俺達はやりきったんだ」
「ああ完璧だな」
「一見ソリの上に箱があるようですね。このソリ部分は何の為に有るのですか?」
「これが下から魔物が出てきたらソリ部分で攻撃して馬車の破損を防ぐのと浮遊が何らかの原因で出来ない時に安定して地面に下りる為の物」
「確かにこれで轢かれたらゴブリンなんて挽肉ですね」
騎士の人達も技師の人達も満足みたいだ。これなら地形に関係なく馬車は揺れない…素晴らしい物を開発してしまった。量産できれば著作権だけで暮らせそうだ。お金に困って無いけど。
「これで私はまた大魔導士に近づいてしまった」
ふと零す私の夢。だがこの幸せな時間は終わりを告げた。
「お嬢様?」
背後から殺気が!護衛の皆さん敵襲です!
「そこの阿保共は一歩でも動けば大事な所を切り落とします。嫌なら下がりなさい」
その一言で護衛の人は青褪め私から離れる…え?
「職務放棄は死罪」
「すみません姫様。俺達…侍女殿に従うよう命令されてるんです」
「さあ姫様~こちらへいらしてください」
何故だ!何故こんな素晴らしい事をしたのに…一体何故‼
「に…逃げ…」
「捕まえました♪」
その後の記憶は曖昧だった。ただ白い空間でテトの阿保が着替えをしててキャーってしてたのを見た気がする。性別は相変わらず分からなかったけど。




