199 王家の歴史 ①
「ここだ」
お父様とお母様に連れられてきた場所は王城の謁見の間だった。
「かつてここで初代国王が演説を行った。アーランド王国の始まりの場所だ。そして初代国王はここで死んだ。今の城が出来る前はここが王の寝室だったんだ。
そして初代国王の遺言でここに謁見の間を作った」
そう言うと、お父様は国王の玉座の横にずらす。
「初代国王の墓が秘匿されている事は知っているな? 実は謁見の間の下にある」
確かに歴代の王家の墓は存在するが、初代国王の遺体はそこには無い。王国の謎としては有名だ。但し、殆どの人が何も言わない。特に長命種は多分知ってるのだろう。絶対に口を開かない禁句的な物だ。
「だから城の改造でも謁見の間の地下は弄っちゃ駄目だったんだ」
「そうだな。流石に秘密の部屋の事は教えられん」
「いや、空間がある事は知ってたけど」
城の改造時に不審点が有ったし。綿密に調べた訳じゃないが、空間の存在は知っていた。
「そ、そうだったのか」
全く知らない物だと思ってたお父様も顎を掻いている。普通に怪しい空間があれば分かるでしょ。
「まあ良い。兎に角初代国王の話だ。
何故その遺体を秘匿する必要があったのか。それは国王では無く、女王だったからだ。生涯人前で鎧を脱がなかった初代様は死後も自身の秘密を守る為に遺体を封印した」
「でも、何で謁見の間の下なの? 」
普通もっと分かりずらい場所に隠す物でしょう。
「まあ、自分が謁見の間と言う人の出入り。特に他国の人間が来る場所に眠っているとは思われないと言うのが一点。
次にここが王国の始まりである事。そして最後は自身の生まれを秘匿する為だ」
「生まれですか? 確か初代国王……いえ女王は旅人だった筈では? 」
お兄様が私も感じた疑問を訪ねる。
「違う。ここからが王国の歴史の影だ」
嘗てこの大陸には多くの種族が比較的平和に暮らしていた。
争いが減る事で急激に数を増やした普人。
獣人やエルフにドワーフ。そして更に少数種族。
そして今はこの大陸から消えた魔族。
それは約600年近く前の事だった。爆発的に数を増やした普人であるが、彼等は大陸では劣勢だった。
力では獣人に及ばず、魔法でエルフに劣り、手先の器用さではドワーフに劣る。
更に翼人種のように空を飛んだりも出来ない。
エルフとドワーフと獣人は多種族の中でも主要種族と言われ、他の少数種族を纏めて幾つかの国を持っていた。そしてそれらの国家は総じて普人国家よりは豊かだった。但し、圧倒的な国力ではない。多種族の主要3種族の中でもエルフとドワーフは長寿であり、子供も少ない。人口的には数が少ないのだ。
半面魔族は別だった。エルフに匹敵する魔法を使える者や獣人に負けない身体能力を持ったもの。種族としての纏まりは無くても1国に集中する事で大陸で最大の勢力を誇った常夜の国と言う魔族の国が有った。
そこは魔族の中でも最も力の有ったバンパイアが王として君臨していた。
魔族は魔物に近い容姿の者も多く、長年迫害の対象であったが、バンパイア王がそれらの勢力を吸収する事で国家を大きくしたのだ。
「だが、バンパイア王は賢王であった。過去は過去として普人や他の種族との付き合いも普通に行った。これと言って優越感を示す男ではなかった。
しかし魔族は強すぎた」
常夜の国には2つの同盟国が有った。シルベニア王国とアバロン王国だ。どちらも魔族を含む多種族とは融和路線の政策を取っていた。
シルベニア王国は土地柄的に耕作が難しく、半ば常夜の国に逆らえない情勢であったが、実際はバンパイア王とは親友であり、互いに護衛もつけずに酒を飲む程信用していた。
アバロン王国も仲は良かったが、流石にそれ程では無かった。普通の友好国である。
3ヶ国は仲も良く、政治的にも安定していた。しかし、当時正教内で派閥抗争が勃発。勝利したのは普人優越主義を唱える聖教派であった。
普人優越主義とは全ての多種族は普人の失敗作であり、普人に劣る存在だと言う考え方だ。これに3ヶ国は猛反発した。
「特にアバロン王国とシルベニア王国の反発は凄まじかった。即座に普人優越主義に染まった国と断交するほどだった」
そうして大陸は普人とその他の勢力に別たれた。更に不味い事に当時は多種族の繋がりが殆ど無かったのだ。
ドワーフは世界情勢に興味など無く、如何に自分達の技術を磨く事しか考えず、獣人に至っては国が殆どない草原の部族だった。
エルフも今以上に保守的であり、普人に抵抗する同盟が作れなかった。
そして魔族も普人を――その繁殖力を侮っていた。対立しつつも戦争は起きない。そんな時代が30年も続いた結果、普人の人口は多種族を圧倒していた。比較的数が多い獣人は一部の国家以外は部族で暮らしていたせいで数に限りがあったのだ。
そうして始まる人魔大戦。始まりはシルベニア王国が常夜の国に侵攻する事から始まった。
あり得ない裏切り。流石のバンパイア王すら狼狽えた。シルベニア国王は既に代が変わっていたが、自身も彼が赤ん坊の頃から可愛がっていた青年だ。
余りによくできた青年だったので、バンパイア王は彼を信頼しきっており、198歳の娘を嫁がせた程だ。
バンパイア族は200歳で成人だ。そして成人する前のバンパイアは陽の光に弱い。致命的なまでに。それでもバンパイア王は信頼の証として送り出した。
娘はバンパイア族の中でも一際美しく、見た目も十代半ば程だ。そして新しいシルベニア王とは恋仲であった。せめて後2年経って成人してから嫁に出すべきと唱える部下の主張を「普人である彼に2年は辛かろう。信頼の証として許す」とバンパイア王は成人前に嫁に出したのだ。それ以降は夫婦の仲も極めて良好であり、シルベニア王国の貴族も強国である常夜の国との関係強化を歓迎していた筈だった。
しかし、シルベニア王国も内部では魔族に対する恐怖が強まっていた。種として勝てない魔族。唯存在するだけで自分達を飼い殺しにするのではないかと思い、聖教と繋がる貴族が増えていたのだ。多くの貴族も代替わりしたせいで、長年の信頼が揺らいでいた。
「そしてシルベニア王国でクーデーターが起きた。融和派を唱えていた貴族、そして国王すら殺されたのだ。背後には聖教が居た。
連中は王を殺すと、妻であるバンパイア王の娘をバンパイア族でも禁忌の処刑方である陽光に晒す事で処刑した」
何も知らず、されど王として国を守る為にシルベニア王国に攻め込まねばならないバンパイア王。常夜の国とシルベニア王国の軍事力は決定的なまでに違う。直ぐにシルベニア王国軍は撃破され、王都を包囲する。
バンパイア王はシルベニア軍に何度も降伏勧告を出す。何か間違いが有ったはずだ。自分達が何かを仕出かしてしまったのなら今回の事は忘れてもいい。
されど殆どの軍は降伏しなかった。しかし、一部の軍はバンパイア王を信頼していた為に降伏。そして真実を知ってしまった。
先代から託された若き王は……自身の娘は既に殺されて居る事。そしてシルベニア内部には既に聖教の勢力に乗っ取らた事。
バンパイア王は激高した。
「我々が何をした! ただ存在するだけが、存在自体がいけない事なのか! 」
他の魔族も激高した。信頼していたシルベニアの若き王を、自分達が大事に育ててきた王女を殺されたのだ。
しかし、常夜の国は既に世界の敵であった。
魔族は長年の友好国すら滅ぼそうとする。聖教はバンパイア王を大陸の敵として発表した。シルベニア王国から侵攻した事は全く発表される事は無い。
信頼出来ない種族。例え和平を結んでいても何時かは裏切る。だから滅ぼそう。大陸中の普人国家が連合を組んだ。
圧倒的な数で攻め込んで来る普人の連合軍。今度は魔族が劣勢になった。そして聖教は聖別を行った光の剣を携えた勇者にバンパイア王は遂に打ち取られる。
象徴を失った魔族は瓦解。バンパイア王と言う圧倒的カリスマを持った王が存在した事で多くの魔族は纏まっていたのだ。故にバンパイア王を失った常夜の国の混乱は凄まじく、数での劣勢もあり滅亡も目の前になった。
その時でも常夜の国を見捨てなかった国が存在した。アバロン王国であった。
大陸の歴史でも常夜の国を上回る悪評を持つことになる。アバロン王国は国土の3方面を包囲されて尚、抗う事を止めなかった。寧ろ3方面作戦を展開せざるおえないアバロン王国。背後の常夜の国も崩壊寸前であっても侵攻する全ての軍を返り討ちにしていた。
「そしてその国こそアーランドの始まりの国だ」




