195 王女一本釣り
「こんな場所しか空いてなかった……」
拓斗は即座に行動に移した。既に調理器具を用意し、店舗を探した。お菓子の激戦区である王都ではお菓子用の調理器具はかなりの数が出回っているので、そこまでは容易であった。しかし、店舗が問題であった。
王都はお菓子の激戦区である。そして王都全体が再開発が進んでいる。良い場所の店舗は既にお菓子屋が建っているのだ。結果として拓斗はスラムに近いボロボロの店舗を手に入れるのが精一杯だった。
因みに他の異世界人は王国が保護して、宿で休んでいる。皇国での生活と逃亡生活のダブルパンチで殆どの異世界人がグロッキー状態なのだ。
「ひでぇな」
「まあ、伝手も何もないんだから仕方ないでしょ。和仁はさっさと掃除して」
舞と和仁は店舗の掃除を行う。一応掃除をされていたようだが、元が酷すぎた。
しかし、開店すると直ぐに客がやってきた。
「美味しそうな店が出来てる! 」
子供達である。しかし舞達の表情は鈍い。プリンは卵をかなり使う関係で値段もそれなりにする。王都の基準では強気の値段だ。子供が気軽に買える値段ではない。
「お兄ちゃん3個お願い」
「大丈夫か? 」
思わず和仁が子供の財布を心配する。
「ああ、俺達働いてるからお金は大丈夫だよ。つーか、ここに店出してるんだから俺達目当てじゃないの? 」
子供達は元スラムの子供であり、現副王商会連合の副王工房――つまり魔導具の制作を行っている子供だ。下手な大人よりも収入が高い。当たり前のように財布には銀貨が詰まっていた。
「すげえ国だな」
「兄ちゃん外から来てたのか。それじゃ知らないのも仕方ないね。
俺達姫様の工房で働かせて貰ってるんだ。給金も結構貰ってるんだぜ! っていうかこれ美味い! お土産も買っていこーぜ! 」
子供達はあっという間にプリンを完食するとお土産も買って店から出ていく。
次の日からは行列が出来た。子供達が他の子供達にプリンの事を話すと他の子供も店に来る。そして副王家の警備隊達も興味を持って買いに来る。その数が凄まじく、直ぐに売り切れるほどであった。
そして三日もすると王都の隠れた名店として知られるようになってしまった。お菓子の激戦区である王都には専門の機関紙まで発行されている。即座に記者が記事にしたのだ。
そして開店4日目ついにアリスティアが現れるのだった。
ギルバート視点
「おのれ勇者……」
ギルバートは暗部からの報告書を睨みつけていた。内容は拓斗達がお菓子屋さんを始めた事。そして、そこは副王工房近くであり、既に人気店になっているという報告だ。
この数日ギルバートは頑張った。元々一か所に留まらないアリスティアを王都に出さないように誘導していたのだ。
出来ればアリシアを仲間にしたいのだが、ここ数日アリスティアがひよこの如くアリシアの後ろを歩いていた(気分)の為、拓斗の事が話せていない。
時折アリスティアは謎の行動を取るので仕方ない。
「ふ、おおお! 私のお菓子センサーが強大なお菓子の反応をキャッチした。直ぐに買いに行かなくては! 」
今の今まで書類仕事を猛スピードで熟していたアリスティアが立ち上がる。
不味い。ギルバートはそう思った。
アリスティアのお菓子に対する情熱は第六感を開花させるほどだ。今見た資料に乗っていた勇者・拓斗のお菓子屋に反応した可能性が高い。
しかしギルバートには切り札がある。
「ちょっと王都に行ってくるね」
執務室を出ようとするアリスティアの前に天敵が道を塞ぐ。
「どいてマダム・スミス」
「執務中ザマス」
アリスティアの天敵であるマダムを配置しているのだ。
「書類なら終わってる。私はお菓子を買いに王都に出る」
「終わったならば次はダンスと礼儀の教育ザマス」
アリスティアはファインティングポーズを取る。
「戯けた事を。私は既に魔導師と呼ばれるに相応しい存在。例えマダムでも私の前に立ちはだかるのならば、我が覇道の前に散って貰う」
分身が魔法王国の魔導師に勝利した事でアリスティアの鼻が天高く伸びているようだ。普段ならば萎縮するアリスティアはまるで虎の前で威嚇するハムスターのようにマダム・スミスを威嚇する。
当然ハムスターの如き覇気しかないのでマダムには効かない。
「まずはお言葉使いから再教育ザマス」
マダムが乗馬用の鞭を改造した教育用の鞭を取り出す。それを見たアリスティアは一歩下がるが、己を奮起させ恐怖心に打ち勝つ。
「仮にだ。仮にマダムの鞭が強力であったとしても、私のこの愛銃の前には! 」
アリスティアが腰のホルスターから愛用の拳銃を抜いて自分の方が優位であるとアピールしようとしたらマダムが鞭で叩き落す。
アリスティアは真っ赤になった己を手を涙目で見ている。しかし折れない。今度は別の手でもう片方のホルスターから銃を抜く。
「さっきは油断して! ごめんなさい! 」
再び鞭で銃を叩き落されるとアリスティアの心が折れる。
その時執務室にノックの音が響く。マダムの視線がそれるとアリスティアは壁際に退避し、寝ていたクートを盾にする。
「「「あの~すみません。追加で書類お願いします」」」
メイド3人組が大量の書類を持ってきた。当然アリスティアの熟すべき書類の追加だ。
「続きをするザマス」
「ぐぬぬ……やはり魔導師じゃ駄目だ。私は大魔導士になって自由を掴むんだ」
アリスティアは渋々書類仕事に戻る。
しかしマダムの隙をついて逃げようとする。それも何度もだ。
例えば自分の机の床板を外れるように細工しており、そこから逃げようとする。飛び降りる前に捕まった。
壁に偽装されたどんでん返しを使って逃げようとする。そもそも封鎖されている。
天井から縄梯子で逃げる。のぼる前に捕獲される。
結果としてアリシアの膝の上に座って書類仕事をする事になった。あり得ない事だが、後ろから抱きしめて拘束するのが一番だから仕方ない。マダムが拘束すると仕事すら出来なかった。と言うか泣いた。
「お菓子が……お菓子が待ってるのに」
「仕事と勉強が終わってからザマス」
「それじゃ売り切れちゃう! 」
未だにアリスティアは諦めていなかった。
そして好機が訪れる。ギルバートへの追加の書類が届き、マダムが執務室のドアを開ける為に後ろを向いた瞬間、アリスティアは机に隠されたボタンを押す。
するとアリスティアの椅子の背後にレールが床から出てくる。そしてアリスティアの椅子が傾くと同時に窓が開き、アリスティアとアリシアは椅子事射出される。
「去らばだマダムよ~~~ 」
椅子は結界を素通りすると、パラシュートを開いて王都に落下していった。ギルバートもポカンとしていたが、はっとして外の騎士を呼ぶ。
「アリスを直ぐに連れ戻せ! 」
「直ちに! 」
騎士達は走り出した。
アリスティア視点
私は己の直感に従い歩いている。いや、着陸後に椅子を回収し、クート君を召喚して乗ってるので、歩いているのはクート君だ。
全く城の結界を作ったのは私だぞ。転移も素通りも思いのままだ。まさか執務室にカタパルトを設置してるとは誰も思うまい。私の天才的策略は自画自賛しても良いレベルだと言えよう。
「帰ったら怒られますよ……」
「後の事はその時後悔すれば良い。話の通じないマダムには良い薬だよ」
「激怒してると思います」
愛用の拳銃を執務室に残してきたので(没収された)、私は予備の銃を両腰のホルスターに差し込む。これで王都を騒がせる変態が出てきても対処できる筈だ。変態より銃の方が強いに決まってるからね。
クート君がフンフンを匂いを嗅ぎながら歩く。知らない匂いに興味津々なのだろう。
「ところで場所は分かっているのですか? 」
「無論私の第六感が知っている」
一時間後……迷ってないし。唯、ちょっと再開発が進んで道を間違えただけだし。
私はようやく店にたどり着いた。そして、たどり着くと副王工房から歩いて5分程の場所だと気が付いた。別に迷ってないよ? 普通に行けば城から20分くらいだけど迷っては居ない。唯、再開発のせいで王都が知らない都市になりつつあるだけだ。
「こんな場所に店を建てるとは強気ですね」
未だにスラムは治安がよろしくない。無論再開発の恩恵でかなりのペースで治安は改善されているが、ここまでスラムに近い場所に店を構えるのは勇気のある店主だ。
私が店に近づくと案の定少し行列が出来ていた。私の研ぎ澄まされた直感に間違いはない。あの店には私の直感を刺激する素晴らしいお菓子が販売されているのだ。
「姫様だ」
「もう姫様が来たのか…」
私が来た事に客が騒然とする。まあ、何時もの事だ。
知らない間にお菓子の評論家みたいになってるからね。最も語呂が少ないので評論家にはなれない。美味しいか否かしか分からないもんね!
私は行列に並ぶ。どうやら客の案内は居ないようだ。恐らくそこまで人を雇う余裕が無いのだろう。ここまで立地の悪い場所に店を構えたのだ。懐も相応だろう。
しかし大丈夫だ。美味しければ客が来るのだよ。
そして30分程並ぶと漸く私は店の商品が看板が見えた。人が多すぎて商品の書かれた看板が見えなかったのだ。しかも店の上に大きい看板すらなかった。
「獅子堂製菓店……これって俊明小父さんの店じゃ……」
「知ってる店ですか? 」
アリシアさんが不思議そうに尋ねる。
当然知っている。拓斗の親戚が家族で経営してるお菓子屋さんと同じ店名だ。
確か家族5人で経営していて、県外から客が来たり、稀にマスコミが来たりする地方の名物店だった筈だ。
一押しはプリン。前世の私のオヤツになる事の多いお菓子だった。因みに凄く美味しい。
しかし、この店に入るべきか入らざるべきか。俊明小父さんは前世ではそれなりに交友が有った。と言うか結構店に通っていたので顔見知りだ。
私は自分の顔を思い出す。今と前世だ。言うほど違いは無い。髪と眼の色を変えれば若干変わった? 程度の違いだ。つまり、俊明小父さん異世界転移していた場合、私が身バレする可能性がある。
でも、俊明小父さん以外の家族ならバレない可能性がある。小父さん意外とは全然話した事無いからね。
「グヌヌ」
迷う。プリンは欲しい。超欲しい。出来れば1000個単位で定期購入したい。それに俊明小父さんでも、向こうの情報は気になる。私が居なくなった後の事は私も知りたい。
数秒悩むと周囲が静かになっていた。
「ん? 」
「入らないのかい? 」
後ろの人が問いかける。どうやら私の番が来てしまったようだ。入らないのを不思議に思われたのだろう。
「良し、女は度胸と言うし入ってみよう」
「はぁ…」
困惑気味のアリシアさんを引き連れお店に入る。プリンを求めて。
「店主、プリンを所望する! 」
「いらっしゃ……え? 」
「ん? 」
中で働いているのは何処となく見た事のある青年2人と女性。
一人は拓斗に似ている。俊明小父さんの子供は割と太っているので別人だ。と言うか小父さん自体が拓斗と似てないし。
一人が筋肉の塊だ。顔つきはヤクザ。知らない人だ。
もう一人が美女と言える人だった。何故か舞と同じ場所にぽくろがある。確かに舞にそっくりだけど、彼女はぺったんこ族なので別人だろう。
拓斗に似てる人も違う筈だ。彼の身長は私の胸程度であったはずだ(記憶の改ざんと前世の誇張)
「もしかして…アイリスなの? 」
舞に似た美女が私に近寄る。私は無意識に一歩下がる。駄目だ冷静になれない。
ここは何処だ? 地球に居る筈の人間が全く別人になっている。特に舞は絶対に別人だ。その胸についた脂肪が証拠だ。絶対に認めない。
だけど、私を見てアイリスと呼んだ。その名を呼ぶ人間は非常に限られている。この世界でその名を呼ぶ人間は居ない筈だ。
誰か分からないけど、前世の私を知ってる人だ!
「アリシアさんプリン300個買っておいて! 」
「ちょ、姫様! 」
転移で城に逃げる。私にはそれしか出来なかった。




