194 勇者と王女
拓斗は行き成り城を追い出されると、迷う事のない足取りで宿に戻った。
部屋には既に和仁と舞が戻っており、拓斗を迎え入れる。
「そっちはどうだった? 」
和仁達は拓斗が謁見中に王都を散策して情報収集を行っていた。
「確実にアイリスはこの国に居るぜ。しかも自重なしだ」
「そうね……でも難しいわよ」
和仁と舞も既に情報を掴んでいたようだ。
「そうだろうね。アイリスはアリスティアとしてこの国で暮らしてると俺は思う」
拓斗の言葉に2人は首を縦に振る。
「王女の側近でなく王女自身だと会うのは厳しいわよ」
「この国での王女の権威は盤石だ。下手に調べるだけで殺される可能性すらあるからな」
「その件なら女神の助力で暫く大丈夫そうだ」
拓斗は女神が神託を使った事を察知している。最も今の力の無い女神では大陸中に神託を下ろす事は出来ない。アーランドの神殿へランダムに神託を下したのだ。
「それなら良かった。ついでに朗報だ。貴族街にお前の家が建てられていたぞ」
「へ? 」
和仁の言葉に拓斗がマヌケな声をあげる。舞は普段と違うその様子にクスクスと笑う。
しかし拓斗が混乱するのは仕方ない。異世界に自分の家が建てられているというのだ。驚かない方がおかしいだろう。
「マジで俺の家? 」
「表札が日本語で獅子堂だったから間違いないだろう。因みに持ち主は王女。暫くはペットの家だそうだ」
既にシルビアからこれ以上のペットの増加は許さないと通告されたアリスティアは腹いせに自分の屋敷を建てさせているのだ。将来的には副王邸として使われるので無駄ではない。そして表札はどうせ誰も読めないと、そのまま使っているだけだ。
「ペットの為に屋敷を建てたのか……」
「どうやら凄まじい金持ちらしいな。この国の景気の良さも殆ど王女のポケットマネーを放出した結果だそうだ。
俺としてはアイリスがそんな事をするのか疑問だがな」
「私も同じ。あの子は国の為に何かをする子じゃないわ」
一人のポケットマネーで国の景気を底上げするのも凄まじいが、実際アリスティアの収入は正規の収入であれば大陸一である。因みに2位を桁レベルで引き離している。最も不当な利益を含めると順位が幾つか下がるのだが、それは別の話だ。
「まあ、転生して性格が変わってる可能性もあるし……まずは会うことを考えよう」
「それなら私に案があるわよ。王女は甘い物が大好物で、新作が出ると必ず店まで自分で来るんだって。多分お菓子屋さんでバイト的な事をしてれば釣れるんじゃない? 」
「それは俺も聞いたが、難しいだろう。王都の製菓店はかなりの数で、王女が来るほどのレベルは早々出来ないぞ」
アリスティアはお菓子に関してはかなりグルメな為、王都でアリスティアのおススメ印をゲットする為に苛烈な開発競争が勃発しているのだ。まさしくお菓子の戦国時代である。
故に下手な店に入っても会えるとは限らなかった。しかし、それを聞いた拓斗は閃く。
「いや、いける。アイの好物なら、まだこの世界に売ってない」
「あの子お菓子好きだっけ? 」
「やべえ、クソ不味いコーンフレークを無表情で食ってる姿しか思い浮かばねえ」
「実はかなり甘党だよ。食べなくても文句は言わなかったし、自分のイメージが崩れるからって2人の前だと好まないフリをしてただけだよ」
アイリスもアリスティア同様甘党である。但し、アリスティア程ジャンキーではない。
「よし、ここで獅子堂製菓店を建てよう。プリンでアイを吊り上げる」
「獅子堂製菓店って、あの限定プリンの店でしょ! 私何時も売り切れで食べたことない」
舞が興味津々に尋ねる。
「ああ。アイに食べさせたいと密かに叔父さんに教わっていたんだ」
拓斗の親戚が経営する獅子堂製菓店は小規模な店ながらも何度もメディアに取り上げられる地方の人気店であった。そしてそこの名物プリンはアイリスの大好物の一つであった。
私は転移で神殿に移動すると、枢機卿との会談を行っていた。事前に連絡済みなので待つことは無い。寧ろ、神殿の入口で多くの神官が待っていた。当然枢機卿であるヨークさんもそこに居た。
彼はタヌキの獣人である。
「わざわざご足労頂き申し訳ありません」
「大丈夫大丈夫。私って意外と暇だし」
後ろでアリシアさんが「っえ! 」と驚く。いや、今は暇だよ。明日は忙しいかもしれないけどね。
取り合えず入口で話すのも何だからと奥の部屋に案内された。
「面倒だから要件を言うね。この度正教には大聖堂を建てて欲しい」
「そんなお金が有れば孤児院の拡大に使いますよ」
きっぱりと断られた。ショボーンである。
「いやお金は私が寄付するし大丈夫」
「現状必要とも思えませんが? 」
いやいや、必要でしょ。正教の神殿初めて来たけどボロボロじゃん。これは神殿の維持費をケチって孤児院に回してるな。清々しいまでの清貧具合だ。
「でも王国はこれから益々豊かになっていく。正教も大聖堂の一つくらい国民も許してくれると思うよ」
「しかし予算は有限です。この国では未だ貧困に喘ぐ信者もいます。無論姫様のお陰で数はかなり減りました。しかし正教は弱者の救済こそが教義です。
大聖堂を建てて如何なさるおつもりですか? 」
「最近神官の人達が余所余所しいので関係改善。それと王国が豊かなのに、この神殿がボロボロなのは王国の面子に関わるよ。
だから資金は私が出すから大聖堂を建てよう。既に図面も場所も決まってる」
東京ドーム換算で2つ分程度の土地を既に確保している。
「成程。確かに余所余所しい神官も居ますね。ですが、姫様が悪い事をしている訳ではありません。寧ろ苦悩に喘ぐ人達を救済してくださった事には感謝の念しか浮かびません。
彼等はまだ修業が足りないのでしょう。それと大聖堂の件は了解しました。ここまでして頂いているのに無下に断るのは失礼になりますね」
何故かは明言してくれなかったが、私が直接何かした訳ではないらしい。なので枢機卿的には問題ないのだとか。寧ろ感謝された。
「それと王国中に散らばっている孤児院を王都に集めたいの」
「それは……」
「孤児達に教育を行いたい。将来的には副王商会連合で雇う事も既に幹部達から同意を取ってる。
一か所に集めて先進的な教育を施したい。今の王国だと地方の小さい孤児院まで教師を派遣出来ない」
孤児の雇用に関しては大歓迎だ。副王商会連合の幹部達も是非雇って欲しいと私に頼み込んできた。人材不足は深刻だ。
その言葉に枢機卿は立ち上がる。
「素晴らしいお考えです。きっと女神様も姫様の行いを称賛なさるでしょう! 直ぐにその様に動きます! 」
「おおう」
行き成り称賛されて驚いた。別に女神を喜ばせる意図は無いんだよね。スラム民だろうが孤児だろうが優秀な人間が絶対に混ざってる。更に平凡な人間でも需要はあるのだから発掘して磨いて欲しいだけだ。
取り敢えず正教との関係改善は出来たっぽい。神殿から出る時はかなりの数の神官が集まって笑顔で見送ってくれた。
「結局何が原因だったんだろう? 」
「姫様に非は有りません。馬鹿が騒いでいただけです」
転移で城に戻った後にアリシアさんに聞いても結局教えてくれなかった。
さて、次は生命の秘薬でも増産しておくか。設備が出来る前に在庫が凄まじい勢いで無くなるんだよ。だって貴族の婦人や令嬢も割と使うからね。
そう考えながら地下に潜ろうと考えていたらお兄様が入口で待っていた。
「アリス、少し良いか? 」
「何? 」
「君の前世での事だが、君に婚約者とか居なかったか? 」
シスコンお兄様はついに私の前世にまで興味を持ったのか! 流石に拗らせ過ぎだよ!
「シスコンも程々にした方がよろしいかと」
私とアリシアさんの非難にお兄様が後退る。
「ち、違うぞ。確かに居たら殺したくなるが、君の記憶が戻ってるのではと思ってな。最近うなされている事も多いだろう」
「否定はしないんだ。因みに『記憶』は戻ってる」
記憶は戻ってるが人格が戻っていない。
「それは……」
「私の前世はアイリス・フィールド。但し、転生の際に自分の魂を分解して再構築した。それが私。人為的に転生した存在かな? 」
「つまり君は前世とは別人という事か? 」
また面倒な質問をするな。
「同じ人間だと思う。但し、アリスティアとして生きた時間が長すぎるから、完全に同一人物とも言えないかもしれない。それに前世の人格は受け継いでいないしね」
そこが一番重要。何でか知らないが、私はアイリスの人格を受け継いで居ない。いや、理解は出来る。
あのまま転生すれば私は周囲を絶対に受け入れる事は出来なかっただろう。それは絶対だ。私だって転生されたら新しい家族を家族と思わない。私達はそういう存在だ。
「………帰りたいと思うのか? 」
凄いつらそうな顔でお兄様が問いかける。
「帰りたいと言う気持ちも、このままで良いと言う気持ちもある。行き成り思い出したせいで混乱してるのは事実。だけど帰る気はない。ここが私の家」
地球での心残りは私の周囲に残っていた人達だけだ。何時かは会いに行くかもしれない。舞とか和仁とか……拓斗とかね。
和仁は心配だ。少しばかり脳内を改造したから面白い事になってるかもしれない。知能がサルよりマシ程度だったから改造でもしないと教育出来なかったから仕方ないね。外科的な改造じゃないから悪影響は無いと思うけど。
それに舞には心配をかけただろう。あの子は優しいからね。多分『私』の為に泣いたかもしれない。それと両親の知り合い達もだ。
そう考えると前世では色んな人に迷惑をかけた気がする。
「そうか……」
お兄様は何かを考えると納得した。
「ところで最近王都で変態の目撃例が爆発的に増えてるので暫く城から出ない方が良いだろう。
とんでもない変態だそうだ」
爆発的な数の目撃例があるのに捕まらないのか……




