191 プロローグ
帝国戦開始です。まあ少し先だけど。
そこはアリスティアの精神世界の一角。アイリスの魂の居る場所。
そこは嘗てのような世界は無くなっていた。風景は消え、既に屋敷しか残っていない。いや、それすら崩壊が始まっていた。アイリスの魂はアリスティアに吸収されてきたのだ。
「本当にこれで良かったのかい? 」
「私は終わった存在だからね。本来こうあるべきだったんだ」
既にテトと同じように自身の姿すら分からない程薄くなったアイリス。
「きっと次の私……あの子なら、私と同じ間違いはしないと信じるよ。
出来れば……出来れば、もう一度拓斗に会いたかった、な」
かつて全てを憎み、その憎悪で自身の未来を失った少女は消えていく。そして世界が溶け、消えてなくなる。残ったのは一枚の扉と一匹の犬。
モモニクⅢ。それはアイリスが自力で転生する際に余った魂を再構築して作った奇跡の存在。人が人でありながらに魂に干渉した証。
そして扉はアイリスの憎悪を封じた証だ。アイリスは己の憎悪を押さえきれなかった。その憎悪は自身を焼き尽くす業火である事に気がついても抗う事が出来なかった。
だからアイリスはそれをアリスティアに引き継がなかった。もし引き継いだら、アリスティアはアイリスの影になる。同じ幻想を永遠と追い求める哀れな道化になっていただろう。アイリスに制御出来ない物を生まれたばかりのアリスティアが制御出来るはずは無い。
「君には期待してるんだ。でもね、君には言っていないけど、君は邪神になる可能性を持っていたんだよ。
だから僕は君を選んだ。邪神を倒せる可能性を持っているからね」
かつてアイリスと同じ事を求めた人間が居た。彼は永遠の旅に出て、孤独に耐えきれずに壊れた。それが邪神の始まり。
そして、それと同じものが扉の奥に残っている。テトの嘘を見破り、家族を求める事を諦める事が出来ないアイリスの片割れはアイリスの思いもよらない存在になっていた。
モモニクⅢもアイリスもその扉を鎖で縛られた扉としか認識していない。しかしテトの眼には既に腐食が進み、何時こじ開けられてもおかしくない脆弱な状態であった。
諦めないアイリスがその中に居た。自分である筈の半身に不要として切り捨てられ、暗くて何も見えない闇に封じられた黒いアイリス。そうアイリスの憎悪だ。そして記憶だ。
本来なら何の力も無い存在だ。唯の記憶の塊に力は無い。しかしアイリスは神になりえる可能性持った少女であった。故に記憶だけになった黒いアイリスは同じく封印されていた禍々しい力を取り込んで自身の物とした。
その力は人には扱える筈もない暴走した力だ。しかし記憶だけの黒いアイリスはそれすら憎悪で塗り潰して支配下に置いた。
カリカリと扉を削る音が響く。モモニクⅢはアイリスの魂から作られた。その存在を感知出来ない。モモニクⅢはアリスティアを外敵から守る防衛システムだ。内部の致命的バグを把握できないし、出来ても魂の残骸から作られたモモニクⅢは魂の世界では極めて脆弱でしかない。対処する事も出来ないだろう。
「確か君の国には毒を持って毒を制すという言葉が有ったよね?
これまでの君の人生は穏やかであっただろう。でも、これからは違う。僕は全部見えてるからね。多くの欲望が君を襲い、大事な物を奪おうとするだろう。
君は選ばなければならないよ。アリスティア」
そう言うとテトは静かに消えていく。既に種は撒いた。これで駄目ならば、この世界に期待する事は何も無いだろう。
その頃拓斗はアーランドに入国していた。
検問が敷かれていたが、拓斗は自分の手配書を騎士に見せると、その場で騎士が大爆笑。糞な神官を殺した拓斗を称賛した。
「これで世界の害悪が少し減ったぞ。よくやった。
我々は君達を歓迎するし、保護する事も可能だ。寧ろ神官殺しを引き渡す筈がない。君達は何も間違っていないのだからな! 」
アーランドにとって聖教の神官は邪教徒であり、殺しても罪には問われない程の徹底ぷりだ。
実際アーランドでは普人主義者は如何なる権利すら認められていないのだ。
だからアーランドの騎士は拓斗にかなり親切にしてくれた。直ぐに王宮に通信を送ると、担当者も大爆笑する程の朗報であった。
余りの歓迎っぷりに拓斗達が訝しむ程である。
「王都までは馬車を出そうか? 」
「いえ、自分で色々と見たいので徒歩でも良いですか? 」
「構わんよ。見られて困るような事はしてないからな。
寧ろ君らは運が良い。今は最高に景気が良いから何処に行っても美味い物が食えるぞ」
アーランド経済はアリスティアパレードの影響で物凄い好景気だ。お陰で食べ物も充実している。金があると美味しい物が食べたくなる物だ。
拓斗は通行証と王城に入る為の推薦状を検問所の騎士で一番偉い人から貰えた。更に王都に着くまでに通る町や村の特産品や、美味い食堂に良い宿の情報までくれるほどだ。
拓斗達は久しぶりに宿でゆっくりしながら王都を目指す。誰に追われる事も無い旅は拓斗一行に安心を齎した。初めて酒を飲んだ拓斗は酒場で自分の手配書を落して、飲んだくれに見られた事も有ったが、称賛され、酒を奢られる程だ。どれだけ聖教が嫌われているか分かるであろう。
「しかしすげえ国だな。あいつ等も一応人間なんだが…」
聖教の余りの嫌われように和仁も呆れている。
「この国では聖教徒は人間じゃないのよ……と言うか、そうなる程中央でやらかしてるのよね」
迫害に奴隷化など好き放題の中央と、それを先導する聖教。改めて言う嫌われても仕方ない。
「モグモグモグモグ」
「こいつはずっと食ってばかりだな」
リーンはアーランドで初めて滞在した町で買い占めた甘味を貪っている。精霊に近しい種族である妖精族はアーランドでも珍しい上に敬意を持たれる。まるでお供えのように住民が甘味をくれたのだ。拓斗の異能の一つである収納も半分は甘味になる程貰えた。
「まあ何が凄いって他にもあるけどね」
「オーク相手にジャーマン決める奴は初めて見たぜ」
そうアーランドは戦士の国だ。
街道を歩いていると、自身より大きな荷物を背負った行商人がオークに襲われていた。拓斗達助けようと走り出すと、行商人は荷物を降ろし、オークに飛び膝蹴りを入れる。そして怯んだ隙に背後に回り込むとジャーマンスープレックスを決めて討伐したのだ。
オークの体重は200キロオーバーだ。300キロを超える個体も居るのにジャーマンスープレックスを決めた行商人はその場でオークを解体し焼肉を始める始末だ。
他にも村の子供がゴーレムの頭に乗りゴブリンの群れを追いかけまわして討伐していた。そのゴーレムは何故かモアイ像であった。
「イースター島の発端はこの国だったのか? 」
「普通に異世界人だろ」
何故かこの国では当たり前のように子供がゴーレムを出している。話を聞くと、操者の腕輪と言う魔導具でゴーレムが作れるようだ。そして形をイメージしないとモアイになるのだ。
更に驚いたのは魔物の強さだ。ゴブリンが弾丸のように回転しながらナイフで突いてきた来た時は流石の拓斗も焦った。そして魔玉も普通のゴブリンよりかなり大きいのだ。しかし子供のおこずかいである。
「でもさ、この国の上層部には」
「「絶対に異世界人が絡んでる。しかも絶対に自重しないタイプだ!」」
和仁の呟きに舞と拓斗の声がハモる。
王都に近づくと、街道がアスファルトで舗装されているのだ。更には鉄道のレールなども設置されており、この世界を知る異世界人達も困惑している。
そう、明らかにこの国だけ時代が違い過ぎるのだ。魔導具だってそうだ。子供でも当たり前のように持っている。
これらの事から拓斗達はアーランドの政府に異世界人の技術者が居る事を確信した。
「技術チートは洒落にならないぜ」
「この様子だと石油関連も使われてそうだな」
懐かしさと困惑を胸に抱えながら拓斗達は歩く。もはや観光に近かった。
そして王都が近づくと、更に困惑した。遠くに見える城壁。しかし、その城壁は既に解体が始まっている。そして新たに広げている新王都は広すぎた。完成すれば間違いなく大陸最大と言える大きさを誇るだろう。
この世界で一番大きい都市は帝国の首都である帝都だ。しかし、それすら比べものにならない程の土地を開発しているのだ。
違い過ぎる。自分達の持ってるこの世界の常識とはかけ離れている。
「シャベルカ―にブルドーザーもあるんだが……」
見慣れた建設機材も大活躍してる様は呆れるしかない。
そして土で出来たモアイ像が数百体程の隊列を組んで拓斗達の前を通り過ぎる。
新王都の城壁は低い。3m程だ。しかし、分厚い。中は土を入れて、表面をコンクリートで固めるだけだ。必要な土砂はモアイ像となって自分で移動する。便利過ぎる。
「ようこそアーランドへ」
王都へ入ろうと手続きを取ると、既に連絡が来てるのか、若い騎士に歓迎された。
こうして拓斗達はアーランドの王都にたどり着く