190 引き渡しと救われる人達
ある日アリスティアがベットでゴロゴロしながら休んでいると、ギルバートが訪ねてきた。
「アリス、例の飛空船の事なんだが」
「う? 」
「明日引き渡しの事だったが、忘れてたようだね」
アリスティアが飛空船を軍に引き渡す事を思い出し、ガバっとベットから起き上がる。
直ぐに担当の分身を呼び出し、話を聞くと呆れられる始末だ。最近は開発・量産を分身に任せてる弊害だ。
「既に最終点検も終わってる」
「例の件は? 」
「無論終わってる。現在王都の外側に仮設設置してあるから大丈夫」
アリスティアはドヤ顔でギルバートに振り返った。完璧だと言いたいのだろう。
ギルバートは苦笑いし、アリスティアの背後に居る分身は白けた目で睨んでる。
「古い飛空船は標的艦になるのは問題ないよね? 」
「既に老朽化が進み過ぎて使いようが無いからね。問題ないよ」
古い飛空船は武装飛空船とようやく完成した20インチ砲の標的艦になる事が決定している。
20インチ砲に関しては、一種のパフォーマンスだ。貴族達に見せる事で予算を取りやすくする目的がある。更に完成の暁には帝国恐れるに足らずと戦意高揚もある。現状では帝国と軍事力が違い過ぎる。将来本格的に帝国が軍を動かしても魔導戦艦が完成すれば容易に破れると思わせる事が可能だ。
因みに魔導戦艦は一隻を除いて地域砲撃艦と言う扱いだ。爆撃機に比べて大量の砲弾を降り注がせる事が可能な魔導戦艦は本来湾岸攻撃程度の戦艦でも空を飛べるので大陸奥地まで砲弾を降らせる事が可能だ。
むふん。10年あれば、アーランドは大陸最強の軍事力を持てるのだ! とアリスティアも鼻息が荒い。
アリスティアは大陸に統一国家を作るとか大きな野望は無い。王国にも無い。唯、望みは誰にも邪魔をされずに幸せに過ごしたいのだ。だから誰も侵攻してこれない圧倒的な国力と軍事力を望んだ。基本的に防御寄りの思考である。
そして次の日。
アリスティアは新王都の敷地内に入るが、今は何も無い広場に居た。そこには即席の演説台や椅子などが置かれている。
そして貴族達や軍人も多くが参列した。彼等の目に映るのは空を飛ぶ武装飛空船と陸軍用の輸送船だ。
武装飛空船は127ミリ単装速射砲を前後に2門ずつ積んでいるのが特徴であり、接近してきた敵用に自動化された20ミリガトリングガンも幾つも積んでいる。
そして強襲輸送艦は武装こそ無いが、速度は武装飛空船を超えており、船首が観音開きになる仕様だ。
「これこそが今日我が国で採用された軍用の新型飛空船であるビクトリー・クート号だ」
「「「「「………名前が」」」」」
貴族たちが同時に呟いたので割と大きい声になった。アリスティアが若干不機嫌になったが、ギルバートが今後完成する魔導戦艦を補佐する猟犬の役割である事を告げると、その場は騒然とした。
かつて大陸に覇を唱えた国が持っていた魔導戦艦。形式こそ全くと言っていいほど違うが、魔導戦艦と言う名を使うに相応しい船を作ってるとギルバートが宣言したのだ。
そして標的艦への射撃演習が始まる。
ビクトリー・クート号は標的艦にする為に修理された飛空船に対して横を向く。本来なら攻撃される範囲を狭くする為に、そんな事はしないのだが、標的艦から5キロ以上も離れているので問題ない。魔法もこの世界の大砲も5キロも離れれば射程圏外だ。一部魔法が届くが、それも防御結界で護られている武装飛空船にダメージは与えられないと説明される。
そして全ての主砲が標的艦に向くと、連発した轟音が響き渡る。思わず耳を塞いだり、驚いて後退る者まで出始めたが、標的艦は瞬く間に炎上し、高度を落す。そして墜落した。それはあっという間の出来事であった。
「魔導戦艦が本当に必要なのか疑問になる戦力ですな」
一人の貴族の呟きに同意する人は多かった。アリスティアはそれに反論する。
「魔導戦艦は地域砲撃艦だから別。敵の城塞を徹底的に粉砕するには更に大きい大砲が有れば楽なんだよ。
次は魔導戦艦に積む予定の20インチ砲の射撃演習を始める」
周囲の貴族達も気にはなっていた。武装飛空船に積まれた大砲が玩具に見える程強大な大砲だ。それがゆっくりと旋回し、別の標的艦に向けられ砲弾を発射する。
かなり離れているのに、貴族は殆どが尻もちをついていた。そして最初の砲弾は外れる。しかし次の砲弾が標的艦の中央に命中すると、標的艦が爆散した。
「火力が……違い過ぎる。確かに……これならば如何なる城塞でも打ち破れる……ハハハ勝てる、勝てるぞ! 」
圧倒的な火力に貴族たちは茫然だったが、一人が叫ぶと、殆どの貴族がアーランドを称えだす。そこに恐怖は無い。
アーランドは建国当初から大陸中央への恐怖が有った。元々中央で暮らしていた多くの他種族とそれに寄り添う普人が作り上げたアーランド王国。そして他種族を徹底的に迫害し、魔族に至っては大陸から追い出した中央。それは恐怖を生み出すには十分すぎた。
生きていける国は殆どない。だから戦争になれば死にもの狂いで抗うアーランド。彼等はそれが無駄ではなかった事を悟ったのだ。自分達の、そして先祖達の抗いはこの日、この瞬間を生み出す為の対価であった。
安くは無い。多くの将兵の命を対価に、発展と言う果実を対価に得た独立。しかし、武装飛空船と魔導戦艦が実戦配備されれば恐れるものは無い。
この日を境にアリスティアに対して疑問を持つ貴族は激減する。アリスティアは名実共に護国の一員として認められたのだ。
しかし、20インチ砲の撤去は面倒なので暫く放置……命中精度を上げる為に暫く設置したままになる事になった。アリスティア的には動いていない標的艦に初撃を外すのが我慢ならなかったのだ。そして、それは帝国に悪夢を見せる事になる。
その日は王宮で祝杯を挙げる事になった。アリスティアは逃走したのだが、行く手を阻む凶悪な教育者に捕まりドレスアップと言う拷問を受け参加する事になった。アリスティア激オコである。
そしてパーティーに参加したアリスティアも渋々だが、周囲の人間と会話した。前回と違い、多くの貴族がここぞとばかりに繋がりを作ろうとしてきたのだ。流石に準備不足もあり、アッと驚かせて誤魔化す事も出来なかった。
「姫様、なにとぞ、なにとぞ我等の願いを聞き入れて頂いきたい! 」
そしてパーティーも終わりに近づき、やっと終わりかと安心した時に彼等はやってきた。
アリスティアの前に跪く集団は頭部の偽装を取り外して頭を下げる。眩しいので辞めて欲しいと思うアリスティア。
「な、なにを? 」
「何卒……何卒『生命の秘薬』の御量産をお願いします! 」
「「「お願いします! 」」」
余りの熱気にアリスティアは一歩下がる。彼等は跪いたまま一歩進む。近寄るな。
「えっと、あの育毛剤の事? 」
「いえ! 『生命の秘薬』です! 」
「だから」
「『生命の秘薬』なのです! 」
「う、うん分かったから落ち着いて欲しい」
余りの熱意にアリスティアも了解してしまう。別に需要があるのならば構わない。彼等の熱意からある程度の市場があるのだと分かったアリスティアは途中で放置していた量産計画を再開する事を決める。
「とりあえず今あるのはあげるから落ち着いて欲しい」
「やったああああああ! 」
歓声が上がる。周囲で呆れていた貴族達も『良かったな』と彼等の肩を叩く。しかし、アリスティアから『生命の秘薬』を受けとった男の表情は厳しい。
「駄目だ……まだ使えない」
男は絶望したような顔で小瓶を震える両手で持っている。
「何故だ、秘薬は手に入ったではないか」
他の貴族が問いかけるように、しかし驚かせて瓶を落さないように慎重に肩を叩く。
「この秘薬を使う為には神殿が必要だ……そう神殿を建てなければ! 」
「「「「それだ! 」」」」
何やら見た事のある光景が生まれ、面倒事を察知したギルバートが逃げるようにパーティー場から出ようとするが、風のような速度で回り込まれる。
「殿下! 王宮に新しい神殿の建設許可を頂きたい! 」
「却下に決まっているだろう。獣人の件でも鬱陶しいんだからな」
獣人貴族の鬱陶しさに心底作らせなければ良かったと後悔しているギルバートは即座に却下する。
大事な妹を神格化しようと企んでる獣人に一部普人貴族が合流してみろ。それはギルバートの妹が女神か天使になってしまう。自分がアリスティアを天使のように扱うのは構わないが、他人がそう言う扱いをするのは気に入らないのだ。
「そんな酷いです。獣人は良いと言うのですか! 」
「そうです。我々普人にも希望を頂きたい。建設許可を頂けるのならば全ての予算は我々で出しますので」
彼等は獣人貴族のように生活を困窮させたいのだろうか? 獣人と違って家族の同意が取れるとは思わない。獣人ならば家族にも分かりやすい恩恵があるのだが、『生命の秘薬』の場合は違う。妻に怒られるだろう。
「いや駄目だ。私のアリスを神格化する奴は全員敵だ。断固として戦うぞ」
その言葉に獣人貴族が顔を逸らす。止める気はないようだ。
そして普人貴族たちが狡い狡いと泣く。そこに一人の貴族が肩を叩く。
「ならば我等の神殿を共に使おう」
獣人貴族が信者を獲得に来たようだ。その言葉を聞いた普人貴族が涙を流す。
「……良いのか? 」
「無論だ。我々は姫様に救われた言わば同志ではないか。共に仲よくしよう」
微笑みを浮かべる獣人貴族に涙を流しながら感謝する。
そして頭部に悩みを抱える貴族は神殿で一時間程祈りを捧げ、『生命の秘薬』を使う事になった。
更に銀のアリスティア像が祭壇に置かれ、最初から有ったクリスタル女神像(アリスティア似)は改修されアリスティア像になる。そろそろ正教は泣いて良い。既に女神に祈りを捧げているというスタンスまで捨て去ったようだ。対抗として少し大きめの女神像を正教が置いたが、目立つことは無かった。
更に新発見が訪れる。『生命の秘薬』と魔法の櫛の効果を一度に味わえるのだ。癖の強い髪を綺麗なストレートの髪に矯正する事も可能であり、逆も同じだ。つまり髪の長さも髪型も好きに出来るのだ。獣人神殿と呼ばれた神殿は美容の神殿と呼ばれ、多くの貴婦人達も通う人気の場所になった。ギルバートはぐぬぬ顔である。
アリスティアは数日後に施設を完成させ、『生命の秘薬』の販売を始めた。値段は銀貨5枚と言う破格の安さだった。原材料のポコポコ草は管理する必要が無い程生命力で溢れた雑草だ。人件費込でも恐ろしく安かった。
余りの安さに別の意味で泣いた貴族達だ。そして今後は銀貨5枚の悩みと呼ばれる事になる。
同盟国も即座に購入を決断。内部で一部貴族が強行に買うように動いたのだ。そして運送費などを込でも銀貨9枚と言う破格の安さであった。
効果の怪しい物でも金貨で10枚から100枚程する物が銀貨9枚と言う破格の安さ。しかも確実に効果があるのだ。
そして非同盟国も非公式に動き、アーランドから密輸する事になる。アーランドも中央の富をこの機に奪おうぜ! と黙認するどころか、王国主導で密輸する始末だ。そして非同盟国に売る価格は金貨10枚であった。ぼったくり過ぎだが、確実に効果のある『生命の秘薬』は飛ぶように売れた。
特に非同盟国は何時アーランドに非売品にされるか分からない為、常に懐に入れておけるように予備まで買い占める始末だ。凄い人は懐に入れておく用、屋敷に常備する用、別荘に置いておく用、更に予備など兎に角手元に多くの『生命の秘薬』を置くようになり、紳士の嗜みとして持つのが常識になる程であった。
これは仕方ない。『生命の秘薬』は禿げを直すが、それを永続させる効力は無い。生活環境や本人の体質で再び禿げる可能性があるのだ。故に備える必要があった。しかし『生命の秘薬』は製造から2年で効果が無くなるので、継続的な需要がある素晴らしい魔法薬であった。
余談として、『生命の秘薬』と言う呼称を決める際に諍いが発生した。
「分かり易く育毛剤で良いと思う」
「駄目です姫様。これは『生命の秘薬』なのです! 」
「分かり易いじゃん」
「いえ、『生命の秘薬』です! 」
アリスティア的には育毛剤の方が分かり易いのだが、普人貴族達はその呼称だけは断じて認められなかった。20人程の貴族がアリスティアに土下座する事で『生命の秘薬』と言う名称で販売されるのだった。
これにて閑話は終わりになります。次の話から帝国編となります。




