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189 アリスティアクッキー作るぅ事件

  アリスティアはケーナから借りた小説を閉じるとため息を吐いた。内容はよくあるラノベで学園物だ。転校してきた少女と主人公が付き合う所で話は終わる。

 偶然異世界人が持っていた物の続きを他の異世界人が書いたラノベだ。取り敢えず著作権は大丈夫かと言いたい。

 多くの小説を読んだ結果、最強ポジションは幼馴染の筈なのに、ぽっと出の小娘が全てをさらっていく。

 アリスティアは前世であるアイリス基準で考えてみる。

 幼馴染で婚約者の拓斗に変な女が近寄ったら、アイリスはどうしただろうか?

 答えは単純だ。排除するだけである。アイリスの財力を用いて女の親が働く企業を買収して国外に転勤させるか、金を用いて『引っ越し』して貰うだろう。駄目なら行方不明である。


「つまり幼馴染は迫害されている」


 少し寂しくなった。アリスティアには幼馴染の異性は居ない。ギルバートとドラコニアがそんな者を作らせる筈もない。そして今の人生では欲しいと思わなかった。


「第一勝手に家に入るとか神経を疑う。親しき仲にも礼儀は必要だし、そんな関係で告白もしてないとか、この人ヘタレ過ぎ」


 毎朝起こしに行くのに付き合って居ないとか、アリスティアには信じられない。

 そして何故か幼馴染キャラはガサツな事が多い気がする。

 自分はどうだろうか? 珍しく女の子らしい事を考える。そして絶望した。


「私には致命的に女子力なる物が足りない」


 そう、毎日研究か書類仕事を行い、暇があれば魔物を蹂躙する自分に足りない物は女子力だと考えたのだ。

 しかし、ここでどうすれば良いのか分からない。女子力を高める儀式である女子会は友達がオストランドに居るので不可能だ。

 じゃあアーランド国内では? 答えは脳筋か妄信的な連中しか知り合いが居ない。そして普通の女子はそこには入っていない。

 では他はどうだろう。例えば園芸だ。しかしアリスティアは食人植物を植えた事があり、園芸は禁止事項だ。アリスティアが世話した結果異常なまでの魔力を供給され、災厄の植物になった事があるのだ。

 では裁縫はどうだろう。刺繍とかだ。これも駄目だ。飽きて魔法陣を組み込んだ結果、マダムが刺繍は免除と言い出す珍事件が起こった。何が起こったか知らないが刺繍は駄目らしい。

 では音楽は? 感情が全く籠らず、機械が演奏してると前世で評判だったアリスティアには不可能だろう。


「馬鹿な……ここまで私に女子力が足りないとは」


 特に足りなくても困らない筈なのに、足りない事が気になるアリスティア。

 そうだろう。高めても好きな異性が居ないのだ。本来のアリスティアなら興味も持たない事だが、とても気になった。


「しかし私は天才の筈だ。料理なら……お母様が致命的だからお菓子を作ろう。簡単な筈だ」


 ドラコニアですら白目をむいて泡を吹く魔料理師のシルビアを思うと自分も料理は駄目かもしれないと諦めるアリスティア。前世でも習っては居たが、野菜の皮を剥く程度で終わってしまった。アイリスに出来る事はコーンフレークに牛乳を投入する事だけだ。

 そしてアリスティアは行動した。まず厨房に向かう。時間的に今は料理人達は調理せずに休憩してる時間だ。何度か厨房を襲撃し、お菓子を強奪した(証拠不十分で未解決事件)経験から推察したのだ。

 そして、その推察通り、厨房では料理人達が椅子に座って休んでいた。アリスティアはスモークグレネードを投入する。


「うお! また煙か! 」


「一応外に出ろ! 」


 隠蔽魔法で外に出る料理人に見つからないように隠れると、直ぐに料理人達が外に出てきた。


「今度こそ姫様を捕まえるぞ。殿下だ。殿下をお呼びするんだ」


 今までは完璧なアリバイ工作を行っていたので最重要容疑者どまりのアリスティアは今回は大胆に厨房を占拠する。即座に入口を結界で塞ぎ、窓から煙を魔法で排出する。

 直ぐにギルバートが来た。


「む、結界が張られているな。こらーアリス、今度ばかりは許さないぞ」


 オヤツ禁止令が出ていないのに厨房が襲撃された事に疑問はあるが、アリスティアに呼びかけるギルバート。ついでにアリシアもやってきた。


「さあ姫様。大人しくこれまでの事も自白してください」


 オヤツ禁止令を出されると発生する厨房襲撃事件の犯人はアリスティアである。状況証拠はそろってもアリバイを作りだすので怒れないのだ。しかし今回は違う。


「私はこれよりお菓子作りなる物を敢行するの! 」


 その言葉に2人どころか、料理人や騎士達の顔が青ざめる。シルビアの料理は恐怖なのだ。その娘がお菓子を作ると言い出したのだ。


「テロリストに告げる! 直ちに抵抗を辞めて投降せよ。今なら罪には問わない。母上にもマダムにも黙ってあげるから、直ぐに投降せよ」


 ギルバートが声を荒げる。背後の全員がそれに同意するように頷く。魔料理を錬成されるくらいなら見逃した方が被害は出ない。


「誰がテロリストだー」


 アリスティアが怒るが、どうでも良い。魔料理の錬成を止めるのが急務だ。


「姫様にはまだ早いです。まずは基礎です! 基礎から始めましょう。だから出てきてください」


「私にだってクッキーくらい作れるはずだ。そして私は女子力なる物を高めるのだ」


「待て、女子力を上げてどうするつもりだ……まさか、まさか好きな男でも出来たのか? お兄ちゃん許さんぞ! 」


「好きな人は居ない。しかし私には女子力なる物が足りないと思ったの」


 突拍子のない事を始める事に定評のあるアリスティア。この場に居る全員が「またか」と思った。

 しかし、そんな事で魔料理を錬成されるのもたまらない。


「待つんだ。まずは基礎から始めよう。行き成りクッキーは早すぎる」


「じゃあお兄様にはあげない」


「良し存分に作るが良い! 」


 ギルバートはその場でどっしりと座り込む。その顔には決意が浮かんでいた。ドラコニアもシルビアの魔料理は必ず完食するのだ。遺伝である。


「で、殿下正気ですか! 」


「アリスの初めての手料理は私の物だ。良い人生だったよ」


 ギルバートは既に死を覚悟していた。それほどまでに妹の手料理(お菓子)が欲しいらしい。しかも初めて作った物だ。

 アリシアは説得が不可能である事を悟った。


「全員撤退しなさい。結界で閉ざされていても何が起こるか分かりません。王城に第一警戒態勢を発令し、厨房区画を閉鎖するのです」


「了解であります! 」


 騎士や料理人が泣きながら走り去る。そして城中にサイレンが鳴り響き、各通路などに隔壁が下ろされる。


「待ってくれ! まだ俺が出ていない」


 一人の料理人が逃げ遅れ、涙を流しながら隔壁を叩く。


「すまない……お前の犠牲は忘れない」


 警戒態勢を起動すると簡単には隔壁を上げれない。助ける術は無かった。

 暫くすると鼻歌が聞こえてくる。アリスティアには珍しい事だった。しかしアリシアには恐怖の歌にしか聞こえない。


「姫様……料理の基礎、基礎は知ってますよね? 」


「私を誰だと思ってるの? 当然知ってるよ。

 他の追随を許さない独創性だよ」


「違います! レシピです。レシピを守ってください! 」


「まずは地下のエイボンの研究所から貰ってきた(未許可)の魔法薬を隠し味に混ぜ込んで…にょわ! 生地が動き出した、動くな逃げるな! 」


 謎の魔法薬(成分不明)を混ぜ込んだ結果、生地がスライムのように動き出してアリスティアに襲い掛かってくる。

 厨房に発砲音が響き渡る。アリスティアが反撃したのだ。しかし、単発から連射へそして重低音へと変わっていく。中でガトリングガンを撃っているようだ。

 そして20分程すると静かになった。


「ふう、ようやく大人しくなったか…む? 何か異様に硬いような気がする。

 これじゃ混ぜれない……そうだドリルで混ぜれば良いんだ」


 中で何かを掘削する音と金属らしき物が削れる音が響き渡る。


「殿下……もしや姫様は王妃様より…」


「覚悟は……出来ている」


「いや~私も出して~! 」


 未だに隔壁を叩く料理人の横でアリシアも同じように隔壁を叩く。心が折れてしまったようだ。


 暫く奇妙な音や、この世の物とは思えない呻き声に爆発音が響いたが些細な事だ。

 そして料理(錬成)を始めてから2時間程で完成する。アリスティアは結界を解除して虚ろな瞳で楽しみに待ってるギルバートとこの世の全てに絶望したような顔のアリシアを厨房に招き入れる。料理人は途中で心が折れて気絶した。


「アリシアよ、この厨房はこんな感じだったかな? 」


「いえ、全く別物です」


 厨房は新品になっていた。全てが新しい物に変えられている。昔のままなのは一部の調理器具程度だ。


「私は知っている。料理は終わった後の掃除までが料理」


 アリスティアは満足気に頷く。既に女子力の事は記憶の彼方へ旅立ってしまったようだ。


「そうか……厨房を綺麗にするのは良い事だな……証拠隠滅か」


「うう壁紙まで新しい」


「見るが良い。私だって料理くらい出来る証拠だ」


 アリスティアはテーブルに置かれたクロッシュと言うボール型の蓋を外す。そこには綺麗なクッキーが並べられていた。


「素晴らしいな。しっかりできてるじゃないか。

 私の妹は料理の天才の様だ」


 ギルバートは虚ろな瞳でアリスティアを称賛する。既にSAN値がマイナスになっているのだろう。

 ギリギリSAN値が残ってるアリシアが反論する。


「殿下落ち着いてください。クッキーが虹色のオローラを放っています」


 そうアリスティアのクッキーは確かに完璧だ。焦げ目も無く、しっかりと中まで火が通っている。但し虹色のオーロラを放っているのだ。別にクッキーがオーロラを出していてもおかしくはない筈だと、ギルバートは決して現実を見ようとしなかった。


「む~そんなに文句を言うならアリシアさんには分けてあげない」


 アリスティアが頬を膨らませると、アリシアは跪く。


「いいえ! 私も是非食べたいです」


 アリシアも本音で言えばアリスティアの初めての手料理は食べたかった。出来れば謎のオーロラを放つクッキーではなく、一から料理を教えてしっかり食べれそうな物を出して欲しかっただけだ。

 しかし食べれるなら毒でも食べるだろう。それがアリスティアの手料理ならばの話だが。

 アリスティアがお皿を持ち上げ二人のところに持ってくる。二人はクッキーを口にする。


「ふむ、普通に美味しいぞ」


 ギルバートのSAN値が回復した。


「ええ、美味しいです…グス……姫様が料理上手で良かったです」


 アリシアは泣きながらクッキーを頬張る。シルビアの魔料理は視覚・嗅覚・聴覚からSAN値をモリモリ削ってくるのだ。それに比べれば虹色のオーロラを放っているだけのクッキーはどれほど美味しい物か。

 しかし現実は非情である。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお! 」


 ギルバートが雄叫びを上げる。その体に魔力が、闘気が迸る。


「力が、力が漲るぞ~! 」


 そのままギルバートは分厚い隔壁を蹴りでぶち抜くとどこかに走り去った。


(やっぱり駄目そうです)


 それを見たアリシアも己の命運を悟った。

 そしてアリシアに目眩が起こる。魔力が不安定になり、足元が覚束ない。


「う、うあ」


 そしてポン! っとアリシアの尻尾が3つになった。そして時の流れが遅くなる。アリスティアはゆっくりとお皿をテーブルに置くと、一瞬でアリシアの背後に回り込むと両脇を掴んで持ち上げる。

 そしてそのまま部屋に持ち帰って存分にモフった。そう、アリシアは三尾になったのだ。しかし元からある一本以外の新しい尻尾には潤いが足りない。なのでモフりまくった。

 アリシアは妖狐族とエルフのハーフだ。どうやら妖狐族の血が覚醒したようだ。

 そしてアリシアは知らない。アリシアの母は嘗て獣人を統べた獣の楽園と言う王国の最後の王族であり、二尾以上の妖狐族には強力な力を持っている事に。

 それこそが獣の楽園を滅ぼした因縁の能力であり、極めて高い不死性を持っていたのが妖狐族なのだ。

 しかし妖狐族は極めて強力な種族だが、ハーフにはその力が遺伝しない。しかしアリシアはミックスブラッドと言う他種族同士のハーフでありながら両方の種族の特性を100%遺伝している事は誰も知らなかった。

 アリシアは小さい頃に奴隷として捕まり、アーランドに来るまで両親と離別していた。そしてアーランドでも静かに暮らす両親とは手紙程度の付き合いしかなかった。その為、彼女は己の力を理解していない。最後の妖狐族である母も、ハーフのアリシアに自分の力を教えていなかった。災いを呼び寄せる可能性があったからだ。

 それが後に悲劇を引き起こす。しかし今は気絶しているアリシアはアリスティアに盛大にモフられていた。



 ギルバートはその後、1週間程政務や鍛錬等で超人的な活躍をした。しかし1週間を超えると限界が訪れ、その後3日程寝込んだ。

 厨房に残されたクッキーは王国魔法師団と技術開発局が共同で封印処置を施して宝物庫の奥に封印された。封印してるので腐る事は無いのだ。

 そしてギルバートも3日で復活したが、魔力や身体能力がかなり伸びていたようだ。

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