186 魔法王国からの使者 前編
すみません長くなってしまったので前後で分けます。
とある男が馬車でアーランドを訪れた。彼の名前はノーマン・デル・フォード。栄えあるエルニア魔法王国の第1位魔導師だ。最も第一位の中でも5位になる。
魔法王国では魔法使い・魔術師・魔導師とランクがあり、その中でも第一位から第四位の位が存在する。当然魔導具技師にも同様のランクがあるので、第一位であっても複数存在する。最も第一位であるので魔法王国でもトップクラスの魔法使いだ。何故なら魔法王国のランクは厳正な審査を行い質が下がる事を嫌った結果、同じ第一位の魔導師は10人程しか在籍していない。
そしてエルニア魔法王国の魔法王からノーマンは勅命を受けた。内容は「アリスティアと彼女率いる魔法使いを確保せよ」と言う物だ。
「全く蛮族と言うのは節操が無いな。我らの技術をあたかも自身の功績のように語るなど恥ずかしくないのだろうか? 」
「全くです! 何度引き渡しを要求しても鼻で笑うなど……我等こそが魔法の本家であり、大陸の魔法使いを統べる事を理解していない! 」
ノーマンの呟きに彼の弟子達が同意する。全ての魔法技術は魔法王国が適切に管理しているから世界の秩序が守られていると信じていた。そしてアーランドは蛮族の国であり、その国に飛空船も魔導炉も生み出せる技術は無い。つまりは魔法王国の研究資料を盗んだと確信している。
「しかし我が国にも慈悲はある。恐らく王女は第一位魔導師であり、第五席の私が直々に尋ねれば泣いて我等の命令を聞くであろうよ。何せ王女は外血の魔術師だからな」
外血。それは魔法王国に存在する血統だ。純血は魔法王国で生まれた純粋な魔法使いであり、外血は穢れた血を継いだ者だ。純血に従属するのが外血であると魔法王国は主張している。
「止まれ! これより先はアーランド領である」
国境を超えると直ぐに検問があり、そこで彼らは止められる。それにはノーマンも弟子達も驚いた。彼等の馬車には純血であり魔法王国の名門である風の紋章が入っている。彼は風の一族と言われるフォード家の当主なのだ。検問に居る騎士如きが止めていい存在ではない。
「こ、この者達を殺しましょう。ノーマン様の馬車を騎士風情が止めるなど無礼千万だ! 」
余りの怒りで杖を掴む弟子を制止するノーマン。
「落ち着け。所詮は蛮族だ。我等が如何に高潔な存在か理解できないのだろう。ほら魔法学園の教科書にもアーランドは獣の住む未開の国だと書いていただろう? 獣風情に我等の魔力を使う方が無駄だ」
「流石ノーマン様です。何と慈悲深い」
ノーマンの言葉に弟子が恥じ入ると、不機嫌ながらも外に居る騎士に直ぐにアーランド王と謁見させよと命じる。余りに高圧的な態度を取ったが、騎士達も職務だと我慢し、その場で魔導携帯を取り出すと上司に報告する。
「待て、それは何だ」
「これは魔導携帯と言う通信機ですが? 」
ノーマンは驚愕した。通信機と言えば馬車一台で運べる大きさの物だ。まして一兵卒風情が気軽に触れていい存在ではない。
「それを献上せよ」
「お断りします。これは我らが姫君より授かった大切な物です」
当たり前のように寄越せと要求するので呆れ顔で騎士に断られる。流石のノーマンも額に青筋が浮かぶ。
(落ち着くのだ。彼等は私が如何に優れた存在か理解できないだけだ。それにあの様子ならば他にも同じ物があるはずだ)
一瞬この場の者達を細切れにしようと考えたノーマンだが、これは後で献上させれば良いと我慢した。開発者がアリスティアならばどうせ手に入るのだと自身を納得させたのだ。それを見た弟子達が尊敬の眼差しを向けるので気分が良くなった。
その後一応許可と言う形で入国を許可される。
彼の馬車はアーランド騎士に護衛されながら王都にたどり着く。途中見慣れない黒い物が街道に敷かれていたが、彼の質問に騎士達は答えなかった。
騎士達が無視するのも仕方ない。アーランドにも貴族であると図にのる馬鹿は居るが、ノーマン達はそれが子供に見える程傲慢なのだ。途中の村で夜伽の娘は居ないのかと言われた時は「殺して良いか? 」と上司に連絡されるほどであった。当然却下である。10秒くらい上司が無言であったが。
その後、ノーマンは王都に近づくにつれて驚愕の顔つきになっていく。
鋼鉄の飛空船が空を舞い、普通の村人が当たり前のように魔導具を持っている。
子供なんてゴーレムを使ってゴブリンを追い回す始末だ。尚、ゴーレムが居なくてもアーランドの子供にとってはゴブリンは生きた小遣いである。
更に王都へ着くと表情が消えた。拡張が続く王都は既に大陸一の規模の都市になる。広すぎるのだ。無論人口不足だが、将来を見据えての拡張である。そして労働者も当たり前に魔導具を持っている。偉大な魔法王国ですらこれほど魔導具が溢れている訳ではない。寧ろ非魔法使いである人間が当たり前のように魔法の恩恵を受けるのが我慢ならない。非魔法使いはそもそも奴隷階級だからだ。
そして一番我慢ならないのが……
「何故王女が来ない! 」
謁見の間で待つこと30分程。国王は遠征中で会えないのは、まだ我慢出来る。今すぐ戻ってきて自身に跪くのが当然だが、ノーマンは慈悲深い。
しかし待てども待てども王女が来ない。
「どうだった? 」
呆れ顔でギルバートがアリスティアを呼びに言っていた騎士に問いかける。
「姫様は全身全霊を持ってオヤツを待っております」
騎士は一枚の写真をギルバートに渡す。写真には瞳を輝かせ、フォークを握りしめてオヤツを待っているアリスティアが映っていた。絶対に動かないという意思を感じる。
ギルバートは懐からアルバムを取り出すと大事そうに写真を貼る。そして懐に戻した。それに一部の獣人貴族が眉を顰める。
「殿下はお狡いです。我等にも、その写真を頂きたい」
「アリスの写真を貰って何をするつもりだ」
ギルバートが睨みつける。
「当然神殿に飾るのです」
「神殿は姫様のご尊顔があってこそ完成すると最近確信しまいた」
「うちの妹を神格化するの辞めてくれないかな? 」
「お断りします」
いつも通りのやり取りだった。そしてノーマンがついにキレる。
「いい加減にしろ! 私は第一位魔導師五席のノーマンだぞ。風の一族の当主であるぞ。さっさと王女とその配下を連れてこい」
「一応声を掛けたのですが反応がありません。本日はアリシア卿自ら作ったケーキなので来ないかと」
「因みにアリシアの方は? 」
ギルバートの問いかけに騎士もため息交じりで答える。
「姫様にふるまうお菓子を作っているアリシア卿に言葉は通じません」
一応話しかけたのだが。集中しているので反応すらしなかったアリシア。呼び出しは不可能だ。
「技術開発局の方はどうだ? 」
「連中は「魔法王国に用などない。自分はここから絶対に外に出ない」と魔法を撃ち込んでくる始末です。一応連れてきましたが……態度に問題が……」
「一応会わせておくか」
そして謁見の間にボロボロの魔法使い達が入ってくる。
「蛮族だと思っていたが、外血とはいえ同胞を奴隷にでもしているのか……」
余りに小汚い格好にノーマンの我慢は限界だった。外血とは言え、偉大な魔法使いがこんなボロキレになるまで酷使されているのだ。最も彼の妄想である。彼等は寝食を忘れて研究に没頭してるだけだ。
「殿下! 我々を研究室に戻してください! 早く……早く研究をしたいのです! 」
「いや、彼が君たちに用があるらしくてね」
血走った眼で職場に戻りたいと言う魔法使い達に一応の話を伝える。ここに来るまでに騎士達が話した筈だが、戻らせろと喚いていたせいで聞いていなかったのだ。
「それは……魔法王国への勧誘という事ですか? 」
あっけにとられた顔で問いかける魔法使い達。顔色は悪く青ざめている。
「辛かっただろう。我が国は外血であろうと同胞がこのような仕打ちを受ける事は容認しない。さあ魔法王国に行こう」
「断る! 」
「殿下、給料など要らないので研究所に戻らせてください。魔法王国なんてどうでも良い。時間を無駄にすれば姫様の偉大な魔法を研究できない」
「な、貴様! 」
余りの物言いについにノーマンが怒声を上げる。ノーマンは慈悲深い事で有名であり、怒声を上げた事が無かった。弟子達も狼狽えている。
「失礼ですが、貴国は飛空船の建造経験はおありだろうか? 魔導炉の制作は? 更に魔導具の量産は? 」
「……」
どれも未だ研究中だ。彼が携わっている訳ではない。彼は魔法技師では無いのだ。魔導具は量産とは言えないレベルの生産力しかない。魔法付与の成功率が低いせいである。
「我らが偉大な姫君は全て短期間で達成しています」
「私は……風の一族の」
「風の魔法使いの噂ならば知っております。昔は憧れた物ですね。最も姫様に比べれば塵芥に等しいものですが」
「貴様外血の分際で純血を愚弄するのか! 」
ノーマンの弟子が技術開発局の魔法使いに掴みかかろうとして騎士に抑え込まれる。
「我々は言わば姫様の弟子のような物だ。姫様の偉大な発明を好きに研究できるこの国から出ていく筈がない。例え王命でも足掻いて見せるぞ」
「そうだ。柱にしがみ付いてでもこの国から出ていくものか! 」
彼等もまた狂信者であった。アリスティアの齎す新技術を好きに出来る上、予算も潤沢に使える最高の環境を、たかが魔法王国に所属するという名声程度で手放す筈がない。寧ろ彼等の中では魔法王国に仕えるよりアリスティアの部下である事の方が栄誉であった。
そして一人の魔法使いが中指で眼鏡の位置を直す。
「そう言えば殿下に報告がございましたな。我々はついに独力で魔導炉の製造に成功しました。最も姫様が最初に作られた初期型ですが」
アリスティアの影響は確実にアーランドを変えていた。彼の言葉は既に技術開発局が魔法王国を超えてしまったという物だ。
とは言え、技術開発局の魔法使いは淡々と報告してるだけだ。既にアリスティアは都市用と艦艇用の大型魔導炉も完成させている。アリスティアの成果から見れば自分達はまだまだ未熟だなと言う程度の成果だ。
「ほう」
「まあ姫様が既に作られた物の上に初期型では大した魔力が得られませんが、一応の成果だと思えるので。ですので、もう戻っても良いですか? 」
「まあ君達を手放すと妹の機嫌が悪くなるしね。予算は気にせずどんどん研究すると良い」
「ありがとうございます…………ヒャアもう我慢出来ねえ」
「戻ろう俺達の研究所へ」
魔法使いは一礼すると飛翔を唱え高速で謁見の間から飛びながら出て行った。それ程研究所が恋しいのだ。正確には、そこに山積みになっているアリスティアの作った魔導具やら魔法理論が恋しいのだが。
「き、貴様らはどれほど我が国を愚弄すれば気が済むのだ! 今すぐ我が国から盗み出した技術と王女を引き渡せ! 」
ノーマンの言葉を聞いた謁見の間に居たアーランドの貴族と騎士達の表情が消える。彼は言ってはならない事を言ってしまった。
そして彼も謁見の間に居る貴族やギルバートも気が付かない。謁見の間に木箱が侵入してきている事を。気が付いたのは入口に居た騎士だけだ。
彼は不審な木箱を確認すると持ち上げる。中にはアリスティア分身が子犬サイズの魔獣を抱えていた。
「……戻して」
騎士は静かにアリスティア分身に木箱を被せると再び直立不動になるのだった。




