閑話 お姫様の誕生と精霊様
エミルエラ暦598年5月三週目の緑の日、世界に再び波乱が起こる
「我等が王よ、無事御子が生まれました。女子でございます」
王宮医術士のフォルトスが俺に告げる。
俺の名はドラコニア・フォン・アーランド。アーランド王国の国王だ。そして今日は俺と愛する妻シルビアの間に2人目の子供が生まれた記念すべき日だ。
「子供とシルビアは元気なのか?」
俺は興奮を抑えきれず、フォルトスに詰め寄る。こういう事は本来威厳を持つべき王には許されないが、こいつと俺はもう20年以上の付き合いだから気にすることも無い。
「母子共に元気に御座います」
そんな俺に苦笑いしながらも答えるフォルトス。長い付き合いで俺のこらえ性の無さを理解してるのだろう。当然改めるつもりは無い。
「そうか。ならば宴だ国民に知らせよ。今日から祭りをするぞとな」
そう言いながら妻の元に向かおうとすると、何故かフォルトスが俺の肩を掴み真剣な顔でこちらを見ている。俺は娘に早く会いたいのだ。その手をどけて貰いたい。
「どうした?今日は祝いの日だぞ」
「お伝えしないといけない事が御座います」
普段から礼儀正しい奴だが、こういう真剣な顔は珍しいので俺も何かあったのか心配になってくる。
「どうした」
俺も王として意識を切り替えるとフォルトスは、少しだけ言い難そうにするが、暫くすると話だした。
「姫様は精霊の加護を受けております」
「な!あの加護を受けただと!!それは拙い、刻印は何処にある」
精霊の加護は精霊に愛され、世界の理に干渉する権能を持つ事を許された者に現れ、加護を受けると体の何処かに刻印が現れる。そして手や顔等、目立つ場所に刻印が出る者ほど、その権能は強くなるらしい。何故らしいとしか分からないのかと言うと、強い精霊の加護は300年ほど確認されておらず、加護持ちは教会に拉致同然に集められ、管理されているので国に情報が来ない。そして我が国は教会と対立しているので問い合わせても無駄だろう。
「瞳の中にございます。それと姫の周りに精霊様が顕現しております」
なんと言う事だろう。瞳の刻印は500年前の英雄が持ったとされる物だ。
【瞳の刻印】それは神が授けるとされる、精霊の加護を持つ者達を統べ、率いる者の証。もし教会に気が付かれれば鬱陶しいだろう。
何より無視できないのは精霊様の顕現だ。精霊様は加護を与えた者にしか見えず力も貸さない。だがその精霊様が顕現してまで祝ってくれていると言う事は、相当娘は精霊に愛されてる事になる。
「そうか!ならばそれも国民に教えるのだ!!我等は間違えてなど居なかった。我等には精霊様が付いているのだ」
俺の言葉にフォルトスが慌てる。
「お言葉ですがそれは姫の身を危険になさいます」
「だが精霊様は顕現した以上、隠す事は出来ないだろう。ならば全てを国民に教えアリスティアの身は俺が守ろう。例え万の敵が来ても俺とこの国は負けない」
娘を道具にはしないしさせないと伝えると、フォルトスは真剣に頷いた。
「かしこまりました」
そういって道を譲ってくれるフォルトス。多くを語らなくても分かりあえるこの男は、俺の真意と覚悟も理解出来てるのだろう。
「祭りの件を伝えといてくれ」
「かしこまりました」
そう言ってフォルトスは去っていく。
俺は幸せ者だろう。愛しい妻に問題はあるが責任感の強い息子と精霊様に愛された娘。俺は誓う、家族を国を絶対に守ると。
「シルビア入っても良いか」
シルビアの部屋をノックしながら告げると「どうぞ」と許可を貰ったので直ぐにドアを開け、妻と娘の元に駆け寄る。
「これで10回目ですよ。いい加減ドアを破壊しないでください」
「問題ない後で俺が付け替える」
10回も壊せば自分で修理もできる。ついでに次はもっと細工に拘ろう。少し地味では無いのかと思っていた所だ。もっとこう…竜が躍るような細工を刻むとするか…って今は違う。
「あう!」
そこには天使が居た。妻譲りの銀髪に翠色の目をした可愛い娘だ。
「アリスティア!」
俺は思わず抱きしめようとしたが、シルビアがアリスティアごと横を向いてしまう。これでは俺は触れない。何故俺に触らせてくれないのだ。
「落ち着いてください。アリスを潰す気ですか?落ち着くまでは撫でるだけで我慢してください」
怒られてしまった。確かに俺は力加減を忘れる事がある。だがこれからは、今まで以上に気を付けねばなるまい。
将来部下のアルバートのように娘に避けられてしまう。奴のように地獄の底に居るような目をする男にはなりたくないからな。
「そう言えば精霊様が顕現したと聞いたが、何処に居るのだ?」
「貴方の頭上ですが気が付かなかったのですか…」
妻のジト目を避けつつ上を見ると精霊様が居た。
ふわふわとした丸い体に薄い羽根。まさしく文献通りの精霊様だ。精霊様はこの部屋に優しい光を注いでいる。確かに気が付くな普通……
「これは光の精霊様か。アリスティアは光の精霊様の加護を受けたのか」
光と闇の精霊様は位が高く、魔法ではその力をごく一部しか再現する事も出来ない。そんな精霊様が今まさに娘を照らしているのだ。
「いいえ。さっきまで6種全部居ました」
妻の苦笑いに俺は動きを止める。今ナンて言ったんダ?
「ですから、全ての精霊様に愛されているのです」
「っは!!」
危ない危ない。呼吸すら忘れていた。しかし全ての精霊様に愛されるか、やはり瞳の刻印の影響かもしれんな。そう考えながら俺はこの部屋に魔力を放出する。
精霊は加護を持たない者には見えず触れず知覚できない。だが魔法使いなら魔力を放出する事でうっすらと知覚できるのだ。
「本当にアリスティアの周りに居るな」
「おそらく光の精霊様以外はやる事が無いのでしょう」
俺は魔力の放出と止めると妻と娘を優しく抱きしめる。
「アリスティアは誰にも奪わせないし道具にさせない俺たちで守ってやろう」
500年前の悲劇を繰り返さない為にも……
しばらく抱きしめた後、俺たちは娘を撫でたりと幸せな時間を過ごす事にした。これ以上は娘に聞かせる(理解はできないだろうが)必要もなく、幸せな時間を過ごしたかった。
「しかしアリスティアは表情を全く変えないな」
ふと疑問に思った。この子は反応こそするがぐずったり泣いたり笑ったりしない無表情なのだ。
「生まれた時も泣いてくれなくて、フォルトスが調べてくれたんですけどね。特に異常はないそうです。普通に声も出てますし」
「あう!」
確かに声は出してる。無表情だが可愛いので許そう。俺は寛大だからな!!
と言うか、俺たちの言葉を理解してるのか?……まさかな。さすがにそれはないだろう。
「俺達がお前の親だぞ」
そういって撫でると少し目を細めるアリスティア。可愛い過ぎる。これは虫除けも必要だな。後で暗部と相談しておこう。
「早すぎますよ?」
横からの絶対零度の視線に体が震え始めるが、絶対に虫除けせねばこの子の可愛さに男が釣られまくる。絶対に俺は許さんぞ。せめて俺を超えられなければ、娘に触れただけで埋めよう……