表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/377

181 モフモフパニック

 それは嵐の夜だった。

 アリスティアは自室に分身を寝かせ部屋を抜け出すと秘密の研究室でニヤニヤと笑っていた。そう、笑っているのである。


「構想2日制作2日ついに完成した」


 むふーっと鼻息荒く完成したアンプルの中身を眺めるアリスティア。エイボンが個人的に持っていた魔薬書と呼ばれる魔法薬専門の魔導書(盗品)の知識から作られた神秘の秘薬はアリスティアが満足する物だった。


「これで世界は平和に……そして素晴らしい時代を迎えるだろう」


 雷が響き渡り、アリスティアはアンプルを天高く掲げる。しかし問題が一つあった。これを解き放てば素晴らしき時代の幕開けだが、自身の破滅は間逃れない。絶対にお仕置き案件である。

 母とマダムから非人道的な拷問を受けるだろう。それを想像しただけでアリスティアの心は折れた。

 暫く葛藤を続けるアリスティア。しかし天秤は保身に傾いた。


「……やっぱり使うのは辞めよう……時期を待つのも必要だ」


 その時、アリスティアは背後から誰かに拘束され、口を何かで塞がれる。甘い匂いがアリスティアの脳髄を刺激し、意識が薄れていく。


「お前はやっぱり愚かだ。普通ここまで来て諦める訳がない。

これからは私達の時代になる。安心するが良い。素晴らしき時代は私達が作り出そう」


 アリスティアは抵抗出来ずに意識を失った。


「さあ、薬をばら撒くのだ! 素晴らしき時代の幕を開こう! 」


「「「おおおお」」」


 そこに居たのはアリスティアが作り出した分身達であった。





 次の日


「なんじゃこりゃあああああああああああ」


 王都アルブルドに暮らす人達が目を覚ますと異変に気が付いた。自分が獣人になっていたのだ。ケモミミと尻尾が生えていれば直ぐに気が付く。

 直ぐに多くの人々が噂話を始める。


「絶対に姫様だよ」


「知ってた」


「何時かやると思ってた」


「貴方……今日は仕事休まない? 」


「っふ……良いだろう」


 幾人かの夫婦や恋人は部屋に引き籠る。新しいプレイを始めたようだ。

 混乱は……起きなかった。犯人は確実に絶対にアリスティアである。つまり危険は無い筈だと理解出来たからだ。

 国民は今日もお説教されてるんだろうなと思いながら各々の仕事を始めるのだった。

 問題は王城の方だ。騎士や兵士が慌ただしく走り回っている。全員ケモミミと尻尾が生えているが、それ自体はどうでも良い。寧ろ身体能力が向上した者もいる程度だ。

 しかし、種族を好き勝手に変えるのは頂けない。しかも本人の同意も無くだ。アリスティアの部屋を捜索した結果、居たのは分身である事が確認された。直ぐに魔力が切れて消えたのが証拠だ。元々一晩の身代わりなので魔力を殆ど与えられて居なかったのだ。


「ぬおおおお姫様ーー何処に居るのですかーーー! 」


「怒らないので出てきてください! 」


 騎士達が駆け回る中、アリスティアは白い狐になっていた。変身薬(試作品)を飲まされたのだ。しかもスラムに行った時の物ではなく、心も獣になってしまう失敗作だ。現在アリスティアは風になっていた。ペットの魔獣と遊んでいたのだ。

 魔獣達は本能でアリスティアだと気が付いているのと、主人と遊ぶのに夢中で外の異変など気が付かない。と言うか、普人が獣人になっても見分けなどつかない。

 そして騎士達もアリスティア(狐)がアリスティアのペットだと勘違いして見つかる事は無かった。

 騎士は必至でアリスティアを探し、アリスティアは楽しく畜生暮らしであった。


 その頃ギルバートは黒い瘴気のような怒気を放つシルビアの怒りを宥めていた。


「またあの子がやらかしたのね。フフフ、少しオイタが過ぎるようね」


「は、母上。まだアリスティアがやったとは……それに事故の可能性もありすます。アリスの性格上逃げずに堂々としてる筈です」


「お仕置きが怖くて巣に隠れている可能性もあるのよ? それに無駄な混乱を引き起こした責任を取ってもらわないとね。ふふ」


 普通ならケモミミパラダイスを眺めて悦に浸るアリスティアを見つけるのは容易な筈だった。しかし探せど探せど見つかるのは分身ばかり。しかも殆どが状況を理解していない。つまり関わりのない分身である。分身同士ならばある程度の繋がりはあるのだが、基本的に自立型な分身は本体との繋がりは無い。つまり勝手に動くドローンのような物だ。

 その時、近くをアリスティア分身がリードを付けた魔獣を散歩していた。シルビアは一つの可能性に気が付く。

 もしかしたら本体の意思ではない可能性だ。アリスティアは意外と小心だ。怒られる事に恐怖して躊躇う筈だ。しかし目の前の分身達はどうであろうか?


「ちょっとギル。あの子を捕まえなさい」


「へ」


「早くしなさい」


「直ちに! 」


 ギルバートは闘気を纏うと一瞬でアリスティアに近づく。しかしそれに反応したアリスティア分身はひらりと躱す。


「いきなり何をする」


「大人しく母上の元に来てもらう」


「笑止! 」


 分身とて凶悪な拷問の使い手の元に送られるつもりは毛頭ない。その後激しい戦闘が繰り広げられたが、待ちきれなかったシルビアが背後からアリスティア分身の首根っこを掴むと猫のように大人しくなった。小刻みに震えているのは恐怖故だろう。


「はあはあ……強かった」


 ギルバートは膝を着いていた。流石に怪我をさせる気は無かったが、本体より強かった。分身の戦闘力は本体より高いのだ。最も分身と本体での戦闘は絶対命令権で自爆させるか魔力のごり押しで本体が勝つだろう。分身は魔力が回復しないので総合的には本体が上だ。しかし近接戦闘では確実に本体より上である。

 簡単に言うと全てのステータスが魔力なのだ。疲労や魔法の反動を一切受けない。

 本体は体力は乏しい上に魔法行使にも制限がある。分身にはそれが無いのだ。

 つまりアリスティアの弱点である接近戦で強いのが分身だ。無論魔力が尽きなければアリスティアの使える魔法もデメリット無しで使い放題である。『身体強化』などドラコニアの身体能力を上回る強化レベルで使える。本体が使えば体が崩壊するが、筋肉や骨等が無い分身は強化の上限も無い。最も『身体強化』は強化幅で消費魔力が跳ね上がるので長時間使うと分身は消えるのだが。

 しかし最も恐ろしいのはアリスティアと同等の頭脳を持っている点なのだが、余りにも普通に存在する物を危険と思う人間は少ない。後にヤバい事を仕出かすのだが、本体も未だに危険性は理解していない。


「さてアリスちゃん、ちょっとお話ししましょうか」


「こ、今回の件は……私は関係ない」


 涙目で震える分身。しかしその視線はシルビアから離れない。おや、離す事が出来ない。


「じゃあ質問を変えましょう。本体と敵対してる子が勝手にやった可能性はあるの? 」


 分身は黙り込む。アリスティアの分身使いは酷いというレベルじゃない。一切の報酬も無しに奴隷すら逃げ出す困難を平然と要求してくる。そういう意味では分身全員が本体の敵と言える。自立型であるが故にある程度の自我があるのだ。しかし、作られた時点でアリスティアに絶対服従を命じられるから敵対は無い……とは言えないのだ。


「作られた瞬間に転移で逃げるロストナンバーズが居るけど」


 魔法で作られた瞬間に絶対服従を命じられなければ自由だ。作られた瞬間に己の宿命を悟り逃げ出す分身はたまに居る。大体は城に巣と呼ばれる自分の研究室を作って籠っている。


「何処に居るか教えて……くれるよね? 」


 シルビアの良い笑顔に分身は断るという選択肢を失った。

 そこは城のゴミ捨て場近くの通路。その床板を外すといつの間に作ったのか階段が存在した。シルビアとギルバートはそこを降りる。暫くするとアリスティア達の会話と笑い声が響いてきた。


「むふふ。世界はモフモフで満たされる」


「むふー私に生えない」


「仕方ない。私達生き物じゃないからこの魔法薬は感染しない」


 アリスティアが作り出したのは感染型の変身薬だ。これで世界を獣人で満たそうと画策したのだ。

 因みにシルビアとギルバートにもモフモフが生えている。


「でもまだ広がりが悪い。もっと改良して感染力を強めないと」


「既に研究を始めてる。本体は愚かだけど我々は違う。我らに恐れる物は無い」


 むふーむふーと鼻息荒く話す分身達。しかし終わりは既に始まっている。

 いつの間にかシルビアが一人の分身の首根っこを掴む。


「やっぱり貴女達だったのね」


「お、お母さま! 馬鹿な。何故ここが」


「ごめん話しちゃった☆」


 扉の影から最初に捕まった分身が顔を出す。


「裏切り者だ! 」


「いや、お母さまに逆らうとか無理じゃん。私もアリスティアだし」


「く、もう少しで世界がモフモフで満たされたのに! こうなっては仕方ない。素晴らしき世界が見れないのは無念だが! 」


 幼少の頃から散々やらかしてはお説教された記憶は当然分身達も持っている。そして己の命運を悟ると、自身を構築している魔力を拡散させて消滅した。お説教されるくらいなら消えるという意思表示である。

 しかも解毒剤は作らないと言う意思表示でもあった。

 しかしシルビアは他の関係無い城を歩いている分身達を捕まえると解毒剤の制作を命じる。恐怖心からアリスティアの研究所を隅々まで調べた分身達は一つの結論を出した。


「これって明日には効果なくなる」


「一日しか効果無い」


「もっと良いのを作ろう」


 最後の分身はお説教されたが、副作用も無い事が確認された結果、王都にもその様に通達された。王都の住民も犯人はアリスティアである事を察していた為に混乱はこれと言って起きず、普段と違う自分を楽しめたので苦情も殆ど来なかった。

 またアリスティアは次の日、魔獣の小屋で寝てるのを発見され捕獲される。

 その後シルビアの非人道的な拷問(おしり叩き)を受け寝込んだのは言うまでもない。

 そしてこの事件はアーランドの王都でベビーブームの始まりに繋がったが、政府がそれを知るのは大分時が経ってからであった。尚、変身薬は要望が多く、副王商会でひっそりと【大人の薬】として販売されるのだった。割と売れているらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ