180 恐るべき軍勢
アーランドの王都アルブルドから離れた古い物資集積所跡地は現在昼夜を問わず拡張が続いて居る。
一番目立つのは3000m級の滑走路が既に2つ完成している事だろう。更に少し離れた場所には実験部隊の基地もある。
この基地はアリスティアの技術を用いた装備を運用する為の物だ。ここで得られたデータ次第でアーランド軍が近代化されるか決められる。
何故データ次第なのかと言うと、銃や戦車等の新技術に対する疑問を持つ軍部の上層部への配慮だが、大体幹部が視察に来ると新装備への移行に賛成するので邪魔は入らない。それ程優れた物で溢れていた。
現在は陸と空の2つの実験部隊が駐屯している。陸は戦車乗りと砲兵と歩兵の育成。空はパイロットと飛空船乗りを育成している。更に陸空共同の整備士の育成だ。
「では定時報告会を開始します」
アーランドの実験部隊では階級制度を採用する事で指揮系統の統一を始めている。司会を行っているのは参謀の男だ。
円卓には10人程の将校が座り、資料を眺めている。トップは2人だ。アリスティアの副官たるパッシュ。それとアルバートが送ったギエンと言う男だ。この男は優れた武勇こそ発揮しないが、優れた組織運営の腕と柔軟な思考を備えた男だ。既存の常識にとらわれない実験部隊のトップに相応しいだろう。
「今月は5機の四発爆撃機と10機の単発戦闘機が納品されました。
更に小銃や重砲等の追加納品も予定通りです。」
「一体何処で生産してるのか……姫様はお休みを取られているのか心配になるペースだな」
ギエンが呟く。その呟きに周囲が同意するように頷いた。
「更に来週には武装飛空戦一番艦も就航します。強襲輸送艦も同時就航だそうです」
「マジでどういう生産力なんだ! 」
「と言うかこの艦名は何だ! 」
彼らの持っている資料に武装飛空船の事も書かれている。
武装飛空船一番艦ビクトリー・クート号と。
「こう言うのは陛下の名前を付けるべきなのでは無いか? 」
将校の一人が頭を抱えた。しかし反論は許されないだろう。彼らの脳内ではドヤ顔のアリスティアがサムズアップしていた。
「現王家の方々の名前は魔導戦艦で使うことが確定していますので……姫様曰く『武装飛空船は云わば猟犬だから問題なし』だそうです。
最も魔導戦艦は建造費で財務大臣が泣いてるそうですが……姫様が何処からか予算を持ってきてくれるでしょう」
財務大臣もアリスティアには逆らえないのだ。
最もアリスティアの一番力の入れている魔導戦艦は一番艦の値段が洒落にならない程高額な上に生産はアリスティア以外に不可能な仕様である事は誰も知らない。故に2番艦以降は普通の大砲を積んだ物にダウングレードされることになっている。流石に建造費で経済破綻は洒落にならないのだ。
武装飛空船は127ミリ50口径単装速射砲を4門積んだ砲艦だ。但し高性能レーダーを積んだ時代を先取りし過ぎた物だ。
積み込まれたレーダーはアイリスが生前に大改造し、徹底的に小型化高性能化に成功したSPY-1レーダーの改良型である。他にも新規に開発された魔力探知用のレーダーも積まれている。
何故二つも積んでいるのかは、地球との交戦も視野に入れて居るからだ。この世界には異世界人が流れて来る事もある。もしかしたら地球の何処かの軍も装備を持ったまま異世界転移してくる可能性もあるとの判断だ。更に衛星と打ち上げロケットも開発を続けており、イージスシステムも使えるようになるだろう。さよならファンタジー。アリスティアに自重の二文字は存在しない。
更に恐ろしいのは、この武装飛空船は単艦で中規模の都市防衛を行えるのだ。結界とシールド発生用の魔導具を積んでおり、スタンビード時には武装飛空船を送り、軍が来るまでそれほど防衛能力のない都市に籠城させる事も可能な万能艦だ。当然対艦ミサイルも防ぐ。
一隻での能力は満足できるレベルであった。
この場に居る将校も思わず微笑む。これまで資金関連で頭を抱えていた軍部もだいぶ余裕が出来ているのだ。特にこの基地に関しては潤沢な予算が投じられている。それだけ期待された組織なのだ。当然この場に居る人間の出世も約束されたような物だ。
「次に強襲輸送艦ですが」
「これも悪くないな」
強襲輸送艦は船首が観音開きで開く輸送艦で、前線等に戦車や重砲を送る船だ。その任務上、速度と防御力を追求した結果、武装は無い。但し結界もシールドも武装飛空船より頑丈である。こちらは陸軍の所有となる。
「すまないが、何人かこちらに回して貰えんかね? 飛空船の運用経験が我々にはない」
ギエンがパッシュに人員を貸してほしいと頼む。
「良いですが、借し一つですよ」
「ワインで良いかね? 」
「エルフの200年物で手を打ちましょう」
「私の秘蔵のワインを要求されるとは思わんかったな。良いだろう」
HAHAHAと笑う一同。今日もアーランドは平和である。
一方現場は割とひっぱくした状況だった。
銃器の手入れ方法を一から学ぶのも大変だが、航空機の整備が難敵だ。
「だからちげぇって言ってるだろ。それだとナットが振動で緩むんだ! テメエ一から学びなおせ! 」
グランツが同じドワーフの男にスパナを投げつける。
グランツは現在整備兵の育成を務めているが、彼等はまだまだの実力だ。度々ミスを犯し、時に航空機を駄目にする事もあった。
無論整備兵達も真剣に学んでおり、地道に実力をつけている。数年もすればマトモな整備兵になるだろう。
他にもパイロットの育成も予想通り難航している。全てが新しく、試行錯誤での運用で少しづつ無駄を削除していく段階だ。
教育方法もパイロット達の意見を取り入れ何度も教本が書き換えられている程だ。アリスティアは作る側の人間なので組織運用までは管轄外なのだ。将校がダメ元で頼み込んだ結果、3時にはオヤツ休憩を取れと命令された程だ。因みに兵士達にゆとりが出来て練度上昇に少しだけ貢献した。オンオフの切り替えは重要である。
「ふう……美味ぇ」
何度も怒鳴りながら仕事をするのはドワーフ族の特徴だ。この程度で疲れる程グランツは軟ではない。
彼は仕事が終わり無人になった格納庫に整然と並べられた航空機を眺めながら酒を飲む。最近めっきり飲む量が減っている事にグランツは気が付いていない(ドワーフ基準です)。
「嬢ちゃんの人生は短いからな……こう言う時間も何時かは終わるんだな」
グランツは他の種族を弟子と認めた事は無い。何故なら他の種族は自分より先に死ぬからだ。
ドワーフはエルフに次ぐ長命種である。他にも少数の長命種は居るが、ドワーフ以外に物を作る事に拘る種族は少ない。
ドワーフであれば誰もが自分だけが作れる至高の物を何時か作りたいと願う。グランツは未だに自身を満足させられる物を作れた事が無い。だから自分の中では未熟者だ。
だが、アリスティアと会って彼は変わった。彼が求めていたのはアリスティアが作るような未知の物。それも誰もがその素晴らしさを理解出来る物だった。
既存の物をどれだけ弄っても面白味は無い。それは先達が築き上げた土俵の上での名誉しか貰えない。
だがアリスティアは自身の土俵を作り上げる。魔導炉や飛空戦に航空機。それらの存在はグランツも知っている。飛行機なんて異世界人がよく喋る物だからだ。だが、誰が作れた? 自分に作れるか? グランツはアリスティアの異常性を理解している。素材が無ければ作ればいい。素材が加工できなければ加工できる機材を作ればいい。全てアリスティアで完結している。そこに自分の居場所は無い。
「だから俺はお前からも学ばせてもらうぜ」
そう呟くと樽いっぱいの酒を一飲みする。アリスティアの近くに居れば自分にしか作れない物を見つけられる気がしたのだ。
「まあ、その前に嬢ちゃんが老衰で死なねえと良いんだがな。流石に歳で死ぬのは怒れねえ……クソ、嬢ちゃんがドワーフだったら」
グランツは弟子が先に死ぬのは大嫌いだ。だから他の種族の弟子は取らない。だけどアリスティアは別だ。自身の持てる全てを教えた。アリスティアの使う『ファクトリー』はグランツの指導があってこそ生まれた魔法なのだ。代わりに自分もアリスティアから技術を奪う。職人など、他の職人から技術を見て奪うだけだ。そして己を高める。
グランツは翼の折れたマークXを撫でる。見るも無残な姿だ。練習機であり、航空機と言う物を体感する為の物だ。つまり、それほど頑丈ではない。確かにマーク1のパーツを流用しているが、軍用ではないのだ。
マークXをここまで無残な姿に変えた男は格納庫の外で正座している。グランツが座らせた。
「……で? 言い残す事はあるか? 」
「まことに申し訳ない。自分の想像以上に強度が無かったようです」
「テメエ……最初に説明したよな? こいつはあくまで練習用だって。無茶な事をしなければ何も問題ねえんだよ。それを垂直急降下させるとか自殺願望でもあるのか?
それともテメエは他国の工作員か? 」
「自分は王国に忠誠を誓っている! その発言はグホ! 」
立ち上がろうとした男の顎にグランツのアッパーが直撃する。
「だったら無茶な事は辞めやがれ! 」
「……すみませんでした」
男の名前はルドルフ。姓は無い。平民生まれの元騎士だ。
元騎士であるのは右足を失っているからだ。
それはアリスティアがオストランドで魔物と戦っている時に帝国がアーランドにちょっかいをかけ、ドラコニア率いるアーランド軍に瞬殺された戦いだ。彼はそこに従軍したのだが、不運にも敵に足を切り落とされた。
直ぐに足を持って治療部隊のところに行けば繋がっただろう。しかし彼はその場で傷口を縛ると、剣の鞘を義足代わりに足に縛り付け前線に留まった。
結果は半日もたたずに帝国軍は指揮官をドラコニアの戦槌で潰され敗走した。彼は足を探したが見つかる事は無かった。
このままでは軍を除隊である。愛国心の強い彼は盛大に嘆いた。足を捨てて戦いに参加した事ではない。今後国を守る事が出来ないと嘆いた。
しかし転機は訪れた。アーランド空軍創設である。
彼は何故か知らないが、足が無くても問題ない筈だと確信し、上司に怒鳴るように頼み込んで空軍に移籍した。
そして同じく集まったパイロット達を見た彼は思わず失笑。まるでお話にならない練度であった。彼はまるで前世を思い出すかのように操縦技術を極めた。あっという間に彼は現場指揮官になっていた。
但し操縦が荒い事が多いのだ。今回は急降下爆撃を普通の練習機で行う凶行を行いグランツを怒らせた。如何に優秀でも整備士には逆らえなかったのだ。
しかし彼は納得していなかった。
「そう言えば成績優秀者には姫様に直談判出来る権利を貰えるようですね」
直談判と言われているが、実際はアリスティアに何かお願いの手紙が出せる制度だ。アリスティアに出来る事で問題のない願いを聞いてくれるご褒美制度である。普通は多少の給料増額とかである。
「普通に考えればお前だろうな……後一機でも落とせば俺の権限で無しにするがな」
グランツの睨みに視線を逸らすルドルフ。暫く視線を逸らすと咳で誤魔化す。
「卓越した生存性と高い火力の攻撃機の開発を要請しましょう--そうですね、あのガトリングガンとやらを大口径化して積んだ物が良いだろう。低速での運動性に優れ、長時間空中待機が可能な機体を所望します」
地球でそれを作った超大国が後に議会に引退させろと言われ、軍部が嫌だと喧嘩になりそうな機体を求めるルドルフ。更に言えば地上攻撃機はアーランドには無い機種だ。機種事に求められる性能にパイロットの技量も違う為、未だ作られては居ない。
「ほう」
グランツも少し考えてみる。陸軍が泣いて喜ぶ近接航空支援が出来る。確かに必要そうだ。
その後ルドルフは最優秀パイロットと認められる。そしてグランツと連名で新規航空機の開発をアリスティアに依頼された。
アリスティアは……正確にはアリスティア分身は依頼書を見るとワルノリし、30ミリガトリングガンを搭載した双発機を開発。特殊制作攻撃機と命名された機体は取り敢えず5機生産されるのだった。
これが後に地獄からの使者と呼ばれる悪魔の部隊の始まりである。尚、ルドルフが望めば足の再生を開発中の再生魔法の被験者になる事も可能だが、それより新機体が欲しいと一蹴したとの事だった。
ルドルフは特機運用部隊の隊長に就任し、大尉へと昇進した。
 




