179 メイド3人組の一日
時刻は朝の6時頃だろう。佐々良涼子は目を覚ます。
ベットの上で背伸びをすると、ベットから降りてカーテンを開ける。日差しが部屋に入り、同室の2人が毛布の中に頭を引っ込めた。
「ほら起きて。もう朝だよ」
「もう少し……寝かせてよ。3時間くらい」
「……同じく」
涼子と違い双子は朝が弱い。逆に涼子は目が覚めればすぐに起きれる。
涼子はため息を吐くと、2人の毛布を引きはがす。
「早く起きないと寝坊で怒られるよ」
「「……うみゅう」」
同じ動きで毛布を探す双子だが、暫くすると目が覚め、同じように背伸びをする。
彼女達は元は皇国に勇者召喚された異世界人だ。現在はアーランドに保護されており、メイドをしている。アリスティア専属のメイドだ。
最もアリスティアは王族としては殆ど手が掛からない上に城に居ない事も多く、彼女達はアリスティアの自室の掃除や仕事の手伝いを行っている。
目が覚めると昨日顔を洗い食事を取る。皇国に居た時は起きる時は蹴り起こされ、食事も味が微妙だったが、柔らかいパンと具沢山のスープが出てくるので文句はない。仕事も勇者召喚で呼ばれた彼女達は身体能力が高いので苦では無かった。
アーランドの王城では食事はメイド達全員で取る。効率的だからだ。職員用の食堂で手早く食事を取ると、彼女達の仕事が始まる。
アリスティアの起床には立ち会う事は無い。何故なら危険だからだ。あれはアリシアの仕事だ。
彼女達はアリスティアのペットに餌を与えるのが最初の仕事だ。
城内の一角に犬小屋群が立っており、そこの餌入れに生の肉等を入れると、匂いを嗅ぎつけた魔獣達が一斉に小屋から出てきて食べ始める。見た目は大型犬のようだが、彼らは擬態してるだけだ。異能である『探査』で正体を看破出来る彼女は大人しくても少し怖かったが、四宮美羽と妹の紫苑は楽しそうに頭を撫でている。
暫く2人が魔獣を愛でるのを眺めると、今度は少し離れた魔猫の方にも餌をやる。狼型の魔獣と猫型の魔獣は仲が余りよろしくないので少し離れたところで暮らしてるのだ。目と鼻の先程度だが。
しかしこっちは大きめの一軒家のような小屋の中で纏まって寝ている。
3人が餌を入れると小屋からぞろぞろ出てきて食べだした。擬態してる時の魔獣は愛らしい。その本来の姿は凶悪だが、魔獣達も無暗に人を襲うことはしない。何故なら、それを行えばクートの粛清を受けるからだ。そして安全に餌にありつける現状に彼らは不満も無い。クートと言う絶対強者の下に居るだけで、クートの意思に従うだけで野に居る時よりも充実した日々を過ごしている。
時折現れるバーサーカーアリスティアのモフモフも心地よかった。念入りにブラッシングされている魔獣は獣人が羨む程の毛並みを持っているのだ。獣人は少し自重するべきだろう。
餌やりが終わる頃にはアリスティアも起床して活動する。基本的には転移でオストランドへ出稼ぎに行く。王女も出稼ぎしてるのだ。最も稼ぎ過ぎてオストランドの魔物被害が急激に減っているのだが。
アリスティアが居なくなると部屋の掃除だ。
「ほら急いで終わらせるよ」
涼子が窓を拭きながら双子に指示を出す。基本的に彼女がリーダー的な存在だ。それは地球でも変わらない。双子は幼いのもあるが、自発的に動くのが苦手なのだ。物心ついた時から他人に何をするか決められていた結果でもある。
手早く掃除を済ませる。アリスティアの自室は彼女達と大差ない広さで、基本的に整理整頓されているので手間は掛からない。
次の仕事は資料を各部署に送る事だ。実はこれが重要書類の塊で、機密指定に入ってる資料も多い。
まずは技術開発局だ。これは王城内に施設は無い。技術開発局事態が新しい組織であり、魔法実験には危険が付き物だからだ。故に王都郊外にあるが、美羽の『転移』で移動出来る。
「すみませ~ん。新しい書類持ってきました」
手続きを済まし、施設内に入ると魔法使い達が己のデスクでひたすら計算を続けるか、試作の魔導具を解析用の魔導具で入念にチェックしていた。
彼らはまるで憑りつかれたかのような形相で仕事をしている。それと臭い。家に帰るのも忘れて研究に打ち込んでいるのだ。
「直ぐに見せてくれ! 」
数人の魔法使いが涼子から書類の束をひったくるように奪うと血走った眼をギョロギョロと動かし書類を見る。暫くすると踊りだした。
「素晴らしい……素晴らしすぎる。何度計算しても成果の出なかったのに答え既に出て着るのか!
おい、直ぐに実験だ。直ぐに要員を叩き起こしせ! 」
試験魔法使いはソファーで死んだように寝ていたが叩き起こされる。そして実験内容を聞くと同じく血走った眼で柔軟体操を始めた。
技術開発局は魔窟だ。魔法技術の向上以外しか考えないマッドの集まりだ。
彼等にとってアリスティアは神である。新しい技術体系を生み出し、洗練された魔導具をいくつも生み出している。それらの多くは彼らに作る事は【まだ】作れないが、アリスティアの魔導の成果を見るたびに実力を増している。
実際、大陸では魔法習得論が主流派だ。魔法の開発は容易ではなく、多くの大災害を引き起こした。更に度重なる戦火での魔法使いの消耗。大陸は魔法の開発を諦め、既存の魔法の習得こそ至上と言う考えに走っている。
実際術式論に必要な学問の多くも戦火で焼失してるのが大きい。
但しこれにはデメリットがある。現代魔法は多くの派閥が無理やりな改変を続けた結果、無駄に術式が多くコスパが悪いのだ。魔法使いの秘匿主義が原因である。
また、一部の身内にしか自身の研究を明かさない既存の研究方法はアーランドでは既に廃れた。
彼らにとってアリスティアは神だ。魔法使いの頂点に相応しい偉大な魔法使いだ。
その彼女は仲間ならどんどん技術を公表していく。その影響を受けた彼らも、同じ結論に至った。
個人あるいは身内での小さい研究グループだけで研究を続けるのは限界がある。
研究グループを作り共同で魔法の研究を始めた結果、成果は驚くほどに出た。
同じ研究を密かに行っている魔法使いは多い。しかし、難題に直面している箇所が同じとは限らず、情報の公開は良い状況に流れた。
彼等は魔法使いだ。魔法使いは自身より優れた魔法使いを尊敬する生き物だ。アリスティアが情報を公開するなら、アリスティアより劣った魔法技術しかない自分達も同じようにするべきだと考えたのだ。
「急げ急げ。直ぐに実験だヒャッハー! 」
血走った眼で狂気の微笑みを浮かべる魔法使い達。当然だろう。アリスティアが技術開発局の局長に就任してから殆ど寝ずに研究している。
何年も頭を悩ませた難題をあっさり解決された事に不満などない。
それよりも彼らは狂喜したのだ。自身達を統べる魔法使いは偉大だ。そして、その偉業を甘受出来る自分達は奇跡を常に見続けれるのだ。
魔法王国が羨ましかった時代は終わった。金も無尽蔵に使える。アリスティアに仕える事がこんなに幸せな事無いと確信している魔法使いだった。
見たことも無い技術に魔法理論。それらが彼らを魅了しているのだ。
3人は静かに研究所の外に出た。居るだけで精神汚染されそうだからだ。
「……帰ろう」
涼子が呟くと双子がコクコクと頷く。獣人神殿と呼ばれる施設と技術開発局の研究所はアーランドが誇る2大魔窟として有名になっていくのだった。
怖い物を見てしまった3人は無言で城に戻る。事情を知ってるメイドの先輩達は黙って彼女達を抱きしめた。彼等の世話は先輩メイド達の仕事なのだ。SAN値が下がるの事を理解出来てしまった。
こっそり先輩メイドが持っていた甘味を貰い、涙ながらに食べると、少しだけ調子が戻る。今日一番キツイ仕事だった。
濁った眼で笑いながら仕事をしているのだ。多分彼等的には笑顔の絶えない職場なのだろう。関わりたくないと思うのは城で働く人の総意である。実際貴族議会もあそこには近寄らない。迂闊にアリスティアを侮辱すると人体実験に使われるからである。何人かの議員が騒いで研究所内に引きずられていった事は有名だ。尚騎士が頑張って止めた模様。
捕まった議員はそれ以降、自分の屋敷に籠ってニートになったのだ。
3人は少し早いが、使用人用の風呂で一日の疲れを流す。風呂も既に改装され、王族が入るに相応しい大きさと優美さを備えているが、使用人用である。アリスティア分身が一日で作りました。
余りに場違いな装飾に全ての使用人がドン引きした一品だが、慣れとは恐ろしい物で、既に当たり前の生活だ。
浴場を出ると大きい鏡とドライヤーまである。
彼女達は髪を乾かすと部屋に戻った。
「なんかさ……この国おかしくない? 」
涼子が呟く。
「だんだん地球並みに便利になっていってる気がする」
美羽が同意する。
「でも………」
紫苑が次の言葉を発するとき、3人の言葉は重なった。
「「「便利なのは良い事だよ」」」




