173 お菓子に釣られて
宝物庫が財宝で溢れる事件は犯人不明。原因は分からないが、何かしらの細工で隠された財宝が何かのきっかけで宝物庫に現れたと言う事で終結した。
無論貴族議会が私を糾弾したけど、再び国民に貴族議会の会議場を包囲される珍事件が発生した程度だ。
彼らも学習しないな。王国の資金難が解決したんだからラッキー程度で流せばいいんだよ。真面目に働けば収容所(貴族議会)から出られるかもよ?
「ふふん。私を証拠も無しに糾弾する事は出来まい」
「悪さばかりしてると殿下に嫁入りさせられますよ。大人しくさせるという名目で」
「それは危険だ。お兄様もそれを企んでいる可能性がある」
私の何が良いんだか知らないけど、お兄様って私に物凄く執着してるんだよね。
まあ兄枠に入ってるので論外である。
さて、私が暇になってしまった。研究? アレなら分身こき使ってるから大丈夫だよ。今は魔法の櫛の改良もピピンと来ない。まだ頂には程遠いが、如何にたどり着くかと思考中なのだよ。
完成ではない。あれは新型魔導炉を超えている私の大発明品だ。だから、直ぐに改良するのは少しだけ難しいのだ。
と言う訳で久しぶりにベットでゴロゴロしながらクート君に抱き着いている。暖かいし、モフモフだ。少し働き過ぎで疲れてるのかもしれない。
その時携帯が鳴った。
「もしもし」
「あ、アリス今暇? 」
「物凄い暇」
退屈だよ。最近ヘリオスも何か妙に大人しい。まるで借りてきた猫のようだ。
執務に関しても大体押し付けてるし、私は指針と予算獲得にしか役に立たないからね。それほど忙しくもない。実務? 無理に決まってるじゃん。出来る人間を配置するのが効率的だ。
組織拡大はパッシュ大将のお仕事なのだよ。実際私軍事は素人だしね。多少は勉強してるけど。
「実はさぁ王様がアリスの為に新しいお菓子を開発したんだって。出来れば試食して欲しいって言われたんだけど」
「すぐにそっちに行く! 今すぐ! 」
「え、今日? 今から? 流石に今聞いたばかりだから確認取らないと。それに今アレの件で裁判中だよ。大使館経由で送ろうかって話なんだけど」
馬鹿め。大使館を経由すると毒見とか色々な手続きで1週間はかかるんだよ。新しいお菓子を1週間も待つとかあり得ないから。毒殺? オストランド側にメリット無いし。
第一あの王様が私を暗殺すると後々の事の方が怖いだろうから絶対にしないよ。アーランドって裏切者は絶対に許さないからね。半面仲間は見捨てないけどね。
「と言う訳で今日でも問題ない」
「いや……あの王子も城に居るんだけど……アリスってあの人嫌いじゃん? オストランド的には関わって欲しくないんだよね。醜聞とか外交問題とか出てくるじゃん。あの人もう少しで廃勅&投獄になりそうだし」
冒険者集めたり派閥作ってりゃ王国から警戒されるのは当然だよね。しかも集めた冒険者は増長して好き勝手してたし、集めた貴族も同様。上がアホだと集まるのもアホぞろいか。
「まあ、王様なら何とかしてくれるでしょう。私は今日でも良い。今日食べれるなら第5王子が騒いでも黙認出来る自信がある。勿論その新作のお菓子の味次第だけど」
「美味しかったよ」
まさかアノンちゃん……
「まさか……私を差し置いて先に食べたの? 」
「だってケーナがシャロンの領地に遊びに行ってて暇なんだよ。私は裁判関連で王都に居るってのに! 暇つぶしの冒険者も親父にバレて家中大騒ぎだよ」
普通の貴族令嬢は冒険者にはならないもんね。私? お父様が元冒険者ですが何か? 父親が冒険者だったんだから娘もなってもおかしくないよね? 大丈夫だよ心配症の一部の人が泣きながら辞めて欲しいって縋り付いてくる程度さ。それでは我が覇道は止めれない。将来は大魔導士になってお母さまとマダムに怯える生活に終止符を打つのだ。
「私も早く食べたい」
「じゃあ直ぐに聞いてくるね」
通話が切れる。確認が終わるまでの時間が長く感じる。
私はクート君をひたすらモフった。クート君が白目をむいて痙攣しだした頃に再び携帯が鳴る。
「びっくりしてたけど大丈夫だって。一応あの王子は部屋に閉じ込めて扉に板を打ち付けて閉じ込めておくって」
自分の息子なのに凄い扱いだな。しかしその程度で閉じ込められるのは王族として2流だよ。私なら部屋の床と壁に脱出路を作ってるから無意味だね。普通に脱走出来る自信がある。尚見つかったら、お母様かマダムの元に連行される模様。
「分かったすぐに行く! 」
私はすぐにオストランドに向かう準備をする。クローゼットから転移魔法陣の書かれた布を取り出し、床に敷く。あとは魔力を流せば学園の寮の私の部屋に移動できる。向こうにも同じ物があるのだ。
「姫様、視察の準備が! 何をなさってるのですか! 」
丁度転移しようとしたらノックの後にパッシュ大将が入ってきた。珍しく正装の軍服を着て、大将の紋章の入った勲章を付けている。
「新しいお菓子が私を呼んでいる。直ぐに往かねば」
「本日は実験部隊の視察のご予定が入ってるはずです」
そう言えばそんな予定が有ったような無いような。しかし急用が出来たのだ。キャンセルである。
「今日はパッシュ大将に任せるよ。オストランドの王様が私の為に新しいお菓子を開発してくれたんだよ。同盟国の王女として試食しないと」
「それは護衛の一人もつけずに行く事ですかな? アリシア殿は何処に居るのですか? 」
「アリシアさんは私の警備関連の打ち合わせで2時間は帰ってこない」
第一手続きとか色々とすっ飛ばしてる訪問を黙認するアリシアさんではない。止めれないと判断すると今後しないようにネチネチと小言を言って私に精神攻撃してくるはずだ。そんな時にアリシアさんをおちょくって話を逸らすクート君は白目をむいて痙攣している。全く役に立たない。
じゃあ2時間で帰ってこれば良いんだよ。と言うとパッシュ大将は天井を見上げると静かに涙を流した。
「アリシア殿を呼んできますので、絶対に一人で他国に行くようなマネだけはおやめください。おい、急いでアリシア殿を呼ぶんだ」
「風より早く呼んできます! 」
部屋の外で警備していた騎士が疾風のようなスピードで駆け抜けていった。
暫くするとアリシアさんがダッシュで戻ってきた。ついでに小言を言われる。私は足でクート君をつつくが、ビクン! と痙攣するだけだった。ヘリオスは部屋の隅で「死にたくないのである。吾輩まだ何も言っていないのである」と今朝から呟き続けている。ここ数日このざまだ。何があったし。
まあヘリオスが変なのは何時もの事だ。この調子が続くようなら記憶除去装置でも作ってトラウマを削除すれば元に戻るだろう。
「良いですか絶対に護衛を付けないで勝手に他国に行くのだけは駄目ですよ! 」
「クート君とヘリオスにシャドウ・ウルフも居るのに? 」
ようやく長い小言が終わったが、護衛は既に過剰戦力なんだよなぁ。
シャドウ・ウルフって目立たないけど、対人戦では最悪の相手だよ。闘気か魔力でしか傷つけれないし、影に入られたら止める術がない。入られた時点で詰む魔獣だ。だから発見次第即討伐される非業の魔獣でもあるけどね。それが10匹程私の影に常駐してるんだよ?
後はヘリオスは盾としては有能だ。普通の剣じゃ、まず傷つけれない。生半可な闘気でも無理。一流の実力者が一線級の闘気を武器に纏わせてようやく掠り傷を与えられるレベルの防御力を素で持っている。尚アーランドの騎士は大体それが可能な精鋭である。
そして私の愛犬クート君。
「我は…………我は狼……だ」
クート君が何かを呟いた。
そのクート君も地上戦ならヘリオスを圧倒出来るのではないかと思っている。確定じゃないのはクート君が未だに実力を隠してるせいだ。謎の進化を遂げている可能性がある。銀狼だと思っていたが、魔力が既にヘリオスを超えているのだ。しかも巧妙に隠してるせいで、今まで気が付かなかった。多分私の余剰魔力をクート君に流してたせいかもしれない。最近は魔力不足気味になってるから控えてるけど。
「確かに……いえ! せめて私だけでも連れて行ってください! その駄犬と暴食竜だけでは信用できません。第一暴食竜も駄犬も戦力外になってるじゃないですか! 一体何をしたのですか。いえ、駄犬は何をされたか分かりますけど」
「ヘリオスはここ数日様子がおかしいんだよ。きっとお兄様に何かされたんだ。
お兄様が中庭でヘリオスを拷問にして磔にしたって噂が城で流れてるし」
ちらりと城のメイド達が立ち話してたのを聞いた。
曰くお兄様が中庭でヘリオスを騎士達と取り囲んでいた。
曰くいきなりヘリオスが死神を見たかのように錯乱して転げながら逃げていった。とかだ。何か怖い事をされたのだろう。それ以降怯え続けている。
あのアホなヘリオスがこれほど怯えるなんて一体何をしたんだろう。多分ヘリオスが悪さをしたに違いないけど。
「……殿下ならやりかねませんね。分かりました。どうせ姫様は言い出したら絶対に折れませんし私がついていきます。
パッシュ大将はこのまま実験部隊の視察に向かってください」
「……私一人ですか? 歓迎されないような……」
いや大歓迎されるはずだよ。お偉いさんが来るんだよ。だから今回は一人で行っておくれ。
そしてパッシュ大将は城に新しく作られた転移装置で実験部隊が駐屯する基地に視察に向かった。
転移装置は複数のポイントを行き来出来る魔導具だ。向こうにも魔導炉があるので、試験的に運用しているのだ。結構自信作だけど、魔法の櫛に比べると簡単に出来る。神よ! 私に魔法の櫛の改良するインスピレーションをおくれ。まだ私は満足できない!
そしてパッシュ大将は一人で視察を行ったが、自分一人だと告げると露骨に落胆されたと後に私に語るのだった。
「さあお菓子が私を待っている。クート君もヘリオスも遊んでないで魔法陣に入って! 」
ヘリオスは虚ろな瞳でふらふらと魔法陣に入ったがクート君が動かなかったのでアリシアさんが魔法陣の中に運んだ。
魔法陣が光り輝き、視界が一瞬だけ暗くなると、すぐに明るくなる。そこは既にオストランドの学生寮の自室だった。




