171 そう上手く誤魔化せない①
朝に更新したかったけど寝坊は仕方ないね。
アリスティアがオストランドで冒険者をしているとき、ギルバートは城で政務を行っていた。
現在政務を行う王族はギルバート一人で、国王たるドラコニアは魔物の領域に軍を率いて進行し、蹂躙しており、シルビアも妊娠につき政務は免除なのだ。そのツケは全てギルバートに回っているのだが……ギルバートの政治的手腕は歴代の王族の誰よりも優れていると言うのが王国貴族の評価であった。
アリスティアから齎された利権を上手く使い、飴と鞭を使い分け、今まで政治的理由で排除出来なかった悪徳貴族を排除し、有能な貴族と入れ替える。反対派には利権を流し黙らせ、寧ろ自陣営に加えていく。
貴族達は震えあがった。「殿下だけでもヤバいのに、姫様とつるむと手が付けられん」と言われる始末である。
お陰で不正が減り、国民からの支持率も地道に上がっている。アリスティア程インパクトのある男では無いが、その影響力は強かった。
そんなギルバートも最近頭痛の種があった。
「彼らには反省と言う概念がないのか? 」
何時も何時も政治の足を引っ張る貴族議会。別名収容所。
元は一時的に権勢を強めた組織だが、今は無能のゴミ捨て場であり、常に政府を批判して扇動する邪魔者に成り下がっていた。
しかし、アリスティアに喧嘩を売るという自爆を敢行した結果、国民からも唾を吐かれる上に、議長等の要職の者達は貴族籍をはく奪されたのだ。
彼らは大人しくなった……1ヵ月程度は。
現在はアリスティアの献上金関連で日夜大騒ぎである。
「王女が献上金を政府に渡してるのは賄賂ではないか! 」
「王女が自身の権力を強めるための行為に違いない! 今すぐにやめさせるべきだ! 」
等と恥もなく発言し、周りに呆れられる始末だ。
普段ならある程度のデモも起こるのだが、議会の無能さが国中に知れ渡った影響で活動家も動かなくなった。同類に見られたくないのだろう。議会の子飼いの活動家も居るが、殆どは王国の未来に不安を感じての活動だ。景気が絶好調な今のアーランドには不満も減り、活動家から労働者へと変わったのである。お陰で貴族議会の影響力が更に無くなった。
「反省する事が出来れば、領地や役職を失い議会に送られておりませぬが」
「ハア……面倒な。……それもこれまでであろうがな」
ギルバートは新しい法案の書かれた書類に目を通す。新貴族法と名付けられた法律だ。
現在貴族は生まれながらに貴族だ。よほどの悪事を働かなければ貴族籍は無くならない。
しかし、それでは王国の財政に悪い上に、有能な貴族から有能な後継者が生まれる訳ではない。寧ろ生まれに驕り、無能になる輩も一定数いるのだ。
ギルバートはそれに待ったをかけた。新しい法案では2代に渡り、役職か領地を持てない者は貴族籍を失う。それが新しい法律であった。
貴族議会も元は領主や役職持ちの貴族が自分の子供や孫の権益を守るために作った組織だ。
自分は優秀でも息子は孫は違うかもしれない。家を残すために歪んだ組織が生まれてしまった。
ギルバートから言えば「甘えるな」と一言で切り捨てられる事だ。現在は各貴族に息子が駄目なら孫は自分で教育しなさい。それなら許すと圧力をかけており、すでに法案の可決は間違いない。
そしてこの法案と同時に貴族議会は解体され、連中は無役の貴族になる。
貴族議会の議員達の殆どは数代に渡り役職がない。あるのは少数の議長等だが、彼らも世襲なので殆ど議員だ。そして議員は役職扱いされないので、このままだと平民落ちが確定である。無論ギルバートも直ぐに貴族籍をはく奪はしない。一定期間彼らを観察し、やる気のある者は引き上げるつもりだ。
しかし彼等は腐り過ぎであった。
「アリスのお陰で無能を合理的に排除できる。王国の財政再建も進む上に国民の不満も和らげる。笑いが止まらんね」
クックックと黒い笑顔で笑うギルバート。
「連中は怨嗟の声を上げてますけど」
宰相はため息を吐く。連中の相手をするのは彼なのだ。面倒極まりない。
すると一人の騎士がノックも無しに執務室に駆け込んできた。
「緊急事態が発生しました! 宝物庫に賊が……」
無礼を叱る前にギルバートと宰相の頭に一つの事が浮かんだ。
「「マジか! いかん国家機密が漏洩してしまう。すぐに現場を検証し、賊の手がかりを見つけ秘密裏に処刑しなければ! 」」
慌てて駆け出すギルバートと宰相。騎士の報告はここで終わりではない。しかし、宝物庫にはアーランドの国家機密が置かれている。
そうドラコニアの王冠だ。
実はドラコニアの王冠に付いている宝石は偽物のガラス玉だ。巧妙に偽装されている為、近くで見ないと分からないのだが、これが公になればアーランドの恥が大陸に拡散するだろう。特に中央の国家は面白可笑しく嘲笑ってくる。
何故王冠の宝石が偽物なのかは財政不足で売り払ったからだ。アリスティアが生まれた時の誕生祭で資金がどうしても足りなかったのである。
「ですから直ぐに買いなおして本物をつければ良かったのです」
走りながら宰相が文句を言うが。
「仕方ないだろう。父上も邪魔だからって公的な行事以外は宝物庫に置いたままだから放置されていたんだ」
ギルバートもまさか昼間……しかもアリスティア製の魔道具山盛りの厳重警備を潜り抜けて宝物庫に侵入されるとは思っていなかった。直ぐに捕まえて拷問を行い賊の侵入経路を調べなければと事後対策をいくつも検証する。
「まだ賊が城内に居る可能性もある。アリスの護衛を増やせ」
「お、お待ちくだ」
「いいから直ぐに護衛を増やせ! 」
賊にアリスティアが誘拐される事態は避けなければならい。アリスティアは場内では警戒心が殆ど無い(マダムとシルビアの接近を察知出来る程度)ので、お菓子を餌に拉致られる可能性があるのだ。アリスティアの魔道具の警備を潜り抜ける工作員なら拉致の可能性もあった。
未だに事情を知らない城勤めの使用人等が驚きの声を上げながらギルバート達に道を開け、それを駆け抜ける。
暫くすると宝物庫に到着した。既に多くの騎士が現場検証を行っている筈だが、彼らは宝物庫の入り口で首をかしげるだけだった。
ギルバートは不審に思いながらも彼らに声をかける。
「賊の手がかりは見つかったのか」
騎士が敬礼し報告する。
「いえ、容疑者しかわかりません」
既に容疑者を特定している事にギルバートは感心した。
「そこまで分かっているのか」
「このような事をするのはアーランドでも一人しかおりません……しかし証拠の類を完璧に隠蔽されているので立件は……」
どうやら証拠が無いらしい。何故それで容疑者を特定したのか分からない。
「確実にやったと分かるなら拷問を行えば良いだろう」
その言葉に騎士がビクンと震える。
「その……容疑者は……姫様です。宝物庫から消えた物は何一つありません。
寧ろ宝物庫が宝で満たされました。それと、いくら拷問官でも姫様を拷問は出来ないかと……彼らも姫様も信望してますので」
「は? 」
「こちらをご覧ください。このような悪戯紛いの方法を使うのは姫様以外におりません」
騎士が道を譲り、宝物庫の中に入るギルバート。そこは普段のがらんとした宝物庫では無かった。床は一面金銀財宝がゴミのように置かれ所々山が出来ている。
アーランドの建国史上これほどの財宝が宝物庫に入っていた事は無いと断言出来る量だった。
「……警備の騎士達は何も見てなかったのか? 」
「獣海に呑まれて一時的に目を離してしまったようです」
獣海とはアーランドの王城で週に1回程発生する魔獣の大移動である。アリスティアのペットである魔獣は基本的に城内で放し飼いだ。しかし魔獣達にとっては城は狭すぎる。故に城内を走り回る事があるのだ。迷惑極まりない災害であるが、今まで物を壊したり誰かを傷つける事は無かった。散歩のような物だ。
「そこの監視カメラに映っている筈だろう」
「カメラの映像を確認しましたが何も映っていません。
魔法使いの証言では姫様製なので、姫様なら細工できる可能性があるそうです。これもあくまで可能性です。カメラ自体が我が国の技術力を遥かに上回っており断言は出来ないと申しております」
「うん。確実にアリスだね。それ以外にこんな事をする人間は居ない」
「でしょうね……」
騎士達は苦笑いし、ギルバートは額を押さえた。
この財宝を王国の資金にしろと言っているのだろう。最近貴族議会が煩いのを知っているが故の行動だと理解できた。
但し、これほどの財宝を何処から持ってきたのかが大問題であった。明らかに多すぎるのだ。
何も相談しなかったのは面倒だからだろう。ギルバートのシスコン力はアリスティアの思考を読めるほど強いのだ。
「じゃあ……本人に聞いてくる」
「よろしくお願いします。我々では証拠も無しに尋問する事は出来ません。……仮に尋問すれば獣人が煩いですし」
証拠も無しに尋問すればアリスティアの信者となってる獣人が出てくるのは明らかだ。彼らの相手は面倒過ぎる。まず話が通じない。彼らの中ではすでにアリスティアは天使であるのだ。狂信者に言葉は通じない。
ギルバートはそこからわずかな護衛を連れて駆け出した。
「アリ―――ス! 」




