168 抗議②
大使は鉄道の有用性を資料を基に説明を始めた。王や貴族達は最初は何が優れているのか分からなかったが、飛空船だけに輸送を任せるのはリスク管理の点で危険であり、他国のテロで飛翔魔法の妨害を行われれば輸送網に大ダメージを受ける事等を説明されると納得した。
鉄道は優れた輸送システムだ。設置に金が掛かるが、一度で運べる人員や物資の量は魅力的で、飛空船と対を成す輸送網だ。
更に地域間での人の移動も盛んになり、それは金の流通も加速する。更に一度設置すれば飛空船と違い平民でも気軽に使える移動手段になりえる。
「無論我が国でも王都内に既に設置を始めております」
「それは素晴らしい物だが、王都内に設置してるのですか? 他領と繋ぐのでは……」
「アーランドの王都は現在拡大中なのは既にご存じでしょう。実は拡大し過ぎて王都内での移動にも難があるのです。鉄道を王都を一周するように設置すれば国民は王都内を好きに移動できます。更に雇用も増えます。
無論各領地とも繋ぐ事で物資輸送は更に加速するでしょう。こちらの資料には更に詳しく性能などが掛かれております」
謁見の間に居る貴族全員分では無いが、多くの資料を渡している。渡された貴族は資料を睨むように見つめ、呆けた顔で近くの貴族に資料を渡す。彼等にはこんな物を作るなんて考えられなかった。
アリスティアが作った鉄道は蒸気エンジンを使ったシンプルな物だ。それ故に技術力の低いこの世界でも作る事は可能だ。
しかもかなりエコな仕様であり、燃料は石炭などでは無く、魔力だ。火魔法で水を蒸発させ、その蒸気で動かす。火魔法は酸素消費が少ない上に煤等も出ない為、環境に良いエンジンであった。最も魔法付与技術が必要だが、アーランドはその問題を既に解決している。
現在アリスティアの下に居る技術開発局の魔法使いは9割以上の確率で魔法付与に成功する。これはこの世界では異常な事だ。魔法先進国であるシルバトニア魔法王国の最高峰の一級魔法技師ですら4割しか成功しないのだ。最もオストランドに話す事では無い。隠す気は無いがシルバトニア魔法王国は大陸中の魔法使いは自国の管理下にあると公言する程の連中だからだ。知られると鬱陶しい事になるだろう。
実際アリスティアが飛空船を甦らせた事を中央では魔法王国から技術を盗んで完成させた事にされている。知らないのはアリスティアだけである。
「車両の生産はオストランドでは現状不可能でしょう。我が国で生産を行い、飛空船を用いて空輸します。線路の設置はある程度の技術供与を行う用意があります。そちらも雇用を創出できますよ」
「ふむ……」
国王は少し考えた。鉄道により生まれる雇用と利権は美味しい。他国にアーランドとの良好な関係をアピールできる。しかし車体の生産を握られるのは痛い。恐らく車体の生産技術は渡さないだろう。アーランドも渡せる物と渡せない物があるのだ。
鉄道と飛空船は物流……つまりインフラ整備により膨大な利益が出せる。他の同盟国も喜んで買い受けるだろう。そして国内開発に邁進する。
その点帝国は最悪だったと国王は思った。毎年無視出来ない金銭を渡す事で侵略されないのだが、向こうから何かを渡す事は無い。あくまで搾取する側とされる側であった。故に帝国を蛇蝎の如く嫌う国がアーランド側についてるのだが。
しかしこれを買わないとは言えなかった。
他の同盟国もこれの有用性には直ぐに気が付く。アーランドを盟主とした対中央同盟は中央の国家連盟に国力で劣っているのだ。何としてでも国内開発を行い国力を増強する事が急務であった。
オストランドは豊かだ。しかし、アーランドの勢いには敵わない。アリスティアのもたらす技術をどん欲に吸収し、アリスティアから無限の富を供給されている。
「陛下、これ以上アーランドから買い受けると財政の方が……」
宰相が苦言を放つ。しかし宰相も買うしか選択肢が無い事を理解してる。故に渋い顔をしていた。
「では、オストランド側から鉱石等の輸入を増やすと言うのは如何ですか? 」
大使が代案を出す。鉄道を導入する対価に輸出で優遇すると言うのだ。
「貴国にはかなりの鉱山がある筈だが大丈夫なのか? 」
アーランドは鉱山も豊富だ。今までは余っていた。
「我等が姫君が大量に消費しているので全然足りません。余剰分は全て我が国で買い取っても構いませんよ」
(金属を大量に用いて何かを作っているな……詮索すれば気が付かれるだろう)
大使の様子からアリスティアが何か他の事を……大量の金属を使って『なにか』を作っている事を国王は察した。しかし詮索しても答えないだろう。つまりアリスティアは軍事的に何かを作っているのだ。
その時国王はアリスティアが空軍のトップである事を思い出す。
(空に鋼鉄の飛空船を浮かべる技術をアリスティア王女は持っている……魔道戦艦なんぞ甦らせないと良いのじゃが)
国王は色々な可能性を考える。そして
「それなら直ぐに元は取れるじゃろう。直ぐに購入しよう」
その言葉を聞いた大使は笑顔で会釈する。そして謁見は終わった。
「ふう……」
国王は謁見の間から大使が出て行くと溜息を吐いた。そして立ち上がると周りの貴族に支持を出す。
「直ぐに鉄道の設置を行うぞ。他国に後れを取る訳にはいかん」
老王が国に号令を出す。貴族達が頭を下げると慌てて謁見の間から出ていた。
「まずは鉱山じゃな。次は農業地帯と王都を繋ぐ」
「鉱山からアーランドに送れるように手配しましょう。それと鉱山を保有してる貴族に増産を命じます。
後は……労働者の募集でしょうか? 」
宰相が地図を広げて何処と何処を繋ぐか唸りながら考えている。
「労働者はスラム民を優先的に雇うのじゃ」
「成程! 連中に仕事を与えれば税が取れますな。しかも治安も多少は良くなるでしょう」
宰相は担当の者を呼ぶように部下に命じる。部下の官僚も慌てて走っていった。
「アーランドの大使館に増員を送れ。アーランドは既に国家が一体となって動いておる。故にオストランドは偏見を捨ててアーランドから学ぶのだ」
「貴族の多くは未だにアーランドを侮っております。柔軟で優秀な若者を送りましょう。きっと多くの事を見てくるかと」
国家の一体感ではアーランドは大陸随一だ。それを学ばなければならない。暫く忙しくなると国王は呟いたが、その表情は活力で溢れていた。
忙しなく部下に必要な事を命じていると一人の騎士が現れた。
「陛下、村長を名乗る者が直情に来ております……平時なら追い返すのですが、件の冒険者の救助を求めております。どうやら冒険者が助けた村の長のようです」
村長と言えど平民だ。一国の王に簡単には会えない。最悪それだけで不敬だと処罰される可能性もあるのだが、アリスティアの助けた村の村長は命がけでアリスティアの救助を求めてきたのだ。
「ふむ、宰相よ。その村長ならば証人になれるかの? 」
「ええ。平民と言えど村を統治している者です。ウザル男爵と背後の公爵も良い訳出来ないでしょう。手を回されて消される前に王宮で保護しましょう」
こうして村長は会議室に呼ばれた。呼び出された村長は会議室に居る王を見ると跪いた。
「私のような者と謁見していただき誠にありがとうございます。国王陛下におかれては……」
「前置きはよい。そなたが話したいのは冒険者ホロウの事であろう? 安心せよ既にウザル邸には騎士を派遣しておる」
その言葉を聞いた村長が涙を流す。最悪死を覚悟でホロウの救助を求めに来たのだ。
「それは……良き事でございます。彼女達のお蔭で村の被害は最低限で済みました。
我々にはあの数のワイバーンに対処する事は出来ません。彼女達が居なければ多くの者がワイバーンの餌食になっていた事でしょう。
どうか! 私の命はどうなっても構いません。彼女達を御救いください」
「安心せよ。冒険者ホロウには王家も助けて貰った事もある恩人だ。決して無碍な事はせぬ。
それと貴殿に罰を与えるつもりは無い。寧ろ恩人の為に命がけで動く程の者に罰を与えれば儂の威厳に傷つく。然るべき褒美を与えよう。
但し、奴の裁判には証人として出廷せよ」
「っは! 」
村長は望み以上の結果に安堵した。そして殆ど休まずに来た疲れで腰が抜けてへたり込んだ。
国王は相変わらず慕われておるな。我が国の国民ですらこれかと少しだけ溜息を吐いた。自分も息子達もこれほどの決意で動く人は少ないからだ。
「村長を部屋へ案内せよ。警備を厳重にし、誰とも接触させるな。それと裁判の準備も行うように」
国王は追加で指示を出すのだった。
 




