167 抗議
オストランド国王は孫娘と静かにお茶会を楽しんでいた。
王国の再建は魔物が真っ直ぐ王都に進撃したお蔭で王都以外には被害は少ない。ならば元々狭くなっていた王都を拡張しようと壊れた外壁を撤去して王都拡大に努めている。
しかしオストランドも割と有能だ。必要な人材を必要な数だけ揃えている。この点ではアーランドよりは良いところだ。アーランドは資金不足で色々と足りない国であった。
王の部下が多くの仕事を引き受けているので偶に休憩も取れる。執務に謀殺されそうな某シスコンは涙を流して羨むであろう。
「どうじゃ、これは城の料理人に作らせたクッキーシュークリームじゃ」
今日は新作のお菓子を孫娘に味見して貰っていた。オストランド王家は男系の家系で女子が少ない。王も男兄弟しか居ないし、娘も居ない。故に孫姫であるマリア―ネを溺愛していた。もう目に入れても痛くない程の溺愛ぶりである。
「ええ、とても美味しいですわ御爺様」
「ホッホッホ。良い事じゃ」
王はずっと考えていた。それはアーランドとの付き合い方だ。技術ではアリスティアの影響で勝ち目は無い。このままではオストランドの富はアーランドに流れるだろう。
無論アーランド側も搾取する同盟関係など望んではいない。富は欲しいが背中を刺されては意味が無い。故に貿易ではオストランド側が驚くほど優遇して貰えている。しかし、それでも流れは止められない。故に新商品が必要だった。
王は考えた。そしてアーランドに派遣した大使からの情報で「アーランドではお菓子が庶民にまで親しまれている。これは王女の影響である。市場は成長し続けている」との情報を得た時に閃いたのだ。
素晴らしいお菓子で王女を魅了すればアーランドのお菓子産業で覇者になれるのではないか!
お菓子作りならばオストランドも負けてはいない。創意工夫はオストランドも得意とする事だ。
そして満を期して出したのがクッキーシュークリームだ。シュークリーム自体は存在しているが、こっちは無かった。
(フフフ、これでお菓子産業に殴り込めるわい。後は王女殿に食べて貰いおススメ印を貰えれば更に売れるであろう)
アーランドではお菓子の箔付けにアリスティアの試食がある。アリスティアが美味しいと言えば売れるのだ。アリスティアの人徳とお菓子に対する愛情は国民も知っている。まず情では判断されない。金も無理。脅迫は暗部が動く。美味しいか否かの判断はパティシエの腕次第なのだ。因みにお菓子作りの腕しか評価しないので、スラム上がりのパティシエも生まれている。生まれも経歴も一切考慮されないのだ。
王は上機嫌であった。新作のお菓子は絶対に売れる自信があったのだ。まずはアーランドに居る大使に連絡してアーランドの王都に店を出す。そして、それを足掛かりにアーランド全土へオストランドのお菓子を売りまくるのだ!
暫く孫娘と色々な話をする。マリア―ネは冒険者ホロウに会いたいと何度か話したが、王もアリスティアの貴族や王族と付き合いが苦手なのを知っている。故に難しいだろうと思った。無理に頼むのは難しい。それとなくお願いしてみるかと考えていると、王の身の回りの世話をする執事が慌てて走ってきた。常に冷静な男である彼にしては珍しい事である。
「陛下、ご休憩中申し訳ありません。緊急事態が発生しました」
「……それは儂の憩いの時間を潰す程の事か? 」
行き成り不機嫌になる国王。暫くは誰も近くに来ないように厳命していたのだ。
「申し訳ありません。罰は如何様にも。ですが、件の冒険者をウザル男爵が不当に拘束し、王都内の屋敷に閉じ込めているそうです。それについてアーランド大使が抗議の為に謁見を求めております」
がた! っと国王が立ち上がる。その勢いに椅子が倒れるが、王は気にしなかった。否、気にする余裕は無い。額からは汗が止まらず流れている。
「何故そんな愚かな事をした! 冒険者ホロウには干渉を禁じていたはずじゃぞ! 」
王は貴族達に厳命していた。冒険者ホロウへの干渉を禁じると。
そして王は知っている。ホロウの正体を。
(不味い、実に不味いぞ。アーランド側に漏れているのが非常に不味い)
アーランドの王女を拘束したなど外交問題では済まない。アーランドにおいてアリスティアの名声は強い。国民に親しまれている王族なのだ。もし、ホロウがアリスティアだとアーランドの国民が知ったら大変な事になる。
胃が痛くなった。
「しかしウザル家はマリア嬢がまとめているはずじゃぞ。馬鹿な婿を入れられたが、奴にそれ程の実権は無い筈じゃ」
ウザル家のマリア夫人は男子で長子で無ければ王国の官僚か軍人に欲しい程の傑物だ。国王のなかでも信頼出来る貴族であった。
「マリア嬢は病で静養中だそうで王都の屋敷に籠っているそうです……事実は違う可能性もありますが」
国王は舌打ちする。やはりあの公爵の縁者など入れさせるべきでは無かった。
国王もそれと無く真っ当な貴族の方を紹介したのだ。しかし「公爵家からの要請に王家が横槍を入れれば最悪国が荒れてしまいます。私が実権を握り、子が出来れば私がしっかりと教育します」と彼女に断られた。
確かに公爵側からすれば、建前上でもウザル家を心配しての事だ。政略結婚もおかしなことでは無い。なのに王家が横槍を入れるのは危険ではあった。故に国王はマリア夫人を止めれなかった。結局子供も出来なかったそうだ。
スタンピード後に、王城に来た彼女と話したが、子が出来なかったので叔父の子供に爵位を譲るか考えている。と言っていた彼女は病気の気配は無かった。
叔父は婿に嫌われている為、とある村で村長をしているそうだが、こちらも有能であるそうだ。
「兎に角謁見の支度をせよ。大使には絶対に無礼な扱いは許さんぞ」
アーランドを盟主とした同盟により、各国の王都には大使を置く事になっている。大使は国の代理人だ。無礼な事があってはならない……つまり誰であろうと無暗に近寄せるなと厳命した。
暫くして謁見が始まる。
「我が国の政府もこの件には憂慮しております。悪事を働いての拘束ならばいざ知らず、何の罪も無い冒険者を貴族の我儘で拘束されるとあれば、アーランドとオストランドとの関係も見直さなければならないと」
大使は淡々を抗議の内容を話す。その顔は無表情だが、瞳には怒りの火が灯っている。
「そ、それ程の事なのか」
余りの内容に集まった貴族が呟く。平民一人で国交を見直すと言っているのだ。
しかしアーランドではおかしな事では無い。元々団結力で国を纏めてるのだ。国民を不当に逮捕したとあれば国民は絶対にオストランドを許さないだろう。
「当然です。我等アーランドは第一の友好国としてオストランドを選んだのです。今後は多くの商人や国民がオストランドを訪れるでしょう。
しかし、不当に我が国の国民を拘束するような事があれば友好どころではありません。我々はこのような前例を作らせる訳には参りません。この件については厳正な処罰と再発防止の為に具体的な話を伺いたい」
その言葉に謁見の間の貴族達は声を失った。
「しかし我等がアーランドも無慈悲ではありません。オストランドとは国交を結んで、まだ日が浅い。こういう間違いも一度は起きるでしょう。我等が姫君も「一度目だし、場合によっては水に流す」と仰せでした」
国王はアリスティアが親オストランドで本当に良かったと感じた。最もあえて捕まった可能性が高いが、この件の内容を淡々と話す大使の言葉を聞いていくうちに周りの貴族同様怒りで顔が赤くなっていく。
違法な税の徴収に冒険者への貢物の強要。オストランドでも許される事では無い。
「ワイバーンが欲しいのも理解出来ます。アレのはく製は自慢になりますから。
私も若い頃は執事と2人で狩りに行きました。今でも屋敷に飾っています。しかし、他者から奪うのは如何なものと思いませんか?
こういう事を許せばオストランドの冒険者は他国に離れてしまうでしょう。それは貴国の魔物対策への支障も引き起こします。王よどうか冷静な判断をお願いします」
一貴族が執事と2人でワイバーンを狩るのもおかしい事だが、冒険者が居なくなるのは困る。
考えれば分かる事だった。成果を奪われるならば冒険者は直ぐに居なくなってしまう。彼等は自身の命を対価に動いているのだ。その成果を奪う国に留まる理由も無い。彼等の多くは国に所属していないのだ。
貴族達の視線が国王へ向かう。国王は溜息を吐く。
「兵を……そうじゃの。抵抗があるかもしれぬし、200程ウザル邸に派遣せよ。抵抗するのならばその場で処断しても良い」
「へ、陛下! こんな事でウザル男爵を処罰するのですか! 」
とある子爵が声をあげる。この場に居ない公爵の子飼いだ。
「黙れ、法を犯したのは明白だ。それに冒険者ホロウへの干渉を儂は禁じていたぞ自業自得じゃ」
「しかし……証拠が」
ウザル男爵は公爵の縁者だ。ここから公爵への責任問題に繋がる故に子爵も必死に抵抗する。
「そうです。本当に冒険者ホロウが捕まっているのかすら確定していないのですぞ」
他の公爵派もここぞとばかりに反論するが。
「証拠以前に本人から助けて欲しいと連絡が有ったのですよ。冒険者ホロウも魔導携帯を所持してますので。現在屋敷の地下に居るそうです。
それと一部兵士に贈賄の疑惑もあります」
「へ? 」
あり得ない発言に再び謁見の間に静寂が訪れた。
「失礼ですが、冒険者ホロウと連絡を取れる関係なのでしょうか? 」
他の貴族が大使に質問する。
当然だろう。大使の爵位は伯爵だ。普通ならば一冒険者が繋がりを持てる相手では無い。子飼いの場合なら別だが。
「ええ。彼女は優秀な治療魔法の使い手ですから」
大使の返答はおかしくない。オストランド王すら知っている冒険者ホロウが本国で知られていない筈も無かった。
本当は全然有名では無いが、貴族達が囲っている冒険者ではよくある事だ。特に治療魔法は使い手が少ないので不思議な事では無い。
実際オストランドでは治療魔法の使い手に幾人かの貴族が支援金を渡す代わりにいざと言う時は優先して治療させる契約を結んでいることが有った。故に貴族達も納得した。
「彼女は戦闘面でも優秀ですが、アーランドの魔物は少々手強いので、オストランドで修業しているのですよ」
「優秀さは儂が保障しよう。優れた魔法使いだ。
さて、貴国の憂いも早急に排除しよう。行け! 」
慌てて騎士達が外に出て行く。ウザル男爵の末路は決まった。
「良かった。これで私の本来の役目を果たせます」
「まだ……何かあるのか」
講義はついでと言い放つ大使に場の貴族もまだ問題があるのかと慌てるが。
「いえ、我等が姫君が開発した新技術をオストランドへ販売する許可がでましたので、それの交渉も行うだけですよ」
「本当か! 」
思わず国王が立ち上がる。アーランドの新技術を販売……それも他の同盟国では無く、オストランドが最初なのだ。他の同盟国にはアーランドとオストランド繋がりは確固に見えるだろう。この件が漏れる心配も杞憂になる。
「ええ、それでこちらが資料になります。新しい発明品は鉄道と言います」
大使は用意していた資料を王の執事に渡すのだった。




