147 アリスティアの冒険 3日目
宝物庫の外には蟲がいっぱい。予定では今日の午後にでも王都に戻る予定が、イノセクトマザーの出現で邪魔された。オストランドに近い森の奥に小規模から中規模のスタンピードを引き起こすイノセクトマザーの討伐には成功したが、イノセクトマザーが生み出した大量の蟲は残ってる。
現在宝物庫には入れない為に諦めた蟲も居るのだが、どうやらヘリオスがドラゴンなのに気がついてるようだ。それとクート君が高位の魔獣であることも。
魔物は上位の魔物を捕食する事で自身を進化させる事が出来る。無論絶対進化する訳では無いが、時間経過で進化するより魔物を食らう方が進化が早いのだ。
「姫様、ヘリオスの姿が見えませんが」
「外で暴れてるんじゃない? あの棍棒気に入ってたし」
ヘリオスはアーランドに来てから全く活躍していない。それどころか人間状態では騎士にも勝てないレベルだ。無論頑丈な体を使ったゴリ押しを騎士の技量で受け流される故の事だ。
ヘリオスはドラゴンだ。それも永い年月を生きた古代竜だ。しかし、ヘリオスは今まで自分と同程度の実力の魔物とすら戦闘経験が無い。ただ長生きなだけだ。
今までは膨大な魔力とブレスで大抵の魔物に勝てた。しかし、それ故に傲慢になっていたのだが、私とお父様にボコられプライドはへし折れた。しかも見下してた魔獣にも地上戦では負けるレベルだ。地上に降りればクート君には絶対に勝てないと思う。クート君はどうも実力を隠してるっぽいし、ヘリオスの実力を見ても余裕の態度だ。
これがいけなかったのだろう。ヘリオスは人間にも負け、地を這う獣にも負けると言う事実を知ったのだ。だからどういう戦い方でも誰にも負けないように訓練を行っている。
「蟲は珍味なのだがな」
「クート君は絶対に戦っちゃ駄目」
口から蟲の足でも出てたら悲鳴をあげる自信がある。
蟲の魔物はそこまで強い事は無い。但し、数で押してくるので苦手だ。あのカサカサ動く動作に、嫌悪感がこみ上げる見た目。どう見ても私の天敵だ。触りたくないし、グラディウスで切るのも抵抗がある。切ったら蜘蛛型の魔物等は体内で子供を育ててる事が有るのだ。ブワーって出て来そうで怖い。
現在宝物庫の内側からソルジャーゴーレムが外の蟲を銃で殲滅してる。内部から鎖型の魔道具で倒した蟲も回収してるが、かなりの数が居るようだ。未だに殲滅出来ない。ヘリオスは宝物庫の外で暴れてるので、暫くすれば終わるだろう。
よく考えたら宝物庫って要塞なんじゃ……
「この宝物庫を要塞に使ったら強そう」
「陛下でも無断で入れないのですから最強の要塞でしょうね」
便利なアーティファクトだよね。いざとなれば宝物庫に逃げ込める。中に大量の食料も入ってるから籠城も出来る。水は何故か噴水あるし、成分的には飲料水にも出来る。この水は何処からか転移で送られてるようだ。私でも転移元を特定できないのだけどね。
「しかし面倒だね。戦車も銃砲もアーランドに置いて来たし」
「生産した分ならあるけど」
近くに居た分身が遥か彼方を指さすと兵器群が置かれていた。そう言えば追加で生産してっけ。
でも、他国で使うと情報漏えいが怖いんだよね。ここは大人しく倒されるのを待とう。
結果、宝物庫の門周辺の蟲を駆除するのに夜までかかった。緑色の体液を体中にこびり付かせたヘリオスを速攻でお風呂に放り込み、次の日の朝に王都に戻る。
私が冒険者ギルドに入ると、多くの冒険者が集まっていた。
「ああホロウ様。御無事でしたか」
受付嬢が駆け寄ってきた。何かあったらしい。
「どうしたの? 」
「森の奥で蟲型の魔物が大繁殖してるとの報告が入ったのです。最悪イノセクトマザーが出現した可能性があり、討伐隊を集めてる最中です。
もし宜しければホロウ様も同行していただければと」
ああ、確かに面倒だった。あれは無いわ。
「イノセクトマザーなら討伐してきたけど。と言うか3日程森の中で魔物狩りしてたし。
まあ蟲型の魔物なら、まだ結構居るよ。私虫嫌いだから全部倒す気にならなかったからね」
「え゛! 」
ギルド中にざわめきが広がる。
「こんな子供に倒せる相手じゃないぞ」
「ランクは何だ! 」
「確かDランクだったはずだ」
「嘘をつくな! 」
面倒な連中だな。別に信じる必要は無い。死体は持って来たのだ。
私は無視して受付に行くと、5つの収納袋をカウンターに置く。中身は採取した素材と倒した魔物の死体だ。解体しようとしたら、アリシアさんが泣きながら止めてきた。それだけは駄目らしい。蟲は解体する気無いけどね。
「森の魔物の討伐は討伐した魔物で変わるんでしょ? 清算をお願い。それと魔玉は研究で使うから売らないよ」
受付の鑑定係りの人が収納袋の中身を確認する。どうやら中身をリスト化する魔道具があるようだ。どんどん空間に文字が浮かぶ。
「こ、これは! 直ぐにギルドマスターに報告しなくては。暫くお待ちください」
汗を流しながらリストを確認した鑑定係りは大急ぎでギルドマスターを呼びに行った。大騒ぎは困るんだけど。
私はアリシアさんの方を見る。何とかしなさい。
「普通に倒し過ぎです」
駄目みたい。
1分程でギルドマスターが走ってきた。
「イノセクトマザーを討伐したとは本当か! 」
「収納袋に丸ごと入ってる筈だけど」
ギルドマスターは収納袋を確認すると溜息を吐く。
「どうやって倒した」
「その騎士モドキが蟲をトレインして私達で倒した。方法は秘密」
大群の魔物相手には、少数の部隊でトレインと呼ばれる囮が魔物を引き寄せ、リーダー的魔物を討伐する手法がある。
更に具体的な討伐方法は冒険者の稼ぎ方なので、ギルドも聞きだす事は出来ない。
「確かに大量の蟲型の魔物とイノセクトマザーが入ってます」
「かなり良い収納袋を持っているようだな」
「自作だし」
魔法使いが自作の収納袋を持ってるのは不思議じゃない。が、年齢で疑われてるようだ。非常に怪しい生き物を見る目をしている。不敬罪でしょっぴくか迷うんだけど。まあ身分隠してるからしないけどね。
「ふむ、Dランクか」
「はい、ギルドカードではDランクです……数か月前の孫姫様の治療に携わった冒険者です」
この場で個人情報を流すとか何を考えてるんだ。背後で騒いでた冒険者の目つきが絶対に変わったぞ。$目をしている。
ここで私を騙して金を奪おうとか考える人が絶対に居るだろう。最もお金は無いけどね。私も金欠なのだ。王女が出稼ぎに出る珍事を引き起こす程度には。
「ふむ、有能か、あるいは……おい、試験を行う。試験に合格すればランクを上げるぞ」
「面倒。買い取らないなら故郷のアーランドで売るけど」
「断るのか? 」
「ランク程度なら直ぐに上げられる。私が受ける理由は無い」
面倒事はごめんだ。普通に買い取れば良いだけの話だ。
「背後に貴族が居る疑惑が出るが? 」
「出た所で私は困らないし、ここは買い取れば良いだけの話」
「舐めてるのか? 」
ギルドマスターが威圧感を出す。しかし、怒ったお母様や罰を与える時のマダムの様な恐怖は感じない。と言うかスタンピードの時の方が怖かった。私は平然と受け流す処かあくびが出た。正直アーランドのお父様の近衛には負ける実力だ。怖い筈も無い。
しかし威圧感を向けられるのも面白く無いので、足物のクート君の顎を撫でなる。癒しは重要。
と言うかさ~普通なんの証拠も無しに貴族の支援を受けてるとか決めつけないで欲しい。私だって狩りで疲れてるのだ。
「……良いだろう。試験は要らん。ギルドカードを出せ、今日からBランクだ」
「ギルドマスター! 」
ギルドの職員が驚きの声を上げる。
「試験は必要ない。俺の威圧を受けて暇そうにする奴だ。実力も問題ないだろう。
悪かったな。こういう事でもしないと後ろの馬鹿共が気に入らないと騒ぐだろうからな。お前等も余計なちょっかいを出すなよ。コイツは王家に恩を売った奴だ。分が悪いぞ」
悪い人では無いようだ。どうやら背後の冒険者への圧力だったようだ。まあ、孫姫さんの一件が無くても目立つから先手を打ったのが真相だろう。悪い人じゃ無いようだね。
「悪かったな。だが、優秀な冒険者は大歓迎だ。困った事が有れば何時でも話すと良い」
ガシガシと私の頭を撫でるとギルドマスターは階段をあがっていった。多分自分の職場に戻ったのだろう。ギルド職員も冒険者に討伐隊の解散と森の中に残ってる魔物の討伐の依頼が出るとの発表をする。残党程度なら討伐隊は組まない。お金が掛かるからね。
私は良い依頼が無いか掲示板を見るのだが……
「何これ」
冒険者ホロウ限定
依頼内容:孫姫様のお相手
報酬:金貨10枚
どうやら私が治療してから直ぐに依頼が出たようだ。ギルドの職員も何か見てる。受けろと圧力を感じるのだが、これを受けるつもりは無い。変態の生息する王城に行くのは抵抗があるのだ。
今の私は身分の無い冒険者。変態相手は分が悪い。
取りあえずワイバーンの討伐が有ったので、それを受ける。ワイバーンはお金になるからね。
ついでに今回の報酬は白金貨単位でかなりの報酬が出た。イノセクトマザーは単体ではCランクの冒険者でも一人で倒せる雑魚だが、生み出した蟲型の魔物はヤバい。滅茶苦茶生み出すのだ。なので、Aランク案件。しかも、複数のAランク冒険者のパーティー推奨なのだとか。
受付嬢も危ないから、今回みたいにランクに見合わない事はしないで欲しいと苦言を言われた。ランクを無視すると、他の人も無視してランク制度が崩壊するらしい。
今回は偶然の遭遇だったから見逃されたのだろう。




