138 追い詰められた愚か者達①
「どうなっているんだ! 」
商業ギルド本部のギルドマスターの執務室で男が机を叩いた。男の名前はブロッカスと言い、くすんだ茶髪に鋭い目をした中肉中背の男だ。身に纏うのは本部とは言え、贅沢過ぎる衣服に装飾品だ。まるで成金貴族のような男だ。
「どうもこうもありませんな。貴方は敵に回してはならない御方を敵に回した」
目の前に居る男に憎悪を向ける。その男は王国の査察官だ。彼は不正の罪を問われていた。
罪状は軽い。日本で言えば、国会議員がキャバクラ費を経費で落とす程度だ。向こうならば結構な問題だが、この世界ではこの程度の不正は見逃すのが慣習だ。
簡単な事である。これは別件逮捕だ。不正を行ってるのは確認されている。取りあえず逮捕して自宅を捜査する為の処置である。いくら王国でも商業ギルド本部のギルドマスターを証拠なしでは逮捕出来ない。故に確認された軽微な罪で捕まえて証拠を集めるのだ。
ブロッカスは焦っていた。全てが早すぎた。同志の動きも抑えられている。
(こんな筈では……せめて春まで……)
ブロッカスは何故こうなったのかを考えた。
彼は王国に潜入した工作員だった。いや、潜入したのは間違いだろう。彼は普通の商人だった。唯普人主義者だったのだ。
大陸の恥と言われるアーランド。亜人如きに迎合する愚かな国。彼は己の信仰の為に動いた。長い年月をかけて商業ギルドに入りキャリアを積んだ。
アーランドの諜報力は侮れない。彼は国に入ってからは内部の同士としか接触していない。外部と繋がる人間は即『事故死』するからだ。
アーランドには普人主義者が増えてきている。彼等は内部からアーランドを腐敗させようとしたのだ。
最初は貴族議会だった。彼等に取って馬鹿な連中だが、ある程度の数が揃った貴族の集団は王国も無視出来ない。それが首輪付きでもだ。
内部の腐敗は順調に進んだが、領主と役職付きの貴族は揺るがなかった。彼等は誇りある貴族だ。ブロッカスや同士の囁きや金と女が効かなかった。
だが順調なのは確かだった。アリスティアの台頭が始まるまでは。
はじめは誘拐対象だった。アリスティアは瞳の刻印を持っている。つまりは今代の精霊王いや、精霊女王だ。蛮族たるアーランドに居るべき人間じゃない。皇国に御連れし、汚らわしい迎合主義から脱却させる教育が必要だった。
しかしアリスティアは生まれたその時から暗部の厳重過ぎる警備の中に居り、同士でも面会出来ない。
自由に動ける歳になる頃には同志の匂いを嗅ぎ取ってるのか接触すら拒否している。
彼等が隙を伺う内にアリスティアは自力で王国の重要人物に成りあがる。2度のスタンピードを乗り越え、オストランドでは聖女とすら謳われる。恐るべき魔導を持っていた。
アリスティアは技術ならば自身の物に出来る。技術に愛された人間だったのだ。天才と呼べるレベルじゃ無い。誰にも気が付かれずに飛空船を生み出した。何時、何処で研究してるのかも誰も知らない。
知らないのは無理も無い。アリスティアは基本的に脳内でのシミュレーションで研究してるのだ。実際に作る時以外に研究行為はしていない。更に、大概の物が地球に存在しており、彼女の魂にはそれらの情報があるのだ。後は魔法で再現してるだけである。
しかし飛空船は駄目だった。あれは大陸の勢力図を変えてしまう。
飛空船は軍事力に直結している。経済力にも直結している。更に言えばアーランドが他の国と同盟を結んだのが大きい。
愚かな帝国の属国と下賤な商人の国に、未開な島国。そして文化以外に取柄の無い小国。
裏切り者にも罰は必要だが、飛空船の建造技術は欲しい。だが、設計図一つ手に入らない。いや、船体の設計図では無意味だ。根幹部分が必要なのだ。
しかしアリスティアは極度の秘匿主義だ。何処に資料を仕舞っているのか分からなかった。
ブロッカスと同士が慌てて動いてる間に飛空船は輸出が決まった。正気じゃ無い。飛空船は武力だ。他国に売るなどあり得ない。特に新品の物など売るはずがないと思っていた。
直ぐに目的は分かった。金だ。ブロッカス達が努力して腐敗させ、経済に圧力を気が付かれないように掛けて疲弊させた王国の資金力を甦らせる為の輸出なのは直ぐに分かった。しかも建造速度が異常だった。もしかしたら古代の魔道具や、古代の飛空船の建造施設を持っているのかもしれない。
放置出来ない。そんな時に報告が入った。春になり雪が解ける時、アリスティアは蛮族から解放され、聖教会の元に送られる筈だと。
多分帝国だろうとは理解出来た。大人しく手に入れたアリスティアを引き渡すとは思えなかったが、帝国も聖教会の信者だ。邪教のアーランドとは違う。会話は可能だし、いざとなれば異世界人を使って奪う事も可能だろう。
(問題は王女だ。アレの行動は目的が読めない)
同志たちは集まった。多くは商人だ。一部貴族も居る。この場は商売の談合と言う事になっている。隠れた談合では無い。秘匿された魔道具による通信魔法を使っているのだ。一見喫茶店で仲良く話してる商人と貴族である。
(あれを皇国に御連れし、浄化せねばならない。穢れ無き世界の為に)
(王女は放置できない。動きを止めなければ)
(どうやってだ。アレを捕まえるのは至難の業だぞ。何処に居るのかも分からない)
(お前達も見ただろう。王女は新しい飛空船を生み出している。輸出はダミーだ。王国に王女が居れば計画に齟齬が出る。いや、既に齟齬が出ている。修正しなければ)
彼等は見たのだ。鋼鉄の飛空船と鋼鉄の鳥(飛行機を鋼鉄製と勘違いしてる)が空を高速で飛んでいるのを。
あれは危険だ。アリスティアはあれを量産している筈だ。
彼等は知らない。彼等が見た大型飛空船は軍用では無い事を。第二次大戦期の駆逐艦に匹敵し、砲の命中精度ならば衛星と接続したイージス艦並の怪物をアリスティアが生み出そうとしている事を。既にその武装飛空船は建造が始まっている。彼等が鳥と間違っている兵器と共に。
(空軍への侵入は? )
(無理だ。内部の団結力と王女のカリスマが強すぎる。更に言えば王女に妨害を受けている。もしかしたら我等の事に感ずいてるのかもしれない)
それは即座に否定される。発覚して居ればここには誰も居ない。
(王女と親交のある商会を潰す。対応で動きが鈍くなる筈だ)
(動くと思うか? )
(王女の性格ならば動く。それを我等が妨害しよう)
もはや手段は選べない。これからアーランドは雪の季節だ。温暖な気候の帝国では冬の侵攻は命取りだ。過去に何度か強行したが、雪に隠れたアーランド軍に甚大な被害を受けるばかりだった。アーランドは吹雪の中でも平気で行軍する恐るべき軍隊を持っている。
しかし、春まで待てばアリスティアが何を仕出かすか分からない。もしかしたら女神を召喚する可能性すら否定できない。それだけ予想外の人物と言う扱いだった。
そして前々から邪魔だったポンポコ商会とその他の中小商会に攻撃を仕掛けた。
アリスティアは王都の近くに村を作っていて気が付かなかった。幾つかの商会を仲間に引き入れ、もう少しでポンポコ商会を奪えると言う時にアリスティアが介入した。
ポンポコ商会の買収。そして収納袋の販売。
「クソ、何でこんな時に現れるんだ! 」
計算したかのように現れたアリスティアは全てをかっさらって行った。しかし、そこからが悪夢の始まりだ。自分は商業ギルド本部のギルドマスターだ。子飼いのローカス商会なら兎も角、自分には簡単に手を出す事は出来ない……筈だった。
「ギルドマスターの罷免要求が王国全土の商業ギルドから発せられました」
王女の邪魔が入ってから2週間。ブロッカスは窮地に陥っていた。王国全土の商業ギルド支部のギルドマスター達が離反した。これだけでも一大事だ。だが、それ以上に問題が有った。
「更に大手商会も軒並みギルドマスターの罷免を要求しています。仮に受け入れないのならば商業ギルドを脱退し、領主から直接商業許可を取り付けるそうです。
本部でも半数以上の職員がストライキを起こし、現在ギルドは運営すら出来ません」
商人を纏める商業ギルドは王国にも影響力が強い。只でさえ弱ってる経済を攻撃されるのは王国も困るからだ。
しかし、主要な商会の居ない商業ギルドは、その存在価値を失う。
買収した商会も一部支部のギルドマスターからも「これは擁護出来ない。仮に自分の秘密を暴露しても方針に変更は無い」と手紙が届いた。つまり彼に握られた弱みよりも強い力が動いてる。
こういう時の貴族議会は動きが無い。何のために大金を使ったのかと心の中で悪態をつくが、彼等も動いたのだ。しかし、王国中の貴族に睨まれれば効果が出ないのは道理だった。彼等貴族議会よりも遥かに権威ある護国会議からも貴族議会に警告が入っている。仮に邪魔をするのならば全員爵位を剥奪すると。
王国と貴族が本気で自分を狩りに来たのだ。
「ろ、ローカス商会は」
「客が来ない上に、商売相手から見捨てられたようです。既に王国から逃げたようですが、生きては居ないでしょう」
せっかく大きくしたローカス商会はもう駄目だ。所詮商売は客と仕入れ先が無ければ成立しない。両方を奪われれば商会は潰れるしかない。
ローカス商会は悲惨だった。王都の住民はアリスティアを信頼している人間が多い。喧嘩を売ったローカス商会の物を買うつもりは無い。これで王都と言う王国随一の市場を失う。
アリスティアと直接関係の無い村や各町に貴族の領地に住む住民達にもアリスティアの活躍は轟いてる。君子危うきには近寄らずと、住民はローカス商会から離れる。
他国から聖女と謳われ、王国内でも偉大な魔法使いと評判のアリスティアに喧嘩を売る商会の物を買っては、自分も巻き込まれると思われたのだ。当然仕入先も同じである。
更に言えば、ここで逃げるのはやましい事が有ると自白してるような物だ。即座に暗部が動いて、最悪捕縛。良くても暗殺だ。捕まればどうなるかは言わなくても分かるだろう。
「何をされたんだ。一体何故こんな早く……あり得ない。王女は政治家では無い筈だ。王国の貴族との繋がりも強くは無いのに……っつ、ギルバートか! 」
未開な国の王太子め! と吐き捨てる様に呟くブロッカス。
ギルバートのシスコンぶりは有名である。アリスティアは知らないが、アリスティアの婚約者候補を全員辞退させた男だ。アリスティアの経歴と価値を思えば死んでも候補者を辞めない貴族が全員辞退したのだ。恐ろしいシスコンである。
このシスコンが動かない筈はない。ゾクリとした。まるで詰んでいるような感覚だ。
「こうしてはおれん。直ぐに俺も」
「そこまでだ。アーランド王国商業ギルド本部ギルドマスターのブロッカスだな。貴殿は横領の容疑が掛かっている。大人しく城まで同行願おう」
逃げようとしたブロッカスだが、同時に部屋のドアを蹴破られ騎士団が流れ込んできた。
部屋の外から悲鳴も何も無い。いや、ドアの隙間から受付嬢がこちらを覗きこんでいた。引き入れられたのだ。
内部の掌握すら完璧でなかった。いや、普通ならば手引きはしなかっただろう。しかし、ブロッカスが敵に回したのはアリスティアだ。王都で暮らす職員達もアリスティアを敵に回せば生活すら危うい。ブロッカスは切り捨てられた。
「所詮は蛮族か」
「何とでも言え。貴様には普人主義の容疑も掛かっている。残念だったな。相手が悪すぎだ」
ブロッカスはこうしてアーランドに拘束された。ブロッカスの家からは幾つもの不正や汚職の証拠が発見された。
厳重に隠されていて、発見は困難だったがギルバートは悪人が何処になにを隠すのかを良く知っていたのだ。それは日本の国税局並の嗅覚を持っている。
ギルバートがブロッカスの家に入った時点でほぼ全ての証拠を集められたのだ。
ブロッカスは取り調べに対して黙秘し、最後は舌を噛みきって死亡する。それはアリスティアには流されない情報として厳重に処理されたのだった。
 




