136 冒険者ギルドと提携しよう
何やらポンポコさんが青褪めた広場での一件だが、特に何も起こらなかった。
「アリシアさんに騙された気がする」
「あれで終わりですよ。もう姫様は何もする必要はございません」
よく分からないけど、これで何かが変わるらしい。
次に行うのは孤児院での収納袋の生産だ。残念な事に魔導炉が無いので、バルド準男爵領の魔導炉から大型魔晶石に魔力を溜めて持って来る事にした。城の魔導炉は既に余剰魔力が無いし、私は常に分身を作ってるので、魔力は少ないのだ。
場所は…聖堂?いや小さい体育館かな。ベンチ型の椅子が6列しか入らない場所が一番広い。しかし、その椅子も半分程が無い。話を聞くと足が折れたなどで撤去したが、寄付金不足で新しい椅子を買えなかったらしい。更に言えば神父様が亡くなってからはあの人達のせいで支援者すら来なくなったので使っていないらしい。
「女神さまの前で働くのは悪い事? 」
「い、いえ寧ろ良い事です」
一応神官を呼んで話を聞くと問題ないらしい。孤児や貧困の救済は教会の仕事だ。しかし、彼等もスラムには足を踏み入れない。過去にはスラムも救済しようとした神官も居たらしいが、犯罪組織に神官が殺された事件が有り、炊き出しなどはスラムの外で行っているようだ。そしてそれはここの子供達もお世話になっていたので問題にはしない方針だ。誰だって命は惜しい。
ダラダラと汗を流しながら私に問題ないと告げた神官を教会に護衛を付けて送る。現在副王家警備隊が周辺を巡回してるので治安は良くなった。最も副王家の警備隊なのに襲撃してくる人達が居るらしい。金の匂いに集まり出したと報告が来てる。
こっちはお兄様に任せた。何故か多くの貴族との会合を開く事になったらしい。
お兄様は私が大々的にスラム対策を行うならば任せてくれるらしい。だから自分の近衛を動かして、スラムの犯罪組織を一掃中だ。何やら貴族の人達と悪い笑顔で話してた。動いてるのはスラム清掃だけでは無いだろう。ちょっとあの顔は怖い。
取りあえず椅子を撤去してテーブルを置く。更に複数の魔導レンジを置いて、魔晶石を入れた箱にコードを差し込む。更に魔導レンジに収納袋の術式カードを差し込めば終了だ。
「周囲の土地の買収は成功しました。若干値が張りましたが、他の勢力の介入前に買い取る事に成功しました」
まあ先に買い取って値段を吊り上げる輩が出る前に買い取れたのは良い事だ。速攻で解体して工房を作って貰う。箱物なので、直ぐに作れるらしい。
「さっさと魔導炉作れ」
「私達を殺す気か! 休暇をちょうだい」
「元々命に定義されてない貴女達に人権は無い。消えるまで作り続けるの」
「そんな~ 」
私が必要な時に必要な物が足りないなど許されない。分身達を叱咤して続きを始める。次は食事の手配だ。
面倒なので、食堂からデリバリーする事にした。
「と言う訳で明日から孤児院に昼食を送って欲しい」
「あいよ」
ママル食堂。平民の間で食事が美味しいと評判のお店に宅配を頼むとあっさりと許可が出た。
「良いの? 」
「あたしらは売ってなんぼの生活だからね。団体様大歓迎さ。それに姫様の邪魔をするほど無粋じゃないよ」
ちょっと棘がある笑顔を向けられた。私にじゃない誰かに向けた物だ。
これで昼食は大丈夫だろう。一括払いと毎日買うので大分値引きしてくれた。スープは特製の大型寸胴に入れて貰って、パンとかと一緒に収納袋に入れる事になった。
毎日取りに来て、使い終わったのは戻しにくる。これは馬車が必要だね。まあポンポコさんが何台も持ってるから問題ない。
朝食を終えた子供達を孤児院に連れて行く。今まで居たのはマリとマッドだけだ。ああそうだ。ポンポコさんを呼んで服とか下着を持ってきてもらおう。経費で落ちるかな?
「この魔導レンジに魔玉付きのカバンを入れてダイヤルを回すだけ。音が鳴ったら終わり。完成品をそこの木箱に入れるだけの簡単なお仕事です」
「魔道具ってそんなに簡単に作れるのか? 」
「言葉使い。それと、そんな簡単に作れたら魔道具は高く有りません」
「これだけで大丈夫だよ。後は警備隊の人達が副王商会に持っていくから。
馬車とかの警備もお願いね」
近くに居た警備隊隊長のケインさんに頼む。
彼は55歳だ。元々騎士団でも剣の腕は優れていて、騎士爵を与える話も出た人だ。ただ、彼は独身で年齢的にも子供は出来ないだろうと断って軍を退役したらしい。
しかし、退役してから出会いが有り、20代の未亡人と結婚。今は奥さんが妊娠してるらしい。今更貴族にしてくれとも言えずに職を探してたようだ。なので隊長として雇った。後、予定では30人程だった警備隊は彼に憧れた若い人や、退役軍人を含めて100人程になった。多すぎ!
「良いじゃないですか。収納袋だって強奪を目論む輩も出て来るでしょうし、ここの魔道具を強奪しようとする連中も出ますよ。30人じゃ全然足りません」
「一応私も王族だよね? 普通王族の所有物を強奪する? 発覚即処刑されると思うんだけど」
普通王族の物を奪う輩は居ないよね?
「そこら辺は姫様なので、事情のある輩を使って、バレても慈悲を請わせるとか色々手段が有りますね。まあ、姫様でも見逃すのは絶対に出来ませんが。
後は姫様は舐められてると言う事です。正直な話王族の風格と言う物が有りません。森の一軒家で魔法の研究をしてたり、服装を変えれば平民にも化けれますからね。まあ、大人しくして頂けるのならば風格も出るでしょうが」
「失敬な話だよね。私だって、こうバーンって風格があるかもしれないじゃん」
「あれば舐められる事も無いのでしょうね。因みに王族の風格を出したら平民は近づかなくなりますよ。普通に身分の差が実感出来るので」
「なら要らないか。私は庶民派で行こう。邪魔者は有能な貴族達に何とかして貰おう。ついては領主に収納袋を売って恩を売ろう」
人には分相応と言う物が有るのだ。私に王族らしい生活をしろと言っても無理なものは無理なのだ。
ドワーフは大丈夫だろう。私の機械類を送れば仲間になってくれるはずだ。獣人は……何か最近キラキラした目で見られる。嫌われていないと思う。
問題は普人と混血か。接触が無い。この2種族は当たり外れが大きいのだ。
後はエルフ。そもそも領地から出てこない。社交界も私以上の引き籠りだ。まあ仕方ないだろう。彼等は迫害された世代が現役だ。アーランドの王族が普人だからなるべく接触したくないのだろう。
「これ以上恩を売れば姫様に頭を上げれなくなりそうですね。既に頭の上がらない人達も居ますが」
「居るかね? 」
「絶賛増え続けています」
そうだったのか。そう言う話はシャットダウンしてるから私には入ってこないんだよね。偶にアーランドでの私の立ち位置を忘れる事が有るくらいだ。
「出来た! 」
ポーンと言う音と共に自動で魔導レンジの蓋が開いた。中には容量300キロの収納袋だ。
これをまず2つ用意する。
「じゃあポンポコさんは主に商人の方から受注を取って来て。私が交渉すると原価以下になりそうだから」
「そんな愚か者は早々居ませんよ。そんな事をすれば後々恐ろしいめにあいます」
「殿下がニコニコしながら訪ねて来そうですね」
うん。それは確かに怖い。お兄様って笑ってる時は大概悪巧みしてる時だからね。私とお母様以外の人の前ではそんな微笑みをしてる。偶にお父様も罠にハメるらしい。
「い、いえ……そう言う事では」
「何か他にあるのですか? 」
嗚呼アリシアさんも似たような微笑みでポンポコさんを脅してる。お兄様以外だとお父様かな? でも商人相手だと言い包められる可能性も……いや、お父様も立派な国王だ。きっと大丈夫……一緒に宰相さんが居れば。
「何でもありません。取りあえず私は主に商人の伝手で広めておきます。他にも何かあるのですか? 」
「今のところはこれで精一杯かな。労働力が足りない。
それと伝手って大丈夫なの?商業ギルドに邪魔されると思うけど」
普通に私の邪魔をしてきそうだ。
「ホッホッホこれだけの代物ならば商業ギルドが敵になってもこちらに付くのが商人です。これさえあればと常々思っている商人はとても多いのですよ。
更に言えば値段が魅力的です。これはもはや革命的です。絶対に商業ギルドの圧力何て無視するでしょうね。
それより問題は姫様の商業許可ですが……」
そっちは準備してきた。私は一枚の紙をポンポコさんに見せる。
それは商業許可証である。調べたら王族なら独断で許可が出せるので、私が自分で自分に許可を出してみた。最も独断で出した前例が無い上に隅っこに小さく書いてあったので知ってるのは法務系の貴族でも物好き位だとお兄様が言っていた。
「これで問題ない」
「根本的に彼等は失敗してたのですね。国王だけでなく、王族の独断で発行できるのは私も知りませんでした。多分商業ギルドも知らないと思いますよ」
使われた形跡も無い形骸化した制度みたいだけど、一応使える。法律の掛かれた本にも乗って無いけどね。これは手抜きなので後でお父様に報告しておこう。
城の図書館にある原本には書かれてるんだけど、次の写本から削除されたのは何でだろう。別に原本に乗ってるから違法じゃないけど。
「忘れられた法なのか、いざと言う時の為に姫様の先祖が抜け道を作ったのか、使う事は無いだろうと書かれなかった。王国の法も万能ではありません」
「まあ万能な法も永遠に使える法も無いしね。抜け道があるのは使う側には良い事だよ。私は……そうだね良い顧客が居るよ。冒険者ギルドに売ろう。提携して最大3割までなら割引してもかなり利益が出るからね。代わりに魔玉を優先的にこっちに売って貰おう。
「良い案ですね。商人と同様に冒険者も収納袋を欲してる筈、交渉は容易でしょう」
「更に王国も噛ませよう。騎士団が買い取れば輸送が楽になるし、王国を通して外国に輸出すれば王国も儲けられる。利権が有れば騒ぐ人達を抑えてくれると思う」
そうだ。何で議会に私が立ち向かう必要があるのだ。アーランドには駄目な貴族議会も存在するが、役職持ちと領地持ちの貴族は有能だ。彼等を動かせば、私は更に動きやすくなる筈だ。
「姫様の交渉術とは相手が欲しい物を目の前でぶら下げるのが基本ですよね。それ以外に方法は無いのです」
「成程、確かに餌が大きければ頷くのも仕方ないでしょう。姫様が彼等が望む物を作り続ける以上は姫様に協力する他無い。最良の交渉術だと思いますよ」
流石ポンポコさん。私の理念を理解出来るとは。そしてアリシアさんは私の裏の理由に気がついてる。要は利権をあげるから面倒事を任せると言う事だ。つまり面倒事は容赦なく押し付ける気満々なのだよ。
更に市民ように30キロ程の収納袋も作る。これで主婦の人達も買い物が楽になる筈だ。商売の幅が広がるね。
「完璧です。これならば商業ギルドが何をしても勝てます! 」
「私は敗北を知らないのだ」
いえ~いっとハイタッチする私とポンポコさん。ポンポコさんはお店をロイさんに任せて商人達の元に向かって行った。何か弱みを握られている可能性のある商会を味方に出来るかは彼の実力次第だ。最も「資金もあるので問題ありません」と鼻息荒く走って行った。
私は冒険者ギルドに向かう。
「ギルドマスターを呼んで」
「失礼ですが先約がなければ……って姫様! 直ちにお呼びします! 」
受付嬢は私に気が付くと、直ぐにバックヤードに走って行った。余りに慌てていたので柱に足の小指をぶつけていたが、涙目で走って行った。
「王族が来たと言うからドラコかと思えば娘の方か。俺の執務室で頼む」
出てきたのはエルフ。金髪碧眼のイケメンだ。彼の名前はヨーク。お父様の冒険者時代の仲間だ。お父様がお母様と結婚した時にアーランド王国冒険者ギルド本部のギルドマスターに就任した人だ。
無論会った事は無い。お父様の話す昔話に出て来る程度だ。エルフだが、普人でも普通に接してくれる人らしい。
私達はそのまま執務室に入る。座って良いらしいので、そのままソファーに座ると、彼は煙草に火を付けたが、アリシアさんに没収された。
「姫様の前でタバコを吸うとか殺されたいのですか? 」
「小娘の癖に言うじゃねえか泣き虫アリシア」
ほほう、ほうほうアリシアさんが泣き虫とな。確かに泣いてる事が多いね。主に私関連で。
「っぐ、それは姫様の前では言わない約束ですよ」
「知らねえな俺は俺のやりたいように生きてるんだ」
気になる。アリシアさんの昔話は滅多に聞けないのだ。元奴隷なので暗い過去だと思って聞けないのだ。しかし、彼ならば面白ネタを持ってるかもしれない。私はノートと鉛筆を出した。
「話しませんよ。記録しようとしないでください」
「主君命令」
「今すぐ自決します」
狡い。何で主の私に面白い過去の部分を話してくれないのだ。これは許せない。私はギルドマスターの方を見る。
「後でアリシアが居ない時に教えてやるよ」
「綿密で緻密な内容の昔話を要求する。具体的には小説が書けるレベルで」
「絶対に駄目です! もし姫様に話すのならば……私も本気を出しますよ」
「冗談だ。俺も死にたくない」
アリシアさんの本気発言にヨークさんが青褪める。はて? 恐れる程の実力だったっけ? 私の中の評価ではメイド枠なんだけど。基本的に死んだふりとか不意打ちばかりだし。まあ、それも戦い方とも言えるから卑怯=弱いにはならないか。謎メイドめ必ず恥ずかしい過去を暴いてみせる。
「コホン、それでアリス嬢が何の用だ? 」
「この度、副王商会を立ち上げた。ついては冒険者ギルドと提携したい。
Dランク以上は魔道具を1割引き。Bランク以上で3割引きでどう? 」
ヨークさんは少し考える。無意識か再びタバコに火を付けようとしたが、アリシアさんに奪われ灰皿に捨てられた。
「物を見なきゃ何とも言えないな」
「まずは収納袋。これが容量と値段」
私は幾つかの収納量の収納袋を取り出して値段を告げる。
「分かった。提携を受け入れよう。条件もそのままでいい。取りあえず支部にも送る分を含めて500個程頼む。最初はこの300キロので良い。30キロは……冒険者用じゃねえだろ」
「主婦の買い物籠用」
「そりゃ豪勢な買い物籠だ。で、何か条件があるのだろう?」
成程、ただ売る話では無いと察知したか。
「魔玉を優先的に副王商会に卸して欲しい。値段は相場通りで良いから」
ヨークさんは箱からタバコを出そうとして、思い出したように煙草の蓋を閉めた。多分煙草を吸うのは癖になってるのだろう。無意識的な行動だ。だからアリシアさんや、私の背後で殺気を出さないで欲しい。
「相場通りなら俺らが文句を言う事はねえな。この国は魔法後進国だから輸出位しか使い道もねえ。最近王城への納品が増えたが、どうせアリス嬢が使ってる分が一番多いんだろ。じゃあ問題ねえな」
「じゃあ今後もよろしく」
「互いにな」
私はヨークさんと握手するとそのまま冒険者ギルドを出る。次は王国だ。私は魔導携帯を取り出すと3人同時に電話を掛ける。
相手は騎士団団長のアルバートさんと、財務大臣&外務大臣の3人だ。
「私、直ぐに会議室に集まれる? 今なら私が良い話を持って来るかも知れないよ」
携帯の向こうから息を呑む音が聞こえて3人とも直ぐに会議室に来ると承諾した。私はシャドウ・ウルフを呼び出すと、その背中に乗る、そしてシャドウ・ウルフは王都を王城に向けて疾走していくのだった。




