134 アリスティアの影響力②
アリスティアに商業ギルド本部のギルドマスターとローカス商会が喧嘩を売ったと言う知らせは即座に王国中にばら撒かれた。最初は獣人の貴族達だった。
「俺達に幸せをくれた姫様に喧嘩を売るだと! 許せん潰してやる! 」
王国貴族には魔導携帯が支給されている。アリスティアの考案した魔導携帯は高性能でありながら、量産性も高い。現状ではアリスティア本人しか作れないが、アリスティアは自分の魔力を分けて分身を作れる。分身達はせっせと魔導携帯を量産して王国に売り続けていたのだ。
獣人貴族は長年アリスティアの作っていた魔法の櫛が欲しかった。それはもう後少しでも公開が遅れればアリスティアを誘拐する貴族も現れた可能性がある程だ。
これは獣人の特殊性が関係する。彼等にとって、己の毛並とは誇りであり、毛並の悪い獣人は結婚出来ない程であった。
仮に伯爵家の嫡男が、格下の準男爵家の令嬢に求婚した場合でも、伯爵家の嫡男の毛並が悪ければ準男爵家の令嬢でも拒否できるほどだ。
彼等は求めていた。自身の毛並を高める魔道具を。王城で働くアリスティアのメイドの様な素晴らしい毛並を。
ハーフの獣人は純血の獣人より毛並が悪い。他の種族には分かり難いが、獣人の目では違いは明らかだ。なのにアリシアは純血すら及ばない毛並を持っていた。
妬ましい。彼等は血の涙を流し続けていた。何度も王城に向かい、国王に懇願した。
「是非我等にも使わせてほしい」
返答はノーであった。完成していないと言う返答しか返ってこなかった。
完成品じゃ無くても良い。寧ろあれで完成してる筈だ。じゃあ何故使えない。そうだ、あのメイドが独占してるんだ。
アリシアへの圧力は苛烈だった。嫌味を言われるのは軽い方だ。最も王族のメイドであるが故にある程度の自制は効いていた。背後のアリスティアを怒らせるのは危険だからだ。
そして数年が経った。怒りに任せて自室の壁に素手で風穴を開けた貴族が増えてきた頃、王国からお触れが出た。
「完成したので使いたければ勝手にしろ」
長年五月蠅かったので、吐き捨てる様なお触れだ。獣人貴族は全員王城に向かった。全員である。領地に残された部下の嘆きは無視されたのだ。
しかし、王城に来た彼等は再び激怒した。
「何故これほど素晴らしい物なのに、こんな一室で使うのだ。神殿だ。神殿を作って祀らねば」
今度は王国に神殿の建設を依頼する獣人達。ウザかった。
「そんな資金は無い」
「では王城に土地を貸してください。我々が資金を出します! 」
一考もせずに拒否された。王国の資金に余裕は無いのだ。だから彼等が資金を出した。それこそ平民にも劣る食生活陥った貴族も居たくらいお金を出して豪華絢爛な神殿を建てた。国王が邪魔だと青筋をたてていたが、気にならなかった。
そして彼等は神殿内のクリスタルで作られた女神像に1時間程感謝の祈りを捧げる。女神像がほのかにアリスティアに似てるので、神官が青筋を浮かべていたが気にしない。彼等の信仰心はアリスティアと向けられていたのだ。神官も像が王族であるアリスティア似だし、獣人達は狂信者の様な状態だったので文句は言えなかった。この国では教会の力は弱いのだ。
余りに悲しかったので、ちゃんとした女神像を横に置いているが、クリスタルアリスティア像の方が目立った。ついでにアリスティアは立ち入り禁止になった。教育に悪すぎる。知らない方が幸せなのだ。
ある男は一度フラれた準男爵家の令嬢の元に訪れた。
「どうかもう一度私との結婚をお考え下さい」
「分かりましたわ。今すぐに嫁ぎます! 」
一度毛並が悪いと断った令嬢は頬を染めながら承諾した。こんな事が獣人領全体で起こっていた。もう毛並に困る時代では無いのだ。誰でもあの素晴らしい毛並になれるのだ。
そして彼等は何故アリスティアがこの魔法の櫛を表に出さなかったのか理解出来た。自分達が嫉妬していたのは格下の毛並だったのだ。
今の魔法の櫛の方が遥かに優れていると直ぐに理解出来た。
更に言えば、領主達の毛並が良くなった事で、獣人領での領主支持率も上がった。
「あんな素晴らしい毛並の御方が領主ならば一生ついて行く」
毛並は獣人の命であるが故の評価だった。毛並の悪い奴には従いたくないのが獣人であった。
彼等にそんな素晴らしい魔道具をくれたアリスティアに喧嘩を売ったギルドマスターと商会が有ると知った時、彼等は怒り狂った。
直ぐに領地の全商人と商業ギルド支部のギルドマスターを呼び出した。
まだ情報が伝わっていない彼等は何かあったのか! と慌てて領主の元に集まり絶句した。
普段は滅多に怒らない領主や、自分達と距離を取ってる領主、仲の良い領主が血走った眼をして、剣を鞘に入れた状態で持ち、椅子に座っていたのだ。
「貴様らはどっちだああああああああ! 」
立ち上がると商人と商業ギルド支部のギルドマスターを恫喝する領主。言葉は通じなかった。彼等は明らかに危険な事態が自分達の知らない所で進んでいる事を察した。貴族の激怒っぷりは凄まじかった。何とか宥めて話を聞いた彼等は顔面蒼白である。
「姫様側に付かぬ愚か者は全員我が領地での活動を禁じる! これは決定事項だ! 」
商人は商売が出来なければ生活出来ない。更に言えば、彼等には商圏と言う自身の商会の影響圏が有る。その外は別の商会の商圏だ。ここを追い出されると確実に潰れる商会が出て来る。
商業ギルド支部は更に悲惨だろう。問答無用で追い出されかねないのだ。
「我等は姫様側に付きます。直ぐに商業ギルド本部に圧力を掛けましょう」
何人かはローカス商会と取引もあったが、ここまで圧力を掛けられたら見捨てるしかない。ローカス商会とは取引停止を一方的に突きつける商会が続出した。ローカス商会は獣人領での活動が全て潰されたのだ。
更に商業ギルド支部のギルドマスター達は合同で本部のギルドマスターの罷免を要求した。普通は天下りが出来るのだが、クビを要求したのだ。これは異例な事だった。面倒事を持って来た本部のギルドマスターを生贄にする事で領主を嗜めたのだ。
領主も馬鹿では無い。こちらに付くのならば問題は無かった。但し、この案件が終わるまでは各商会に自身の部下を使って見張らせた。裏切ればどうなるか。商人達は終わるのを震えながら待つしか無かった。しかし、同時にポンポコ商会がアリスティアに買収され、副王商会になったとお触れが出た。
ポンポコ商会の名前は知っている。大きい商会だ。砂糖の販売で有名だったが、今後は魔道具も扱うようだ。
商人の伝手で品物や値段を調べた商人達は愕然とした。メインの魔道具は収納袋だ。優秀な魔法使いならば作れるが、かなり値が張る代物で魔法後進国のアーランドでは殆ど手に入らない代物だ。
更に言えば、魔法王国製の収納袋と同じ性能でも価格は10分の1程度だった。
「ローカス商会には消えて貰おう。こっちの方が得だ」
商人達は相手が悪いと更に圧力を掛けだす。ここでアリスティアに恩を売る事で収納袋の購入を期待したのだった。
次に動いたのは意外な事に普人領と混血領だった。
普人は基本的な人間だ。対して混血領はハーフや少数種族を混ぜた領地だ。
王国には5人の候爵が居る。普人・エルフ・ドワーフ・獣人・混血だ。彼等が伯爵以下の同族貴族を纏めている。
普人貴族と混血貴族はアリスティアとは親しくは無い。と言うか殆ど会わないだろう。しかし、彼等は待っている物が有った。それは飛空船だ。
王国貴族は飛空船の購入に優遇されている。輸出価格から3割も値引きされるのだ。しかし、王国の財政問題で、現在建造されている飛空船の6割は外国に輸出され、2割は王国所有になる。残りの2割が各貴族に売却されるのだ。
当然最初に売られるのは五候である。待ってる貴族は伯爵以下の貴族達だった。
飛空船が早く欲しい彼等もまた怒っていた。アリスティアにちょっかいを掛けてへそを曲げられたら自分達は飛空船を買えないかもしれないのだ。
「ここで姫様に恩を売れば、飛空船の売却で優遇があるかもしれない」
彼等はアリスティア側に付いた。別に商会の一つや二つ潰しても飛空船を買う方が重要だ。ローカス商会の商圏から外れていたのも大きいだろう。即座に商業ギルド本部にアリスティアとの和解とギルドマスターの罷免を要求した。
最も、こっちは割と普通に要求しただけだった。決して獣人貴族のように狂乱してなかった。寧ろ狂乱する獣人貴族にドン引きしていたのだ。
普人貴族は髪の艶に命はかけない。混血もそんな種族はごく一部だ。更に言えば、普人貴族が欲しいのは育毛系の魔道具だった。最もアリスティアはそんな物を作ってはいない魔法の櫛には育毛機能は無い。
領主は物凄いストレスを受ける仕事だ。自身の采配が間違えば領民が死ぬからだ。故にストレスに耐え切れなかった普人貴族の禿が問題になっていた。
流石に幼い王女に禿を治したいとも言えずに、彼等は恩を売る事で間接的におねだりするしかなかったのだ。だが、恐らく伝わらないだろう。アリスティアは禿の悩みを理解出来ないのだ。オストランドの国王も禿が出来てるが、渋くて魅力的との評価をするアリスティアである。彼等の願いは届く事は無い。
しかし、商業ギルドとローカス商会の悪夢は続いた。
ドワーフとエルフも動いたのだった。




