130 ポンポコ商会
それは昔の話だ。ある村が有った。生活はそれなりに豊かで、アーランド王国でも中の上程度の生活レベルの村だ。
農民は農業が上手く、税を納めても生活に困らない収穫が有った。不運な事に領主は帝国との戦で戦死し、後継者も居なかったために代官が納める地であった。
代官は無能では無い。でも有能でも無かった。村は豊かであったが、それだけだった。
その村には娯楽は無かった。村人も余り愛想が良い訳でも無く、淡々と仕事をして酒も飲まない暮らしだ。
若者は反発した。
「こんな村は御免だ」
若い人間が少しずつ減って行った。村人もこれには困る。彼等はこの地では珍しい黒い髪の多い土地で、村人は他の村との交流も少なかった。基本的に畑仕事しかしない人達だからだ。偶に来る行商人から生活品等を買う程度の交流だ。
彼等は考えた。娯楽が必要だと。しかし、彼等は農業しか出来なかった。それ以外に何もしていなかったからだ。
そんな時に普段は来ない別の行商人が来た。珍しい植物を持って。
それは南方で育つサトウキビだった。上手く育てれば砂糖が取れるらしい。
「子供は甘い物が好物の筈だ」
「育ててみよう」
彼等は買い取った。最も行商人も育てるのは無理だと思っての販売だ。無知な村人を騙そうとしただけだ。仕入れたは良いが、北方ではうまく作れない物だった。
初年は最悪だった。冬を超えれず殆ど枯れた。しかし、少しだけ残った。
村人は変わり者達だった。育たないのは自分達が悪いのだと思った。
小さい畑に植えられたサトウキビを見ながら村全体で話し合った。どうすれば育つかと。
それから10年研究を続けた。畑を改良し、土を改良し、他のサトウキビを金を掛けて買い求め交配も行った。少しずつだが収穫も増えた。砂糖は子供も大好きだった。ただ、無表情でサトウキビを育てる村人を他の村の人達には気味悪がられたが。
そして12年目に奇跡が起こった。殆ど枯れずに取れたのだ。
「どうするべ」
「もっと砂糖を取れるように改良するべ」
彼等にはサトウキビの生産に喜びは無かった。長い年月で、完全に暇潰しになっていたのだ。村人全員で作ってたので、それ程苦でも無かったのだ。
だから誰もが改良を続けた。年々収穫量は増え、幹も太くなり、1本のサトウキビから取れる砂糖も増え続けた。代官は村人の暇潰しとして、税金は取らなかった。収穫量自体が多く無いのだ。効率的だが、畑が小さすぎて村人達で楽しむ程度だから見なかった事にしていた。
そんな時に一人の商人風の男が村の前で倒れていた。彼を村人は介抱した。珍しい客人である。
数日で商人風の男は目覚めた。話を聞くと商談の帰りに魔物に襲われて、護衛の冒険者が自分だけでもと逃がしてくれたらしい。
村人は砂糖を暖かいミルクに混ぜて商人に差し出した。
「こ、これは砂糖ですか! 」
「そうだべ。暇潰しで作ってたら出来たべ」
商人は驚いた。アーランドでは砂糖の生産など行っていないのだ。つまりは高額な関税を掛けられた輸入――しかも表向きには何処とも交易していないので、ほぼ密輸の物だ。値段は物凄い高い代物だった。話を聞けば村では普通に食べてるとの事。
商人は気絶しそうになった。起き上がれるようになると、直ぐに代官の元を訪れて砂糖の生産を懇願した。代官は基本的に保守的な人物だった。既に王国既定の税を生産出来てる村の変革は望んでいなかった。
商人は長い交渉の末に砂糖の増産を勝ち取り、それを自分の商会で扱った。
時代は流れ、その商人の孫であるポンポコの代になった。ポンポコはもっと砂糖を普及させるべきだと考えた。
それは砂糖の生産増やし、単価を下げる事で、今の様な貴族や大商人限定の商品では無く、市民も手を出せるようにすべきだと考えたのだ。顧客が増えれば利益も増える。当然の考えだった。
一方ポンポコ商会の援助で村は更に豊かになっていた。砂糖はこの村の独占品だ。他の村でも作ろうと試みたらしいが、この村のサトウキビは特殊な変異種で、村人の力が無ければ作れなかったのだ。
砂糖の生産も大分増えた。代官は世襲して代替わりしていたが、ポンポコ商会との付き合いは相変わらずだった。ポンポコ商会から本などの娯楽も手に入り、生活も豊かなので村を出る若者も減った。
「と言う訳です。損はさせません手を貸していただけませんか」
ポンポコは村人に土下座した。村人も砂糖の増産に難色を示していたのだ。
村では麦などの農作物を作っている。税や自分達の分を作っている為に、サトウキビの生産はいわば副業だ。ポンポコはサトウキビ一筋の農業を依頼したのだ。
当然村人も困惑した。彼と先代・先々代には世話になった。しかし、自分達の食べる物も作らずにサトウキビを作るのには抵抗が有ったのだ。
彼は更に資金援助を行うし、食料も他の村から格安で持って来るからと懇願した。彼は誰に対しても威張らない商人なのだ。
「しかし俺達もなぁ」
「でもポンポコさん悪い奴じゃ無いべ」
結局はポンポコの剣幕に押された村人が折れた。更にポンポコは代官と交渉し、麦の納税から現金の納税に変える事にも成功した。長年豊かだった村はポンポコ商会の影響で、村人全員が文字を書けるし計算も出来る。
ポンポコは商会の3分の2程の投資を行った。経営が傾く程の投資だ。これにより、サトウキビ畑は村いっぱいに広がり、専用の道具も更に良い物を開発させ、砂糖の生産は更に向上したのだった。
一方ポンポコは愛する妻に折檻され、お小遣い制に変わったが満足気だった。
そして少し月日が流れ、アリスティアが村を作っている頃、今年の砂糖を受け取りにポンポコは村を目指していた。広く無い土を踏み固めただけの街道には30台の馬車。
「今年も豊作だったようだ。彼等には頭が上がらないな」
長年の投資により、村の税収が上がった功績で、ポンポコは砂糖の販売の独占権を獲得していた。彼は村人を搾取するのではなく共に稼ぐ方針を取ってるので、村は王国でも随一の豊かさになっている。手紙を送ってきた代官は功績を認められ、今年からその村を治める男爵になったようだ。彼の手紙には何時もポンポコに感謝する言葉が入る程だ。
「最近は他の売り上げで押されているが、砂糖の販売は好調だ。あの時の負債も後数年で取り戻せる。このままいけば更に村は大きくなるだろう」
期待と共に村に着くと、男爵になった領主自らが大歓迎をしてくれた。
「今年も豊作だと聞き、馬車を増やしましたよ」
「そうだとも! 私も陛下とお会いしたのは初めてで緊張してしまいました。これもポンポコ商会のお蔭ですな。それで、今年の代金ですが」
「無論いつも通り先に御払いします。私も商人ですからね何時店が無くなるか分かりません。だから先払いを基本としています」
無いだろうが、何かしらの要因で店が潰れても仕入れ先に迷惑を掛けない為の措置だった。ポンポコは馬車から箱を取り出すと領主に渡す。中には大量の金貨が入っていた。砂糖がどれほどの富を生むか分かる光景だった。
「相変わらずですな」
「最近は姫様の影響で製菓業が好調らしくて在庫が心配でしたが、これで今年も大丈夫でしょう」
「全く姫様には感謝しかありませんな」
王国一の甘味好きのアリスティアはお菓子屋の歩く看板だ。美味しいお菓子は皆で食べるべしと考えているので、色々と宣伝してくれるのだ。そして、王都ではアイドル的な存在になってるので、アリスティアの好きな物を食べてみたいと言う人は多かった。
当然お菓子には砂糖が使われるので、ポンポコも儲けられる。
暫く世間話をした後に、村の倉庫に向かう。しかし、倉庫の前では人だかりが出来ていた。それどころか怒鳴り声も響いていた。ポンポコの護衛にそんな事をする輩は居ない。客と仕入れ先には真摯に接しろと厳命してるのだ。
「だからお前には売れねえ。これは全部ポンポコ商会の物だ! 」
「ですから我々なら、かの商会の倍は出せますよ」
「ウルセエ! ポンポコさんのお蔭でここまで豊かになったんだ。その程度で売れるか! 俺達は約束は守る主義だ」
どうやら他の商会が砂糖の仕入れを横取りしようとしに来たようだ。これは偶にある事なので驚きはしない。ポンポコ商会は薄利多売が主義だ。庶民側の商会であり、仕入れ値も高くは出来ない分かりに様々な支援を村に行っているので、村人もポンポコを裏切る事は無い。基本的に彼等も仕入れ値には満足してるのだ。
「困りますな。これは領主様から独占権を頂いてる商品です。もし、無理やり奪うのなら出る所に出ますが? 」
「っく、しかし我々の方が良い条件で交渉出来るぞ」
「私は村に支援も行っています。貴方は同程度の支援を行えますかな? 」
カマキリの様な鋭い目をした男が後ずさる。ポンポコの行った支援は並の商会なら潰れる程だ。それほど彼は砂糖の商売に賭けている。
村人も当然と言う顔で頷く。仕入れ値には惹かれるが、恩をあだで返す程の値段でも無い。それに彼等には自分達の作った物が庶民に渡るのが嬉しかった。更に言えば王族すら喜んでるのだ。裏切る理由も無いし、場合によっては王族を敵に回す可能性もある取引は御免なのだ。
男は「覚えてろ」と唾を吐き捨てると護衛達と去っていく。ポンポコは村人と一緒に砂糖を馬車に詰み、王都へと戻った。
それからだ。ポンポコ商会の悪夢が始まったのは。




