126 繁栄の影②
スラム。それは何処の国でも闇の部分だ。殺人や誘拐に密売。あらゆる犯罪の温床。そして、この世界では向こうより遥かに酷い有様だった。人が死んでいる。でも誰も何もしない。それどころか持ち物を漁ってる。
警察と言える王都警備隊もここには入らない。まさに王国内の治外法権だ。何をしても誰も咎めない悪の巣窟。
私はどれだけ優しい世界で生きていたのか理解出来た。何故なら……
「肉ぅ! 」
「待ってよ子猫ちゃ~ん。美味しく食べてあげるからさギャハハ」
スラムに入った瞬間に襲われた。どうやら猫も食べるようだ。濁った瞳に唾を吐きながらゆらゆらと走って来る。走り方も、明らかに健康に異常がある。
私は逃げるしかない。甘すぎた。身分を偽ればどうにでもなる世界じゃ無い。ここはまさしく別世界だ。
道端に捨てられたゴミを飛び越え逃げ続ける。道には物乞いだけでなく、薄い服を着た女性や、その女性と物陰に消えていくボロボロの男性が居る。何をするのか分からないが、取りあえず逃げた。
幸い相手はそこまで追ってこなかった。体力が無さすぎる。
(これは……抜本的な改革が必要だけど…皆目が死んでる)
逃げ切ると私は周囲の散策を始める。誰にも見つからないように物陰に隠れたり、屋根に上って見まわしたり。本来の目的を遂行し続けた。
最初は分からなかったが、スラムにもある程度の仕事はあるらしい。針子は割とマシな生活をしてた。多分スラムにも階級的な物がある。表に近い場所は少しだけ治安が良い。でも、奥に行くほど治安が悪くなる。行き成り殺人が起こるのは当たり前のようだ。目の前で数人同士の抗争も起きてる。
話を盗み聞きした結果、マルクスさんの一派を襲撃してるらしい。脛に傷のある人達はマルクスさんを嫌い、弱い人はマルクスさんの仲間と思われる人を匿ったり逃がしたりしてるのが散見した。稀に逆襲もしていたが、容赦なく殺していた。
殺るか殺れるかの世界なのだろう。
「待ってくれ、それを持っていかれたら今月生きていけないんだ! 」
「五月蠅ぇ! テメエの命何か知った事か」
騒がしいと思い屋根から下を見ると、20代半ばくらいの男が中年の男に暴行されていた。20代半ばの男性はかなり痩せ細っているが、中年の男は筋肉質の体だ。普通に戦えば20代半ばの男は負けるだろう。
「ッケ、しけてやがるぜ」
「頼む……それが無いと家族が生きていけないんだ……返してくれ」
「五月蠅ぇってんだろ! 」
倒れた若い男から財布を奪うと中を見て文句を言う中年の男性。若い男は尚もしがみつくがお腹を蹴飛ばされてそのまま体を小さく丸めていた。
お腹って攻撃されると痛いよね……警備隊も来ないし私は魔法が使えない状態だから助ける事も出来ない。
嫌な物を目撃したものだ。中年の男はそのまま去っていく。
「ごめん…シュリ…シオン…」
呻きながら家族の名前を呟く若い男。私は動いた。
屋根を降りると【クイック・ドロー】でお金とポーションを取り出す。ポーション自体は市販の物だ。量産する為に参考品として買ったのだが、忙しくて放置していた物だ。
「ニャ~」
「っえ? 」
私は金貨とポーションを彼の前に置くと、そのまま去る。家族が不幸になるのは駄目だ。とても放置出来ない。家族は幸せであるべきなのだ。今は何も出来ないがせめてこれだけでも。
まだ手遅れじゃなさそうだ。彼のように大切な者が居る人は前を向ける。真っ先に家族に謝った彼は救うべき対象だ。やるべき事が決まった。スラムは解体だ。
彼等に仕事を与えなければならない。そして蔓延る無法者は捕まえる。但し、彼等とて貴族に伝手を持っている場合があるようだ。スラム民とは思えない身なりの男が奴隷を買っていた。
ある貴族の屋敷に連れて行くらしい。その貴族……名前は覚えたぞ。早急に逮捕である。明らかに違法奴隷だ。
アーランドでは犯罪奴隷と借金奴隷しか認められていない。借金奴隷は衣食住の保証が義務だが、連れて行かれた女性は明らかに抵抗していた。
助けようとしたが、護衛が邪魔で無理だった。隙だらけの男に飛びかかったが、護衛の男に邪魔され、足を切られた。鋭い痛みを感じるが、無理と分かれば逃走だ。それ以外に方法は無い。
「クソ猫が何処に行きやがった! 」
ローブの男の護衛にひっかき傷を作るのが精一杯で、逆に足を怪我した私。流石に無謀だったか。後でお父様に報告してやる。
私の足は切り傷が出来た。そこまで深くは無いが、痛みと出血が私を苛む。
ケンケンと足を上げながらその場から離れる。今日は帰ろう。怒られるが、見るべき所は見れた。まずは無法者の掃除だ。
転移も出来ないしクート君に助けを求めよう。あ、ヤバい出血で意識が……
???視点
王都の無法地帯であるスラムを歩く小さな影が居た。時刻はそろそろ夕方だ。
怯える様にキョロキョロと周囲を窺いながら歩く少女は、よく見なければ少女とは分からない。髪は短く、顔も薄汚れている。物乞いの少年とも見えるが性別は女性である。
「ハア……これじゃまた怒られる」
少女は物乞いの帰りだった。僅かな銅貨を見ると溜息を吐く。これじゃノルマを達成出来ない。1日15枚の銅貨を集めてこい。それが孤児院に居座る男たちの命令だった。逆らえば幼い子供を売り払うと脅された。
孤児院に流れ着いた時はマシだった。優しい神父が居て、支援者も居た。貧しいながらも食事は辛うじて出来ていた。
しかし、その生活も何時までも続かなかった。1年前に神父が流行り病で亡くなったのだ。
残された子供達。孤児院は教会の援助を受けていない。スラムまで訪れる神官は殆ど居ないのだ。
そしてある日、男たちが孤児院にやってきた。
「お前等の神父が俺達から借金してたんだよ。さっさと払え。じゃなきゃお前等から誰かを売るぞ! 」
本当に借金をしていたのかは分からない。でも証書があるらしい。子供達には難しい字で書かれているので読む事は出来なかった。少女もそうだが、孤児院の子供達は文字が読めない者が多い。
「でも、神父様は言ってた。毎日お祈りしてればきっと良い事が有る筈だって」
ギリギリの生活で、少しづつ消えていく思い出の中の神父は何時も笑っていた。何時か良くなる。それまでに悪い事をすると、良い事は自分の元には訪れないと。
だから孤児院の子供達は悪い事はしなかった。
少女には夢が有った。まだスラムに流れ着く前の幸せな時間。何時も絵本の魔法使いに憧れていた。夜に両親が読み聞かせてくれた魔法使いのお話。
少女には魔力が有った。でも、使い方は分からない。魔法は技術だ。無知な少女に扱える代物では無いし、無知のまま扱えば最悪暴走する恐れがある。
少女の両親も魔道書を与える余裕は無かったのだ。だから少女は魔法を使えない。
魔力は旅の魔法使いが、自分にも魔力があると教えてくれただけだから本当なのかも分からない。
「何時か王城に入って凄い魔法使いになりたい……この国の王妃様や王女様の様な魔法使いになれば、きっと皆を助けれるかもしれないんだから」
少し心が軽くなった。夢は前を向いて歩くエネルギーだ。だから今の様な生活にも耐えられた。
取りあえず手に入れた小銭を孤児院に居る大人に渡さなければならない。怒られるだろう。殴られるかもしれない。でも少しでも渡して自分より年下の子供は守ろう。少女は静かに素早くスラムを歩く。他の大人にお金を奪われないように。
暫く隠れながら歩くと道端のゴミの影に子猫が倒れていた。子猫は足に怪我をしていた。流れる血で動けなくなったのだろう。放置すればどうなるかは分からない。
最初にご飯だと思った。生きていくには何でも食べなければならない。
でも、何だか食べちゃいけない気がした。少女の直感が何かを告げていたのだ。しかし、猫を助けても飼えない。自分の食事も全然貰えないのだ。同じ孤児院の幼馴染も反対するだろう。
「でも……綺麗な猫。もしかしたらお金持ちのペットなのかな?もしかしたら、お礼とか貰えるかも」
無意識に直感から打算に変化させる事で自身の考えを正当化する少女。
抱き上げるとぐったりしているが、息はしている。単に気絶してるだけのようだ。少女は母親の形見でもあるハンカチで傷口を覆い止血すると、そのまま孤児院に向かうのだった。
この出会いが少女の運命を劇的に変えるとも知らずに。




