118 親方達
「進むんだクート君」
マリの喫茶店を出ると、クート君が大型犬サイズに変わり私を乗せる。そしてそのまま走り出す。アリシアさんと護衛?走ってるから問題ない。混雑してる王都ではそこまでスピードも出さないしね。
私は足が遅いので移動はもっぱらクート君だ。
「このまま大工ギルドに行く」
「分かりました」
並走するアリシアさんに目的地を告げる。これから忙しくなる。兵は拙速を尊ぶのと同じだ。さっさと用事を伝えないと親方に仕事が入るかもしれない。腕は良いが、王都のサイズと人口の関係で、新しい家を建てるスペースが無いので、意外と暇なのだ。精々建て替えや補修で暮らしてる。しかし、それだけでは仕事は足りないだろう。今からお仕事持っていくよ過労死しないでね。
「頼も~」
バタンと勢いよくギルドのドアを開ける。しかし、ギルド内は喧騒に満ちてるので誰も気にしない。受付で仕事を探す職人や、併設されてる酒場で大騒ぎしてる職人で溢れてる。私は人を避けながら目的の場所に行く。酒場には酒場のルールがあり、ある程度のランク(大工ギルドにはランク制では無い)に近い物があり、暗黙の了解で座れるテーブルが決まってる。私は上座と呼ばれる奥のテーブルだ。
「ロレンスさん久しぶり」
テーブルには酔って顔を真っ赤にしたおじさんが数人お酒を飲んでいる。
ロレンスさんは腕の良い大工の棟梁だ。
「おお姫さんじゃねーか。どうしたこんな所に気軽に来れる身分じゃねえだろ。周りに怒られんぞ」
基本的にギルド等は気が荒い人が多いので今までは立ち入り禁止エリアになってた。他はスラム等、私が行けないエリアがある。冒険者ギルドも身分を隠さないと立ち入り禁止だ。
そう言えば孫姫以降、冒険者活動を行ってなかった。活動しようとすると、スタンビードや地下ダンジョンで邪魔をされてる気がする。
今度ダンジョンを探索してお宝をゲットしよう。
「仕事を持って来た」
私は竜杖をロレンスさんに向けると、解毒の魔法を掛ける。これは酔いにも効果があるのだ。
「ありがとよ。それで、何を建てりゃ良いんだ?金さえ払えば何でも作るぜ」
「村を2つ早急に作って欲しい。具体的には2か月以内」
「そりゃ無理だ。暇だが、王都から離れるとなると職人を連れて行くのも材料の運搬にも時間が掛かり過ぎだぜ。それに2か月とか俺らを舐めてるんか?」
まあ普通は無理だよね。
「私が手を貸すと言ったら?資材の運搬も人員の運搬も私がするし、家などの建築物の基礎なら私が魔法で用意する。報酬はこれ」
ポンと手を叩くと、アリシアさんが重そうに革袋を持って来た。そしてそれをテーブルの上に置く。
ロレンスさんは怪訝な顔で革袋を開ける………中身は大量の白金貨だ。
「おいおい。これじゃ貰い過ぎだぜ。10分の1でも多い方だ」
「1日8時間で3交代24時間態勢で早急に作って。明かりとかもこっちで用意するし、雨が降ったら村ごと結界を張る」
「本気か?それでも多すぎだ」
私も暇じゃない。さっさと村を作るに限る。何時までもマーサさんに構ってられないし、あの森の開発を進めて現地で私の居ない状態で精製出来る設備を作らせないといけないのだ。ハッキリ言って村作りに関われるのは2か月が容認できる時間だろう。2か月後にはお父様の誕生日もあるからそっちの準備も必要だ。
合成ゴムが有れば旧自室に置いてあるアレも完成するだろう。
「ロレンスさん最近暇だって言うから他の人も暇でしょ?じゃあ全員雇う。人材の選定はロレンスさんに任せるけど、職人に給金が行きわたるようにしてね」
このお金は私のお金だから問題ない。職人がお金を得られれば多少は経済に回るだろう。国民を使ったマネーロンダリングだ。私の資金はいずれ税金として国に行く。
最近増えすぎてきたので、ここらで国民に回すのも良いだろう。労働の対価なら誰も文句は言えない。適正金額をマーサさんから貰うから問題無し。
「そうか、金を払ってくれるのなら大事な客だ。おい王都中の奴等に教えてこい!」
「へい親方」
ロレンス壁際でお酒をちびちび飲んでた見習いを使いに出した。
暫くすると、同年代から結構な歳の人まで何人も集まってきた。私が知ってる人も居るが、どう見ても王都の大工のオールスターだ。殆ど全員を集めたんじゃないかと思える。
大工の棟梁……つまり親方だけで20人以上居る。
「おいロレンス。お前姫様から直接仕事を貰っただとか寝言言ってんじゃねぇ」
「姫様が直々こんな所に来るわけがねえだろ。しかも白金貨をたんまりだ~舐めてんじゃねぇ」
面白そうだからと言う理由で私はロレンスさんの影に隠れてる。私の意思じゃ無いよ?ロレンスさんが面白がってるだけだよ。
「しかし事実」
「「「「って姫様」」」」
何か面倒だから直ぐに出た。怒ってる人に悪戯はしないよ。私は油断してるアリシアさんとかお父様に悪戯する程度だ。他の人にも偶にするけど。怒られないギリギリのレベルを追求するのが一流のイタズラ―だ。ついでに手柄をあげれば怒られ難い素晴らしい生活が待ってる。私も聖女とか呼ばれてるらしいからイタズラレベルを上げても良いのでは……これ以上はお母様の堪忍袋とやらが破裂しそうだから暫し自重しよう。
「仕事は事実。期日は2か月で村を2つ作る。必要な資材と人員の輸送は私が手を貸すし、家の基礎から畑や水路も私がやれる。貴方達には家とかのインフラをお願いしたい。報酬はロレンスさんに渡したから話し合ってね。十分な金額だと思ってる」
「だから渡し過ぎだっての」
「期日的に無理があるだろ! 」
「待て何だこの法外な報酬は! 」
集まった皆が話し合う。私はサクッと村を作りたいのだ。法外な値段で大量の職人を集めれば不可能では無い。事前に木材などを加工して向こうで組み上げる方式を取れば今まで以上の速度で家を建てる事が出来るし、魔道具で補助すれば身体能力を強化出来る。更に大量のゴーレムも出すと言うと反対する人は減った。
「それなら可能かもしれない姫様だし」
「そうだな! 姫様が居れば何でも出来そうな気がしてきた」
「そうだ! 今が稼ぎ時だ」
この話を断ったのは2人の親方だけだった。受けた親方衆は直ぐにギルドに依頼を出して余ってる職人も集め出す。私は幾つかの商会に使いを出して物資の買い付けを行う。皆ハッピーだね。誰も損はしない。忙しい代わりに相応の報酬が出れば喜んで仕事をしてくれる人達だ。
ロレンス視点
暇だ。最近仕事が少ねえ。この国の王都が小せえのが原因だ。何処も家を建てるスペース何か残って無いのが原因だろう。毎日家の補修やら建て替え等の仕事ならばあるのだが、どうにも気が載らない。弟子を食わせる程度の仕事で十分なのだ。
俺はもっと大きい仕事がしたい。橋を建てたり、新しい城やら城壁やらデカい仕事がしてみてぇ。毎日くたくたになるまで働いて飲む酒が大好きなのだ。
しかし今ある仕事は乗り気にならない小物の仕事ばかりだ。俺の腕が鈍っちまう。
「仕事を持って来た」
何時ものようにギルドで酒を飲んでると思いがけない出会いがあった。そう、この国の王女である姫様が居たのだ。
王族なのに傲慢さは余り無い。ちょっと我が強い程度だ。しかし、王族と言うより町娘みたいな気楽な性格なので話しやすい御人だ。
本来なら俺の様な礼儀の欠片も無い男が話せる相手では無い。でも、姫様が小さい時に有った城壁の修理の時に出会ったのだ。何時もながらの無表情で俺の直した城壁を見つめてた。
「俺の仕事に何か文句でもあるのか! 」
やっちまったと思った。俺は礼儀とかとは無縁の暮らしだ。敬うべき王族に暴言を吐いた事実は俺の職人生活の終わりを意味する筈だった。不敬罪で投獄。良くて犯罪奴隷だ。
しかし姫様は違った。
「この城壁綺麗に出来てる。腕の良い証です」
姫様の性格は陛下に似ていた。五月蠅い貴族とかと違って、同じ視点で物を見てくれる御方のようだ。しかも怒鳴ったのに、その表情に怯えは無かった。有ったのは好奇心だ。後に知った事だが、王女と言うより職人向きの気質のようだ。足が震えていたが。
姫様は好奇心のままに城壁を観察していた。あれは今までの仕事でも良い出来だった。新しい工法を取り入れた事で強度も向上し、長持ちするように作った。
それから暫くすると姫様は侍女らしき女を連れて度々王都に出る様になった。俺達国民としては城で大人しくして欲しいと思ってる。危なっかしいのだ。子供らしいと言えばそれまでだが、年相応とはよべないレベルの好奇心を持っているのだ。あっちこっちちょこちょこと歩き回ってた。
「報酬はこれ」
懐かしさから昔の事を思い出してたら、姫様が報酬の話をしだした。正直その前の話を聞いてなかったが、周りの会話から直ぐに依頼内容を理解出来た。
どうやら新しい貴族様の領地に村を2つ程作るらしい。まあ妥当だな。行き成り町の運営何か出来る筈がない。
しかも期限は2か月だ。ふざけてるのかと思ったが、姫様が行き成り仕出かすのは何時もの事だ。5歳でオーガキングと文字通りの死闘を繰り広げた話は既に伝説になってるからな。腹黒王太子が姫様の前では霞む程だ。あれはあれでヤバい匂いしかしないが。
革袋の中身は白金貨だった。俺でも見たのは2度目だ。普通は金持ちの商会か貴族くらいしか持ってない。それが大量だ。そりゃメイドも重いだろう。と言うかそんな大金持ち歩くなよ。確か魔道具やら売ってる関係で金持ちだって噂は聞いた事があるがあり過ぎだ。子供の持つレベルを超えている。しかも村2つでは殆ど余る。
しかし気分が乗った。姫様直々の依頼なんて職人冥利に尽きる。これは受けるべき依頼だ。しかも納期が2か月で姫様の援助も貰える。断る理由が無い。
俺は姫様をある意味尊敬してる。王族らしくは無いが、国を俺達を見てくれる人だ。それに姫様は国民を捨てる人じゃない。寧ろ大事に思ってる。なら、俺はその期待に応えるべきだろう。意外と広い人脈を持ってるのに一番に俺を頼ったのだ。数年ぶりの熱が体を包む。そうだ、こんな仕事がしたかった。
俺は見習いの一人に知り合い全員に声を掛ける様に使いを命じた。俺一人で独占なんか出来ない。人手が足りん。それに姫様からの直接依頼を独占すれば他の連中が五月蠅いからな。面白半分に姫様に隠れて貰ったが、俺の想像以上に怒ってたので失敗した。王族の直接依頼を甘く見たようだ。
「じゃあギルドに指名依頼を出すから」
姫様はギルドで手続きを済ませる。ギルド職員が汗を流しながら対応してる。事前連絡も無しだったのか。哀れだな。あの受付嬢昨日から入った新人なのに。
「おい、直ぐに道具の用意だ。姫様に恥をかかせない仕上げを見せてやるぞ! 」
「そうだ、俺達が頼りになる事を見せてやるぞ」
同業の連中のやる気は十分だ。もしかしたら俺達も新しい技術が見れるかもしれない。姫様の魔法を技術を直に見れる機会なんて早々無いからな。
何を作るか、何をするか分からない姫様。しかし、それは国の為になる事だ。そして俺達の為にもなる。あの人に何処までも付いて行くぜ。俺達は馬鹿だから国の未来なんか見えない。唯、信頼出来ると判断した奴に付いて行くだけだ。それで失敗すれば俺達に人を見る目が無かっただけだ。
だから俺達を失望させないでくれよ姫様。




