116 授爵③
転移妨害の結界は名前の通り、転移系の魔法を妨害する魔法だ。
しかし、この国で転移を使える魔法使いは、確認されてるだけでは私一人だ。対策などされてないし、転移妨害の魔法は上級魔法だ。
基本的に妨害系の魔法は難易度が高い。
しかもアーランドは魔法使いがショボいのだ。出来る筈はない。私は混乱した。目の前のドレスはヒラヒラだ。アレを着るのか?私はドレスは好きじゃないのに。
「姫様は我々を侮っていましたので容易に事が進みました。何時までも昔のままと思ってましたか?我が国の魔法師団は前回の失態を糧に進化したのです」
前回?何かあったっけ?と言うか魔法師団まで出てきてるの?大事じゃん。私最初のスタンビード以降会って無いんだけど。
「……」
「前回護るべき姫様を危険に晒した彼等は、寝る間も惜しんで修業に明け暮れました。姫様と会う事が無かったのも北の地に居たからです。彼等は優秀になって帰ってきましたよ。そりゃ原型も留めないほどに。さあ、試着しましょう。姫様もこう言う衣服をもっと身に付けるべきです」
お店の道路側の壁はガラス張りだ。そこをチラリと覗くと身長2m程のローブ着た人達が杖を掲げて居た。兵士も居るようで「現在姫様の警護中」と書かれたプラカードの様な物を国民に見せている。用意周到な……と言うか、アレって杖と言うよりメイスだよね!棍棒だよね。何の修業をしてたんだ!。しかも、ローブから出ている腕は筋肉の塊だ。私の知ってる魔法師団はモヤシ系だった筈だよ。文系だよ。何で数年で筋肉になるの?この国筋肉で溢れすぎだよ。
「こんな物を破壊するのは容易い」
私は魔力操作で、魔力の爪を作ると結界にカマイタチのように放つ。物理的な攻撃力は無いし、人に当たっても害は無い。精々魔法使いに精神的なダメージを少し与える程度だ。しかし、魔法にぶつけると魔法を破壊する事が出来る放出系に分類される技法だ。魔法では無いけど。
しかし、魔力の爪は結界に弾かれる。結界に多くの魔力を込めてるので揺らがないのだ。
「さあ、姫様も綺麗になりましょう。ぶっちゃけいい加減に諦めてください。何時も何時も平民みたいな恰好をしてるから他の貴族に侮られるのですよ」
ぐぬぬ、別に侮られても良いし!私はヒラヒラが好きじゃないだけだ。寧ろジャージを作ってくれと言いたい。
この格好も普通の服だけど、素材は高級品だから問題は無い筈だ。実際誰も何も言わない。
「別に…いいもん。誰も文句言わないし」
「それは姫様に言っても改めない事を知ってるからで、納得されてる訳ではありません」
「お父様も似たようなものだし」
「本当に陛下そっくりに育ちましたね」
アリシアさんは半目で私を見ると、後ろにあるドレスを取ろうと私から目を逸らす。今こそ好機!
「やるんだ呪いの羊人形」
「メ゛~~~‼」
即座に『クイック・ドロー』で魔道具を出す。呪術魔道具No5『呪いの羊人形』これは対象に呪いをかける危険な魔道具だが、今回は結界自体に魔力拡散の呪いをかける。これで、結界は魔力が拡散して消滅したした。因みに人に掛けると魔法が使えなくなるが、私やお母様程魔力が強いと無意識にレジストする。
これは鼻を押せば起動する。
「じゃあマーサさん達を宿に送っておいてね【転移】」
「あ!」
残念だったね。この程度で私にドレスを着せるなど不可能なのだよ。
私は城の自室に転移した。
「待ってたわよアリスちゃん」
「ここが私の死に場所か」
部屋の中で優雅にお茶を飲んでるお母様が居た。本当に私の行動パターンは読まれていたのだろう。
「お、お母様……げ、元気?」
「ええ、元気よ。でも貴女がここに居ると言う事は逃げたのね」
「逃げてないし後方に転進しただけだし」
私は逃げて無い。進行方向を変えただけだ。決して逃げて等いない。私が逃げるなどあり得ない事だ。
「そう。じゃあ今すぐに戻りなさい。いい加減自由奔放すぎるのは目に余るわよ?少し教育方針を変えましょうか?」
「サー今すぐにお店に戻ります」
私はもう一度進む方向を変えるのだった。
「おかえりなさい」
「知ってたの……卑怯な」
戻った時にはアリシアさんはしてやったりと言う顔をしていた。全ては仕組まれていた。私の転移も、基本的にマーカーが無いと長距離転移は出来ない。現状出来る場所は限られてるのだ。それを逆手に取られた。
「姫様の非情な行いのせいで、魔法師団は折角得た自信を早速打ち破られましたよ。どうするんですか?
彼等は何年も最果てで己を鍛えて自信満々で戻って来たと言うのに」
北の地って最果ての砦か!
あそこはアーランドの国防を担う最前線だ。南の帝国は定期的に侵攻してくる害虫だが、最果ての砦はそれ以上に魔物の襲撃を受けてる場所である。歴代の王族ですら最果ての砦より北には進めなかった災厄の地でもある。古文書には、この世界最初の文明である、魔法王朝があったとも言われるが、お父様でも「二度とごめんだ! 」と言う程の魔物の生息域である。
魔法王朝は具体的な場所の記録が無いのと、大陸中に遺跡があるので、場所については諸説ある。エイボンも知らないらしい。何故滅んだのかも詳しく分かっていない。後の魔道具時代はその魔法王朝時代の技術をある程度復活させたが、魔王出現と大陸全土の戦争で滅びてる。現在はこの世界で3番目の文明と言う事だ。
外を見ると、ローブを着た魔法師団の人達が蹲っていた。死地に赴き、己を鍛え上げたのにあっさりと破られた事がショックだったのだろう。何この精神攻撃。凄い胸が痛むんだけど。
「姫様がドレスを着て見せれば面目が立つんですよね~彼等の努力も少しは報われるんですよ」
「……」
じりじりと私に近づくアリシアさん。私は無言で距離を取る。
「私がドレス嫌いだって知ってるじゃん」
「一国の姫君がドレス嫌いは許されませんよ。それにパールさんが半年もかけて丹精込めて作った一品ですよ」
「半年前より成長してるし」
「問題ありません。身長は伸びてませんので」
伸びてるし……2cm位は……多分。しかし私の身長は伸びていなかった。ドレスはぴったりサイズだ。何故に私の身体情報が漏洩してるのだ…まあお爺ちゃんは見ただけでスリーサイズを大まかに把握する禁断の能力を持ってるから仕方ないけどね。存在してはならない能力なのに解せぬ。
「フリフリヒラヒラ動き難い」
「お似合いですよ姫様……グス」
どうやら泣く程嬉しかったらしい。と言うか最後にドレス着たの何時だっけ?私は記憶力は良い方だけど、覚えようと思った物しか覚えないので記憶に無い。
暫くしてリリカさんが貴族の夫人らしい服を着て出てきた。そして世界は止まった。
「リリカ……」
「その、何か変? やっぱり私の柄じゃないよね」
マーサさんはそのままリリカさんに抱き付いた。そして私の視界はアリシアさんに塞がれた。
「綺麗だよ。何時もよりずっと綺麗だ」
何やらキスらしき事をしている生々しい音が聞こえるんだけど。それとマーサさんの護衛をしてる村人の怨差の声が……会話内容を断片的に拾ったので、それを統合するとリリカさんは村の中でも一番の美人さんだそうだ。マーサさんは村長として、信頼はされてるけど、嫉妬も物凄い受けてるようだ。マーサさんの護衛達の会話内容は怨念で溢れていたので省略するものとする。男の人って……
その後、2日程経ってからマーサさんが授爵する事になった。
場所は謁見の間。お父様もこの日ばかりは王様らしい豪華絢爛な衣服に王冠を頭に乗せてる。お母様は妊娠中なので、一切の公務を免除だ。基本的に妊婦は労働禁止なのだ。パーティーに出る事も無いので暇を持て余して私のニャンコ達と戯れてる。猫は良いらしい。猫派なのだろう。私は犬派だ。
「此度の事は全面的に王国に非がある。すまなかった。
出来る限りの支援を行う事を約束する。又、約定通り準男爵位を授与する。それと子供が成人した時に子爵任ずる」
「ありがとうございます。私の全ては王国の為に、領民の為に」
謁見の間ではマーサさんと……いや、マーサ・バレル準男爵。今後はバレル準男爵と呼ぶべきか。が跪いている。
玉座にお父様。お父様から右側に閣僚。つまりは各大臣が居て、左側が本来王太子の椅子がある。だけど、その陰に私の席も置かれている。
私は王籍が残ってる副王家の当主だからだそうだ。但し、謁見する側からは天幕とお兄様に隠れる形なので、居る事くらいしか見えない。精々誰か座ってる程度だ。はい、見事に隔離されてます。
「此度の件の賠償として、今までの税は不問。貴族年金は200年分を支払う事とする。又、既に話してある通り、あの地から他の土地に転封とする。転封地については幾つか候補を上げてるので後に選ぶように」
宰相さんが打合せ通りの事を言うと謁見の間がざわついた。これが如何に異例であるかよく分かる。
まず、貴族年金は結構な額が貰える。それを200年分となると莫大な金額だ。更に転封地を貴族側が選ぶ事も滅多にない。基本的に王国がここを統治しろと言って終わるのだ。因みに転封地については私が地竜を討伐した平原が良いと思う。王都からそれほど離れてないのに、子爵領としては十分な広さを持ってるし森もある。
人手不足で土を踏み固めた街道しかないけど、立地は良い方だろう。
「ご配慮感謝します」
そう言えば謁見の間に居る貴族が横やりを入れてこないな~っとお兄様の影から少し顔を出すと、何時もの五月蠅い人達はリリカさんをガン見していた。




