115 授爵②
「姫様、あと10分程で王都に到着………大丈夫ですか?」
村を出てから4日程で王都に着くのだが、この4日間の間に膨大な量の書類を送り込まれた。過労死しそうだ。
「…大丈夫…あと少し…あと少しで…あ、また増えた」
無慈悲に送られて来る書類。何でこんなにあるんだって、そりゃ新しく出来た組織だからだよ。空軍は既に過去の組織から一新されてるから、それに伴って膨大な書類が発生しただけだ。
「こっちは計算間違ってるし、ちゃっかり横領と思われる形跡の残る予算書に…どうなってるのこれ、書式が別の物じゃん。
ああ、これは違うミスリルとオリハルコンの必要量が10倍以上だ」
ミスに次ぐミスの山。帰ったら役にたたない役人何て左遷してやる。何で必要量とか資料を出してるのに間違ってるのさ。こっちの資料を見れば正解が載ってるのに。
ミスと横領は赤線引いて宰相さんに送り返す。「好きに処分して」と添え書きを書いてだ。私は知らん。
「それで何?今凄い忙しいんだけど」
アリシアさんがッハっと我に返る。
「いえ、あと10分程で到着です」
「そう。じゃあ着いたらマーサ村長をパールさんのお店に連れて行って正装を作って貰わないとね。後、付き人もあれじゃ笑われるから」
知り合いだし、メイドーズ改めメイド三人衆が連絡を既に済ませてある筈だ。あのお爺さんの腕は確かだから問題ないだろう。これでマーサ準男爵か。いや、苗字を認められるからそっちで呼ぶんだっけ?
「うえぇ」
数枚の書類を見た私は思わず変な声を出した。
「お行儀が悪いですね。何処からそんな変な声を出してるのですか」
アリシアさんに文句を言われるが、どうやら王都に戻ったら技術開発局の人達が待ってるらしい。大量の質問を抱えてだ。
どうやら術式の重要性に気が付いた彼等は完成した魔法では無く、魔法の基礎たる術式に目を付けたらしい。
この世界の魔法レベルだと、まず魔法を覚える事が最重要だから、魔法の術式改良には余り手が届かない。と言うか流派毎に改良してるけど、それを無関係の人間に公開する事が無いのだ。その結果変な術式の魔法が横行して、効率を下げてる。流派毎に術式を隠す為に別の術式を組み込んで、後世にそれを見つけた魔法使いが更にそれを隠す術式を組み込む等笑える状況だ。それを整理するだけでも魔力消費と魔法制御が向上するんだけどね。
そして、彼等はそこにたどり着いたようだ。
「だって忙しいのにあの人達空気読まないんだもん」
「基本的に魔法使いは空気など読みませんよ。自身の研究優先ですからね。姫様も似たような物です。ご自重ください」
何故この忙しい時期に待ち構えてるのか…私?レディーだからそんな事しないよフリーパスだし。
飛空船が王都内の飛空船の発着所に到着した。船体後部にあるアンカーを地面に撃ち込むと、ワイヤーを巻き込んで飛空船をゆっくりと着陸させる。そして、発着所の職員が移動式の階段を飛空船に繋げた。
「姫様お待ちしてました!」
「待て、こっちが先に来ただろう」
「どうか予算会議に出てください。誰も何が何だか分からないのです」
「この術式は何の為の物なのですか?こっちの術式と連動してるのですが」
役人・貴族・魔法使い等が20人程血走った目で私が戻って来るのを待っていた。もう一度村に戻るか。しかし、背後には降りる人がいっぱい居る。戻ると邪魔になる。
「分かったから、せめて並んで。取りあえず文官から」
魔法使いは最後だ。専門的な事を説明するには時間が掛かる。
取りあえず予算会議には参加出来ない。忙し過ぎるのだ。だから魔道具の部署等から資料を持っていくように頼んだ。私が説明するのが一番だが、自分で覚えるべきだろう。どうしても分からない所は聞いて良いと携帯を何個か渡しておいた。
他にも、資材購入や必要な資材量に保管場所や、飛空船を用いた輸送ルートの選定などで40分程取られた。
「それで、この術式は一体何なのですか?これを外すと魔法の連続使用が出来なくなります」
「同じ魔法を同じ出力で断続的に発動させる術式だから取ったら連続発動出来ないよ。しかしよく気が付いたね」
そこまで大きい術式じゃ無い。他にも色々と見る所があるから、もっと後に気が付くかと思ってた。
「つまりこの術式を用いれば他の魔法も連続で使えると言う事ですね。
あれも…そうだ!この魔法を連続発動すれば…素晴らしい!」
自分でその術式を使った魔道具を思いついたのだろう。魔法使いのホッパーさんは踊り出した。
「ああそうだ。農工機も作ったから…確か他の部署に研究用の小さい畑があったよね?今の時期は空いてる筈だからチェックをお願い。後でそっちに現物と仕様書は持っていくから」
「また新しい物ですか!素晴らしい。寝てる暇も無い素晴らしい仕事が出来そうです。
問題ありません。姫様のお作りになった物を直接見れるなら全員参加するでしょう」
…ハイテンション過ぎない?しかも全員って職務放棄する気かな?怒られないと良いけど…って私が上司か。ふむ、元々操縦不能なのが研究部門だから仕方ないね。私も思いつくと即制作する悪癖持ってるから注意しても、ブーメランの如く戻って来るし。
結局発着所から出れたのは到着してから2時間後だった。
しかし驚いたな。研究員の実力が急激に伸び始めた。アーランドは魔法後進国だ。技術も知識も足りて無い。今後はエイボンと協力して魔法使いの育成に力を入れようと考えていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
彼等は自分で実力を伸ばせる熱意がある。ただ、機会が無かっただけなのだろう。空軍も同じだ。これなら彼等にも期待が出来てるだろう。ちょっと侮っていた事を反省する必要があるね。
次に向かうはパール服飾店だ。王都一の服屋さんで、私の知り合いでもパールさんが店長兼職人として働いてる。アリシアさんの正装もここで作って貰った。
「来たよ~」
「いらっしゃいませ姫様。準備は出来ております。後は細かい微調整をすれば大丈夫です」
出てきたのは白髪が生えたお爺ちゃん。確か今年で80歳だ。杖を持って少し体が震えてるが、未だに現役の職人で、貴族御用達なのだ。
「じゃあ後はお願いね」
「最高の服をご用意させて貰います」
杖を離すと、シュバ!っと採寸道具や針や糸を取り出して、マーサさんを一瞬のうちに採寸した。本人も「え?」って程のスピードだ。そして、マネキンに着せてあったマーサさんの服を手に取ると、微調整を施し始めた。これぞ神の早業である。面白いので貴族の評価も高い。
「ふう。良い仕事をさせていただきました。奥方様も服をご用意しますか?無論採寸は別の店員にさせますので」
「そうだね。後ろの人達にも紳士的な服をお願い。あのままじゃ、城に入れないから」
奥さんの方は一応服と言える物を着てるけど、付き人――将来の家臣。は蛮族スタイルだ。流石に城に入れると何を言われるか分からないし、国の品格を疑われるからね。紳士になって貰おう。一応言っておくと性格は野蛮では無い。見た目が蛮族なだけである。
「私もですか?……流石にこのようなお店の物を着て良いのか…」
「俺達筋肉の塊だし」
マーサさんの奥さんはかなり庶民的だが、お母様にも劣らない美人だ。名前をリリカさんと言うらしい。息子はルート君。まだ2歳で、リリカさんに抱っこされてる。
後連れてきた村人は、村の警備隊的な人達なので、一番体つきが良い。お父様的な体格だ。筋肉の塊だと言う自覚はあるのだろう。
「問題ありませんよ奥様。奥様はこれより貴族の夫人となるのですから。寧ろ、相応の物を身に付けなければ侮られる事になります。護衛の方々も同じです。ここは陛下の衣服もお作りしてるので、貴方方の体型にあった服もしっかりと揃えてございます」
言葉の端に「お父様もマッチョ」と言う言葉が隠れてる。まあ、事実だけどね。普通の服だと、大胸筋とかでおかしな事になるし。
「で、でもお金とか」
「問題ありません。全て受け取っておりますので。では妻が採寸致しますので、こちらの方へ」
リリカさんは別室に連れて行かれた。
護衛の人達は、既製品で大丈夫なようで、組み合わせを他の店員と話し合っているようだ。
「よろしいのでしょうか?」
護衛の人達が服を選んでるのを見ながら、マーサさんが恐縮するような感じで話しかけてきた。どうやら私がお金を出してる事に気が付いたようだ。
「別に問題は無い。寧ろ、このまま連れて行く方が大問題だから」
ありがとうございます。と言うとマーサさんはリリカさんが入って行った部屋を眺める。綺麗な服を着たリリカさんを見るのが楽しみなのだろう。
しかし、私は他に気になる事があった。
店の一番目立つ場所にドレスが飾ってあるのだ。しかも、私のサイズに合いそうな奴が。
何かを企んでるような気がする。貴族の衣服は基本的にオーダーメイドで、ドレスの既製品は数が少ない。しかも、わざわざ目立つ場所に置く必要も無い筈だ。その時、私の肩に逃げれないようにしっかりと手が当てられた。振り返るととても良い笑顔のアリシアさんが居た。
「丁度姫様の新しいドレスもご用意しました」
その言葉と共に、お店に転移妨害の結界が張られるのだった。




