110 魔物の領域にある村
「本当に私が座って良いの?ここ艦長室なんだけど」
「無論です。新型の飛空船、そして初任務。姫様がお座りになった方が縁起が良い筈です!」
会議は3日程で終了した。最初の日に大まかな条約などは結んだのだが、残りの細かい話し合いや飛空船の値段交渉…流石商業都市国家だよ。危うく原価以下にされかけた。まあお父様も交渉では勝てないとボルケンさんに任せたら少々安め程度で決着した。
今私が居るのは新型の大型飛空船一番艦シルフィ―号の艦長室の艦長用のデスクだ。本来は目の前のパッシュ隊長が座る場所なのだが…何故か私が最初に座る方が縁起が良いし、箔がつくからと言われてここに座っているのだ。
「まあ、これは別に軍艦じゃないから良いけど、貴方は一応空軍のナンバー2なんだからしっかりしてね。それと、私は指揮とか取れないからね。大まかな作戦立案と予算獲得以外は大体貴方に任せるから」
「仕事が増えそうですな。しかし!私はやり遂げますよ。もう、役立たずとか無駄の産物とか言わせませんとも」
どうやら、相当要らない子扱いされてたらしい。
「軍艦は少し掛かるけど、これと操作系統は統一されるからしっかり学んでね。実戦では私は地上部隊に居るだろうし」
「空軍のトップが陸と共闘するのに反対します。姫様はここでドン!っと構えて居て欲しいものです」
「人手不足だから仕方ない。私も魔法使いだからね。それと、空軍に新しい部隊を設立するから人員を選定して」
「はて?予定通り人員は常に募集を掛けておりますが。それに新しい部隊とは…」
私は空軍の中に飛行機を使った部隊を作る事を彼に話した。戦闘機や爆撃機の用途や運用方法等、3時間位説明した。
「成程、分かりました。早急に信頼出来る者達を選定します」
流石に部隊を纏めてただけあって、理解が早い。更に言えば利権とか何も無い部隊だったから、改革するのも容易だ。私に対しても好意的で納得できる話ならちゃんと聞いてくれる。これが一番大きい。空軍の人達は私を子供扱いしないのだ。上官として王族として扱う。普段城の騎士達と接してるのとは違う。多分これが軍隊なんだと思う。
パッシュさんが艦長室から出ていく。未だに不具合こそ無いが、運用上のミスがそれなりに出てきてる。操作方法や保守点検等が全然違うのだ。マニュアルは配布されてるが、時間が足りないのだろう。
私はデスクの上…と言うか部屋全体に山積みにされた書類を処理する。空軍関連の書類に技術開発局の書類。ボルケンさんは「これも経験です」と全部私に送って来たのだ。
まあ書類位なら問題ない。技術開発局も次期武装も魔武具に決定してる。今後アーランドで作られる唯の武器や防具は全て輸出に切り替わるだろう。付与や魔道具化へのアシスト術式は完成してる。後は師匠にその情報を流せば勝手に制作してくれるだろう。師匠は私の副官と言う扱いになってるから。
「姫様、今度のルートの…なんですかこの膨大な書類の山は…」
「ボルケンさんが私の仕事だって押し付けてきた」
「………分かりました。では、今後の航行ルートですが、このペースで行けば目的地周辺まで二日程で到達出来ます。この船のスピードは既に大陸一ですね」
「問題はメカニックが不足してる事だけどね。整備も右往左往してるみたい…ん、これなら予定通りに到着できる。
目的地に着いたら探索魔法で周囲に人の痕跡を探す。完全に無くなってる事は無いだろうからね。
そして、先行隊が木を切り開いて着陸地点を作った後に周囲を散策して目的の物を手に入れる。チェーンソーの使い方はどうだった?」
「使い勝手が良いようですね。あれがあれば開拓も捗りそうです」
「そう、ならあれの量産も始めないとね」
既に私は動き出した。分身体は宝物庫内で各自に作業を行っている。生物では無いので分身体は閉じた宝物庫内に入れられるのだ。数の力で中途半端だった試作品を完成させてる最中だ。例えば印刷機・紙の製造施設・武器の生産などだ。
このままじゃ帝国に負ける。だから私は技術を武器にする。私に出来る事はそれだけだ。
そして、それを効率的に行うには資源が必要だ。ならば資源を手に入れる。
そして私は2日間艦長室で執務に励んだ。
「姫様!」
「うみゅう……五月蠅い」
デスクで力尽きていた所にアリシアさんが入って来た。その五月蠅さに持ってたペンを握りつぶしてしまった。
「えええ、何で仕事してるんですか!休むって約束したじゃないですか」
「休んだよぅ30分位」
おかげで書類が大分減った。
「ってそれどころじゃないですよ。直ぐに艦橋に来て下さい。おかしいんです」
眠いのに…仕方ない。この部屋に籠ってからひたすら昼寝してる子犬状態のクート君の尻尾を掴むとそのまま環境に向かう。
「何かあったの?飛竜なら逃げれば良いじゃん」
「いえ…その目的地に近づいたので、遠見の水晶で周囲を調べた所、集落と思われる物を発見しました。煙突から煙も出ていたので今も誰かが住んでるのは間違いないと思われます」
「報告書には開拓団は壊滅したって書いてあったけど?」
それに開拓団が生きていたとしても、この魔物の領域に囲まれた場所で200年以上もどうやって暮らしてきたんだろう?
「……これはあくまで私の私見ですが、当時の開拓団は魔物の襲撃で村は壊滅し、生き残りが逃げ延びたと書かれてますが、実際は生き残りが居る状況下で逃走したのでは無いかと思います」
成程。報告書に書かれた通り襲撃は有ったけど、迎撃に成功して生き延びていたと…大問題じゃん!王国の失態だよ。今まで何の支援も無く国民をこんな所に置き去りにしたの?逃げ延びたのって当時の伯爵の長子だった筈だよ。護衛諸共撤退って覚えてる人居ないけど一応「良くぞ生き残った」って当時の王様に慰められたって書いてあるよ…因みに現存してる家だ。
「隊長。姫様の護衛は準備万端です。着陸しますか?」
「出来る訳ないだろ!下手したら王国を憎んでる可能性があるんだぞ。そんな所に姫様を出す訳には」
「いや私は降りる。状況を確認しないといけないから。もしかしたら彼等は被害者かも知れない。早急に現状を解決するにはトップの私が話をするべき。ここまで生き延びてるのなら指導者が居るはず。最低限の警備と作業員を残して中央の広場らしき場所に着陸」
「…分かりました。着陸用意!」
「了解、本艦はこれより着陸態勢に入る。繰り返す着陸態勢に入る」
無線機のような物を持った兵士が艦内放送で、着陸態勢に入る事を流した。殆ど揺れないとはいえ、万が一の事もあるので着陸時は作業を止めるのが決まりだからだ。
着陸するまで艦内に取り付けられた赤ランプがクルクル回っている。
暫くすると軽く揺れ、広場に着陸したようだ。船の種類にもよるが、この飛空船は乗船用の収納式の階段が付いてる。船員が直ぐに階段を下すと、私は護衛を連れて広場に降りたのだが…
「マッチョがいっぱい居る」
広場には武器………棘付のメリケンサックのような物を装備した半裸の集団が居た。多分警戒しているんだろうが、ムキムキの体に魔物か動物の毛皮を腰に巻いてるし、靴もよく見れば毛皮を加工した物だ。何故にメリケン?
「我々はアーランド王国空軍である。この集落の代表者と会いたい」
パッシュさんが大声で代表者を呼ぶと集団が殺気を放った。
「お前等こそ何者だ、もし村長に手を出すのなら容赦しねえぞ」
そう言ってメリケンサックを構える村人?私の背後の護衛も剣の柄を握って何時でも抜けるように構える。私は慌てて制止した。
「まずはこっちが武器を降ろす。全員武器を地面に置いて。このままじゃ話が出来ない」
「ッハ」
護衛が武器を降ろすと村人らしき人達が困惑しだした。行き成り戦闘するとかありえないでしょう。まずは話し合いだ。
「こちらには攻撃の意図は無い。
まず私達はここに人が居る事を知らなかった。ここの開拓団の子孫なの?王国の資料には全員死亡ってなってた筈、だから代表と話をさせて」
「そ、そうですね。皆武器を降ろして。敵意は無いようだから。
すみません。何分村の外から人が来るのは初めてなものでして。それに最近魔物の襲撃でピリピリしてたのです。何卒ご容赦を」
マッチョな村人の背後から男の人が現れた。ギリギリ服と呼べる物を着ているが、それもボロボロで到底代表には見えない。それにマッチョじゃ無い。
見た目は短めの茶髪に藍色の目をしている。苦労人のような風貌だ。
「気にしないで良いよ。行き成り来た私達にも非はあるから」
「ありがとうございます。それとお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「アリスティア・フォン・アーランド。アーランド王国副王家当主だよ」
私がそう言うと彼は目を見開き、涙を流しながら跪いた。
「お、おい村長。何でそんなことしてるんだ!」
「聞いてくれ。この御方は王族だ。やっと来てくれたんだ!君達も手は出しちゃ駄目だ」
困惑する村人を制する彼は、どうやら王族の事くらいは知ってるようだ。確かにアーランドの苗字は王族しか使えない。これは昔からだから、知ってたのだろう。長い時間をここで暮らしてても覚えてる物なんだね。普通は忘れると思うけど。
「まずは話を聞きたい。貴方達はここの開拓団の子孫なの?それとも、その後にここにたどり着いた人達?」
「私達は第89開拓団の生き残りです。もしかして…ザット様は帰還出来なかったのですか?我々は救援を待ってたので…200年も…」
はぁ…やっぱりか。
「報告では開拓団は死亡したって事になってたの。ごめんなさい私達が貴方達の生存を信じれなかったせいで」
「そんな…」
「詳しい話を聞きたいから家に案内して欲しいんだけど」
「私の家で良ければ…こちらです」
200年以上も待ってたんだ。確かにここに来るまで道は存在しなかった。魔物の領域の真ん中で逃げるに逃げれなかったのだろう。よく生き残ってたよ。
彼の名前はマーサと言うらしい。家は…お世辞にも良い物では無かったが、話を出来るくらいのスペースがあった。
話を聞くと、どうやら第89開拓団は当時の伯爵家の長男が護衛として彼等を守ってたらしい。
こういう事は稀にある。貴族の箔付けだ。当然相応の数の護衛を雇って万全の状況で挑んだそうだ。
当時はこのあたりには強い魔物が少なく、比較的安全にこの盆地までたどり着いたようだ。行き来に難は有れど、このあたりは森の恵みもあり、住みやすそうだったので、ここに村を作った。
そして4年程経ったある時に魔物が現れた。更に運悪く、少し前の豪雨で折角作った街道が土砂崩れで破壊され、陸の孤島になっていた。
多分森の生態系に変化があったのだろう。今まで見なかった強い魔物がこのあたりに住み始めたのだ。
当然襲撃も受ける。何度かは優秀な護衛達が排除したが、続く襲撃に伯爵家の長男が半分の護衛を連れて、救援を呼んで来ると村から出て行ったらしい。
多分逃げたのは分かってたんだろう。期待も特にしてなかったようだ。街道は破壊された上に、森は危険で溢れてる。強い魔物も居る。生活基盤を整えつつあった彼等は逃げれなかった。男は兎も角女子供がどうしても足手まといになる。しかし置いて行く事も出来なかったようだ。
「我々の先祖は残った護衛の方々に戦い方を学びました。そして自力で魔物を退けた時には街道が何処にあったのかも分かりませんでした。元々踏み固めただけの道です。鬱蒼と茂る草木で既に隠れた後でした…何度か散策を行った事もありますが被害が多く、結局は諦めなければなりませんでした。幸いここには悪魔の体液があります。魔物も苦手なようで襲撃自体は減り始めたようです。
岩塩や低品質の鉄も近くで採れるのも幸いして、私達はこの地で生きてきました」
ふむ、凄い団結力だね。普通は瓦解して皆逃げてると思うんだけど。
「悪魔の液体?」
「火を付けると物凄く燃えるんです。ゴブリン達は松明などを持ってる事があるので…ただ、私達も何度か痛い目に合いましたが。ちょっと待ってください…これです」
近くの棚から小さい小瓶を取り出すとテーブルの上に置いた。私は蓋を開けて『鑑定』を行う…うん、石油だね。やっぱりあったか。
「状況は分かった。取りあえず、その伯爵家は残ってるから罰を与える様にお父様に進言する事を約束する」
「そうでしたか…生きていたのか…」
「大丈夫、ちゃんと罰を受けると思うから」
今じゃ放蕩暮らしのロクデナシだ。何故知ってるって?私の嫌いな貴族リストに入ってるのさ。鬱陶しい性格らしいから絶対に会わないけどね。
事情は大体把握した。馬鹿貴族に任せた王国はギルティー。せめてこっそり監視をつけるべきだったよ。
ハァ、仕事が増えるだろうな…私も関係するからボルケンさんも喜んで仕事を送って来るだろうし。
頭を抱えてると、マーサさんがチラチラと忙しなくしていた。まだ何かあるらしい。
「他にもあるの?」
「え、いえ…その…実は先祖からこちらを受け継いでまして」
出したのは一枚の紙。内容は開拓に成功すれば準男爵に任ずると書かれていた。当然当時の王家のハンコや国王の署名もある。
「ふむふむ、本物だね。分かったこれは私が何とかする。
貴方は貴族に成れる。よくここまで耐えてくれた。王国は約束を守る…唯、一度城に来て貰わないと正式な手続きは出来ないから同行して貰うけど」
「駄目だ!村長は連れて行かせねぇ。お前等もここから逃げるんだろ!」
窓から中を覗いてた村人が声を荒げる。覗き見はよく無いんだけど…
「こ、こら!何て口の利き方を」
「村長は黙ってろ!200年も俺達を放置してたんだぞ?疑えよ。それにまだ子供じゃねえか」
「じゃあ貴方達も何人か同行すれば良い。それまでは私の護衛を半分置いて行くから防衛は大丈夫。それと子供じゃ無い一人前のレディー…多分」
「信用できるか!爺様だって言ってたぞ。騎士なんて直ぐに逃げるって」
ある程度教育された村長は兎も角、村人の信頼が無い。当然の事だろう。
明らかにこっちに非があるし、こんな僻地で権威なんて役には立たない。権威から離れてた彼等には王族や貴族がどんな者か分からないのだろう。普通はこの時点で死刑にされるんだけどね…しないけど。
さて、どうやって彼等の不信感を拭うか。地道に交渉する?時間が無い。私は早く石油が欲しい。それに彼にも褒美を与えるべきだ。苦労に見合う報酬を出さないと王家の威信に傷を付ける。これを放置して王都に戻ったら…うん、発覚次第貴族が五月蠅そう。自分達が逃げたのに平気で王家に苦情を言うんだろうな。放置してもこの僻地の事を調べに来るとは思わないけど。
どうしようかと考えてたら鐘の音が響きだした。
「魔物だ~魔物が出たぞ!何時もの黒いゴブリンだ!」
「糞、話は後だ」
窓の外に居た村人が慌ただしく離れて行った。まずは失った信頼を少しでも回復する為に手伝おう。黒いゴブリンって絶対に変異種だし。




