109 動き出す世界③
???視点
「やっと静かになったか」
拓斗達が逃げ、荒らされた研究所の掃除も終わった。白衣を着た男は煙草を胸ポケットから取り出すと銜えてライターで火を付ける。
「これが最後か…」
彼は煙草のケースを握りつぶす。
彼には目的があった。例え外道と言われても構わない目的だ。彼はアイリスと同じ事を目論んだのだ。死者蘇生を。
彼は優秀な研究者だった。だが、天才には成れなかった。そこで諦めれば良いのに彼は諦めきれなかった。目的は妄執に変わり周りを巻き込みだすのも時間の問題だったと言えるだろう。
そこに一人の少女が居た。優れた頭脳…自分を圧倒する能力を持ちながら何も求めない傲慢な少女。彼女が正しく研究を行えば自分の目的が達成出来るのに…
彼は何度も少女の親と交渉を行った。しかし、答えは決まっていた。少女の両親は少女がそんな研究をする事を認めなかった。でも、運命は彼に味方する。少女は愛する家族を失ったのだ。
ならば自分と同じ夢を見る筈だ。神を冒涜し、科学の力で不条理を覆す新しい女神に少女は成れる…筈だった。
少女は裏切った。新しく生み出した親は偽物と断じ、全ての資料を破棄したのだ。それ所か、少女の残したAIは少女を騙し、間違った道に誘い込んだ大人を断罪しだした。ある男は不正の証拠を全て公表された。
ある国は持っていたミサイルを全て太平洋に勝手に発射された。
AIは脅威になった。主を失ったAIは復讐を行い全ての関係者に災厄をもたらした。しかし、彼は逃れる事が出来た。異世界に迷い込んだのだ。例え神のような少女が作り出したAIもこの世界には来れない。
彼は研究を再開した。失った家族を生み出さないといけない。幸い魔法王国とか言う馬鹿な国が彼を受け入れた。魔法使いを量産する事を条件に。
彼は既にこの世界に来て30年程経ってる。時間が地球とは違うのだ。何処の時代に飛ばされるのかは分からないらしい。
「魔玉を埋め込んだ人造魔法使いの子供は、それなりに優秀な魔法使いになる。しかし、人造魔法使いの寿命は短い。アイリスが居ればどうとでもなるのだがな。あの魔女が…あの魔女さえ居れば…」
外科的に魔玉を埋め込まれた魔法使いは寿命が短く実用性が低い。但し、その子供は別だ。作られた魔法使いは魔法使いを産み、死んでいく。こうして魔法王国は多くの魔法使いを作り出した。
しかし、いくら研究しても彼には死者蘇生は行えなかった。彼はアイリスとは違う。彼は魂の存在をこの世界で知ったが、それがどういう物か分からなかった。だから、『まだ』作れると思っていた。アイリスさえ手に入れば。
「もう少しだ。もう少しで彼等は出会う。そして、僕はあの青年を殺そう。そうすればアイリスはあの青年を助けるために禁忌に再び触れるだろう。次は逃がさない。あはアハハハハハ!」
あの青年がここに来たと言う事はアイリスがこの世界に居るのは間違いないだろう。あの青年があそこまで危険を犯して会いに来たのだ。この世界でも探してるのだろう。
出会えば愛が生まれる。少女は2度も失う事を恐れる筈だ。あれ程の狂気で研究を続けてた少女は次は諦めないかもしれない。最悪少女の研究資料さえ手に入れれば何も問題ない筈だ。アレが紛い物?彼にはそう思えなかった。アレが本物の筈だと思った。だから何をしても奪う。
彼は笑う。もう少しだ。もう少しで手に入ると。
教皇視点
「帝国が我々と縁を切ると?」
「どうやら王女を独り占めしたいようです」
一人の青年が書類に目を通しながら報告を受ける。青年は歳を取らない。いや、正確には彼は既に200歳を超えている。皇国が持つ古代の秘術で延命してるのだ。若いのは見た目だけである。
「いいんじゃない?別に僕らは王女が欲しいんじゃない。魔王が欲しいんだ。生み出してくれるなら邪魔する理由も無いよね。こっちも手勢を殺されるばかりで収穫何か無かったし」
教皇はアリスティア自身にはそれほど興味が無い。手に入れようと画策してこそいるが、それは少女の中に封印されているであろう魔王を甦らせる事が目的なだけだ。
かつて現れた魔王を教会は討てなかった。それどころか魔王を生み出す事になったのは皇国に責任があった。
既に時代が流れ記録から消された真実である。魔王が封印された当時は大陸中が大混乱で、何処の国も教会を潰す事が出来なかった。教会は時間を掛けて少しづつ歴史を書き換えて行ったのだ。無論尋常じゃ無い苦労の果てに。
「それで、神精剣は見つかったの?あれこそ僕に相応しい剣だし、アレが無いと魔王を討伐するのは一苦労だろう?」
かつて暗黒期が訪れた時に精霊王と女神が己の力を分け合って作った聖剣。
世界に20本ある聖剣の頂点に立つ剣。嘗ては皇国が保有していたが、アレは所有者を選ぶ。よりによって魔王の娘を選んだのだ。
そして魔王の娘は真実を知ると魔王を封印する。
初代精霊王は精霊だった。しかし、最初の暗黒期で死亡した。異界の怪物は精霊すら食らう事が出来る為に、精霊王は成す術が無かったのだ。だから精霊王は神精剣を作った。そして自身の力を精霊王の瞳として人間に与えた。
精霊王の力は無くならない。この世界の理だからだ。いずれ、誰かが生まれ持って現れる。但し、これを歪めた魔導士が居た。精霊王の力を更に増幅する為に行った秘術は精霊王の力を暴走させ、異界の怪物に近しい物に変えてしまう。それが転化だ。そして、それを人は魔王と呼ぶ。
だから勇者は魔王を封印した。封印すれば生まれ変われないから。そして神精剣を何処かに封印してしまった。
だが、その封印が解けたのか精霊王は再び現れた。ならばかつて失った威厳を取り戻さなければならない。亜人が闊歩する世界を終わらせ、再び教会の威信を世界に示さなければならない。そう世界は教会の元で再び統一されるのだ。
「勇者の行動ルートからアーランドの建国に関わった事は分かってます。しかし、何処にあるのかは…内通者も存在自体知りませんでした。
まさか帝国をけしかけてあぶり出す御積もりですか?」
教皇は笑う。
「そうだね。絶望的な状況だ。今回ばかりは帝国の動きが早い。アーランドは間に合わないだろう。僕達は帝国内の密偵を潰す事にしよう。アーランドが追い詰められれば神精剣を持ち出すかも知れないからね。アレは僕の物だよ」
帝国の動きをアーランドに知らせない程度の妨害は教会でも行える。
教皇は2つの可能性を考えていた。
一つはアーランドは滅びを回避する為に神精剣を使う。これは対処が簡単だ。見つけ次第奪えば良い。
二つめは王女が暴走して魔王になる。。これも暴走した魔王は敵味方の区別なく災厄をまき散らす。神精剣を持ち出さざるおえない。
どうなっても神精剣は皇国が手に入れる。そして神の名の元に大陸は精神的な統一がなされるのだ。教皇が新しい勇者となって。
その為の駒はずっと作り続けてる。量産に難があるが、異世界人と合わせれば帝国すら恐れる必要の無い軍勢だ。
女神が力を失った事により、この時代に暗黒期が訪れるのは確定した。何処に扉が残ってるかは分からないが、異界の怪物はこの大陸を蹂躙し、各国は皇国を頼らざるおえない状況に陥るだろう。そこを教皇が世界を救うのが最高のシナリオだ。
教皇は神精剣に選ばれる事を確信していた。自分が大陸で一番神を信じてると言えるだろうと思っている。最も道具としても使ってるのだが。
「さあ、アリスティア王女。君はどうするのかな?」




