107 動き出す世界①
ドルム王国視点
ドルム王国国王のガゼット・バーラス・ドルムはアーランドより買い取った飛空船の一室で部下と静かに外を眺めていた。
飛空船は真新しく、まだ木の良い香りがする。設計や建造に関しても不満は無いと言えるだろう。しかし、それがガゼット国王を困惑させた。
船は使わなければ進歩しない。それは全ての技術に言える事だ。何処の国も飛空船は作れない。それどころか、外洋船すら碌に持っていない。しかしこの船は、外洋でも耐えれる仕様だと言うのだ。
「それで、何でこんな技術をアーランドが持ってるんだ?」
「不明です。また、アーランドでも外洋船の設計経験は無いようです。更に言えば飛空船も突然現れたそうです。何処で誰が研究したのかも分かりません」
ガゼット国王はアリスティアが飛空船を甦らせたと言うアーランドの主張は信じていない。子供に出来るのならば、とうの昔に大人が甦らせる。そんな簡単な仕組みでは無いのだ。
「王都内に探りを入れましたが、やはり王女が作ったとしか話が出ません。一部不穏な者に不審者として襲われたようですが…」
「何だそれは?」
「どうやら王都内では王女の名声は絶対的になっている模様です。探りを入れるのは危険かと」
何時もの変態紳士の集団に襲われたようだ。王都にはいくつかアリスティアの信望者が組織を作ってる。基本的には平和的な集団だ。王都の清掃活動や花壇を作ってアリスティアに女らしさをさり気なく身に付けさせようと活動してたりするので、アーランドも規制出来ないアウター組織でもある。
「つまり、子供がこれを作ったと言うのか?俺はどんな教育をすればこんな物を作れるのか想像もつかんが」
「あの王女は別と言う事でしょう。無論陛下の力量を卑下する事ではありませんが」
要は何も分からないと言う事だった。
更にガゼット国王にはアーランドが巨大な怪物としか思えない理由がある。
それは何故飛空船を売るのかだ。飛空船は軍事力になる。効率的な兵員輸送・物資輸送。平時でもその輸送能力は侮れない。決して他国に売り渡せる物では無い。
暫くするとノックの音が響いた。ガゼット国王は入室を許可すると、ローブと杖を持った男が入って来た。彼はドルム王国の王宮魔術師長だ。ドルム王国には魔導士が不在なので、彼が魔法使いのトップである。
「失礼します」
「いい、それで、どうだった」
ガゼット国王は彼に動力部の解析を行わせていた。もしかしたら技術を盗めると考えたのだ。
「駄目です。あの動力は我が国の飛空船よりも厳重な秘匿術式を使われている模様です。
解析の結果は「この術式を解析する事は許可されてません」としか出ませんでした。」
「流石に秘匿してるか」
ッチっと舌打ちするガゼット国王。飛空船には全て秘匿用の術式が入っており、それを盗む事は出来ない。これは古代でも魔法の盗用に厳しい規制が存在したからだ。当然その時代より魔法技術の劣る現代では解析出来ない。だが、この飛空船には、それ以上のコピーガードが入ってるようだ。
「しかし、使われてる魔力量は分かりました。現存する飛空船より30%程魔力消費が少ないようです。何故それだけ少ない魔力で飛べるのか分かりませんが。
それと使われているのは魔晶石では無く魔玉です。恐ろしく扱いが楽になります」
魔術師長は今にもアーランドに行きたそうな顔をしている。
これは仕方の無い事だ。魔法使い自体が自己中心的で、愛国心が低い傾向があるのだ。優先するべきは研究。それが魔法使いだ。だが、それだけで裏切る程この魔術師は理性が無い訳じゃ無い。単に血の涙が出る程アーランドが羨ましいだけだ。
「魔玉か、どうにもならんな。アーランドと敵対するのは避けた方が良いだろう」
「そのようですね…」
部下が頷く。ガゼット国王としては旧伯爵領の返還で帝国と和解すると言う選択肢も有ったのだが、どうやらアーランドは敵に回せなくなるようだ。
「しかし帝国と事を構えるのは…」
別の部下が呟いた。別に裏切りなどでは無い。彼は帝国の強大さを理解出来てるだけだ。だからガゼット国王も何も言わない。
「あの女、俺等を観察してたぞ?」
突然ガゼット国王が話し出した。
「あの女は俺達の事なんか信用してねぇな。目的は鉱物と金だけだ。他に何か仕出かしてるのは分かるんだ…だが、何をしようとしてるのかは分からねぇ。ったく胸糞悪いぜ。俺様を値踏みしてやがった」
「そうですか。ではこの飛空船も…」
「あの女には手放しても、何も問題の無い小物程度の認識なんだろうな。これから得られる利益で何かをする。それに、あの国はこの飛空船より遥かに強固な飛空船を既に持ってる。お前等も見ただろ?あの鉄の船を」
「恐ろしい話です。何処からあんな物を生み出す知識を得たのやら…陛下との婚姻を要求しないで助かりました」
「流石の俺様もアレは荷が重い。それに俺の物にならない女に興味はねぇな。もっと上等な美人を寄越せや」
和の国視点
「上手く纏りましたね帝」
「アーランドは無欲よのう。いや、中央に余程興味が無いのだろう。我等も同じだが、それは立地的な問題が理由だ。だが、アーランドは奪える物を奪わない。何を企んでる事やら。それよりア奴は見つかったのか?」
帝は元々目的が有ってアーランドと接触した。それは傍流の巫女の血統の回収だ。帝の一族に名を連ねるエルフの従兄と一時的に一緒に居た九尾の狐の獣人。そして生まれたハーフの獣人。アーランドに入った事は分かってるのだ。しかし、巧妙に姿を隠してるらしく何も得られなかった。和の国にもエルフは存在する。そして一部の血統は帝と繋がってるのだ。
だが得られた物が無い訳でも無い。アーランドとの同盟は心強い。帝国も暫く和の国に目を向けれないだろう。
「駄目です。アーランドで活動して無いようで、尻尾すら掴めませんでした」
「獣人の尻尾は無暗に掴むと殺されるからな。決してアーランドに感づかれるなよ。封印の限界も近い。如何に傍流とはいえ、巫女を野放しには出来ん。必ず回収しなければ…数万年前の悲劇を繰り返す事になる」
「我が国の門は既に壊れてます。後はあの忌々しいヤマタノオロチを滅せれば…今回の暗黒期は難なく乗り越えれるでしょう」
和の国は立地的に攻め込まれ難い。仮に暗黒期に突入しても繋がる【扉】は既に破壊されてるのだ。
「残りの封印も何とかせねばなるまいが…何処に残りの【扉】が存在するのか見当も付かん。警戒だけは怠るな」
「ッハ」
彼等には彼等の目的があるのだった。
ファフール騎士国視点
「遂に…遂に我々の長く苦しい生活も終わるのだな…先達が築き上げ、奪われた国を元の姿に戻せるかもしれんぞ」
ファフール騎士国国王、シルドレッド・ナイ・ファフール。彼は馬車を使わない彼等は騎馬でアーランドまでやって来たのだ。そして騎馬で帰っている。
「漸くですね。帝国め、我々はまだ終わりでは無いぞ。必ず領土を取り返して見せる」
「しかし…まだ王女は子供ではないか。何故アーランド程の国があの王女を戦場に出すのだ。私はそれだけは納得出来ん!女子供を守るは騎士の務め、男の務めであろう!」
「左様ですな。しかし、王女はもしかしたら…シンシアナ王妃の再来かもしれません」
それはファフール騎士国では禁忌だ。恥ずべき歴史だ。一人の女性の死で彼等は国を取り戻せた。皇帝を失い、主要な貴族を失ったあの時に彼の父は立ち上がった。
国を滅ぼされ、かつて魂を預けあった戦友は散りじりになった。長い時間を掛け、仲間を集め、嘗ての戦友を集めた時に起きた悲劇。
彼等は忘れない。自分達がシンシアナの犠牲の上で国があるのだと。
彼等は知っている。あのようなイレギュラーが無ければ反乱として帝国に処理されていた事を。
だから彼等は常に自分達を律する。恥じる生き方は絶対にしないと。故にアリスティアを認めれなかった。再来ならば彼女は幸せに生きなければならない。
「ならば!我々は全力で事を運ぼう。もう奪われる事の無い世界を我々は築かなければならない」
「ッハ直ちに軍を招集します。帝国の暴走を今度こそ止めねば」
彼等は少し変わった思考をしてるようだ。そして彼等はアリスティアの事を知らな過ぎた。彼女もシンシアナと同じく大人しく待つ女では無い事を…それを彼等が知るのは暫く先の事だった。
オストランド城の一室
「ヤバい…ヤバいよ。どうすれば」
第5王子マルクスは焦っていた。彼は遊び三昧の生活で、遂に堪忍袋の緒が切れた国王に何時王籍を剥奪されてもおかしく無い駄目王子である。
彼は別に反省はしてない。なまじ見た目が良いので令嬢にちょっかいを掛けたり手を出したりして遊んでただけだ。更に兄に対抗して派閥を作ったり、その派閥が少し暴走気味で城で少しだけ悪さ(本人の認識)を起こしただけだ。
彼はオストランドの頭痛の種とも呼ばれている。
基本的に政治能力は無い。群れるのは得意だが、統率出来る能力が無いので評判も余り良く無い…と言うか要らない子扱いだ。
「なんだよ父上も、ちょっと他国の王女に手を出しただけで僕を排斥するだって?僕は王族なんだぞ。少し位見逃せよ。ふざけんなよ。第一あの王女だって露骨に無視しやがって…クソ、何が聖女だよ。単なる蛮族の娘だろ。僕の方が偉いだろが」
ガスガスと机を蹴るマルクス。オストランド側はアリスティアに手を出されるとこの男の首を差し出しても許されない事を理解してるだけだ。戦力ではアーランドに敵わないのに怒らせるような真似は出来ないのである。恐らく戦争に成れば数か月で亡ぼされるくらいの差があるのだ。彼は自国の能力を歴史でしか見れていなかった。所詮アーランドと侮ったのだ。結果が王族には相応しく無いと思われただけだ。
オストランドの軍事力は涙が出る程酷い。長年他の国を刺激しない為にして来た処世術だ。軍事力が低くても生き延びてる事がオストランドが有能な証でもある。外交を駆使して生き延びてきた国には馬鹿は必要とされなかったのだ。
「殿下、ここはいっそ勢力を広げるのも一つの手段かと。平民でも能力のありそうな連中を集めましょう」
「そ、そうだな。僕は僕に相応しい兵隊を持つべきだよな。お前良い事言うじゃん」
子飼いの貴族子息の甘言に先ほどの不機嫌さは消えたマルクス。
自分が相応しい兵力を持ってれば国もおいそれと横やりを入れる事は出来ないだろう。あわよくば、あの聖女モドキを手に入れれば父親は自分を認める筈だ。聖女モドキの名声は捨てがたい。駒としては最高の存在だ。アレが自分の物に成れば自分が次の王になるのも夢では無い筈だと甘い妄想をするマルクス。
しかし彼は子飼いの貴族子息が頭を下げながら笑ってる事に気が付かなかった。




