99 アイリスの過去⑨
遅れてすみません。
アイリスが来日して既に1年が経った。拓斗は相変わらず成績も良いが、和仁の物忘れの激し過ぎる為に、同じことを何度も教えるのに飽きたアイリスが、直接脳内に知識を送り込む技術を生み出したり、拓斗・和仁・舞・アイリスで遊園地に行くなど充実した日々を送っていた。
若干廃人に近い状態になった事もあったが和仁は正気だった。
拓斗はアイリスが来日して半年程で舞と若干の溝が出来たようだが、友人と言う立場で落ち着いたようだ。
舞も一時アイリスに若干の敵意を向けたが、アイリスとは姉妹のような関係に落ち着いた。アイリスが妹扱いである。
と言うのもアイリスはファッションに一切の興味も持たず、日々の身だしなみすらリム任せの状態だった。着れれば良いと言う精神で合わない服でも平気で着るのである。ジャージに興味を示した時はカールスが泣きながら反対したほどだ。
「アイリスは女の子なんだからもっと見た目を気にしようよ。折角可愛く生まれたんだからさ!」
「よく分かんない」
何度アイリスにファッションを伝授したり、高名なスタイリスト等を呼んでレッスンしてもアイリスのセンスは変わらない。
リムと静はアイリスが何を着せても動き難く無ければ拒否しない事から、既にアイリスのセンスは諦めて着せ替え状態になっている。
カールスは危機感を覚えた。「このままじゃ女の子として駄目になってしまう」と。
その時、舞が動いた。彼女は見た目にも気を使う健全な少女だ。アイリスの杜撰とも言えるセンスに我慢出来なかった。彼女は自分が持ってる本などでアイリスのセンスを磨こうとしたのだ。
アイリスも一応の反応は見せた。しかし欠片もセンスが無い。敵に塩を送るような行為だが、舞も無視できず、アイリスと関わる事が増えたのだ。
「だからこの服にはこっちのスカートが可愛いの」
「そっちはフリルが多くて邪魔」
「あんた女の子でしょ‼何で分かんないの?」
「こういうのに触れる生活をしてなかった」
「じゃあ今から触れなさい。じゃないと残念な女の子って言われるよ」
舞は我慢出来なかった。こんな駄目な子に負けたのは納得できない。例え譲れぬ戦いでも相手は最高の状態で自分と戦うべきだと思った。
確かに拓斗はアイリスを見ている。しかし自分の惚れた相手がこんな残念な相手を選ぶなど、許せる事では無かったのだ。
「ほら、これだって最新の奴なのに、何でこんなに奥に仕舞ってるの?これだって私のお小遣いじゃ買えないのに。これとか組み合わせるとアイリスの金髪が映えるんだから‼」
「モモニク逆立ち」
「わふ」
アイリスの命令一つで逆立ちし、前足だけで舞の周りをグルグル回るモモニク。舞は無言でモモニクの腰を掴むとそのまま座らせる。
「ここまで残念だったとは思わなかったわ。それにこの犬絶対におかしいわよ。その内テレビ局に送ってあげる」
「モモニクは撮影不可だって言ってる」
「わんわん」
「だまらっしゃい。何時も何時もモモを使って妨害しない。今はファッションのお時間です」
「舞が最近怖い」
若干アイリスが怯えていた。しかしモモニクは助けない。彼は忠犬だ。アイリスの騎士とも言える間柄になってるが、人の機敏も分かる犬だった。彼は主人であるアイリスが本当に嫌がって無い事は理解出来ていた。
もし、アイリスが本気で嫌がればアイリスは舞とは会わないだろう。
しかし多少の効果は出てるようだ。偶に衣装棚の中をじっと見ている事をリム達は目撃していた…しかしそれは間違いだった。
「やはりモモニクは箪笥には入らない」
どうやら箪笥をモモニクの住処にしようと画策してただけである。現在モモニクは固定の小屋とかが無く、アイリスの部屋に毛布が敷いてるだけである。モモニクにも個室が必要だと感じたアイリスは色々な所にモモニクの巣を作ろうとしていた。犬小屋をそこら辺に置くと言う考えにたどり着くのはまだ先の事になるだろう。
アイリスは庭に居た。カールスが個人的に所持している道具や、自費で購入した工具や素材を使い犬小屋を作っているのだ。
そうアイリスは犬小屋を理解したのだ。尚思いつくまでに2日程かかった。テレビに出ていた犬が小さい小屋のような物で暮らしているのを見たアイリスがリムに「これは何?」と聞いたのだ。
「モモニクの小屋に相応しい物を作る必要がある」
「アイリス~今日は早く帰ってこれたよ…ってナニ作ってるの?」
暫く作業を続けてるとカールスが帰って来た。今日は獅子堂家に出向くとの事で、朝早くから出かけていたのだ。
そしてアイリスの座る周りには工具や素材が散らばっていた…が、それはどう見ても犬小屋を作る物では無い。カールスもアイリスが犬小屋を作る事は聞いていた。
しかし、そこにあるのは何かの機械の残骸と結構な大きさの小屋のような物だった。サイズ的には犬小屋だと思えなくもないサイズである。
「モモニクの為にドア付き・エアコン付きの犬小屋を作った」
そこに鎮座するのは白い犬小屋だった。丁寧に掘られた模様の上から樹脂を塗りこみ、薄っすらとだが小屋全体に模様が出ている。職人技とも言える物だ。
試しにモモニクが小屋の横にある肉球程のスイッチを押すと、ガラスドアがスライドした。
中は毛布が敷かれるように見えるが、内側の入口の横に幾つかのスイッチが付いており、ガラスドアの開閉や、スモーク状態にするボタンにエアコンのスイッチが付いて居る。これは明らかに犬小屋じゃ無い。とカールスは思ったが、娘が楽しそうだから良いや。と現実逃避した。
因みにモモニクは人間並に知能があるので平気で使いこなせる。
重量が30キロ程あるので、カールスがアイリスの部屋まで運んだ。カールスは思った。「アイリスの部屋が2階じゃ無くて助かった」と。明らかにドアより大きいのだ。それを窓を外してアイリスの部屋にカールスは文句も言わずに運んだ。
「ふう、しかし犬小屋じゃないよね。しかも自動式の換気口まで着いてるし。これじゃちょっとした家だね」
「モモニクもプライベートがあると思う」
モモニクはカールスに感謝するでもなく、小屋に入るとガラスドアを開け、中に入ると外から見えないようにガラスを曇らせた。
モモニクは割と人間が嫌いだ。元々実験動物なのだから仕方ない。
実際静とアイリスと舞の3人以外には懐かなかった。
「ふう、最近運動が足りないなと思ってたけど、まだ大丈夫そうだな」
「それで、どうしたの?今日一日掛かるって言ってたのに」
「ああ、そうだった。少し話す事があるから僕と獅子堂家に来てくれないかな?」
「別に良いけど」
この一年で獅子堂家に通うのも慣れた物だ。獅子号家の道場で護身術も習っている。
アイリスは筋力も全然だし、体力も無いが、体の頑丈さと、瞬発力。そして何より、何時でも冷静だ。既に護身レベルなら問題ない。
寧ろ徒手空拳なら拓斗とやり合えるレベルだ……拓斗がアイリスを殴れないだけだが、ひやりとする事も多い。
リムが運転する車で獅子堂家に移動する。この事にアイリスは割と疑問に思う。
それは何故この距離で車を使うのかだ。日本に来てから自分の近くには必ず人が居る。遊園地でもカールスの知己が陰から見てたり、獅子堂家の道場で見かけた人がちらほら居た。
警備レベルが上がってるのだろう。しかし理由が分からない。アイリスはニートだ。幾つかの特許を持ち、それの使用料で働く必要は無い。アイリスの特許はこれから発達する先端技術ばかりなので、使用料も莫大だ。色々な所から入金される。
しかし、影響力は無いだろう。とアイリスは考えていた。何もしない学者に価値は無い。学者は考えるか生み出す物で、怠惰に生きてるとも言えるアイリスには、ここ数か月はパパラッチも近寄ってこない。ネットワーク上では相変わらず屋敷のコンピューターに侵入しようとする輩も居るが、『あそこを落とす事は出来ない』アイリスとカールスに匹敵する人間が膨大な時間を掛けなければ既存の方法では何も盗み出せないだろう。恐らくアレがアイリスとカールスの最大の発明だ。
「どうしたんだい?」
「皆最近ピリピリしてる」
ピクっとカールスの肩が動いた。しかし返答は無かった。
「よく来たのう…って二日ぶりかの」
「おじいちゃんボケが始まった?」
「まだボケとらんわい」
座敷でジュースを飲んでると玄斎がやって来た。彼は道場に居るか、町の役人と会合してる事が多い。理由は簡単だ。この町は元々獅子堂家の領地である。時代が流れても獅子堂家の影響は強い。この町では獅子堂家の眼の届かない所は無いのだ。
「それで何か用?衛星の件なら私は関係ない」
「そっちは疑われた位じゃの。実物は偶然海溝に落ちたから引き揚げ不可能じゃし、お主が手を出したと言う証拠も何も無い。カールスが疑われた位じゃが、そっちも証拠も無い。お主の一人勝ちじゃな」
「私は知らない」
「…まあ良いじゃろう。話は別じゃな………お主、拓斗と結婚せぬか?」
「玄斎さん‼そこまで認めてませんよ。僕が認めたのは精々婚約までです」
「違いは無いじゃろうが」
アイリスはその言葉が直ぐに理解出来なかった。
まずは結婚を考える…自分の親だ。とても幸せそうに暮らしている。自分もそうしたいのかは別として、とても良い事だと思う。
次に自分の相手が拓斗だとして将来を考える。母親譲りの美貌で巨乳になる筈の自分(誇張。実際はちっちゃい)と拓斗(20代)が2人で居る。
その想像の2人は楽しそうに思えた。しかし、実際アイリスが彼と結婚するのかは分からなかった。何故ならアイリスは結婚は両親のように幸福な物だと確信して疑わない。他の在りようがある事を理解出来ていないからだ。
自分で決めて良いのか分からなかった。
「正直に話すとアイリスも拓斗も婚約者が必要なんだよ。アイリスの場合は話せないけど、多分自分で選べる状況じゃ無い。先手を打って婚約者を作る必要があるんだ。
でもこれは玄斎さんや拓斗君と話し合ったが、君の未来を拘束する物じゃ無いよ。あくまで対外的に婚約者が居ると見せるのが理由だよ。だから20歳になった時にお互いが望んだ場合だけ結婚する事になる。もし20歳になった時に破談しても誰も何も言わない物だよ」
「儂等は時代錯誤の風習を終わらせる。互いにメリットはある。無論お主の意思は尊重する。もし嫌なら獅子堂家も何も言わんと約束しよう」
獅子堂家は旧家だ。未だに結婚は家同士の繋がりの為にある物だ。拓斗の両親は家同士の決定だが、お互いを愛し合う事が出来た。しかし、それは永遠に続けるべき風習じゃ無いと玄斎は考えていた。一族の中でも政略結婚の弊害は出始めている。終わらせる物を終わらせて空気を入れ替えるべきだと思ったのだ。
現に拓斗には婚約者として幾人かが選ばれていたが、実際は2人ほどしか選べない。他は家自体が拒否感を出している。無理を言えば可能と言う程度だ。
無理やり家同士で繋がる時代も終わったのだ
「もし婚約しても何時でも破談するのは構わない。儂としてはお主が拓斗の嫁に来るのなら大賛成じゃな。流石に婿は無理じゃが」
玄斎としてはアイリスが拓斗と結婚するのは叶わない。恐らく拓斗自身も拒まない処か喜ぶだろう。しかしこれはあくまで仮の物である事を強調した。
アイリスは大体理解出来た。自分の件とは最近自分の周りを嗅ぎまわってる連中と関係があるのかも知れない。しかし彼等の事は何も分からないし、アイリスや家族に害をなす行動もとる気が無いと判断していた。恐らく自分の周辺を調べてる人が居るのだろう。その先に誰かが居るのかも知れないが、ハリウットスターになる気も無いので、害が無い限りは放置で大丈夫すると考えていた。一々対応するのも面倒なのだ。
問題はこれと言って無かった。別に仮でも本物でもアイリスに拒否感が無い事は自分自身の事なので把握できている。恐らくそう言う事だろう。
アイリスにとって拓斗は紳士的でありながら、実力もあるし、ユニークな人物だ。決して愛想が良いとも言えない自分と普通に話してくれる稀有な人物だろうと思ってる。
「別に良いけど」
しかし出てきた言葉はぶっきらぼうな物だった。これにはアイリスも驚いた…いやかなり動揺したと言える。自分の感情が理解制御出来ないのは初めてで、それでも嫌な感情じゃ無くて…アイリスを混乱させた。
それを見た2人は顔を合わせると楽しそうに笑うのだった。少しばかりカールスの笑顔が強張っていたが。




