94 アイリスの過去④
アイリスと拓斗は自然と仲良くなる。既にアイリスが日本に来て1ヵ月が経った。
当然拓斗には小学校があるし、アイリスも通信教育が有る。拓斗がアイリスの部屋に行くと大概アイリスはデスクトップの前に座り、外人の講師から授業を受けている。特級組のアイリスは同年代に比べると勉強の比率が高い。と言うかアメリカに居た時は何時でも論文などを読んでるので、活動時間の殆どが勉強だった。
当然これにも理由がある。カールスも静も未だに気が付いていないが、流石のアイリスも無理をしてるのだ。普通に考えて小学生に高校教育以上の事を覚えれる訳が無い。しかしアイリスは両親の期待に応えるのが第一なので、私生活の殆どを勉強に費やす事で、この状況を維持していたのだ。
拓斗は待つ。基本的に授業の邪魔はしないのだ。拓斗も獅子堂流を継ぐ立場故に、修練の重要性が分かってる。こういう時に邪魔されるとアイリスが不機嫌に成るのだ。だから拓斗はリムの淹れたお茶を飲みながら暫く待つと、30分程で授業が終わった。アイリスは分厚い教科書を閉じると、パソコンの横に有る本棚に教科書を戻す。拓斗もアイリスの異常性には気が付いて居た。
まず、部屋に玩具の類が少ない。それと何故かベットの脇にはガラスケースに入れられた財布と熊のぬいぐるみが飾ってある。これはアイリスの誕生日に両親が贈った物だが、アイリスは常用せず、使って無い水槽を磨いて飾ってるのだ。因みに送った次の日に、コレクター用のガラスケースをカールスが買ってきたので、今は普通のガラスケースだ。これがアイリスの宝物で、他には数個しかない。年相応の生活をしていないのだ。本棚も、分厚い本ばかりで、絵本の類も無ければ漫画も無い。
「アイリスって普段何してるの?」
拓斗の疑問は最もだった。
「勉強」
「面白い?」
「全然」
アイリスに取って勉強は両親に褒められる最も簡単な手段だ。だから勉強してるに過ぎない。カールスや静の思いとはかけ離れていた。
「じゃあ家に来る?道場とか庭もこっちとは違うよ」
拓斗はアイリスに完全に惚れている。拓斗は顔も良いし、成績も悪く無い。寧ろ良い方だろう。同年代でもモテるのだが、何故かアイリスに興味が有った。一緒に居る時のアイリスの表情、勉強してる時のアイリスの表情。どれも今まで接してきた子供とは違う。一緒に居るととても楽しい。これが子供の恋なのだろう。難しい事は一切考えて無かった。
しかしそれを認めれない者も居る。カールスである。今も庭の木の上に昇り、望遠鏡で覗いている。不審者である。
「シット。アイリス断るんだ。ソイツは狩人だよ。僕は心配だ」
「あなた、こんな所でナニをしてるのかしら?」
行き成り下から声を掛けられて、カールスは木から落ちる。
「ち、違うよ静。僕はアイリスが心配で……」
「ちょっと来なさい」
「NOOOOOOO‼」
カールスは屋敷に連れ戻されて行くのだった。これからお説教である。1日5回は静に怒られる生活が続いてるのだが、夫婦関係に亀裂が入る事は無かった。寧ろ仲良くなってるとも言えた。
拓斗とアイリスはその後も毎日のように遊んだ。最初は無表情だったアイリスも初めて家族以外に笑顔を見せる様になった。拓斗もアイリスの笑顔に硬直したが、勉強や、ゲーム等でアイリスと交流を持った。尚アイリスにゲームで勝つのは最初の数回だけで、将棋や囲碁に関しては玄斎は5回でアイリスに勝てなくなった。唸る老人と新聞を読みながら圧倒するアイリス。そして祖父の珍しい焦った顔にアイリスの横に居る拓斗はお腹を抱えて笑った。普段は厳格な祖父もアイリスには勝てないようだった。
時間は進む。既にアイリスが日本に来てから4か月が経った。ここでアイリスは帰国する事になる。予想よりも早く事件の裏が取れたのだ。
アイリスを狙ったのは第三国だった。20世紀初頭から台頭しだした大国が、いち早くアイリスに眼をつけたのだ。しかし、アイリスの才能は未だ開花する途中で未だに未来は分からない。故に奪えれば御の字と言う程度で、アメリカ国内に居た末端組織は既に壊滅したとの事だ。
元々スラム街で影響力を広げてた組織で、スラムの組織と警察に眼を付けられていたその組織はスラム住民に攻撃され壊滅し、生き残りもスパイ容疑で殆どが拘束されたか死亡したようだ。未だに安全とは言い難いが、長く仕事も休めないし、今後はハイスクールの警備関係の一新や、ハイスクールのある区画が学区特区なので、警察も警備関係を見直す事が帰国の理由の一つだ。
残りは…まあカールスや静の所属する研究所からいい加減帰って来てくれと毎日懇願されたせいである。カールスも静も才能のある学者なので、失うのは大損害なのだ。
「忙しいのう。それに買ったばかりの屋敷はどうするのじゃ?」
「そうですね。休暇の時の別荘で使いますよ」
元々永住する訳じゃ無い。静が気軽に故郷に戻れる場所を得る為の屋敷だ。ここに家が有れば気楽に戻ってこれる。偶には静もゆっくりするのも良いだろうと思っただけで買ったのだ。
「贅沢じゃのう」
「こういうのを買わないと貯まる一方なんですよね…」
「僕も免許は持ってるけど、自分で乗らないし」
「あら、私は嫌よ。あなたの運転する乗り物に乗ったら何が起こるか分からないじゃない」
カールスは車に小型船舶。更には飛行機の免許を持っている。
これは静と出会った時にデートに誘う為に取得したのだが、車を買えば帰宅途中に信号無視のトラックに横から衝突され(無傷)、小型のクルーザーを買えば沖合へ練習を兼ねて出発し、沖合で遭遇した密売組織のクルーザーに何故か警察と間違えられ攻撃され沈没(数日後に漁船の網に引っ掛かった)し、セスナを買えば離着前に覆面を被った男2人にとっ捕まりメキシコにタクシー代わりに運転された挙句、コースを外れて戦闘機に追い掛け回された等の経歴を持ってるので静は絶対にカールスの運転する乗り物には乗らないのだ。
そしてカールスはその経歴からマクレーンとも言われる事がある。別にクリスマス限定の不幸では無いのだが…
兎に角自分で操縦するのが一切駄目なのだ。しかも試験等では何も起こらないからタチが悪い。
「アイリス…帰っちゃうの?」
「私にも学校がある」
「手紙書くから」
「メールの方が早い」
「こういうのは手紙が良いって父さんが言ってたよ」
「分かった。私も返信する」
拓斗とアイリスはお互いの住所を交換する。互いに家が近かったので、住所までは知らなかったのだ。因みにアイリスが初めて住所の番号を知った日でもある。存在は知ってたが使う事が無かったので。覚える事が無かったのだ。実際静に家の住所を言われるまで首を傾げてた。アイリスは手紙は何処に出しても相手に届ける謎機関が運営してるのだと信じてたのだ。
「アイリス、日本は楽しかった?」
飛行機の中、ウトウトしてるアイリスの頭を撫でながら静は問う。
「興味深い国。アメリカに無い物が一杯あった」
「それは確かにそうだね。でも今まで見て無かっただけの事もあるんだよ。友達は生涯の宝だ。あの男には警戒するべきだが、僕もアイリスに友達が出来た事は……………嬉しいよ…………ノォォ」
カールスに取ってもアイリスの交友関係が広がるのは凄く嬉しい。でも本音では同年代の同性が初めての友達であって欲しかった。
「いい加減諦めなさいな。アイリスが初めて作った友達よ?まあ将来は分からないけどね」
「駄目だよ。国際結婚は色々難しいんだよ‼特にアイリスは次世代を担う人材として政府に眼を付けられたし」
そう。先の一件でアイリスも数百人居る、次世代の重要人物のリストに入ったのだ。この時代で、それは将来を約束する物なのだが、重要な人間が外国の人間と結婚するのは情報漏えいの観点から推奨されない。静も面倒だったな。と当時を思い出す。何とか結婚出来たのもカールスの意地に周りが折れたのだ。
「結婚って何?」
混乱するカールス。しかし、アイリスの一言で正気に戻り、上機嫌になった。これなら何も問題ない。アイリスは純粋無垢だったのだ。そして知らない知識は必要性が無ければ覚えない。
「好きな人と一緒になる事よ」
「よく分かんない。ママと結婚するの?」
「同性は難しいわね。出来ない事も無いけど親子は無理よ。それに私はカールスと結婚してるから、カールスも無理なのよ」
「ちょっと静、僕はまだアイリスに将来はパパのお嫁さんになるって聞いてないんだよ。隣に住んでるジムはもう半年も前に娘に言って貰ったって自慢してたのに、こんな時に現実を教えるなんて…あんまりだ‼」
「そのジムさんって…娘が彼氏作って家出したまま帰ってこないらしいわよ」
「仕方ないんだ。彼には愛が足りなかった。アイリスならそんな親不孝?なマネはしない」
「う…ん。パパとママとずっといっ……」
アイリスは最後までいう事無く眠ってしまった。昨日は獅子堂一家と一晩中パーティをし、アイリスと拓斗も力尽きるまで遊んだのだ。拓斗も車が去るまでアイリスを見送ったが、眠そうだった。静かに眠るアイリスの両手は静とカールスの手を握っていた。幸せそうに眠る娘を撫でると、食事をキャンセルし、互いにアイリスの頭を撫で、静とカールスも寝る事にした。戻ってからが大変だなと思いながら。
 




