89 大魔導士エイボンの罪
悪魔の絶叫が響く。多数の銃弾や榴弾を受けて尚、健在の大剣は興味深いが、やはりこの程度だった。私は次の武器を宝物庫から出す。
それは数体のゴーレムが押して出してきた。余りの重さと、車輪がゴム不足で鉄製故の措置だ。かつて地球で伝説となった兵器。対空砲として生まれながら、その性能が高く、戦車すら破壊した88ミリ砲だ。さて、こちらでも伝説を作れるのかな?
「発射」
「ギャアアアアアア」
この一方的な状況を打開する為に突撃してきた悪魔は、そのまま88ミリ砲の砲弾と正面衝突して再び壁に押し戻された。そしてそのまま、88ミリ砲から撃たれた砲弾は悪魔の持つ、漆黒の大剣を打ち砕き、体にめり込み、爆発した。
「もう良いや。コレは脅威にならない。皇国が使ってきても私とお父様とお兄様が居れば何も問題ないや。精霊魔装展開」
――りょうかーい――
ふわりと光の精霊が私の胸の中に入る。精霊の力を借り、私の魂を変質し、人間の魂を基礎とした無属性の半精霊と化し、光の精霊を纏う。この作業が実は苦手だ。ミスすれば自我が壊れるし、壊れなくても自分が軋むのだ。
暫く痛みに耐えると前と同じように私の光輪と純白の翼が出現した。私は竜杖を持つと詠唱を始める。すると、光輪は後頭部の方に下がり、翼が3対6枚に増えた。何故か感覚でそう言うのが分かった。そして、竜杖が軋み上げる程の魔力が迸る。どうやらこれが戦闘形態のようだ。
「大体把握した。もう貴方は用済み、大人しく地獄に帰れ。
汝に光の裁きを与える。光よ、降り注げ。咎人に裁きの光を【ジャッジメント】」
光の柱が、コーンと言う音と共に悪魔に落ちた。悪魔はその身を焦がす光に悲鳴も出せずに消滅していく。しかし一撃では消えないようだ。光の柱が弱まると急激に再生していくのが、私の眼には見えている。故に連射する。複数の魔法陣を積層して、【ジャッジメント】を連射する。悪魔は抵抗する事も出来ずに消滅する。残ったのは砕けた大剣だけだった。念の為に回収して、材質の鑑定を今度しておこう。
私は今度こそ精霊魔装を解除する。どうやら前回は光の精霊が何かをしてて、私の解除に同意してなかっただけらしい。スポンと私から離れて、私の魂も元に戻る。今度こそ成功のようだ。倦怠感以外は何も無い。
「疲れた~~クート君後よろしく」
「うむ」
クート君は私の首根っこを銜えるとポイと投げ、背中でキャッチする。そのまま私をお兄様達の方に運んでいく。
彼方は既に戦闘も終わってるようだ。エイボンも顔が無い。多分壊せば治るので、わんこーずに壊させるように指示を出す。それとアリシアさんが居ない?また何処かに隠れてるね。具体的にはエイボンの背後に居る気がする。そこに尻尾が有る予感がするから間違いない。だって骨のエイボンに尻尾が存在する訳ないし、スケルトンに尻尾が有れば私は荒れ狂うだろう。可愛く無い。
「じゃあエイボンと魔道書を貰っていく」
「ハイ、良いですよ。ですが‼ワタシの弟子になってください‼」
「嫌」
骨な師匠は要らない。それに闇の精霊が私の魔法の教師。つまりは師匠である。師匠は1科目につき1人と決めているので、彼は師匠になれない。
「何故ですか‼確かにワタシは弱くなりましたが、これでもかつては大魔導士と謳われた者ですよ。それとも私より優れた魔法使いに師事してるのですか?ワタシにもプライドはあります。もし、私よりも劣ってる者が貴女の師匠なら殺してでも弟子を奪い取ります‼」
「私の師匠は、闇の精霊だから」
「精霊が憎い‼全盛期の力させ取り戻せれば滅してやるのに‼」
まあ今のエイボンより魔力は少ないけど歳も上だし、魔法も上なんだよね。仕方ないね。と言うか精霊って滅せるんだ。
「まあ精霊には勝てんわな」
「身の程を知れば良いのに」
お兄様と師匠も割と酷い。別に闇の精霊に師事して無ければ、エイボンが師匠でも何も問題ないんだけど。
「所で何で悪魔をあそこまで甚振ったんだ?嬢ちゃんの性格ならあっさり殺るだろ?」
師匠がさっきの行動に疑問を持ってるようだ。
「だって皇国や教会程、悪魔に詳しい人って早々居ないじゃん。破壊工作で、アーランド国内で召喚された場合の脅威測定と武器の実地試験をしただけ」
「…アリスの中では教会も皇国も人を人と見ない外道なんだな。正しい判断だが、流石にそこまでする連中だとは私も思ってなかった…が、確かに連中ならやりかねんな」
悪魔の召喚には生贄が要るからね。うちでやられたら堪った物じゃ無い。
因みにアーランドに有る教会は自分達の事を正教会を呼んでる。アーランドの教会は聖と言う言葉を無暗に使う事こそ傲慢だと説いてるし、皇国の教会と同一視される事もあるので別の組織だと明確に主張する為に、皇国の聖教会は邪教だと堂々と宣伝してるんだよね。
アーランドでの邪教の規定は、生贄や人道的に悪と分類される事を行う宗教だから、多分間違ってない。少なくとも拉致や監禁に洗脳を行ってるのは疑いようも無いからね。後、聖薬と偽って麻薬らしき物を信者に配る事もあるらしいから、立派な邪教集団だ。何故他の国でも信仰してるのか、本気で理解出来ない。だから基本的に私は聖教会がそう言う手段も厭わない集団だと判断してる。
それでも一応教会を名乗ってるから、悪魔退治とかもする事があるらしい。だから悪魔などの情報もたんまりあるのだろう。バチカンも発禁本を収集して、研究してると言う噂すらあったし。
「正直弱いから余裕で勝てる。アサルトライフルの弾頭に祈りの魔法か、光の精霊魔法を付与すれば超余裕。後で生産しとくね」
一発が弱くても500発くらい当てれば死ぬだろう。屈強なアーランド兵なら余裕で悪魔の攻撃を躱しながら集中攻撃してくれるだろう…ふむ、良い事思いついた。これで新たに資金を稼ごうかな。孤児を雇って…むふふ。
「アリスが何か悪い事考えてる」
アノンちゃんが後ろから抱き付いてきた。そして私の頬をフニフニする。そう言うのはわんこーずにやるべきだと思う。丁度わんこーずも帰って来たし、エイボンの頭も再生が始まった。どうやら破壊したのだろう。
と言うか勝手に再生するんだね。魔力の無駄だと思うんだけど、まあ良いか。
「別に悪い事は考えて無い。ちょっと魔法王国が怒るかもしれないけど…アーランドは交易も交流も無いし良いや」
「ワタシを無視しないでください‼」
「まだ居たのか」
エイボンの怒りをお兄様はめんどくさそうに一刀両断する。そう言えば何で私を弟子にしたいんだろう?さっきお兄様達と会話してたみたいだけど、こっちは物凄い爆音が発生してたから何も聞こえかった。
「そんなに弟子が欲しいの?魔法使える魔獣なら居るから弟子にする?」
「畜生に教える魔法等、有りません!」
私は瞬時に転移し、エイボンの背後に出現すると、腰のリボルバーを抜き、弾頭に無詠唱で浄化魔法を掛けてエイボンの後頭部に銃口を向ける。
「私のペットへの暴言はユルサナイ」
「スミマセンでした。発言を撤回するので、ソレを向けないでください。ちょっとずつ浄化されてます。浄化魔法が漏れてます」
プスプスとエイボンの後頭部が煙をあげてる。エイボンはそのまま回転するように跳躍すると、私に土下座した。所詮はアンデット。私に勝つ術など無いのだ。死者の精神攻撃も私には効かないし、悪魔を倒せる程の浄化魔法も使える……今日はもう無理だけど。精霊魔装は1日一回以上は使わない方が良い気がするから。
「それで、何で私なの?学園の教師にでも就職すれば良いじゃん」
「私は有象無象に用はありません‼有能で、女性な弟子が欲しいのです‼」
何故に女性限定なのか…下種な予感がする。私とアノンちゃんが後ずさる。不気味な雰囲気をエイボンが纏っていた。
「そして、イチャイチャラブラブな修業をギャアアア‼溶ける‼体が溶けて逝く」
ずっと背後に居たアリシアさんが急に【隠形】を解除して、胸元から出した小瓶の中身をエイボンにふりかける。するとエイボンはゴロゴロと転がりながらのたうちまわった。
何だろう。凄いイラっと来る。私は思わず自分の胸を触っていた事に気が付いた。そうか、これが嫉妬なのか。私にはそこに何かを仕舞うスペースないもんね…フフフ。
「アリス……私達はまだこれからだよ」
横を見ると、アノンちゃんも悔しそうだ。アリシアさんは別に大きい訳じゃ無い。でもスタイル抜群だ。絶妙な体型なのだ。私達は最低でもアレを目指さなければならない。そして、その先に居るお母様の我儘ボディを目指すんだ。私とアノンちゃんの心は繋がった。お互いに握手して肯く。
「フフフ。やはり姫様に邪な事をするつもりでしたか。油断しましたね。私は最初から貴方の背後に居ましたよ」
「溶けます。溶けちゃう‼別に死なないけど、天界に送るのだけは勘弁してください。門前払いされるのは、心が痛むんです」
「あらあら。貴方が逝くのは地獄ですよ」
「ワタシ、地獄からも門前払いされてるので、無理なんですよ‼」
この世界って天国と地獄が有るんだ。まあ地球と違って神様が活動してるのが原因かな?しかし何故に受け入れ拒否されるんだろう。
「アリシアさんちょっと待って。少し話を聞くから」
アリシアさんは取りあえずエイボンの両手両足を…多分アレ聖水だね。聖職者の祈りが籠った水だ。それで手足を溶かすと、こちらに運んで来る。但し紐で引っ掛けて引き摺って持って来た。エイボンの手足は少しずつ再生してるが、先ほどより遥かに再生速度が遅かった。
「まず先に、何で受け入れ拒否なの?」
エイボンが顔を上げてこちらを見る。
「実はですね。昔、ワタシが悪魔と契約する際に、代償を天使やワルキューレとか女神の下着を使っただけで、2000年は絶対に天界に入れないと言われました。悪魔と天使は今から約1000年前に和解してるので、その下着は高位の悪魔に人気なのです。下位の悪魔だと持っただけで死滅しますが」
「神をも恐れないとはコイツにこそ相応しい言葉だな」
エイボンの話を聞くと、かつて自分の限界を悟った時に、悪魔と契約してその魔法知識を吸収しようと考えた事があったらしい。だけど、当時は辛うじて聖教会も活動してたので、生贄とかを用意すると、悪魔狩りが草の根分けてでも追いかけて来るから面倒だと思ったようだ。それで悪魔を調べると、既に天界とは和解して、地獄の運営をしてる事を知り、別に生贄要らなくね?と疑問に思ったらしい。
だから実験で、当時美姫と謳われたとある国の王女の下着を『偶然』所持してたので、それを使い悪魔召喚を行ったらしい。
普通は王女の下着は持ってないし、躊躇いなく悪魔に捧げないだろう。しかし、予想に反して下級のレッサーデーモンが出てきてしまった。しかも結構長生きてるレッサーデーモンで、普通に会話出来たようだ。そのレッサーデーモンと会話すると、現在地獄を支配してる悪魔は、天使とかに惚れ気味…と言うか悪魔王が地獄を2万年無事に統治すれば女神が結婚してくれると約束してるようで、別に敵対関係では無いとの事。
だけど、悪魔には女性が少ないし、無事統治が絶対条件と女神に言われてるので、大昔みたいに、地獄に堕ちた女性を甚振る事も出来ずに欲求不満状態なのだとか。特に知性のある高位の悪魔は、それが顕著で下着でも物好きが呼び出しに答える事があるらしい。
エイボンは何故王女の下着で下位の悪魔が来たのか尋ねたら、洗濯済みだからと答えられ、女神を強襲する事を決意した。女神の下着を奪い、それを交渉材料に悪魔王を脅迫しようと考えたようだ。下種の極みだ。この場の全員がゴミを見る様な目でエイボンを見ている。
しかし女神が地上に来る事など、数千年に一度程度で、肉体を持ってる者は天界に行けない。だから向こうからこちらに来るように、召喚で呼び出せる天使やワルキューレを呼び出しては下着を奪い、逃走してそれを代償に悪魔を呼び出しては契約を繰り返したのだとか。
「それでついに女神がキレて、ワタシの前に現れました。ですが、私は激闘の末に下着を奪う事に成功し、女神から逃亡する事にも成功しました。ですが、女神は執念深く、私が悪魔王を呼び出そうとする度に強襲してきました。私は7回戦い7つの下着をゲットした所で泣きながら天界に帰って行ったのです。そして私は悪魔王を呼び出しました。何やら激怒してましたが、全ての羽根を毟り、手足の指を全て砕いた所で泣きながら動かなくなりました」
この人の生前は凄すぎだろう。悪い意味でだけど。
そして大泣きする悪魔王。可哀そうに。好きな人の下着を奪った男に制裁も与えられずに返り討ちにされたのだ。
しかしエイボンはそこで、悪魔すら驚愕する悪魔の提案をしたようだ。
「ワタシに従えばこの下着をさしあげましょう。正直女神は私の好みではないで」
悪魔王は即座にその提案を飲んでしまった。
悪魔王は喜んで契約し、地獄の魔法全ての知識をエイボンに与えたようだ。その恩恵で現在辛うじてこの世界に残れてるらしい。その後、悪魔王は女神の下着を頭に被って嬉々として地獄に帰ったらしい。こんな歴史知りたくなかった。
この人消すべきかな。何かこの世の罪悪を全て受けた人に思える。と言うか極悪人だ。確かに人の命を使って悪魔と契約した訳じゃ無いけど、絶対に許されない事を仕出かしてるよ。アノンちゃんは無言で剣を抜いている。アリシアさんは何処から出したのか、樽を持ってる。中身は聖水だろう。何故そんなに持ってるのか分からないけど。
「しかし‼悪魔王のヤロウは私を裏切りました。やがて私は一度死亡し地獄に送られましたが、絶対に地獄で混乱を引き起こすから女神が許すまでは受け入れ無いと言いやがったのです‼私は仕方なく、再び悪魔王の全ての羽根を毟り、指どころか、全ての骨を砕いて現世に帰って来たのです‼」
「そのまま消されれば良いのに」
 




