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高校生たちの恋愛物語

美術室と少女

作者: 海棠 琴梨

通っていた高校の廊下に、美術部の作品が飾られていました。緑色の蔦に包まれた部室棟の2階、椅子から立ち上がった白いワンピースの少女がこちらを振り返る。彼女の体は薄らと透けていて、とても美しい絵だったんです。飾られた廊下を通る際に、時間があれば少し立ち止まって眺めることもありました。作者はすでに卒業されていましたが、どうしても、この感情を誰かにつたえたくて、この話を書きました。

―ピッ


―ピッ


―ピッ


規則的な音がする

ぼやけた視界に映るのは、不愉快なほどに白い天井だった

ここはどこだろう?

俺はなぜここにいる?

俺は何をしていた?

俺は

何かをしなくてはいけないはずだ


「…………ぁ」


声がでない

頭も痛くて持ち上がらない

体が動かない

でも、


イカナクチャ


観月みつき………?」

誰かが俺の名前を読んだ

誰だろう…

「起き……たのね?」

涙に濡れた顔を近づけてくる、優しくて暖い人

ああ、母さんだ

「…ぁさ………」

「うん。母さんよ…っ……もう、心配かけさせないで…おねがいよ…………」

「…ぉめん………」

「………ううん…生きててくれて、目を覚ましてくれて、ありがとう」

なんで母さんはこんなに泣いてるんだ?

「……お父さんに連絡してくるわ…………」

ひとしきり泣くと母さんはどこかへ行ってしまった

「…………」

また、1人、不愉快な色を見つめる


『ね?いいでしょ?おねがいっ』


木漏れ日の中、誰かが言った言葉

………誰だっただろうか


思いだしたい


だけど、頭痛がする

これ以上は無理だ

今は……ここまで……

起きたらまた…考えよう………



『ねえ。まーち!』


『なんだよ、**』


『まーちはすっごく絵が上手いから、将来は画家になるといいよ!』


『画家?そんな金にならない職業やだね』


『えー!売れたらがっぽがっぽだよー?』


『売れるまでが大変なんだろ?』


『だったらあたしが稼ぐっ!あたしが養ってあげる!』


『はぁ……そんなの嫌に決まってる』


『なんでよ!?』


『俺は、女に養われたくなんてないね』


『ぶーぶー』


『嫌なものは嫌だ。俺は…………』



愛しい誰かとの幼い頃の日常的な会話。

誰だっけ

俺の絵をほめてくれたのは


愛しい愛しい誰かさん

君は誰だい?




まただ

懐かしい夢を見た気がする

どんな夢だっただろう

やっぱり思い出せない

胸にすーっと風が通り抜けた


ナニカがたりない


ナニカが欠けている


「…………学校行こう」


今日から、入院していた俺のために夏休みを使って補習をしてくれるらしい


実際勉強なんてしたくはないんだが、単位をとるためだ。行くっきゃない


教科書をつめた鞄は久しぶりにもったからかとても重かった





「…………に代入する。わかったか?」

「はい」

「じゃあ次の問題解いてみろ」


俺の頭は親がそう生んでくれたおかげか、理解力には乏しくない。このペースで進めば遅れていた分はすぐに取り戻せそうだ



今日の分の補習は終わった。久しぶりに智久の顔でも見に行くか?

外からはボールがバットにあたる、良い音なするから居るはずだ


グラウンドへ出るために、美術室の前を通ると扉が空いていた

引き寄せられるように中を覗くと


淡い色でなんども塗り直され、それでもまだ完成していない、そんな描きかけの絵と


それを眺めるうちの制服を着た女の子がいた


『*********』


「え?」


今、女の子がダブって……

いや、疲れてるのか?

目をこすると女の子は振り返った


「…ま…………」


女の子は口を開きかけ、とじた


「…あの……っ…深水くん…だよね?」

「そうだけど」

なぜ、この子が俺の名前を知っているのだろう? 

「この絵を完成させてほしいの」


疑問だらけだった

それでも俺はいつの間にかうなづいていたんだ

この絵は、俺が描かなきゃいけない

そんな気がしたから



イスに座って綺麗に微笑む君を描く


使い込まれたパレットに絵の具を出して、

桃色の頬や赤く弧を描く唇を再現していく


「ねえ、君の名前は?」

「名前?」

「うん。俺だけ知られてるのは変だろ?」


背景の窓はもっと濃く、肌の白さが目立つように


「…………めい」

「めい?」

「うん。めいって呼んで」


めい……口の中で反芻する


『**っ!』


まただ

フラッシュバックが脳裏を通り抜けた


「めい……」

「なに?」

名前を呼んでみたものの言いたいことがうかばない

「………」

「なに?」

「この絵、誰が描いてたんだ?」

「いずれわかるよ」

「………じゃあ、なんで途中なんだ?」

「描いてた人がどっかいっちゃったから」

……うまくかわされてる気がするが、まあいいだろう

二学期が始まれば誰かに聞いてみよう

「ねえ、深水くん」

「ん?」

「深水くんは絵が好き?」

何をわかりきったことを言ってるんだ?

だから、俺はこの絵を描いてるんだろ?俺がお前を描きたくてこの絵を描き始めた…………

「え?」

なんだ?今の

違う

俺は


『え?私でいいの?』


「っ………」


頭が痛い

―待ってくれ

いたい

―後ちょっと

イタイ

―少しだけ見せてくれ

痛い


「深水くん!」

「っ!!」

「深水くん?」


「俺………今、何を?」


めいは

俺が倒れたことを教えてくれた


外を見るともう紅く染まった限りない天井が広がっている


「もう、こんな時間か」

「そろそろ日も落ちるね」

「明日もくるから」


めいは笑って手を振っていた

「うん。また明日」


赤が追われて黒が追う空の下、校門を跨ぐ

ふと後ろを振り向くとめいはまだ俺を見ていた


「観月ー!お風呂入っといでー!」

「あいあい、まむ!」

描きかけのクロッキーを置いて自室を出た


なぜ、あのスケッチブックは埃をかぶっていたのか?

――ずっと触っていなかったからだ


湯船に浸かりながら自問自答する


じゃあ、なぜ、クロッキーをさわらなかった?

絵を描くのは好きだろう?

毎日描いていただろう?


――なんで毎日描いてた?


絵が好きだから?


違う


『俺が絵を描くのは***が好きだからだ』


頭が痛くなってきた

のぼせたか?もう出よう


自問自答は答えがでているようで見えない

湯煙が心までも隠しているようだった


クロッキーを手に取り、えんぴつをなぞらせる


昼に出会った少女――めいが椅子を立ち窓へと寄り歩く


制服がいいか?

いや、もっと白くて、透き通るようで、めいは掴んでも掴みきれない、そんな『いろ』だった


白いワンピースだ

ふわふわと漂う裾に、黒い長髪

麦わら帽子なんて持たせてみる


完成した下書きに水彩鉛筆で色を付ける


「俺………何をやってた?」


女の子の絵をこんな風に想像して描くなんて、まるで俺はストーカーみたいだ

ましてや、今日出会ったばかりの女の子の絵を


自らを嘲笑してクロッキーを閉じた




補習が終わるとすぐに美術室へ向かった


「あ、来てくれたんだ」

まるで、来なくても良かったかのように笑うめいに胸がムカッとした


なんだよ、来なかった方が良かったのかよ

言いそうになる口を閉じ、また開いた


「ほら、早く描くぞ」

「うん!」

嬉しそうに、笑うめい


こういうところはかわいい………

っいや、別に好きとかそんなんじゃないんだからな!?


はあ……俺は誰に言い訳してるんだ?


今日でここに通い初めて一週間になる

そろそろ絵も完成するだろう


そうしたら、会う口実がなくなってしまう

どうしようか?

っいや、別にまた会いたいとかそんなんじゃないんだからな!?


はあ……こんなツンデレは不毛だ


めいがやるならまだしも…………

っいや、別にめいなら可愛いとかそんなんじゃないんだからな!?


………またやっちまったぜ

素直に認めるのがいいのか?

絵の具の中で心なしか赤い顔と目があった


またあとで、考えようか

筆を動かす手を早める




あと、少し、一筆いれれば完成だ。


でも、その前に言っておきたい


絵を見ながら、けっしてそちらへは向かずに口を開いた



「めい」


「ん?」


「俺、めいが好きだ」


その言葉と共に絵は完成した



「その言葉……もう少し早く言って欲しかったな」


弾かれたようにめいを見ると目から水を零しながら色を薄くしていた。


「ごめんね」


その場には完成した絵だけが残っていた




「え………?めい?」


信じられなかった


その場に居たものが水を足しすぎた絵の具みたいに薄くなって、最後には絵の具なんてなかったかのように居なくなってしまったのだから


「………めい」


もしかして、めいは俺が生み出した幻だったのかもしれない

現に、今、目の前で消えてしまったんだから

信じるしかないだろう?



家に、帰ろう



幾日か前に放り出したクロッキーが見えた


さっきは、手を伸ばすだけの余裕も時間も勇気も…自惚れさえもなかった

けど、絵の中ならば


………想像くらいなら、いいだろう?


薄れゆく色の中に手を伸ばす

白から伸びるごく薄い茶に指を絡ませ、君を振り向かせた


水彩鉛筆をバケツの水で溶かすと、想像が現実のように思えた


雨が降っている

しとしとと、俺の中の煙を晴らすかのように

溶き終えた時、全てが分かった


めいが誰だったのか

めいのことが


結論で言えば

めいは『めい』であった


ただ、めいの本名は『川室咲月(かわむろさつき)』と言い、俺の幼なじみだ


自転車を漕ぎ、回復したばかりの足に鞭打ちながら進む


幼い頃、俺達がであった頃、コードネームが流行った

その時、2人で考えたのが『まーち』と『めい』だ

観月はみつき、三月と変換され、『まーち』と

咲月はさつき、皐月と変換され、『めい』と

それ以来、俺達はお互いをそう呼び合っていた


ああ、俺が事故にあった日

あの日もめいの絵を描いていた

たしか、暗くなったから帰ろうと2人で歩いてた

でも、喧嘩をしたんだ

俺が「画家にはならない」そう告げたから


怒って、めいは駆け出してた

それで、青信号に突っ込んでくるトラックに気付いてなくて

俺は、突き飛ばしたんだけど、うまく、いかなくて、けっきょく、ふたり、とも、ヒカレタ


血がたくさん、いっぱい出てた

めいの血が赤くて、黒くて、目の前が、赤から黒くなって………


そうだった。俺はめいを助けられなかったんだ。


川室家へ着くと、荒っぽくドアを叩いた

「おばさん!おばさん!」

すぐにめいのお母さんが出てくる

「みつき、くん?」

その目は泣きはらしたようで赤かった

「これを、これをめいに見せたいんだ!あいつに!」

口の中に塩っ辛い味が広がる

「え……わかったわ、入って」

一瞬驚いたけれど、すぐに通してくれた

廊下を進み、仏壇のあるリビングに通され………


ずに、めいの部屋に通された。

見慣れた黄色のベッドは膨らんでいる

「めい………?死んだんじゃ………」

「何言ってるの?皐月は………聞いて、ないの?」

おばさんの声は震えていた

「この子、頭を強く打って、………っ…し、植物状態になっちゃった、のよ」

赤い目から涙が溢れた

「まだ、生きてるんです、か」

「あたりまえよ!」

顔をくしゃくしゃにして怒られた

こんな顔ははじめて見る

「良かった………」


めいに近づく

そしてクロッキーを顔の前に出し、無理に喉をひらく


「なあ、めい。聞こえてるんだろ?俺、めいが大好きだよ。俺が、画家にならないって言ったのはな、好きな女に稼がせて、自分は悠々と好きなことをして過ごす、そんな人生がいやだったからだ。お前には、お前の、幸せを生きてほしいんだ。お前の夢を、叶えてほしいんだよ。なあ、お前にも夢くらいあっただろ?起きて、俺に聞かせてくれよ」


口の中はカラカラで

足なんてがくがくして

鼻水まで垂れてる気がする


そんなにみっともない姿になってでも、俺は、


「俺は、お前と生きたいんだ」



「も、おそ、よ…………ま、ち」


「え?」

握った手に力がこもった


「おそいって、言ったの…まーちは、鈍いんだから………」


弱々しく呟かれた言葉は

確かに

めいの赤い唇から溢れたものだった



「めいっ!!!」

「くるし………」


その後、具合の良くないめいをきつく抱きしめた俺を慌てておばさんが引き剥がした


――――――


「で、なんで美術室にいたんだ?お前」

「わかんない!けどねーなんか、赤くてーふわふわしたもこもこがねー」

不思議な説明でも、めいが笑ってればそれでいい

「ちゃんすだよ!って光ったら、あそこにいたの!」


めいの説明ではわかりづらいのでまとめると


トラックに轢かれたあと、目が覚めると謎の物体に「チャンス」を与えられ、ミッションをクリアできれば、生き返れたのだという

そのミッションがどんなものかは忘れてしまったけれど、ただ、「さつき」であることを明かしてはいけなかったのだそうだ。


すっかりテンションがあがり、子供帰りした口調ではまったく通じなかったが、まとめるとそういうことらしい。


うん。謎だ。



「でもー、まーちったら鼻水たらして大好きだなんていうから、あたし、すっごくすっごく」

「どうせ、気持ち悪かったんだろ?ふんっ」

「ううん」

めいが笑う

「すっごくすっごく、幸せで、生きたい!って思っちゃった」

その表情は、子供じみた言葉づかいとは裏腹に大人びていて、顔に熱が溜まっていくのがわかった


「め、めい!」


どもったのだって、しかたないだろ!?


「あの消えた瞬間!あの時の返事も俺はもらってないぞ!」

意趣返しは思いの外効いたようだ


目の前の愛しい少女はすぐにうつむいたが無駄で

真っ赤になった耳が、短く切られた髪の隙間から覗いていた

「わ、わかるでしょ!!!」

「わかんないね」

「わかってる、でしょ?」


「口にしてくれないとわからないね」


次の瞬間、大きな瞳が俺を捉え、唇には僅かな感触が残っていた

「また、明日ね!」


「っ!!……口にって…………意味がちがうだろうが!!!」


走りさった少女のあとには、真っ赤になった俺がいたことは赤く染まった紅葉しかしらない


そしてまた、その夜、彼女が「その瞬間」を思い出して悶えてしまうことも、彼女の布団しかしらないのだ


――――――――


フラッシュがたかれる


「………の賞を受賞した今のお気持ちは!!」


「とても、誇らしく、思います」


「このコンクールを気に、これからは海外で、との噂がありますが?」


「海外に、アトリエを移すつもりは、ありません」


「海外にも通用してしまう程の絵はどうやったら描けるのでしょうかっ?」


「それは、

長く、なりますが、いい、ですか?」


「「「「「「もちろんです!」」」」」」


記者達がうなづく中ぽつりぽつりと男は語り出した


「僕の、大切な人が、死にかけました

僕はその子が、本当に死んでしまったと思って、無意識のうちに、筆をとらなくなったんです。

でも、美術室から、見えた描きかけの絵を完成させたかった

あの子の笑顔をもう一度、見たかった

あの子は僕の絵が好きでしたから

だから、描いたんです

あの子が好きな絵を

僕の描きたい、自由な、絵を

それからは、彼女を描きました

僕が描きたいのは彼女だったから

どんな仕事でも、僕は彼女を想って描きます

そこに彼女がいると想って

だから、きっと、僕の絵はみなさんに響くんでしょうね、なんて、少し言い過ぎかな」


「彼女は、どうなったんです?」


「生きてますよ。もちろん。僕の隣で」


「それはどういう………っ!」


男の薬指が赤く光る


「彼女も僕も、辛いことと幸せとドキドキが詰まってる赤が好きなんです」


フラッシュは一際大きく鳴り響いた


この作品、高校のはじめくらいに書いたんですけど、赤いふわふわとかなんのつもりで書いたのか全く思いだせないwたしか後日譚を書こう!と思ってたはずなんですけど…。

ちょっとよく分からない、SF(すこしふしぎ)が好きだったころの話なので、きっと、神様とか妖精などのイメージで大丈夫だと思います。


一度非公開にしましたが、やっぱり勿体無いので、また公開したいと思います。

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