キャスリング誕生〜破
キャスリング誕生〜序の続きです。
キャスリング開店前の事件をお楽しみ下さい。
「料理のほうは……お前、俺と一緒に喫茶店でも開かないか?」
それはルナのいつものノリと勢いに任せた無責任な一言だった。相手は昨日会ったばかりのまだよく知らない少女。しかしそう言われた凛もノリノリでその提案を受け入れた。
会ったばかりだが、互いに食べ物好き、世話好き、そして店の経営に興味があった事も二人が意気投合した訳である。
さっそくどんな店にするか話し合う。メニューや内装。特にルナが真っ黒、凛が真っ白である事から、白黒モノトーンを店のイメージカラーにする事は早くに決まった。
「とりあえず、黒と白だからな俺たち。イメージカラー逆……」
とそこで突然ルナが一つの提案を思いついた。
「……抱いて良い? 俺ハグ好きだから」
「ええ!! いきなりどうしたんですか?」
突然のルナの提案に顔を赤くして照れてあわあわする凛。しかしゆっくり深呼吸をして言った。
「……いいですよ。前もってそう予告してくれるなら」
そう言いながらも、凛は目をぎゅっとつむって、ぷるぷる震えながら待ち構えた。そんな凛の初心な姿に苦笑しつつ、ルナは優しく抱きしめる。
「ありがとう。抱き心地いいね~斉凛。俺、抱き癖あってさ~。う~ん抱き心地よくてこのまま昼寝しそう~」
「わたくしは抱き枕じゃありませんわよ。こっちはちっとも落ち着かないんですからね。寝たら困りますわ」
「可愛……くないな」
それでもその当時の凛には精一杯の憎まれ口だった。なにせ無抵抗にハグを受け入れている。これが今なら、
「セクハラよ!」
と問答無用でバトルをするだろうが、まだ会って2日である。そこにはおのずと遠慮があった。
それにこの時、凛は友達も少なかったし、男性に免疫もなかったので、余計にルナの過剰なスキンシップに動転してしまい、怒るどころではなかったのだ。
そうやって店の話し合いをしたり、冗談を言い合ううちにどんどんルナの調子も上がって行った。
「そう言えば、高級レストランとか行ったことあるか? ペアフルコースの券があるけど使う暇ないし。眺めも絶景だ。開店を祝して今度いくか?」
学園一高級な寮に、ルナは友人と二人で、部屋を借りていた。高級学生寮『Black place』の最上階にある展望レストラン「Heavens view」。学園一美しい景色を見られる超高級レストランだ。
凛も年頃の乙女らしく、目を輝かせて行きたいとねだった。今度のはずが今すぐいこうという事になり、凛をせき立てるように連れ出すルナ。
時刻は夕暮れ時。今ならまだ夕焼けの美しさをレストランで堪能できるはずだった。
輝くように高級なレストランにつき、凛はいささか緊張していた。
「ここでいいのかしら……。おろおろ。緊張しますわ。あ、ドレスコード!」
ルナにせかされたせいで、凛は部活でのメイド服のままだった。ルナはいつのまにか黒いタキシード姿に着替えており、しっかり場の雰囲気に馴染んでいた。
凛は一人だけ取り残されて真っ青になる。メイド服では従業員と間違われかねない。
「着替えてこい? まってるからさ?」
ルナは紳士に優しく促す。凛はルナに詫びて飛ぶように『戦メイド・執事隊』の部室に戻った。凛の私服は安物ばかりだが、つい数日前クリスマスプレゼントで同胞(jb1801)からドレスをもらった。あれなら高級レストランでもおかしくない。
部室の倉庫になっている秘密の小部屋でドレスを探して着替えていると、ちょうど部員の同胞が部室を訪れた所だった。
「……ん? 凛はジョーカーとデートに行ったのか。んじゃ、それまでは俺が何とかしとくか 」
「デートじゃありませんから。ドレスありがとうございました。さっそく役に立ちました」
慌てて否定しておかないと乙女として、非常に困る。ルナには恋人がいるし、同胞に勘違いされたままなのは気まずい。
しかし今ルナを待たせているのだ。ここで時間を浪費してはいけない。いい訳も曖昧に慌てて飛び出す凛。その時部屋の中から物音が聞こえた気がした。
急がなきゃ行けないのに、凛のおせっかい体質のせいでまた部室へと舞い戻る。
部室に戻ると同胞が膝をつき、まともに立ち上がる事もできない様子だった。
「だ、大丈夫ですか!」
「……ああ、凛か。ジョーカーと行ったんじゃないのか?」
凛の言葉に返事は返したものの、同胞は焦点の定まらない瞳でぼんやりしている。その姿はまともではなく、しかし凛には何がおこっているのかわからなかった。
同胞は大切な友人で、同じ部の部員で、いつも一緒にお茶をする仲だが、あまりに同胞の事を凛は知らなさ過ぎた。
とりあえず同胞をなだめようと背中をさすりながら優しく話しかける。
「ジョーカーさんの目を盗んでこっそり戻ってきちゃいました。といってもすぐ戻らないといけないのですが……。こんな姿見ちゃうと戻れませんわ。さあまずはお座りになって」
「ああ……すまんな、ジョーカーとのデートを邪魔したみたいで」
同胞は微笑みながら素直にソファに座る。しかし明らかに無理をしているのはすぐわかった。目の前の同胞が心配で、でも何も知らずに待っているルナにも申し訳なくて、凛の心は揺れていた。
「何か口にできますか? お茶とかお菓子とか。栄養をとった方が落ち着くかもしれないし。お茶お入れしますね。それからデートじゃありません。私達一緒にお店をやろうって話してて、そのお祝いです」
「いや、今はいい……。そうか、二人で店をするか。夫婦みたいだな」
同胞の笑みはぎこちなく、それが体の変調からくる物なのか、ルナと凛の関係に何か思う所があったのかわからない。
「もう夫婦なんかじゃないですよ。ビジネスパートナーです。ルナさん、お料理も紅茶も好きで、気があったから。友達なんですからね。同胞さんもですよ。友達が苦しそうにしてたら心配するのは当たり前じゃないんですか?」
同胞の頬に手をそえてじっと顔色をうかがいながら話す。ソファに座ったからといって、同胞の様子がよくなるはずもなく、むしろ悪くなっている気がした。
「……そうか。ありがとうな」
同胞はいつものように手を挙げて凛の頭を撫でようとしていた。人の頭を撫でるのが癖のような男だった。しかしその手は凛とは無関係のあらぬ空間で止まり、ぼんやりとその先を見つめていた。
やっぱりおかしい。でもどうしたらいいのかわからなかった。ルナを待たせるにしても限界だし、自分が側にいても何ができるというのだろう。もしかしたら自分が側にいるせいで、同胞はいつも通りのように振る舞おうと無理しているかもしれない。
凛は後ろ髪惹かれる思いのまま一言告げた。
「ごめんなさい。もう行かないと。元気出ますように」
「ああ……行ってこい」
糸の切れた人形のように全身の力を抜いた同胞の姿を見て、やはり自分が同胞に気を使わせて無理をさせていたと確信した。同胞の優しさを無駄にしないために、今はルナの元へいくしかない。
凛はそっと同胞から離れて部室を飛び出した。