奇妙な家族
1月15日。運命の13日からまだ二日。それなのにずっと以前からいたかのように、蒼と芽楼は店に馴染んでいた。
その日芽楼がキャスリングについた時、すでに店内に蒼ともう一人見知らぬ男がいた。初めて会うはずなのに、どこかで見たような既視感を感じ、思わず首を傾げてしまう。
「こんばんは、マスター、凛様、双羽様。今日もお邪魔させていただきます」
そう言ったもののすぐに異変に気づいた。ルナの姿が見当たらない。代わりに店の隅に不自然な段ボールがあり、小刻みに揺れている。
見知らぬ男が芽楼と入れ替わるように出て行くと、段ボールの中からルナが現れた。その時既視感の謎が解けた。あの男とルナはよく似た顔立ちをしているのだ。
「ぐぬぬぬぬ……あの兄貴め!」
ルナは入り口をにらみながらそう呟いた。そう、あの男はルナの兄ライク・ジョーカー(jb2419)だった。置き土産にルナの幼少期の写真を残して行ったようだ。
すでにしっかり凛の懐にしまわれ、なんとかそれを取り戻せない物かとルナは凛を睨みつけた。
その微笑ましい光景にくすりと微笑みながら、芽楼はダイスで注文した。ルナを笑ったのがいけなかったのだろうか? ダイス目はハズレを意味していた。
「ココアと……サラダ(デスソ入り)です」
デスソとはバツゲーム用に考案された調味料で、ハバネロ以上の激辛さにデスソースと名付けられた。そうとは知らずに出されたサラダを口にする芽楼。
一口でテーブルに突っ伏すほどの衝撃を受けた。
「大丈夫か?」
ルナは芽楼の背をさすりながら水を差し出す。さすがこの店にデスソを持ち込んだ張本人。介抱も慣れた物である。
芽楼は青い顔で差し出された水を飲みながら一息ついた。
「ありがとうございます……だいぶ良くなってきました。魔界で支給される携帯食料を思い出す味でした」
「おいおい……ちなみに今のはハズレ料理だ。ちょっと心配だぞ?」
ルナは心配そうに芽楼の背を撫でたかと思うと、一瞬後ろ抱きに芽楼を抱きしめた。
「なにか他に注文は?」
背後から聞こえたその声に、芽楼も一瞬ときめいてしまう。ルナに最愛の女性がいる事を知っているのに……。そして恋人がいながらこんな事をするルナを一瞬恨みがましく思う。
「それでは、口直しにチーズケーキをお願いいたします」
芽楼は内心の葛藤をすぐに消して、努めて冷静にそう答えた。
「アウト!!!!女性を後ろだきとかありえませんわ。双羽さん、睦月さんをお願いします。このバカを再教育してきますので」
凛がルナの行動に怒り、ハンマーを振り上げて攻撃し始めた。すぐにいつものルナと凛の喧嘩へと変わる。それを眺めながら芽楼は自分の心の中に芽生えた感情を持て余していた。
ルナに抱きしめられた事は不愉快ではなかった。かといって恋人になりたい訳でもない。自分はルナに何を求めているのか?
「なにも知らないのも、これはまた幸せか……」
ぽつりと呟いた蒼の言葉は誰の耳にも届かない。蒼は凛に頼まれる前から、気遣わしげに芽楼を見つめていた。
芽楼が蒼の呟いた言葉に聞き返したので、にこっと笑顔を作って言った。
「ん? そんなに店長と仲がいいのか、と言ったんだ」
「そうですか。マスターは良い方だと私は思っているので」
「いや、俺もそう思ってるさ。実際、ここに来てまだ短いが、友人だと思ってる」
芽楼は友人という言葉に疑問を抱いた。何故だかルナに対する感情は友情とも違う気がしたのだ。恋愛でも友情でもない、特別な存在。それはいったいなんだろう。
凛とルナが喧嘩を終えて戻ってくると、ルナは芽楼にこういった。
「お前も嫌なら嫌と言えよ? マスター別に無理強いはしないぞ?」
「別に……嫌というわけではないのです……」
そう言いながら頬が赤くなるのを押さえられない。その様子を見たルナがまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「ん? 恥ずかしがることないぞ?」
そう言いながら芽楼の頭を撫でる。それは芽楼にとって、とても大切で幸福な事だった。目をつむりその感触に浸っているとふと思い出した。
「お母様を思い出します……」
思い出すとしっくり来る。ルナに感じたのは家族としての親愛。大切でかけがえのない存在。
「子供に戻ったみたいで、心地いいのです」
「ならば良かった。全く娘なんてまだこの年で持つものじゃないんだがな。なんで母親気分にさせられるのやら……。いくらでも甘えてもらって結構だぞ?」
ルナは文句を言いつつも、満更でもなさそうだった。だから芽楼も嬉しくて素直に甘える。
「じゃあ、毎日甘えに来て、ゆっくりしていこうかしら」
すると凛がこう言った。
「マスターのいない時はわたくしが代行でナデナデしますわよ」
芽楼は涙がでそうなほど嬉しかった。家族が増える。穏やかで優しい時間が戻ってくる。
「ふふ、お母様が二人増えた気分なのです」
「待てよ? 俺は父親だろう? どちらでもいいけどな。君さえ良ければ」
ルナが苦笑いを浮かべながらつっこみをいれる。
「それでは、マスターの事はお父様。凛様の事はお母様。と呼んでも宜しいでしょうか?」
芽楼の言葉にルナは速攻快諾した。慌てたのは凛だ。
「それではわたくしとルナさんが夫婦みたいでしょう。それはいけませんわ」
ルナには凛とは別に彼女がいる。凛もまたルナとは別の男性に片思い中だった。その事を指摘され、芽楼は目に見えて落ち込んだ。
「それもそのとおりですね。凛様にも思う相手がいらっしゃるでしょうし、私が軽率でしたわ」
芽楼の落ち込みにルナも凛も慌ててフォローにまわる。結局芽楼にとってルナは父、凛は母となった。出会って二日の間ながら、すでに3人の間に深い絆が産まれていたのだ。
ただ一人部外者のようにその光景を眺めていた蒼が、その後巻込まれて行くのはまた別の話。