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運命の1月13日

 今でこそ大変賑っているキャスリングだが、初めから順風満帆であったわけではない。開店直後はルナの友人がお祝いで駆けつけてくれたが、その勢いは続かず閑古鳥が鳴く日々。

 凛が必死で営業手紙を送っては、新しい客の開拓に勤しんでいたが、それも結果がでなかった。


 1月13日。今日も暇かとルナと凛は気の抜けた気分で開店準備を始めた。その日がキャスリングと一組の男女にとって運命の日になるとは、知らずに。


 無人の店内にその日初めて訪れた客は、気品あふれる一人の少女だった。着ている服も上等で、仕草も洗練されていて、一目で上流階級の人間だとわかる。シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)。フランスはロンド家の生粋のお嬢様だった。


「ごめんあそばせ。……あら? 誰もいらっしゃらない? 来るのが少し早すぎたのかしら…」


 誰もいない店内にシェリアが戸惑っていると、店の奥からルナが顔を出した。


「いらっしゃいませ。ご注文は? 開店中ですのでお構いなく」


 あまりの暇さに奥で休んでいたのだが、そんな事はおくびにも出さずにルナは丁寧に接客する。常連になるか一見で去ってしまうか、第一印象が鍵を握っている。

 客が客を呼ぶように、シェリアが席についた直後入り口の扉が開いた。


「招待状を頂いたので来てみたのですが、喫茶店キャスリングはこちらでよろしかったでしょうか?」


 すらりと背の高い白髪の美人、睦月芽楼は遠慮がちに入ってきた。いまだ学園にも人間界にも馴染めない悪魔の彼女は緊張していた。


「ええ、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。ご注文は?」


 ルナは新しい客が続けてやってきた事に喜びながら接客する。芽楼がどこに座るかと迷っているうちに、また入り口の扉が開いた。

 思わず振り返る芽楼。そこには芽楼より少し背の高い少年がいた。双羽蒼というその少年は、入り口を開けてすぐ芽楼の視線とぶつかりわずかにたじろいた。しかし彼女と視線をそらして店の中に声をかける。


「おたくのメイドさんから招待されたんだが、ここでいいのか?」


 芽楼と蒼はほんの3分差で店に入った。ほぼ同時と言ってもいいタイミングであり、奇妙な縁だ。

 蒼は呆然と立ち尽くす芽楼の脇を通り過ぎ、先に席へついてしまう。芽楼も慌てて注文しながら席をさがした。


「では……マスターのオススメでお願いします」


 マスターのルナは芽楼のために珈琲とサンドウィッチを用意し始めた。芽楼は広い店内の中であえて蒼に近づいた。


「高等部2年の睦月と言います。お隣、よろしいでしょうか?」


 せっかく知り合った縁。少しでも友人を増やしたい。芽楼は勇気を振り絞って遠慮がちに尋ねる。蒼が了承し、芽楼は隣に座った。蒼の前にはココアと色とりどりのマカロンが置かれている。

 精悍な顔立ちの蒼とミスマッチなオーダーに芽楼は柔らかく微笑んだ。

 遥か先にこの二人を待ち受ける事実を思えば、まさしくこの瞬間は運命の出会いに違いない。ただこの時は誰もその事を知らなかった。


 二人を微笑ましく見守っていたシェリアは、ふと自分が何も注文していない事に気がつく。


「ふふ、賑やかになってきましたわね。注文してもよろしい? それではわたくしは、シッキムティーをお願いしますわ」


 ちょうど凛が奥から出てきて対応する。キャスリングにおいて紅茶の担当は凛だ。


「それではシッキムティーとそれにあわせてジンジャーケーキをどうぞ。ジンジャーケーキは素朴な味わいながら、繊細なシッキムの味を損なわない言い組み合わせですわ」


 凛に勧められるままに、シェリアはシッキムとジンジャーケーキを頼む。


「どうもありがとう。早速いただきますわ」


 お嬢様らしく優雅に紅茶に口をつけるシェリア。


「まあ美味しい…! 実家のメイドが淹れる紅茶より深い味わいですわ」


 その紅茶の味に驚いたシェリアはケーキに口を付ける。素朴ながら紅茶の味を邪魔しない控えめな味付け。

 紅茶の腕だけではなく、それを引き立たせる菓子にまで気を使う店のレベルの高さを感じた。



 ルナのサンドウィッチ講座に熱心にメモをとる芽楼。喫茶店でステーキを食べだす蒼。早くも凛の珈琲に危険な匂いを嗅ぎ付け始めるシェリア。

 好奇心で芽楼がゲゲボを頼むと釣られて蒼も注文する。


 三人の客と二人の従業員の会話は非常に盛り上がり、客同士も初めて会ったとは思えないほど仲良くなった。そしてそれが癖になったのか、その後3人は常連となり毎日のようにキャスリングに通い始めた。

 賑やかになったキャスリングに惹かれるように、人が集まり始めほどなくキャスリングは大繁盛し始めるのだった。


 あの日3人の客が偶然同じ時間帯に集まった事。それはキャスリングにとって奇跡の一日であったに違いない。

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