ハズレ狂想曲〜レイラの場合
2013年3月7日。一人の小さなはぐれ悪魔が、キャスリングに初めて訪れた日。
彼女の名は霧谷レイラ(きりたに・れいら)【jb4705】。ふらり気まぐれに立ち寄ったこの店と、長い付き合いになるとは、この日の彼女が知る由もなかった。
左目を眼帯で隠した銀髪のはぐれ悪魔レイラは、初めて入る店に緊張していた。
学園に来たばかりでまだ人との付き合いに慣れていない。そもそも口べたな彼女は、しゃべる時にどもりがちだ。
それでも勇気を出して『喫茶店キャスリング』という店に一歩踏み込む。
「こんばんは……。お邪魔、します…… 」
レイラがおそるおそるそう言いながら店に入ると、出迎えたのはすらりと背の高い美人メイド芽楼だった。
「いらっしゃいませ。ようこそキャスリングへ。ごゆっくりとしていってくださいなのです。」
「おや、霧谷さんはお初ですね。こんばんは。ここのアルバイトもしております、ひりょと申します。よろしくお願いしますね」
先客のひりょも爽やかに礼儀正しく挨拶を返してくれる。優しそうな二人の対応にほっと一息つく。しかしメニューを見て困った。初めての店なので何を選んだらいいのかわからない。
「困ったらダイスという方法もあるのです」
キャスリングには不思議なルールがあった。ダイス目で注文を決め、出された料理は必ず口にしなければならない。スリリングでエキサイティングな注文方法。
初来店ながら、そんな上級者向けな注文方法にレイラは挑んだ。
そしてダイスの目は新規客には厳しいらしい。
「お待たせしました。では、マカロンと…………当店オリジナルメニューの『ゲゲボドリンク』なのです。見た目は危なげですが、ヘルシーで健康的な飲み物なのですよ。」
マカロンについてはなんとなく知識はある。お菓子の一種だ。カラフルなその色は、女の子心をくすぐる見た目だ。問題は『ゲゲボドリンク』の方である。
そもそも名前からして意味不明な上に、見た目が最悪だった。ジュースグラスに入ったそのどろりとした液体は、緑がかった灰色で、まるで沼からすくってきた汚泥のようだった。
グラスの中で分離し、下の方が濃い色に、上の方が薄い色になっている。あんまりな見た目に思わず目をそらす。
「特徴的な色、ですね……。まずはマカロンから、頂きます……。んむ……おい、しい……! 」
マカロンは期待を裏切らない……、むしろ期待以上に美味しかった。マカロンがこの出来なら……。ごくりとつばを飲み込んで、沼色の液体にチャレンジする事にした。それでも恐る恐るという感じでグラスを手にとり、思い切って口をつける。
「あれ……? 不味く、ない……? 」
見た目を裏切る、甘さとまろやかさと爽やかな味わいが絶妙なバランスで、意外においしかった。例えどれほど見た目が悪かろうと……。
「美味しいから……問題ない、です。」
次々と入ってくる常連客。常連の一人明日奈はいきなりこういいながら入ってきた。
「こんばんはー、おじゃましますー。ゲゲボくださーい 」
いきなりゲゲボ指名とは、意外とゲゲボドリンクは人気メニュー?ハズレと見せかけて実は当たりだったのだろうか?
他の常連客とも挨拶を交わし、満足した表情でレイラは立ち上がる。
「ご馳走様……。美味しかった、です……。…代金、です」
美味しくて、ちょっとスリリングな楽しい店。そんな第一印象を持ったレイラはまた来ようと思った。まさかゲゲボ以上の恐ろしいハズレが待ち受けていようとは、この時のレイラにしるよしもなかった。
翌日。昨日の思わぬ美味しい出会いに、意気揚々とレイラがキャスリングの扉を開くと、中は客と従業員が多く、昨日よりにぎわっていた。
「えっと……、こんばんは…?注文、お願い…します…… 」
そう言いながら、今日も運任せのダイスを振る。今日も飲み物はゲゲボそして食べ物は……。
「いらっしゃいませなのです。ゲゲボドリンクと…………ハズレメニューの『ジャングルフルコース』なのです。味はともかく、安全面と栄養価は保証するのです。」
芽楼が美しい笑顔をこわばらせながら、持ってきたのは、少し大きめの皿の上に並んだ、数種類の芋虫の串刺し。グロテスクな見た目に気持ちが悪くなる。見た目の凶悪さでは、ゲゲボ以上だ。
「こんばんは。そしてご武運を」
なぜか映姫が敬礼しながらそう呟いた。レイラはそれでも逃げなかった。決死の思いで串刺しを手に取る。
「いた……だきます……!……!?」
昨日のゲゲボのように、実は美味しいという展開を期待して、恐る恐る口に入れると、一口で吐き気をもたらすほどにまずかった。野性的な臭みが口の中を暴れ回る。思わずトイレに駆け込んだ。
後ろで映姫が「まぁ、私の時と比べればまだマシですね……」と呟くのが聞こえた。こんな不味いものがまだましだなんて、この店はどれだけ凶暴なメニューが潜んでいるのか。恐ろしさを覚えた。
なんとか必死の思いで生還し、再度注文を試みる。
「う、うう……。口……直し……、頼んでもいいですか……?」
そう言ってレイラはダイスを振った。本当はダイスを振らずとも、美味しいお菓子を頼めばいいのに、キャスリング初心者のレイラはその事に気づいていなかったのだ。そしてダイスの神はまたしても新規客に厳しい。
「う、口直しでハズレダイス……。これはかわいそうすぎるのです。というわけで、『ワニ肉ステーキ』なのです」
あまりのダイス目の悪さに芽楼が同情した。今度は食材がゲテモノというだけのハズレにしてはかなりマシな代物だった。口にすると貝柱のような食感のする肉、油ものっていて普通に美味しい、塩味が効いている。
「ワニ……肉?……ぁ、美味しい……」
やっとまともな食事にありついて、ほっと一息ついたところでレイラは帰った。キャスリング恐るべし。その事を深く胸に刻んで。しかし不思議とまた行きたい……そう思ってしまう店だった。
「次は……ダイス振らない……」
ちゃんと学習したレイラは、翌日普通にアールグレイとチーズケーキを注文した。
日付、描写されている従業員、客ともに過去ログの記録通りです。
台詞や描写をカット、付け足しは一部行っていますが、レイラさんのキャスリング初日と翌日を忠実に書き起こしました。
ダイス目によるメニューも当時のままです。
ハズレ・ゲゲボ率の高さが異常でしたね。