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ようこそキャスリングへ

 私はどこで何を間違えてしまったのだろう?

 先ほどまで最高のカフェを見つけたと喜んでいたはずなのに、目の前で繰り広げられるあり得ない光景に、目を見開いて呆然としていた。


 入り口には「喫茶店キャスリング」の看板。白黒モノトーンのアンティークでそろえられた店内。ショーケースには美味しいお菓子が並び、珈琲と紅茶の味も最高。

 マスターは気さくで優しくてちょっとかっこいい黒髪の少年。メイド長の小柄な少女は純白のメイド服と白銀の髪を優雅に翻しお辞儀する。背のすらりと高いモデルのような美人の銀髪メイドと、メイド長以上に幼いあどけなさが愛らしい黒髪の小さなメイド。

 常連も多くにぎわうこの店は和やかな空気に包まれていた……はずだった。


 きっかけは私がマスターのルナ・ジョーカー【jb2309】との会話が弾みすぎた事かもしれない。気付いたら初対面だと言うのに頭を撫でられていた。そしてそのまま流されて抱きつかれた。


「おまえいいやつだな!」

「きゃ!」


 慌てて悲鳴を上げた瞬間私は見た。ルナの背後に突如として出現した、メイド長・斉凛いつき・りん【ja6571】の姿。


「ひぃ!」


 思わず二度目の悲鳴を上げた。先ほどまでの可憐な微笑みはそのままに、手には血塗られた釘バットをもって、黒いオーラを漂わせながら、凛はバットを振りかぶっていた。


「このセクハラ男!」


 凛のふるったバットを、振り向きもせずあっさりかわしたルナ。間髪入れずに2檄目、3檄目を振るいつづける凛は微笑んでいた。ルナも楽しそうに余裕綽々と笑い、凛に隙あらば反撃をする。

 凛とルナがバトルを続ける横で、それを無視しながら背の高いメイド睦月芽楼むつき・めろう【jb3773】が客達に呼びかける。


「追加のご注文はございませんか?」


 メイドとしては正しいかもしれないが、人として間違ってる気がする。あ、悪魔だっけこの人。

 この店のオーナーはルナと凛らしく、その二人が喧嘩しているこの状況は店的に危機ではないかと思うのだが、まったく気にも留めていない。

 しかも常連達まで「今日も平和だね〜」などと言いながら、のほほんと二人のバトルを眺めている。

 唯一幼い黒髪のメイド柘榴明日ざくろ・あけび【jb5253】だけがおろおろと困った表情で、二人のバトルにおびえていた。ああ……よかった常識人がいた……。

 しかしこんな年端もゆかぬ幼い子を、おびえさせてはいけない。ここは自分がお姉さんらしくなんとかせねば!


「二人とも!喧嘩はやめて」


 そう叫びながら二人の間に割って入ったのが運のつき……。私のお腹と背中に、凛の釘バットとルナの蹴りが見事に決まった。



 意識を失ったのは一瞬。これでも撃退士の端くれ、この程度で死にはしない。死ぬほど痛いが。


「悪い!」

「すみませんですの」


 ルナと凛の声がはもって聞こえる。倒れる私の体を、常連客ですらりと伸びた背がかっこいい双羽蒼ふたば・あおい【jb3731】が冷静に抱きとめる。年の変わらぬ異性に抱きとめられ少しだけドキドキするが、蒼は至って冷静だった。


「大丈夫か」


 その蒼の隣で芽楼は冷静に声をあげた。


「どなたかお客様の中で、回復スキルをお持ちの方はいらっしゃいませんか?」

「じゃあ俺の治癒膏で」


 常連客の黒髪の少年、黄昏ひりょ(たそがれ・ひりょ)【jb3452】がそう言うと、何かしてくれたようだ。体の内側から温かくなるような感じがして、大分痛みが和らいだ。ゆっくり目を開けると心配そうに私を見下ろすキャスリングの従業員と常連達。


「これ、ぬらした手ぬぐいです。額に当てて上げたら」


 そう優しく手を差し伸べてくれたのは着物姿の少女、東風谷映姫こちや・えいき【jb4067】。しかし優しい手とは裏腹に、ルナと凛を睨みつける表情は黒い。怖い。

 ルナと凛は互いに指差し合って


「こいつが!」

「この人が!」


 責任のなすり付け合いである。そしてそんな騒動の間。喧嘩も私の怪我も何も知らないかのように無邪気に戯れる少年、少女が一組。


「ごろごろ〜」

「待て〜」


 猫耳のような黒髪を持った少女、伊座並明日奈いざなみ・あすな【jb2281】を追いかける美少女と見まごう男の娘、姫路神楽ひめじ・かぐら【jb0862】。なんというか平和だ。

 ルナと凛の殺伐とした喧嘩を見た直後だからか、余計に心が洗われる。


 私は精神的に癒されて立ち上がると言った。


「今日は帰ります。お勘定をお願いします」

「今日は悪かったな。サービスしておくからさ、また来てくれよ」

「本当に今日は申し訳ございませんでした。次はリクエストのデザートを用意してお待ちしてますわ」


 ルナと凛は気まずそうに謝りながら、私を見送ってくれた。他の従業員も客達までもみんなが私に挨拶してくれた。

 店を出てほっと一息をつく。意外なほどに心が軽い。大変な目にあったけれど、刺激的で楽しくて心が弾んだ。振り向いて看板をもう一度見る。

 『喫茶店キャスリング』その店名に首を傾げて考える。


「キャスリングってどんな意味?」


 帰って調べてみればチェス用語だった。そういえばあの店は何もかもが白黒のモノトーンだったし、インテリアとしてチェスボードも置かれていた。髪の色もルナは黒、凛は白、芽楼は白、明日は黒と見事に白黒だ。

 それにキャスリングというのは、チェスで唯一、一度の手番で二つの駒を動かせるルールであるらしい。キングのルナとルークの凛が同時に華麗に動く姿を想像する。

 二人のバトルは怖かったけど、ルナの珈琲と凛の紅茶は素晴らしく美味しかった。


 そして従業員と客が一丸となるチームワークの良さ。思わず笑みがこぼれた。


「癖になりそう」


 こうして今日も一人、キャスリングのカオスに飲み込まれた、新規客が一人産まれた。

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