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ライアー

 翌朝、安雄は再び公園に向かった。日差しが強く、照りつける光がアスファルトから反射して余計に眩しい。

 歩きながら携帯電話を取り出し、学校へと電話を掛けた。三回のコール音の後に回線が繋がると、安雄は前もって用意していた言葉を吹き込んだ。

「一年三組の春崎安雄です。先生、今日ちょっと緊急の用事が出来てしまったので休みの連絡を……。いえ、風邪を引いたとかでは無いんですけど……いやいや、仮病じゃないですよ。え、理由? ……今後の生活の危機と言うか……かなり深刻なんですよね。その……あ、いいんですか? ありがとうございます。明日からはちゃんと行きますので……。それでは、失礼します」

 どっと汗が噴き出たのは、気温が高いだけが理由ではないだろう。小さく息を吐いて呼吸を整えると、携帯の電源ボタンを押した。今思えば、仮病で学校を休んだのは初めてかもしれない。いや、正確にいえば仮病ではないのだが、物は良い様だと改めて実感した。

 担任の先生は、安雄が母子家庭という複雑な立場にいることを理解しているので、うまく勘違いしてくれたらしい。

 安雄には他人の隠しているものを暴く能力がある。が、その一方で、嘘を吐くことが出来なくなってしまっている。その事を知らなかった子供の頃は、何か不都合に対して嘘を吐こうとするだけで、喉の奥から声が一切出なってくなっていたし、嘘を吐いてその場をやりすごそうとする考えが全く無かったので、とにかく不必要に敵を多く作っていた。

 今では誤魔化すコツを覚えたので、それなりに上手くやっていけている。……たまに失敗はするし、クラスに友達は居ないが、それなりに改善されてはいるのだ。

 能力というものは、使い方さえ間違えなければ確かに便利だが、持っているだけでデメリットになる部分は確実に存在する。あちらを立てればこちらが立たず。とでもいうのか、薬の副作用みたいなもので、能力の恩恵を受けるだけでは済まされず、あくまでプラスマイナスゼロでしかないのだ。

 公園に到着すると、昨日と同じベンチに座った。どうやら魅紺はまだ来ていないらしい。辺りを見渡してもそれらしい影は見当たらず、なら先にもう一つの電話を済ませてしまおうと思った瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。どうやら無意識下でかなり怖がっているらしい。知るか、そんな気持ちを無視するように、勢いで電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。

 コール音が何度も聞こえ、一向に繋がる気配が無い。そういえば、こんな朝早くに電話して起きているのだろうか? 最近は夜更かし体質になっていたから、これは出てくれないかもしれない。

 そんな心配は杞憂だった。程なくして電話は繋がると、眠たそうな「もしもし」という声が聞こえてきた。

「あ、彩音か? すまん、こんな朝っぱらから」

『んー、なにぃ? こんな時間に起されるこっちの身も考えなさいよねぇ。ふわぁ』

「絵本の調子、どうだ?」

 まずは世間話から、と思っていたハズが、何故か話の確信に触れている。

 間違いなく、安雄は気が動転していた。

『それを聞く? ……全然駄目。アレックスも頼りにならないし』

「その、真面目に話をしたいと思ってたんだ。主に今後のことで」

『今じゃ無いと駄目?』

「うん」

『ふぅん』

「昨日アレックスさんに色々聞いたんだ。それで思った。彩音のスランプ問題は、俺がなんとかする」

『……』

 道路を走る車のエンジン音がやたらと大きく聞こえる。無言になった電話の向こう側で、彩音の息を飲む気配が伝わってくる。どう思われただろう? 彩音の仕事について何も知らない癖に、何とかする、と断言するのは、自意識過剰だと捕えられてしまうかもしれない。

 しかし、安雄は、自分の手でなんとかすると決めた。空いた方の手を強く握り締めると、その決意を分かってもらう為に、新たな気持ちを伝えた。

「こんな風に彩音の仕事に干渉するのは初めてだけど、俺にだって出来ることはあると思う。それを彩音が許してくれるなら、俺を頼って欲しい」

『良いよ』

 あっさりとした返答に喉の奥を詰まらせた。何を思って了承したのかも分からないし、安雄が何をするつもりなのかも伝えていないのに、彩音は了承してしまった。

 これは……安雄に対する信頼として受け取っていいのだろうか? それとも、自分の思いつかない何かを見越した上での結論、ということなのか? 素直に喜べない安雄は、再度確認するような言葉を紡いだ。

「お前の為に本気で頑張っていいか?」

『そうね……何をする気かは知らないけど、私、アンタの絶対嘘を付かない部分だけは、信頼してるから』

 その言葉は、奮い立っていた安雄の胸に突き刺さった。そこから温度が下がる感覚が広がっていき、ふらりと立ち眩みを起してしまいそうになる。信頼して貰えたのは確かに嬉しい。が、それ以上に、心が凍り付きそうになっていた。

 その、彩音が最も信頼しているという、嘘を付かない部分。それは安雄自身に元から備わっていたものではなく、知らない誰かによって後付けされたものだ。彩音が知っている安雄とは一体誰なのか、自問自答したい気持ちが湧き上がり、己の影を見つめた。強い日差しが背中に降り注ぎ、自分の足から伸びるようにして、そいつはそこに存在していた。

 シルエットタイプ。狐から教えられた名が頭の中で反芻する。

 分かりやすい形の新たな記号を上から被せられ、それありきの認識しか持って貰えない。相手が誰であろうとそこに例外は無く、相手が人間であればある程分かってもらえない。妖怪側には人間として認められない存在。

 それに気付いた瞬間、言葉が出なくなった。理由は分かっていたが、改めて自覚するのは恐ろしい。

 気付けば安雄は声が出なくなっていた。

「あ……りが……りが……」

『何? 電波が悪いの? 聞こえない』

「か、か、勘違いしないでよね、アンタの為なんだから」

『それ逆だから』

 嘘が吐けない自分は、ありがとうと言えなかった。


 今日はそっちに行けないかもしれない、もしくは遅れるかも、作り置きは昼食分しかないけど、出前のカタログはアトリエの棚に入ってるから、食事は適当に頼む。そう本来の要件を伝えると、安雄は通話を切った。その途端に、どっと体から気が抜ける。背もたれに全身を預けると、足を伸ばした。

 本格的に行動を起こすのはこれからだというのに、既に心身が疲弊している。これでは先が思いやられる。

 それにしても、魅紺はまだ来ないのか。結構長い時間待っているような気がするが、未だに姿を現さない。もしかすると、既にここには来ていて変身能力を使って隠れながらこちらを監視しているのでは? と想像したが、今隠れることに何の意味がある? そう思い直すと、仕方なく待ち続ける。

 まぁ、女の子とのデートのようなものだと考えよう。それだと相手に待たせるのは申し訳ないし、自分が待っている間はワクワクしながら時間を過ごせる。が、赤いパーカーにジーンズ姿という、気合も糞も無い恰好な自分を見て現実に引き戻される。

 そういえば、あの狐はメスなのか? 口調的にはそんな感じだったけど、実際はどうなんだろう。

 そんな詮無いことを考えながら待っていると、程なくして魅紺は現れた。

「すみませーん、遅れましたぁ」

「遅いぞ、こっちは学校サボってやってるんだから、先に来るくらい気を使えって……」

 遠くから白い腕を振って、こちらに向かってくる。……ん、白い腕? 当然のように返事を返してから、安雄はその違和感の正体に眼球が飛び出しそうな衝撃を受ける。

 おい、ちょっとまて何だこれはお前は誰だ。

「遅れてしまって御免なさい。何故か通行人にじろじろ見られるから、裏道を通って来たので遠回りになってしまいました」

「じろじろ……見られる」

 脳の処理が追い付かない。突然の衝撃に、言われた言葉をそのままオウム返し。

 そこに居るのは、何処からどう見ても綺麗なお姉さんだった。

 まるで磨かれた鏡のような美しさの銀髪は短めのゆるふわパーマに整えられていて、その上には黄色のストローハットが乗せられている。すらっとした身長に、花の描かれたピンク色の着物を着こなしており、イヤリングとネックレスによる申し訳ない程度の銀の装飾が、とても綺麗だ。

 正体が狐だと判断出来る要素はその口ぶりだけで、尖った耳や頭から伸びていたり、長い尻尾が袴からはみ出ていれば、申し訳無い程度の狐要素になるのだが、それすらも存在しなかった。

「ええと、人違いでは無いでしょうか? 僕が待っているのは、黄色い毛むくじゃらで小さくて、耳があって」

「ありますよ、ほら」

 魅紺がストローハットを持ち上げると、そこには狐特有の尖った耳が自己主張していた。それを見た安雄が口をあんぐりと開けると、魅紺はしてやったり、という表情で得意げに笑う。

「あはは、特徴を隠すのは意外と難しんですよ。なので帽子を被っちゃいました。似合ってます?」

「お、おう」

「尻尾は出てないですよね? 何であんなに見られてたんだろ。わっかんないなぁ」

 そう言って体をくねらせお尻を見やる子供らしい仕草も、また外見とのギャップから可愛らしく見えて、しかも、体のラインがまたとてもしなやかで、安雄は思わず頭を抱えた。

「その恰好じゃ走ったり出来ないだろ。……変えた方が良くないか?」

「いえ、この姿は私の自然体に近いですから、人間体の中でも最も楽ですよ。それに、瞬時に狐に戻れるので何の問題も無いです」

 自然体と言われてしまって、ケチを付けるのは。……ていうか、ムカついてきた。

 この化け狐は、もうちょっと人間の価値観と言う奴を知った方が良い。じろじろ見られるのは、お前が可愛くて、綺麗で、美しくて……あぁもう。

「言えるか……そんなこと……」

「その疲れた顔は一体何ですか? 何かありました?」

「……立つ気になれない」

 嘘を吐けない自分は、こうしていつも本音を隠す。

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