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妖怪はかくれんぼの達人

 郵便ポストが二つ並んでいる前で、安雄は立ちつくしていた。

 最初の角を曲がった所ですぐに見つかった。赤い光が見なくても、流石にこれは変だ。

「やいやい、そこのポスト」

 安雄の一言に、ポストはまるで人間が驚いた時のように、ビクリと震えた。それと同時に、また赤い光が見える。

 だが、まだバレていないと信じているのだろうか、頑なにその場を動こうとしない。

「さっきはよくもやってくれたな、マジで痛いんだぞ」

 こうしている間にも掌から血が滴り落ちている。先に止血をした方が良いのだろうが、そんなことをしている間に逃げられてしまうのは癪だった。

「そこのポスト、お前がさっきの石ころだろ。俺には分かるんだからな」

「なんで……普通の人間に見つかるなんて、初めてなんですけど」

 ポストの投入口がぱくぱくと動き、声が発せられる。

 安雄は内心驚きながらも、ここまで追い込んだ手前、ビビった様子を見せてしまっては格好が付かないと思い、なんとか平静を装いつつ「いや、ポストが二つ並んで立ってるのはどう見ても変だろ」と突っ込みを入れた。

「そう……なの? でも、わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて」

 何故見つけた上に追いかけることが出来たのか? という疑問についてだろう。

 だが、安雄自身この光が何故自分だけに見えるのか、理由は不明なので、どう答えるべきなのか分からない。それどころか、こんな得体の知れないものを見つけてしまえる能力だとは今の今まで理解しておらず、むしろこちらが教えて欲しいくらいだった。

 安雄は腕を組んで頭を悩ませた。自分の認識で答えられる説明では、納得させるのは難しいだろう。

「まぁ……分かりやすく言えば、君がかくれんぼの達人だったとしたら、俺は鬼ごっこの天才だったってことだ」  

「え、それって……人間じゃない……とか? ということは、あなたも妖怪ですか?」

「それはない。ていうか、君の正体は妖怪なのか」

「はい。今更言い訳できませんから正直に言いますけど」

 当然のように言うポストに、安雄は今更ながらに自分が郵便ポストと話している現状に驚いたが、何故かそれほど不自然な状況だとは思えず、むしろ懐かしさのような感情を抱き、自分の気持が穏やかになるのが分かった。

 同年代の知り合いと話していても、こんな風に気軽な気分になることのない安雄は「妖怪人食いポストだったのか」と、からかうように言う。

「誰が人食いですか! あんまり調子に乗ると次は腕ごと噛みちぎりますよ」 

「人食いで当ってるよね、それ」

 投入口から、空気が吐き出される。ため息だろうか?

「もう、分かりました。……それじゃ元の姿に戻りますから、驚いて大騒ぎしないで下さいね……」

 ポストはそう言うと、安雄の返答を聞く前にその場でくるりと一回転する。

 それと同時に変化が始まった。

 まず、大きさがみるみる縮み、膝丈ほどになると、四角い外観に黄色い毛がびっしりと覆われ、柔らかそうな丸みのある形に変わる。その変化を目の当たりにして、安雄は思わず感嘆の声を上げそうになった。さっきまで普通に話していたことが異常に感じ、今になってようやく、相手が妖怪なのだと実感が沸き上がってきた。

 程なくして変身は終了した。一本の足が四本に増え、現れた小さな黒い鼻に、するどい目つき、とがった耳。この姿には見覚えがある。変身する逸話を持った生物といえば、定番の・・・・・・。

「猫語の挨拶って、にゃーでいいのか?」

「違いますよ! 何でよりによってあんな偉そうで恩知らずで卑しい連中と間違えるんですか! あなた最低です! どうみても狐でしょう!?」

 まさかのマジギレである。軽いツッコミを期待していた。

「じょ、冗談だって」

「言って良い事と悪い事がありますよ!」

 狐は全身の毛を逆立てながら、まるで威嚇するような声を上げている。

 間違えられたのがそんなに嫌だったのか、体躯は小さくなったのに、さっきまでの臆した様子がまるで嘘のようだ。ていうか、大騒ぎするなと言っておきながら、変身した方が取り乱してどうする。

「それはともかく尻尾が生えてないぞ」

「おっといけません。ふふ、これを見たら流石の貴方でも驚くでしょうね。余裕を扱いてられるのも今の内ですよ」

 正直に言えばもうかなり一杯一杯なんだけど、なんだか乗り気に見えるので、とりあえず変身が終わるまでは口を挟まないようにする。

 そうして、尻尾が現れた。

 扇が広がるような美しさを持って、三本の尻尾がそれぞれの空へ向かって伸びている。金色の毛が月の光に反射して煌めくその姿は、とても神秘的で美しい。

「ふふん、どうですか? 美しいでしょう?」

「・・・・・・思わずため息がでるくらいにな」 

「もっと褒めて下さって構いませんよ。なんせ狐の尻尾は力の象徴でもありますからね。つまり、美しい尻尾を持つ狐ほど、格が高いという分けです。猫連中なんかと比べてもらっては困りますね」

 得意げな表情の狐が早口でまくし立てる。

 だが、安雄の耳には言葉が入ってこない。ただ呆然と立ち尽くし、その尻尾を凝視している。流石に様子が変だと思ったのか、狐は得意げな自慢を止めて、訝しげな目を安雄に向けた。

「あの、確かに美しいですけど、そんなに見られるのは恥ずかしいっていうか・・・・・・」

「怪我してるのか」

 探るような目つきで、安雄は尻尾の付け根を見ている。

 しゃがみ込み、優しい手つきで尻尾にふれると、狐は体を小さく震えさせた。

「さっきお前が狐に戻った時、尻尾だけが無かった。それは、体全体を一気に戻してしまうと、怪我した尻尾も一緒に現れてしまうから・・・・・・だから、段階を踏んで戻った。そうだろ」

「な、なんで……それを……」

「光が見えるんだ。お前の腰の辺りから、赤い光が。隠すのにも力を使っているなら、無理をする必要はないぞ」

 この赤い光はただ光っているだけでなく、安雄に情報を伝えることがある。

 相手が何かを隠そうとしている時は、特に眩しく感じる。それが隠している本人にとって深刻な問題であればあるほど、光は更に強くなる。

 強すぎる光は安雄に直感をもたらすのだ。

 尻尾を表す瞬間、狐はほんの少しだけ、顔をしかめるような表情を見せた。まるで痛みに耐えているような印象を与えるには十分で、それは狐の顔から感情を読みとるという芸当を可能にした。

「あなた……本当に人間ですか」

 失礼な。それ以外の何に見えると言うのか

「そうだよ。春崎安雄。十六歳だ」

「それじゃ……もしかして、シルエットタイプですか?」

「何だそれ、どういう意味?」

 意味の分からない単語に疑問を返す。が、狐は何も聞こえていないようだ。

「あ、でも……今のご時世でシルエットタイプなんて、英雄に目を付けられる可能性を考えたら……リスクが大きすぎるよね……だけど、私を見つけられた理由がそれなら・・・・・・薄い能力なら、もしかしたら誤魔化せるのかもしれない・・・・・・」

「無視しないでくれよ」

「……あ、ごめんなさい」

 狐はふと我に返り、独り言を辞めてこほんと小さく咳払いをした。

 ぶつぶつ呟きながら、どういった結論を出したのかは分からないが、その目は少し鋭い物に変わっているように見えた。どうやら、安雄の能力がどういうものなのか、大まかの予想は付いているらしい。

 狐は安雄の顔を見上げ、意を決したような目を向けると口を開いた。

「あの……春崎安雄さん。その、折り入ってお願いがあります。その能力で私を助けてもらえませんか」

「いいよ」

「え?」

「むしろ好都合だ。俺もお前に頼みたいことがあった」

 何の迷いもなく承諾した安雄に、狐は驚くことも忘れて人形のように固まっている。予想していた通りの反応とはいえ、ここまで反応が露骨だと、笑いが込み上げてくる。

 たまらず、茫然としたその頭を手で撫でると、ビクリと震えて我に返ったようだ。

「そんなに意外だったか?」

「えっと、ここで断られても、別に「そうだよねぇ」って内心で納得していたというか。むしろ「怪我の治療費出せ。無いならサーカスに売り飛ばしてやる」くらい言われるかと。……逆に助けてもらえる方に違和感があるというか」

「どんだけ外道だよ。俺はそこまで鬼じゃないぞ」

 とてもではないが、変身を解いた後にノリノリになって尻尾の自慢を始めていた奴の物言いとは思えなかった。

「ここで立ち話もなんだし、俺晩飯まだだから、ちょっとコンビニ寄ってもいいか? お前の分も何か奢ってやるよ」

「え、でもそんな、お金を出させるなんて申し訳ないです」

「俺に嘘は通じないって、尾のことで分かった筈だろ? ……やっぱり油揚げとか好きなのか?」

「大好きです! ……ハッ! 嘘です。今のは冗談です」

「お前元から嘘付くの下手だろ」

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