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ツリー・ヒーローシステム

 安雄の携帯を肩と耳で挟み、会話を続けながら作業を行うのは中々骨が折れる。

 アレックスは手にロープを持って応接室に入ると、床で寝そべる彼女の隣でしゃがみ込み、両手足を固く縛った。これでもう逃げられないだろう

『アレックスさん……どうして?』

「どうしてもこうしても無いですよ。貴方でしょう? 狐を送り込んできたのは」

 困惑の声を聞きながら、携帯を右手に持ち替える。

『狐って……何がどうなって……』

「聞きたいのはこっちですよ。まさか貴方に妖怪の知り合いがいるなんてね。でもまぁ、私の敵ではありませんでしたが」

 アレックスは不敵に笑った。一応、まだ人の姿を保ってはいるが、残り数分が限界だろう。たっぷりの血を頂いてやったのにまだ生きているとは、流石は妖怪だと感心してやりたい。

「少し焦りましたけどね。でも、変身能力なんて他愛の無いものです。見た目が同じでも、その存在が纏う空気までは真似出来ませんから」

『魅紺に何をした』

 ほう、魅紺というのか、この狐の名は……変身能力を持つ狐、という情報を与えただけで、彼の口から名前が出てくるということは、どうやら、妖怪という者について、ある程度の知識があるのだと考えられる。

 少ない会話から分かる事は沢山ある。この狐は刺客として送り込まれたのだと思っていたが、実際はそうではなさそうだ。安雄の慌てた声から考えても、この狐が独断で動いた可能背が大きいと判断できる。そして、私の正体を把握しているわけでもないようだ。今更隠す必要も無い、少しからかって遊んでやろう。

 ニヤリと口元を歪め、更なる不安を煽ってやる。

「後ろから、パクっと噛みついただけですよ。大丈夫です。後遺症やグール化の心配はありません。とはいえ、血は十分頂いたので、もう動けないとは思いますが」

 これで、電話の相手がどういう存在なのか理解しただろう。安雄は少しだけ無言になると、怒りをおくびにも出さずに、落ち着いた口調で『電話を変わってくれ』と頼んだ。

「良いですよ。ヤスオくんの頼みなら。その代わり、話の内容は聞かせていただきますが」

『構わないから、頼む』

 耳から携帯電話を離すと、部屋に設置されていたスピーカーのジャックを差し込んだ。適当に音量を調節し準備を済ませ、足元にて倒れている狐の妖怪の方へと投げてやる。

 床にぶつかってバウンドすると、血を抜かれて真っ青になった顔の正面にて停止した。

「えっと、魅紺さんでしたか? ヤスオくんが話したいそうですよ」

「や、す……ぉ……」

「全く、血を抜きすぎましたかね。まぁ、妖怪なんだから死にはしないでしょう。加減が出来なかったのは、貴女が私を騙そうとしたからだっていうのに、全く……手間ですね」

『魅紺!!! おい魅紺!!!』

「おっと、スピーカーの音が大きすぎたか」

 ボリュームを捻って小さくする。どうやら、安雄の大声が魅紺の耳に届いたらしい。

 虚ろな目をしながら、うわ言のように安雄の名前を呟いていた彼女だが、その目に火が灯るだけでは留まらず、両目からは涙があふれ出していた。

 それでも体力が減っているのは確かなので、ぼそぼそとした声しか出ないらしい。

「安雄……ごめんなさい……ごめんなさい……私は……」

『無事なんだな』

「もう……死んでしまいたいです……」

『もし死んだら地獄の底まで追いかけてやるから覚悟しとけよ』

「そこはせめて……天国と言って下さいよ……」

 涙を零しながらも、魅紺は少しだけ笑顔になる。妖怪と言えども、好きな男と話ができると元気になってしまうものらしい。アレックスはつまらなそうな目を向けて、ソファーに腰を下ろした。

『なんでアレックスと一緒にいるんだ、血を吸われたってなんだ、何がどうなってる?』

「すみません……その、一度に沢山聞かれると……あの、今頭が回らなくて……」

『ああもう、ええと……それじゃまず、今何処に居るんだ?』

「彩音って人の家です……」

『ハァ?』

「安雄と話し終えた後に……また携帯電話から音が鳴って……今度はお手紙が届いたんです。監禁されたから助けに来て、という内容の……それで、安雄のお母様に住所を聞いて、助けようとしたんです。でも……」

『なんで俺に伝えなかったんだ』

「電話帳に……お母様と彩音さん以外の名前が無くて……その……」

 着信履歴を見ることにまで頭が回らなかったのだろう、現代機器を扱える妖怪の方が珍しいくらいなので、ここはむしろ機転を利かせた魅紺を褒めてやるべきだとすら思える。

 相手が自分で無ければ、救出には成功していたのだから。

 あの時、一羽の鳥が窓から入り込んできた。ただ入り込むだけなら、よくある光景だと気に留めなかっただろう。しかし、何かを探す様に辺りを見回し、あちらこちらに移動していく姿は、まるで目的を持って洋館の中を調べているように見えた。

 そんな不信感が決定的なものに変わったのは、その鳥を追って廊下の角を曲がった瞬間、姿が消えたときだ。とはいえ、驚いたといっても実際は壁と同化していただけで、視覚ではなく聴覚で探してしまえばすぐに見つけてしまえたのだから、ただ尻尾を露わしただけと言っても過言ではない。

「あの時は、一刻を争うと思ったんです。時哉くんの件よりも……だって、彩音さんは、安雄にとって大切な人なんですよね。彩音さんの為に、私の願いに付き合ってくれてるんですもんね」

『それは……』

 電話の向こうで、安雄が言い淀んでいるのが見て取れる。会話から察するに、どうやらこの狐が先生のスランプを治す為の秘策だったらしい。確かに、妖怪そのものを連れてくる方法は間違いではない。しかし残念ながら、その願いは叶わないだろう。

『でも、それでも、一人でそんなことするなんて』

「彼女の選択は正解でしたよ」アレックスが口を挟んだ。「むしろ、ヤスオくんが居ても足手まといだったでしょうね。何にでも変身出来る狐ですから、隠れて救出くらい簡単に済ませたでしょう」

 携帯を拾い上げると、ジャックを引き抜く。

 魅紺が恨めしそうな顔をして、震える手をアレックスの足元へ延ばす。携帯を返してほしいのだろう。その肩を蹴り飛ばすと、あうぅ、とうめき声を上げて、仰向けの形にひっくり返った。

『アレックス……お前』

「もう十分でしょう。こちらも貴方達についてある程度理解したので」

 安雄の怒りを無視して、アレックスは言う。

「感想としては……なるほど、そう来るか……とでも言っておきましょうか。どうやら英雄は、回りくどい方法を好むようだ」

『英雄だって? どういう意味だ』

「では失礼します。問題は何も解決してないですからね、待っていますよ、私の英雄」

『おい、馬鹿げたこと言ってんじゃ――』

 電源を切った。これ以上何かを言う必要はない。後はもう、なるようになる。

 手を伸ばし、魅紺が着ている振袖の首根っこを掴むと、動かない体をずるずる引きずりながら歩く。応接室から出て、長い廊下を進んだ。

「私を生かしておく理由は何ですか……」うめくような魅紺の質問に、アレックスは、ふふんと歌うように鼻で笑うと無視した。

「それに……安雄が、英雄って……それはどういう――」

 掴んだ手を離した。魅紺の後頭部が床に直撃する。

 衝撃と痛みが響いたのだろう。質問は途中で途切れ、涙の溜まった目を大きく見開いた。

「あうぅ……痛い……」

「立場を弁えなさい。貴方は私が尊敬する人間でもなければ、大切な客人でもない。ただの不法侵入者だ。こうして生かしているのは利用する為なのだと、早く理解なさい」

「安雄は……英雄なんかじゃないですよ」

 魅紺は、まるで挑発するような笑みを作った。手も足も出ない状態なのによく強がる。と、アレックスは思わず感心してしまいそうになる。

「ほほぅ、なんでそう言い切れるのですか?」

「安雄は……シルエットタイプですからね」まるで自分だけが知っている彼の情報だと言わんばかりに、魅紺は語った。

「誰が安雄に能力を与えたかまでは分かりませんが……いくらなんでも、英雄に能力を与えるもの好きな妖怪なんて居る筈がありません。……英雄は私達の敵ですからね、更に強くしてやる理由なんて存在しない筈です。だから――」

「貴女は馬鹿ですね」

 アレックスは話に割り込んだ。無知を堂々と晒す愚者の発言には付き合いきれない。また歩みを再開するとずるずると引きずりながら、正しい説明を始めた。

「英雄とは、妖怪を倒す絶対的な強者ではなく、世界に選ばれた人間、歴史上の流れの指針となるべき人間のことを刺すのです。なので、妖怪や怪物が世界中に蔓延した際には、それを淘汰し解決する『強き英雄』が現れます。分かりますか?」

「つまり……英雄は、その世界を変える力を持つ者ってこと……?」

「そうです。我々の先祖は既に人間に敗れ、世界の隅に追いやられてしまいました。なので、もうこの世界の脅威として捉えられはしないでしょう。人間は我々をファンタジーとして扱い、決してリアルな存在として見ることは無い」

 背中越しに、息をのむ気配が伝わって来る。妖怪の世界に長く居ては分からない事実だろう。魅紺は条件反射の如く早さで否定する。

「それは変ですよ。英雄がこの世にいないなら、人間を襲って、世界そのものを奪おうと考える輩が現れるに決まってるじゃないですか」

 その疑問はもっともだろう。人間に恨みを持つ妖怪は大勢いる。人間より力を持った我々が、隠れ潜むのは可笑しいと考え、行動を起こそうとする者も多い。かくいうアレックスも、そういった、人間を倒そうとする組織の一員なので、それについては強く理解している。

「確かに、実際にそうしようとする輩は多い、組織や徒党を作って動く連中もいる。だけど、未だに現代における我々の扱いはファンタジーです。その理由はただ一つ……過去に貴女と同じ考えを持った英雄が居たのですよ」

 小さなため息を吐いたアレックスは天井を見上げ、まるで空に向かって語りかけるように声を上げた。

「むかしむかし、とある英雄が勘違いをしました。『英雄とは、力を持った人外を倒すものである』と、それが自らに与えられた使命なのだと思いこんでしまったのですね。彼は、人外という存在を遮断し世界から追い払う術を編み出し、それを弟子たちに伝え、世界の各地に送りこみました。それは長い歴史の中で瞬く間に広がり、いつしか、この世の全ての人間達が無自覚なまま持つようになりました」

「そんな……ことが……」

「つまり、この時代の全ての人間が英雄なのです」

 衝撃の事実を聞かされて、魅紺は何も言えなくなっている。平和ボケしたのは妖怪も同じか、と思うと、同じ存在として少しばかり情けない気持ちになった。とはいえ、今更人間に戦いをけし掛けようとする連中の考えを押しつける気は毛頭ない。ただ、こうして語っているのは、事実として知っておいて欲しかっただけだ。

「彼らのことを仮にレプリカと呼びましょう。レプリカは単体では力を持ちません。いわば電気を流す為の電線のようなもので、この時代で生きるオリジナルが発電機となり力を流し込むことでシステムは機能します。この時代の英雄が本来持つ役割とは関係なく……そんな代物です」

「じゃ、じゃあオリジナルの英雄は……いま、何処に……?」

「英雄は一人じゃありません。時代によって増減するものです。とはいえ、我々の組織が発見したのは、まだ十人にも満たないですね。……とまぁ、有り体に言ってしまえば、彼等を全て倒してしまえば世界の支配も夢ではなくなる、という話です」

 階段の前に差しかかると、彼女の体を抱き抱えて上った。気を使った訳ではなく、そうした方が単に楽だからだ。

「知っていますか? 吸血鬼というものは水が苦手なんですよ。……この大雨は、私を捕える為のものだと考えられませんか? 人間として生きてきた私が、大っぴらな行動を起こそうとしたから、こうなったのだと。……なので、いずれ私は殺されます」

「……この近くにオリジナルはいるんですか?」

「いますよ。最強が一人、ね」

 二階に辿り着くと、右に曲がり廊下の突き当りにある扉を開けた。

 室内は、壁に掛けられた赤い花の絵に、ベッドが二つと、その間に挟まるようにして小さなタンスが設置されており、小型のランプが置かれている。一見すると、ただの寝る為の部屋のように見えるが、背筋がぞくぞくと震えるような、おぞましい空気が充満している。

 原因は、ベッドの向こう側にある。魅紺を奥にあるベットに寝かせると、アレックスはその原因に両手で触れ、魔術を行使した。

「戦闘を行う前の下準備として、貴女を利用します」

「これって……嘘! なんでこんなものが!」

 床には円形の黒い羅列が描かれており、力を流し込むと、効果が発揮されたのを確認する。どうやら、問題無く機能しているようだ。そうと分かれば、縛られている彼女の手を掴む。すると、ビクリと体が跳ねた。勘がいいのか、それとも知識として知っていたのか、目を見開きながら、ガタガタと恐怖に身を震わせている。

「気付きましたか、これは封印魔方陣です。不老不死の属性を持つ悪魔や、あまりにも強大すぎて殺しきれなかった化物が、これによって封じられてきました。時代と共に忘れられた技術の筈だったのですが、とある現代の英雄が呼び覚ましてしまったのですね」

「やだ……やだぁ! 助けて!」

「貴女には、これの実験台になってもらいます」

 発狂したかのような悲鳴を無視すると、ベッドで横たわる体を強引に放り込んだ。

 輝きは黒い光に変わり、触手のような影が彼女の体に絡みつく。捕えた存在を確実に逃がさない作用が働いているのだ。対象を捕食し、飲み込もうとするその様は、見ているだけでも十分な恐ろしさを感じさせる。

 当事者である彼女の恐怖は段違いであろう。大声で悲鳴を上げ、身をよじってなんとか逃げようとするが、もう遅い。

「やだあああぁぁぁー! 安雄ぉ!」

「そうそう、そうやって力一杯抵抗してくれないと、実験になりませんからね。では失礼します」

「やだ、まって、お願いだから置いていかないで!」

「では、私は客人を出迎えに行きますので」

 アレックスは部屋から出ると、振り返ることはせず、扉を閉めた。

 それと同時に一回の正面玄関から、門を開けた音が聞こえた。


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