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ゲームスタート!

 魅紺の声が耳に届いた瞬間、安雄は駈け出していた。すぐに外へ出ると、横殴りの風が襲い掛かってくる。どうやら、話をしている間に天気が悪くなっていたらしい。この様子では、いずれ大雨が降ってきても可笑しくは無いだろう。

 辺りを見回す安雄の後ろから、息を荒げた魅紺が追いかけてくる。

「はぁ、はぁ、安雄、待って、追い付けないですよ」

「だから最初に言ったじゃん。その恰好は辞めとけって」

 時哉が消えたのはいつ頃だったのだろう。もしかすると、作戦タイムで離れた瞬間から既に逃げ出していたのかもしれない。辺りにそれらしい人影は見えず、あまつさえ大通りは大勢の人でごった返していて、探す以前にまともに歩くことすら難しそうだ。

 携帯を取り出し時間を見ると、午後の五時四五分と表示されている。ちょうど仕事や学校を終えた人達が帰宅する時間だ。

「ごめんなさい……私が説明を求めてしまったせいで……」

 落ち込む魅紺に、問題ない、と告げる。

「気にすんな、この場合むしろ好都合だ。俺は今すぐ時哉を追う。魅紺、携帯持ってるか?」

「けいたい……って何です?」

「無いんだな。じゃあ俺のを貸す。音が鳴ったらこうやって開いて、ここにある通話ボタンを押してくれ。それで話が出来るから」

 携帯を手渡し早口で説明を終えると、魅紺は関心するような声を上げた。

「便利ですねー 人間の技術ってやっぱり凄いなぁ」

「それじゃ、行ってくる」

 安雄は人混みの中へ駈け出した。人と人との隙間を縫う様にして前へと進んで行く。安雄から逃げる意図で離れたのであれば、追い付けるはずだ。時哉が今何処に居ようが、誰に化けようが関係ない。追う意志を持って、ただ走ればそれでいい。

 安雄は大通りから逸れ、建物が立ち並ぶ横道へと入りこんだ。

「もっと……速く」

 見晴らしがよくなったので、加速を試みる。

 地面を蹴る毎に、足音が大きくなる。一歩一歩の歩幅が広がり、前へ前へと直進する。方向については悩まなくて良い。ただ足を動かせばおのずと時哉の元へと辿り着くのだから。

 走り続けていると、曲がり角へと辿り着いた。正面は壁になっている。

 だが、安雄はスピードを落そうとせず、更に足に力を込めた。そして、

「この角は……曲がらない!」

 激突する寸前、安雄は走り幅跳びのような姿勢で飛んだ。まるでドロップキックをぶちかますが如く、両足を突きだす。その足が壁に接触した瞬間、膝を曲げ屈伸の形を作り、それと同時に両手を伸ばして壁を捕まえると、渾身の力で駆け上った。

 安雄の力は、相手の逃げ方によって増減する。コンクリートの壁を蹴りあげ、平坦な壁を指の力だけで登るのは、尋常ではない力が体に宿った今だからこそ可能な芸当である。

 凄まじい勢いで頂上にたどり着いた安雄は、フェンスを乗り越え中へ侵入した。

 そこは広い屋上になっていた。至る所でシーツや衣服等、物干し竿に吊られた洗濯物が、強風に煽られバタバタと音を立てている。そのことから考えるに、どうやら此処は旅館や病院のような人が寝泊まりする場所らしい。時哉が潜んでいるのはこの辺りなのか? 安雄は辺りを見回し、それらしい人影を探す。

 だが、そこに居たのは、

「ちょ、ちょっと、今そこの壁登ってきた……?」

「ふわぁ……すごーい」

 白衣のナースと、小さな女の子の二人が、驚きの目を安雄に向けていた。

 それを見た安雄は、ふむ、と一人で納得する。

「ここは病院か……」

「な、な、なんだ! ヒューマンスパイダーか!」

「違うよナースさん、このお兄ちゃんは忍者だよぉ。だって赤い服着てるもん。レッドシャドウだよぅ」

「いやいやみっちゃん、あれはピーターだって! 今は自演用のカメラを設置に来てるんだよ!」

「ナースさん、あのお兄ちゃんがパーカー来てるからって、その発想は無理矢理だと思うなぁ」

「そんな事言ったら服が赤いから影一族っていうのも変でしょう! それに赤いのは服じゃなくて仮面だからね!」

「本当にマジでごめんなさい。さっきから何言ってるのか意味が分からない!」

 ハイテンションな二人を無視し、安雄は向こう側のフェンスまで行く。病院の正面玄関が見え、近くにあるバス停からは大勢の人が出入りしているのが分かる。その向こうには街並みが広がっており、大勢の人の群れに道路を行き交う車が見える。

 しかし、時哉の姿は一向に見つからない。

 もし他人に変身していれば、赤い光を見つけられるはずなのだ。此処から見渡せば分かると思っていた安雄は、がくりと首を落とした。

「ていうかさ、テンション上げてたうちらが言うのもアレだけどさ、屋上から不法侵入とか辞めてね。冷静に考えて普通に怖いから」

「そうだよぉ、忍者はバレずに任務を遂行するものだよぉ」

「いやいや、それをされると怖いから辞めてって言ってるんじゃん」

 漫才のツッコミのように、ナースは少女のペシッとおでこを叩く。

 見当違いに打ちひしがれていた安雄は、頭を下げて謝罪した。

「すみません、上って来たことは謝ります。……それで、失礼ついでに聞きたいことがあるのですが、此処に俺以外の怪しい人間は来ていませんでしたか?」

「おや、意外に礼儀正しい少年じゃないか。でも残念ながら、私は知らないね」ナースは空を指差し、面倒臭そうな顔を見せる「ほら、突然この天気だろ? 洗濯物を取り込みに今来たばかりなんだよ。みっちゃんは?」

 ナースが少女に話すように促すと、こくりと小さく頷く。

「知ってるよぉ、さっきまで知らないお兄ちゃんがもう一人いたの」

「ちょ、ちょっとみっちゃん! それ言わなきゃ駄目だって!」

「だってぇ、幻だと思ったんだもん」

 ナースの慌てぶりに対して落ち着いた様子の少女は、小首をかしげている。

 安雄は「幻ってどういうこと?」と言って話の続きを促した。

「えっとねぇ、私は日向ぼっこをするのが好きで、一日のほとんどは屋上で過ごしてるんだぁ。それで、いつもみたいにここで空を眺めていたら、フェンスの向こうから知らない人が入って来たの」

「俺と同じみたいだね」

「でもね、お兄ちゃんが登って来たみた時は、大きな音がガンガン鳴ってたけど、その人は違うの。スィーと軽やかに入って来たの」

「スィーと軽やか……」

 時哉の力は、他人に変身する能力だ。それをどうやって応用すれば、そのような使い方が出来るのか、安雄は思案する。……とび職の人間に変身したとか? いやいや、変わるのは外見だけのはずだし、何より、この建物は手足を引っかけられるような窪みは無かった。いくらとび職だからと言って、人間にそんな芸当は不可能だろう。

「お兄ちゃん、難しそうな顔してるけど、続き聞く?」

「……ああ、まだ幻だと思った理由を聞いて無かったね」

「うん、その人はね、「ちょっと休憩させてね、疲れたから」って、その場に座ったの。私も別に良いかー、と思って、一緒にゆっくりしてたの。……それで十分くらいしてからかなぁ、その人は「ちょっと向こうの方向いていてくれない?」と言ったの。それで私は扉の方を向いて、数秒後に振り返ったら、いつのまにかその人は居なくなってたのぉ」

 両手を広げて驚きを表現する少女の話を聞いた安雄は、考えを纏めていた。確かに、居たはずの人間がその場から突然消えれば、幻だったと思い込む物なのかもしれない。

 まず、そこに居た人間というのは、時哉で間違いないだろう。安雄の能力が他人を追い詰めるとき、決して相手を間違えることはない。時哉を追っているつもりだったが、実際に追い詰められていたのは他の誰かだったなんて、そんな事態は絶対に起こり得ない。そう考えると、此処に居たのは時哉だと考えるのが自然だ。

 そこまでは分かるのだが、肝心の部分が見えてこない。

 何故、病院の屋上へとやって来たのか? 安雄はただ追って来た結果この場所に着いただけであって、そこに深い意味なんてものは存在しないが、時哉には何か理由があるはずなのだ。

 それに、どうやって消えたのかも分からない。この屋上へ出入りする為の扉は一つしかない。しかし、この少女は時哉が消えるまで、ずっとそちらの方を見ていた。ということは、背中側に居た時哉が病院内に逃げ込むのは不可能だと考えられる。ここに居るナースと少女のどちらが時哉である可能性もあるが、それもありえない。他の誰かに変身しても隠れていたとしても、赤い光で見破ることが可能だからだ。彼女達は違うと、安雄は既に把握していた。

「くっそ……分からん。アイツは何処に行ったんだ、それともマジで別人だったとか、いやでも……」

「お兄ちゃん、鬼ごっこしてるの?」

「……うん。俺が鬼で、アイツが逃げてるんだ。頑張って探してるんだけど、隠れるのが上手くて困ってるんだよ」

 鬼ごっこ。確かに言いえて妙だ。笑顔を見せる少女に、つい安雄も頬笑みを返してしまう。

 安雄はしゃがみ少女と目線を合わせ、優しく話を聞き出そうとした。

「えっと、みっちゃんだっけ。アイツ、他に何か言ってなかった? 例えば行き先とか」

「うーん、話はほとんどしなかったから、分からないけど……でも、疲れてたみたいだった。息が荒かったし、休憩だって言ってたし」

「疲れ……休憩……」

 ふと、安雄の頭の中である発想が芽生える。

 時哉は何らかの負担を体に受けている。能力を使ってそうなるのは、恐らく反動を受けた時だろう。安雄も無茶な能力行使の後は体に負担が掛り、場合によっては歩くことすら難しくなる時がある。

 では、時哉が行う無茶な能力行使とはなんだ?

「俺は時哉が変身した所を直接見たわけじゃない……そして、時哉も、俺の能力を知らない」

 他人にしか変身出来ない、と言っていたのは誰だったか? それは魅紺だ。尻尾一つで他の生物になるには力が足りないと、確かそう言っていた。だが、魅紺は妖怪故に人間と言う生物については無知で、副作用の存在も知らなかった。

 時哉の副作用は、自分を自分だと捕えられなくなる、認識能力の低下。もしこれを、上手く利用する事が出来れば。

 己という存在の境界線を押し広げ、応用すれば……。

「分かった!」

 気付いた瞬間、安雄は駈け出し、街に面している方のフェンスをよじ登った。もっともっと高い位置まで視点を上げる。見るべきは人の群れでなく、街全体。射程もっと広げなければならない。

 そして、能力によって望遠鏡レベルに強化された視力が、ある一点を指し示す。

 今の自分の位置より高く離れた場所にてそびえ立っているビルの上で、こちらを見ている赤い光。

 あれは鷹だろうか? それはテレビや写真でしか見たことの無い鳥の姿をしており、鋭い目でこちらを睨みつけていた。

「お、おい少年、危ないから戻ってこい!」

 ナースの制止する声を無視して、フェンスを乗り越え向こう側へと着地すると、後ろを振り返る。

「みっちゃんありがとう、今見つかったよ。それで、ありがとうついでにお願いなんだけど、そこにある物干し竿取ってくれない? 一本で良いから」

「はい、どうぞ」

 フェンスの隙間から差し込まれた物干し竿を受け取ると、安雄はお礼を返した。右手に持ち竿の中心を掴むと、腰を落としまるで槍投げ選手のような構えを作る。

 それを見たナースが、拳でフェンスを叩いた。

「まてまてまて、何するつもりだ少年!」

「投げるんだよ、決まってるだろ」

「下は人で溢れてる! もし当たったら危ないだろ!」

「でも、アイツの足を止めるには他に方法が」

 ビルの上で佇んでいた鷹は、翼をバサリと広げ今にも飛び立とうとしている。気付かれてしまったのなら、これ以上の長居は不要だと判断したのだろう。

 ここで逃がすのは非常に不味い。他の生物に変身できるということはつまり、探す範囲があまりにも広がってしまう。鳥だけならまだしも、もし魚になって海へ逃げられたり、鼠になって排水管の中にでも入られてしまっては、見つけるのに相当な手間と時間が掛ってしまう。とはいえ、ナースの制止は尤もで、ここで物干し竿を投げるのは確かに危険だ。

 何か、別の方法は無いのか。安雄は、歯痒さに竿を力強く握り締める。

 すると、ふいに視界が赤色に染まった。

 鷹だけでなく、街並みが、人が、全てが赤く染まっていく。

 その尋常でない異様さに、まるで世界の全てが何かを隠しているような錯覚を受けた安雄は、全身に寒気を感じた。こんな風に能力が機能したのは初めてで、何が起こっているのか全く分からないまま辺りを見ようとする。

 その時、背中から突き刺さるよな視線を感じた。

 振り返ると、背後には黒い影が立っている。

 華奢な矮躯は幼い子供のように見えるが、額になるであろう部位からは二本の突起が伸びており、まるで鹿やトナカイ等の動物のようにも思えた。影なので表情までは判断できないが、不気味な笑みを浮かべているのが安雄には分かった。

 その笑に恐怖を覚え、たまらず手で両目を擦る。

 それだけで赤色が消え、すんなりと視界は正常に戻った。

「……今のは」

 怖くなって、無意識に竿を強く握る。次の瞬間、爆発するような音が一帯に響く。殴られるのに似た衝撃が掌に伝わり、驚いた安雄は思わず手を離す。

 竿の形状が変貌していた。全体から沢山の鋭い刺が至る方向に飛び出しており、安雄の背筋をぞくりと震わせる。その姿はまるで、醜悪な面を内側から露見させたようなおぞましさを感じさせた。

 そんな恐ろしい物が、目下の正面玄関に向かって落下する。大穴くらいなら平然と開けてしまいそうだったが、地面にぶつかる直前に霧になって消え去った。

「みっちゃん、もう一本頂戴」

 ホッとする前に、これだと思った安雄は、即座に二本目を要求する。少女は、ワクワクするような眼を安雄に向けた。その一方でナースは目を点にして、ぱくぱくと口の開け閉めを繰り返していた。

「はーい、どーぞぉ」

「重ね重ね、ありがとな」

 竿の両端を掴み、両腕に渾身の力を込めると、安雄の腕力に耐えられず、竿はまるで軟な針金のように引き千切れた。二本になった竿の一方を足元に置き、もう一方を同じ要領で二分割し、更にそれを二分割すると、掌サイズの鉄塊が四つ完成した。

 続けて安雄は、両手にそれぞれ二つずつ持った鉄塊に、力を流し込むイメージを思い浮かべる。

 すると、まるでポップコーンが弾けるようにパパパンッと小気味の良い音が鳴り、四つの尖った球体が完成していた。

「よし、上手く作れた」

「すごーい! お兄ちゃん、一個ちょうだい!」

「余ったらな!」

 鷹に目掛けて一つを投げた。激しく回転し、放物線を描きながら飛んで行く。

 安雄から遠ざかって行く鷹の背中を追いかけ、影がみるみる小さくなる。それらが一つに重なったとき、刺の鉄塊が跳ね上がった。離れすぎてよく見えないが、当たった拍子にバウンドしたと考えて間違いないだろう。

 続けて、二個、三個、遠慮なく投げつける。そのどれもが吸い込まれるように鷹に命中した。鷹の影がふらふらと揺れ、高度が下がっていく。

 負担の大きい変身の最中に攻撃を受けたのだ。もう飛び続けるのは体力的にも限界なはずだ。

 今なら追いかけて捕まえられる。

「みっちゃん、残った一個あげる」

「やったぁ……あ!」

「拾えたらね」

 安雄は、フェンスの向こう側に残った一個を投げると、出入り口にぶつけた。それを、少女はまるでフリスビーを投げられた子犬のように追いかける。が、拾い上げようとした直前に、ふわりと霧のように消えてしまった。

 少女は心底残念そうな顔になるが、元からそうなるのは分かっていたし、そもそも、それに期待出来なければ、分割して時哉に投げつけようとする発想すら浮かばなかった。

 ちなみに、少女に刺の鉄塊をあげると言ったのは、こちらから視線を外させる為だ。今から時哉の元へ最速で向かうには、どうしても無茶が必要になる。それを見せたくなかったのだ。

 自分にもやれると勘違いして、勝手に真似した挙句に死なれては困る。

「ナースさん、二本も使えなくしてすみません。また後で似たようなものを買ってきます」

「あ、ああ……」

 ただ茫然としているナースは、心ここにあらずと言わんばかりの表情で、コクコクと首を上下させた。

「……それでは!」

 前方へとジャンプした。安雄の能力は、助走無しでの二メートル以上の跳躍を可能にする。玄関先より更に前、ちょうど正面玄関の前にあるバス亭辺りまで飛ぶと、重力に従い落下する前に、大型バスが停車した。

 安雄は、バスの天井に着地すると、同時に前転し勢いを受け流す。

 当然だが、足がジーンと来る。では済まないレベルの激痛が両足を襲った。

 能力の恩恵があったとはいえ、折れなかったのは奇跡だ。それでも安雄は、走り続けなければならない。時哉を捕まえるまで、能力は延々と機能し続けるのだから。

 バスから飛び降りると、時哉の元へと大急ぎで向かった。

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