魅紺の願い
「その……調子に乗ってました。すみません……」
「気にするな。好きに選べって言ったのは俺だからな。満足したのなら、それで良い」
「安雄って、最初会った時は威圧感があって凄く怖かったんですけど、今はそれと別の意味で、怖いくらいに心が広いですよね」
褒めているのか貶しているのか分からない言葉に眉を顰め、魅紺の食いっぷりに嫌味を言ってみる。
「普段からこんなに食べるんじゃ、昨日の油揚げ一枚じゃそりゃ足りないわな」
「そ、そんなことないです。お腹が減るのは変身に力を使っているからです!」
「寝ている最中だって普通にそのままの姿だったろう。流石自然体だな」
「うぅ……」
湯呑の中に氷をいくつか投入すると、飲みやすい温度になったのだろう。魅紺はお茶を一口飲んだ。
安雄は見ていたお品書きをしまうと、これからが真面目な話だと言わんばかりに、座布団に座り直し、集中できる姿勢を作る。
「安雄は本当に何も食べないんですか?」
「いいよ別に、実は、『鬼ごっこの達人』以外にも俺は、伝票を見るだけでお腹が一杯になる能力を持っていたんだ」
「へぇー、便利ですねー」
「……そろそろ、本題良いか? 人が増える前に、ちゃんと聞いておきたい」
「はい」
ようやく、魅紺にもこちらの意図が伝わったようだ。先程までの暴食の姿から打って変わって、凛とした雰囲気を感じさせる。例え皮肉が分からないとしても、己のやるべきことくらいはちゃんと分かっているらしい。
安雄は口を開いた。自分のやるべきことは当然、対象の確保だろう。なら知るべきは、相手の情報。
「それで、俺は、誰を捕まえればいいんだ」
「はい、相手の名前は「朝倉時哉」彼は今は中学三年生の少年です。その、彼は私と同じ変身能力を持っています。……過去に手違いで、私が与えてしまいました」
「与えたって、魅紺が?」
「はい……シルエットタイプとはまた違っていて、安雄の場合は影に能力を憑依させているのですが、その……時哉君は私の尻尾そのものを持っているのです」
言い辛そうに告げられ、色々な意味で安雄は驚きを隠せなかった。魅紺が能力を他人に与えていたなんて、昨日の公園での口ぶりから想像するのは難しい。危険性だって理解しているはずだ。
そういえば、ポストの形から真の姿を晒した時の魅紺は、尻尾が切られていた部位を隠していた。
「あの怪我していた部位は切られたのか?」
想像するだけでも酷い話だ。
その朝倉時哉とやらは、ただの子狐だった魅紺の尻尾を引き千切り、その力を奪って我がもののように扱っているのだろう。そう考えるだけでの怒りが沸き上がるが、拳を強く握りしめてなんとか堪える。
だが、実際はそうではないらしい。
「違うんです。尻尾が切れたのは、カラスの群れに襲われたのが原因で、むしろ時哉君はその時の私をを助けてくれたんです」
「なんだ、怒って損した」
安雄の怒りがしぼむ一方で、魅紺は暗い顔のまま話を続ける。
「ですが、あの時のわたしは、礼も言わずに逃げてしまいました。怖くって仕方無かったんです。それで、そのまま尻尾を放置してしまいました」
「それは……」
仕方が無いだろう、そう言おうとした安雄は飲みこんだ。妖怪の事情を知らずに好き勝手なことを言うのはさしでがましい行為ではなかろうか。
それに、人に能力を与える意味の重さに関しては、身をもって理解している。
「家に帰ると両親はわたしに「尻尾はどうした!?」と聞きました。狐にとって尻尾は力の源ですから。それに対してわたしは「カラスに食べられた」と答えてしまったのです。実際は時哉君が持っていたので勘違いでした」
カラスに襲われた猫の死体なんかをよく見る。いつだって飢えているから、あいつ等は何だって襲う。
「それでも、能力が弱まったとはいえ、三本の尾を持つわたしは、変身能力を自在に扱うことが出来ます。なので、とりあえずは生きて帰ってこられただけでも御の字として考えようって、そう思うことにしたんですけど。……ところが、最近になってある問題が発覚したのです」
「時哉が能力を悪用していた?」
簡単に思いついた内容を口に出すと、魅紺はうなずいた。
それ以外無い、と言ってしまえるくらいにはありがちな話だ。変身能力なんて便利なもの、例え記憶の改竄なんてものがなくても、何にだって利用できる。
「そうです。時哉君が扱える能力の限界は、他人への変身までです。なので。物や他の生物に変身することは出来ません。それでも、上手くやればいくらでも悪用は出来ます。他人になった状態で盗みを働き、その後に戻ってしまえば絶対にバレません。私達の仲間が見つけたのは、宝石店での強盗でした」
「なるほど……」
昨日の夜。公園で魅紺が突然消えた理由が、何となくわかった気がする。不本意な形とはいえ、人間に能力を譲ってしまった魅紺の立場からしてみれば、安雄は分かりやすい模範的存在なのだ。安雄が「能力なんていらない」と言ってしまえば、それだけで魅紺は精神的な負い目を感じてしまう。
能力を与えるということは、その後の人生を全く別物に変えてしまうのと同じ意味を持つ。その責任の重さに押しつぶされそうになっている中、安雄から追い打ちを受けたのは、かなり辛かっただろう。嘘を付けない自分の性質を恨む……いや、それでも恨んじゃ駄目なんだと、安雄はすんでの所で思い直した。
「最初の間は変身能力の行使も丁寧だったのでしょう。最近になってわたし達に存在が見抜かれたのは、彼の変身に慎重さが消えてしまったからです。むしろ、あえて適当に盗みを行っているとすら思えます。例えば、監視カメラがある店内で別人になって盗む。そこまではいつも通りですが、その変身の元になった人にはちゃんとしたアリバイがある場合。そこには同じ人間が二人いるという事態になります」
「急に適当になった理由は?」
「慢心と考えるのが自然ですね。絶対にバレないと思っているのでしょう。実際人が認識するのは難しいですし。 ……だけど時哉君はやりすぎました。見知らぬ間に自分の首を絞めていることに気付いていないのです」
「もしかして……英雄か」
「そうです。そろそろ英雄が現れてもおかしくない。……無自覚なまま時哉くんは追いこまれています。それで、安雄にお願いなんですが」
英雄が現れると、問答無用で能力が使えなくなる。この場合は、尻尾が焼かれたり、能力が使えなくなる程度なら大事にならずに済む。しかし、時哉が死ぬような事態もありえなくはない。
もし時哉が死んだら、絶対に魅紺は落ち込む。責任を感じて塞ぎこんでしまう姿が容易に想像できる。そうなったら、もうこんな風に楽しくはしゃぎながら一緒に食事に行くことも不可能になるだろう。
安雄は、言われずとも頭に浮かんだ言葉を口にした。
「英雄に何かされる前に、尻尾を取り返す」
「はい。尻尾は最悪破壊して下さっても構いません。……ごめんなさい。こんなことを頼んでしまって」
顔を俯け、不意に肩を震わせた魅紺は、テーブルに涙を落した。すんすんと、鼻を鳴らす音が聞こえる。安雄は何も言わず、ただ黙って魅紺が話すのを待った。
「わたしは、カラスの群れに襲われたあの日、怖くて、どうしようもなくて、でもそんな時に時哉君が助けてくれて、それが、すごく嬉しくて……でも今、その時哉くんが悪い人になっていて、そんなことって、ありえないと思って、でも、わたしの尻尾のせいで変わってしまったと、そう思うと胸が締め付けられる様に痛くなって……」
「うん」
「その気になれば、多分、尻尾を取り返せるのです。変身能力も、妖怪としての力も、圧倒的にわたしが勝っているのでだから。……でも、怖くて。こんな風に人と関わったのも、安雄が初めてだし、力を持った人間は、ほんと、好き放題やるんだなって、欲望のままに、悪意を振りまき、人を傷つける。そういう心を見てしまったのが、もう、怖くて」
「お前は素直で良い子なんだな」
「そうなん、でしょう、か……」
全く関係の無い安雄の過去を聞いて責任を感じてしまったり。
元はと言えば悪いのは時哉だ。能力を悪用し、罪を他人に擦り付けるだなんて、そんなのが許されてたまるか。
時哉の行いのせいで傷ついた人は、沢山いるのだろう。物を奪われた人、その罪を擦り付けられた人。己の欲望の受け皿として使われた人達に、変身能力が与えた影響は計り知れない。報いを受けるべきなのだ。
もし安雄が魅紺と同じ立場だとしたら、間違いなく放置するだろう。知るか、勝手に死ね。とすら思う。英雄による事が済んだ後に、もし尻尾が無事ならば人知れず回収、それで終了だ。責任の一端が自分にあるから、何て微塵も思わない。むしろ、勝手に持って行きやがって、と吐き捨てるはずだ。尻尾の悪用だって、こっちの問題とは筋違いだと言い張るだろう。
だが、それでも魅紺は、彼を助けたいと願う。
英雄より先に、こちらで何とか問題を解決したいと。
「魅紺、お前の願いはちゃんと分かった。お前の望んでいる最善の形で、終わらせてやる」
「うぅ……安雄ぉ、有難う御座います」
涙が大洪水になって滴り落ちる。それを見かねたお姉さんが、ティッシュ箱を持ってきた。魅紺はまるで全部使ってしまうんじゃないか、と思える勢いで目元をぬぐい、鼻をかむ。そんな姿を見たお姉さんは「美人が台無しだねぇ」と苦笑した。
すかさず安雄が「誤解しないで下さいよ、喧嘩じゃないですからね」と焦りながら言うと、お姉さんは面白い物を見る表情で「この女泣かせ」と意地悪そうに笑った。




