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プロローグ 《むかしむかし、あるところに》

初めて書いた小説です。ちなみに、GA文庫の新人賞では1次選考落ちでした。それを手直したものです。

もしかしたら面白いかもしれませんよ?

 ・プロローグ


 むかしむかし、あるむらに、おんなのこがいました。

 おんなのこは、ともだちが、いませんでした。よそものだと、きらわれていました。

 じぶんから、ともだちを、つくろうとしませんでした。

 おんなのこは、ぶきようで、はずかしがりやでした。

 こどくなので、はたらきました。

 あさも、ひるも、よるも、あめのひも、ゆきのひも。

 いつか、じぶんが、むらにひつようなのだと、みとめてもらうために。

 そのどりょくは、みをむすびました。

 ながいじかんをかけて、おんなのこは、むらびとから、しんらいされました。


 だけど、そんなひびは、ながくはつづきませんでした。

 たびびとが、むらにやってきたとき、おわりをつげました。


 

 私が物心付いたのは、木造のとある空間の中だった。天井と壁に空いた穴から光が差し込み、夕焼けの眩しさが室内を局所的に照らしている。辺りを見回すと、狭い室内一面に、得体の知れない黒の羅列がびっしりと描かれているのが見えた。見た事の無い不気味な文字のようで、書いてある意味は理解不能だが、横たわった私を中心に円を描くように書かれたそれからは、まるでこの場所に捕える為に私を取囲んでいるような気配を感じた。

 だが、たかが文字如きが檻として機能するはずもなく、立ち上がった私は関係無いと 外に出ると、空には今にも落ちようとしている真っ赤な夕日が見え、草木で生い茂る場所を鮮やかに照らしていた。遠くなだらかな下り坂になっていて、その事から考えるに、どうやら現在の私は人気のない山奥か何処かにいるらしい。

 こんな場所までやって来た記憶は一切無く、どんな理由があってこんな辺鄙な場所に来たのかも分からない。それ以前に、戻るべき場所があるのかすら分からない。もしかしたら、最初からここに住んでいたのかもしれない。

 そもそも、私は一体何者なのだ? ……分からない。

 私は掌で自分の頬を触った。熱いような冷たいような人肌独特の感触がする。更にもう片手で唇に触れた。小さな唇はまるで水気がなくカサカサと乾いていて、両目を覆うと辺りが真っ暗になる。私は自分の理解できるものを増やしたい一心で感触を確かめた。そして、目から額へと手を伸ばしたその瞬間、尖ったものが掌に刺さった。

 驚いた私は思わず手を引っ込める。小さな穴の空いた手から血が流れ、一瞬の瞬きの間に穴は塞がっていた。恐る恐る、再度額に手を伸ばす。小さな刺が、その存在を象徴するかのように自己主張をしている。

「トゲ……ツノ……?」

 違う。この角には、ちゃんとした適切な名前があったはずだ。思い出せ。指先で優しく舐るようにして触れると、痺れる痛みと気持ち良さがが混ざった感覚がする。あともう少しで、何かが……。

「オニ……か……」

 額から生える二本の角は、あらゆる存在から恐れられる為の象徴なのだと、誰に教わる訳でもなく無意識に理解していた。

 最も大切なものを思い出せた瞬間は、背筋がぞくぞくする程の気持ち良さだった。他には何もいらない。これさえあれば歩きだせる。意気揚々とした気分で私は山を下り始めた。

 どうやら、幼い私は巨大な体も人間を超える腕力もまだ持ち合わせていないらしい。土で薄汚れた赤い着物を身に付けていることから、ある程度成長するまで誰かに育てられていたのだと想像出来る。

 何故このような深い山奥にいるのかは分からず、未だ何一つとして思い出せない私だが、この世界での生きる理由だけは理解した。この存在は人ではない。恐怖の感情を糧とする妖怪『鬼』だ。だから目的ははっきりしていた。村を探し人間を見つけ、そして最も大切な物を略奪する。人を観察し、理解する事。何を奪われたくないのか? 何を恐れるのか? 金か女か命か? 人それぞれの大事な物を見極める。人間に恨みは無いが、恐怖の感情が何よりの御馳走なのだ。そう考えると、途端に、ぐうぅと空腹感が音となって耳に届いた。

「おなか……へったな……」

 締め付けられるような飢えを感じ、私は気を取り直して前へと進む。すると、背中からずりずりと何かが引きずられる音がした。振り返ると、自分の体よりも一回り大きな、血の色にも似た棒が地面深く沈みこんでいた。棒には握る為の取手があり、そこから伸びた頑丈な鎖が、私の腰に固く巻きつかれている。鎖を両手で握り引きちぎろうと力を込めるが、この空腹ではどうにも力が出ず、仕方なくそのまま歩き続けた。

 ちょうどいい、これを使おう。


 どうやら私が目覚めたのは、山奥の中でもかなり奥深い場所らしい。小屋の周囲は伸びっぱなしの雑草が生い茂ったままで人が手を入れた形跡が一切無かった。当然、人が関わらない場所と言うことはここに続く道もないという意味も含まれる。私は草まみれになりながら道なき道を進んだ。足を動かす度に葉が足をひっかくのも鬱陶しいが、まるで足元が見えない草叢の中を裸足で歩き続けるのも一苦労だった。小石を踏むくらいなら痛いで済むが、もし狩猟の罠にでも足を引っかければ大怪我だ。最悪の場合足が引き千切れても可笑しくない。

 だが、空腹に急かされ、一刻も早く下山したい。そんな思いが私に強引な近道を作らせた。視界を遮る草木を掻き分け、邪魔な木はなぎ倒し、行く手を塞ぐ大岩は棒を奮って粉砕する。そしてついには、人間が移動に使用するのであろう幅の広い道を発見した。

 道を歩くと、後ろから引きずられてくる棒が、まるで蹂躙するかのように道をデコボコに変えていく。どうやらこの棒は重さだけでなく形も変化するらしい。先程まではただの丸い棒だったはずが、今ではあらゆる方向に、まるで内側から飛び出すように刺が生え、その醜悪な面を露出させている。

「ごはん、ごはん、ごはんごはんごはん!」

 もう我慢の限界だった。無我夢中になった私は全速力で走る。強烈な力で一歩踏み込む毎に足跡が出来上がり、それを後ろから付いてくる棒が跳ね跳びながらメチャクチャな形で道を慣らして行く。森を抜けた一帯は木が伐採された場所になっていて、そこには大きくて長い川が流れていた。どうやら山の流水が元になっているらしく、遠くから大量の水が激しい音を立てて叩きつけられる音が聞こえてくる。地形の整理のされ方から見て、ここはどうやら人間達がよく利用する場所のようだ。

 私は両足を地面に突き刺し強引な急停止を試みる。すると、頭のすぐ横で棒が凄まじい勢いのまま通り抜け、大きな音を立て川の手前で落ちた。改めてその棒を見ると、もはやその姿は金棒と化しており、もし池に落ちていたら引きずりこまれて窒息死していたかもしれなかった。

 だが、そんな事はどうでもいい。今はそれどころではない。

「も、もしかして紅子ちゃん?」

 人がいた。私と同じくらいの身長に、背中まで伸びた黒くて長い髪、青い着物を着た少女だった。どうやら洗濯中だったらしく傍らには畳まれた衣類に洗濯板とたらいが転がっていた。突然の来訪者である私に余程驚いたのであろう。私は鬼だ。したがって、その驚きは当然のものであろう。少女は両手で口元を押さえながら驚いた目をこちらに向けている。

 しかし、どうやら私の想像とは違う意味での驚きのようだ。恐怖が一向に伝わってこない。それどころか少女の目からは、嬉しい感動のような熱っぽさが伝わってくる。

 そういえば、彼女は今私のことを何と呼んだ? 確認するように私はつぶやいた。

「紅子……こうこ……それが私の名前?」

「よかった紅子ちゃん! 無事だったんだね!」

 私を知っているらしい少女はすぐに駆け寄ると、土で薄汚れた私の右手を強く握った。洗濯途中だったのだろう、手が氷のように冷たい。そんな手が奮えるくらい強く握りしめながら、涙の溜まった瞳で私を見据る。

 そして、我慢の限界とでも言わんばかりの大声で捲し立てた。

「私は反対したよ! だって、紅子ちゃんが妖怪だったなんて、突然言われても信じられる訳無いもん! 昔からずっと一緒で、紅子ちゃんとの友達な私が違うって言うんだから絶対違うのに。でも、村の皆は聞いてくれなくて……そもそも、突然現れたあの宣教師の方が絶対変なのに信じちゃって、皆の方がおかしかったんだよ。でもよかった! 紅子ちゃんが無事に帰ってきてくれて! 皆の方が可笑しかったんだよね――え、なに、紅子ちゃんの額から何か生えてるよ……え、えぇ!?」

「お前、私がコワいか?」

 私の名を呼ぶ女の子の視線が額の角に集中した。その瞬間、空いている左手で首をつかんだ。握力で呼吸を封じ、その視線をこちらの目へと向けさせる。

「私を恐れよ。まずは、その感情を食らって腹ごなしをさせてもらう」

「こ……紅子ちゃ……」

 苦しそうなうめき声が発せられる。女の子は涙目になりながら、視線を外そうと目を閉じる。だがそうはさせない。「私に刃向かうな」と威圧感を込めて命令すると、ぶるりと痙攣するように少女の体が震え、目を閉じられなくなったようだ。苦しそうな瞳をこちらに向けたまま、口をぱくぱくと動かし、声にならない言葉を発している。

 もうすぐ御馳走が手に入る、その一心で力を込めた。だが、限度を超えた恐怖は精神を破壊してしまう。生かさず殺さずのさじ加減を学ばねばならない。

 掴んでいた首を離す。少女受け身も取らず倒れ、起き上がる素振りを見せない。やりすぎた……どうやら気絶してしまったらしい。これでは食事がお預けではないか。

 まぁいい、村はもうすぐそこだ。この女に拘る必要はない。そう思いなおすと、恐怖を食らい損ねて更に巨大化した金棒に手を伸ばした。首だけにして持っていけば村は恐怖のどん底に陥るだろう。

 そう思った瞬間、チリンと小さな鉦の音が聞こえた。

 微かに耳に届くその音は慢心していた気持ちを瞬時に切り替えさせた。

 私は辺りを睨みつけるが、これといった変化は見つからない。だが、周囲は森に取囲まれており、隠れようとするには容易い場所になっている。ここで油断するのは不味い。

 さっきの鉦は何らかの合図だと考えると、何処かから隠れて監視している何者かがいる。とりあえず、少女の首を取るのはまた今度だ。

 赤い太陽がいつのまにか消え去り、綺麗な丸い月が空に浮かんでいる。それに気付いた途端、体が凍えるように寒くなった。

 暗くてよく見えない視界に、謎の鉦の音。挙動不審になったように辺りをきょろきょろと見回し、先程とは打って変わって、頼りない足を用心深く動かした。とにかく、ここでじっとしていても意味がない。そう自分に言い聞かせようとした。

 その瞬間、右の足首が強い力で引っ張られた。

「な、なに!?」

 突然の不意打ちになすすべなくその場に転ぶ。

 私は前のめりに倒れた体を立て直そうと、両手に力を込めた。だがその直後、今度は正面の森から二本の鎖が飛び出し、私の両腕に雁字搦めに巻きつく。まずい。そう思うと同時に両方の鎖に引っ張られ、私はバンザイをする形で磔にされた。

 張りつめた鎖は私を引き千切らんと力が込められていた。気付かぬ間に人間が正面と背後から取囲んでいた。私はなんとか首だけを持ちあげ正面へと顔を向けると、森の中からガサガサと草が擦れているのが見えた。

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