『亡国の魔女』の呼び名は、風評被害です
《愚痴吐き屋》
そんな一見意味不明な看板が掛けられた店の前に、馬と馬車で乗りつけた十数人の騎士が、店内に一斉になだれ込んだ。
「沈黙の魔女、いるか!? 隠れても無駄だぞ!」
それほど広くない店内を占拠しながら、隊長であるエルダーが叫ぶ。すると彼の正面の椅子に座っていた二十代後半の女性が、呆れ顔で立ち上がりながら問い返した。
「騒々しいですね。一体、何事ですか?」
「いいから答えろ! 『沈黙の魔女』というのは貴様のことか?」
「あなたがお探しの『沈黙の魔女』は、確かに私ですが。何か御用ですか?」
「国民を惑わす罪により、貴様に捕縛命令が出ている。抵抗すれば容赦しないぞ!」
ここで持参した書類を掲げて見せながら、居丈高にエルダーが宣言した。しかし謂れのない罪状を告げられたルシアは、眉根を寄せて不快そうに反論する。
「なんですか、その『国民を惑わす』というのは。思い当たる節はありませんし、言いがかりにもほどがあると思うのですが」
「うるさいぞ! あくまでも抵抗すると言うのなら、こちらにも考えがある。力づくでも連れて行くぞ!」
「ルシアさん! どういうこと!?」
いつの間にか奥の部屋に繋がるドアから出てきた中年の女性が、慌ててルシアに駆け寄った。ルシアはそんな彼女に、宥めるように声をかける。
「サマンサさん。よく分からないけど、呼び出しを受けたので行ってきます。でもすぐに戻って来られないかもしれないし、入り口のドアに休業のお知らせの紙を貼っておいてもらうと助かります。お願いできますか?」
「え、ええ。それくらいなら、してあげるけど。でも……」
「大丈夫だから心配しないで。あ、そういえば、連れて行くってどこに?」
サマンサに依頼したルシアは、肝心なことを聞いていないのに気がついた。するとエルダーが、苛ついたように答える。
「城に決まってるだろうが。馬鹿か貴様は?」
「……少なくともこの国の騎士は、女性に対する礼儀というものがなっていないのが分かったわね」
「なんだと!」
横柄に言い放った彼に、ルシアが侮蔑的な視線を向ける。それで激高しかかったエルダーだったが、そんな彼を部下達が囲んで宥めた。
「隊長。相手は得体の知れない魔女です」
「変に揉めて抵抗されたら、何が起こるか分かりません」
「こんな街中で騒ぎを起こされたら大変です」
ボソボソと囁き合っている男たちに向かって、ルシアは声を張り上げた。
「あなたたちうるさいわよ! おとなしく付いていってあげるんだから、丁重に扱うのは当然の礼儀でしょうが! じゃあサマンサさん、皆に、私が変な男たちに連れて行かれたと説明しておいてね。あと心配いらないとも」
「そんなことを言ったら、皆が心配するのに決まってるじゃない!」
「れっきとした近衛騎士の我々を『変な男たち』だと!?」
「難癖をつけてくる、変な男たちじゃない!」
エルダーの怒声とサマンサの悲鳴が通りに響き渡る中、ルシアは馬車に押し込まれて城へと連行された。
※※※
城に到着した一行はどんどん奥へと進み、広い謁見室へと足を踏み入れた。ルシアを半ば引きずるようにして前方に進んだエルダーは、高い位置にある玉座に向かって恭しく頭を下げる。
「陛下。亡国の魔女を連行して参りました」
「ちょっと、『亡国の魔女』って、一体どういうことよ?」
「ご苦労。お前達はそのまま控えていろ」
予想もしていなかった呼ばれ方をしたルシアは、反射的に文句を口にした。しかしエルダーは主君の指示に従い、一人で横に移動して直立不動になる。すると気分を害したルシアに対し、玉座から声がかけられた。
「さて。お前は巷では『沈黙の魔女』と言われているようだが、名前は何と言う?」
その問いかけに、彼女は腹を立てたまま言葉を返す。
「その椅子はなんとなく玉座っぽいし、そこに座っているなら王様っぽいから、本当に王様なら名前くらいは私も知っているけど、人に名を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
「貴様!」
「陛下に対して、なんたる暴言!」
「今の発言だけで、十分不敬罪に値するぞ!」
両脇に控えていた重臣たちや騎士たちが揃って気色ばんだが、初老の国王は鷹揚に笑いながら彼らを宥めた。
「よい、そう怒るな。確かに礼儀には反するな。私はこの国の国王のダレンだ。お前の名前を尋ねてもいいか?」
丁重に名乗られたルシアは、失礼なこともできないと素直に名乗った。
「ルシアと申します」
「それではルシア。お前はどうしてここに連れて来られたのか分かっているか?」
「さっぱり分かりません。それに、確かに巷で『沈黙の魔女』と呼ばれていますが、『亡国の魔女』なんて物騒な響きの名前では呼ばれてはいないのですが?」
国王からの問いかけに、ルシアは不審に思いながら言葉を返した。するとダレンが、顔つきを改めて確認してくる。
「それでは尋ねるが、お前は元々この国の生まれではないな。二年前まではクーリス国にいたのではないか?」
「はい、確かにそうですが。どうしてそれをご存じなのですか?」
本気で驚いたルシアだったが、ダレンにはそれに答えないまま問いを重ねた。
「どうしてクーリス国から、この国に移住したのだ? クーリス国と我が国はドラクエル国を挟んでいるので、直接行き来はできないのだが」
そう問われた途端、僅かにルシアの目が泳ぐ。
「どうしてと言われても……、気分ですね。この国の方が居心地が良さそうでしたので」
「違うだろう。二年前、『沈黙の魔女』と呼ばれた魔女のせいで、クーリス国内が大混乱に陥っている間に隣国に攻め込まれ、占領された。元クーリス国の地域では、『沈黙の魔女』を『亡国の魔女』と称して、今では憎悪の対象となっていると聞く。お前はそれでも心当たりがないと言うのか?」
鋭い視線でダレンから睨み付けられたルシアは、観念して溜め息を吐いてから弁解がましく言い出す。
「私のせいで混乱が起きたと言われれば確かにそうかもしれませんが、私が一国を滅ぼそうと企んだわけじゃありませんよ? それについて、一応弁明させて欲しいのですが」
「そうだな。言い分は聞こう。そのつもりで連れてこさせたのだからな」
「ありがとうございます」
とりあえず話を聞いてもらえるのが分かったルシアは、少しだけ安心しながら当時の状況を語り始めた。
「私の家系では、ある魔法を使える人間が高確率で出ております。それは一定の範囲内で生じた音を、全て凝集して保管できるという能力です。それには魔導具として、水晶玉が必要になりますが」
「音を凝集して保管? そういえばお前は確か、王都内で《愚痴吐き屋》などという、よく分からない店を開いているそうだな。もしかしたら、その関係か?」
「はい、お察しの通りです。来店した客に、室内で他人には聞かせられない愚痴や秘密、罵詈雑言などを大声で語ってもらって、それを外には漏れないように水晶玉に吸収させるのです。その間は外に出ていますので、内容は私も知りません。ですから《愚痴聞き屋》ではなく、《愚痴吐き屋》なのです。ちなみに、水晶玉に集めた声を取り出したり、完全に消去する方法は分かりません」
そこまで説明を聞いたダレンは、興味深そうに問いを重ねた。
「それはなかなか面白い魔法だな。どうやって習得するのだ?」
「どう、と言われましても……、いつの間にか使えるようになっておりました。母も同様だったと聞いておりますので、厳密にいえば魔法というよりそういう魔力が代々受け継がれてきた、といった方が正しいのかもしれません。」
「なるほど」
「それで早くに亡くなった母から水晶玉を受け継いで細々と仕事をしていたのですが、ある日、こんな風にクーリス城に連行されました」
「何をしたのだ?」
何気なくダレンが尋ねたが、それにルシアは激しく反発した。
「何もしていませんよ! 全く知らなかったのですが、お客の中に庶民に紛れてかなり高位の貴族がいたらしくて、王様に報告したみたいです。『あれが城内にいれば、どんな秘密も我慢せずに喋り放題です』とね。それで何も悪いことをしていないのに、『衣食住を保証してやる、ありがたく思え』と恩着せがましく言われて、問答無用で城で軟禁生活ですよ!? 本当にろくでもないわ! そんなにまずい秘密なら、墓の下まで持って行けってのよ! 我慢できないなら、そんな秘密なんか作るな!」
ルシアの心からの叫びが、謁見室内にこだまする。それを聞いたダレンは、彼女に同情する眼差しを向けた。
「……それが事実だとしたら、災難だったな」
「事実ですよっ! それからは秘密の会議とかならまだしも、王族や重臣達、主だった貴族の鬱憤晴らしのために、朝だろうが夜だろうが、こちらの都合お構いなしで部屋の外で待機させられたんですからね!」
当時を思い返したルシアは、激怒しながら喚き散らした。それを耳にしたダレンが、不思議そうに尋ねる。
「どうして部屋の外で待機する必要があるのだ? その水晶玉があれば、事が済むわけではないのか?」
「私がある程度の距離にいないと水晶玉が作動しませんし、万が一室内の物音が漏れたら、秘密保持のために私を斬り殺すことになっていたんですよ」
「そうか……、声が漏れていないことの確認と、万が一の時のために複数の騎士に監視されながら、ドアの前で立たされていたか」
「そうです! そもそも四六時中見張られて逃げ出す事もできない状態で、恩義なんか感じると思います!?」
その訴えを聞いた彼は、半ばうんざりしながら言葉を継いだ。
「思わないな。それで怒り狂って王族や貴族を筆頭に、住人が一人残らず王都から退去せざるを得ない災厄を与えたと主張するのか?」
「そんなの不可抗力です! そもそもあの馬鹿王子が夜這いなんかかけてこなければ、あんな騒ぎにはならなかったんですよ!」
「夜這い? お前にか?」
「そうです! しかも『兄上を引きずり下ろせる秘密を握ったら、もっと良い思いをさせてやるぞ』とか馬鹿ですか!? とっさに蹴り倒して殴り倒して、とどめに枕元に置いてあった水晶玉を、あの間抜け面めがけて渾身の力で投げつけてやったんです! ……思わず我を忘れてやってしまいましたが、最後のだけはさすがにまずかったかと少しだけ反省しています」
ルシアは最後の方だけ、ボソボソと呟くように告げる。その様子を見たダレンは、微妙な面持ちになった。
「少々、物申したいことはあるが、とりあえず最後まで話を聞こうか。それでどうなったのだ?」
「あいつの額に命中した後、水晶玉が床に落ちて見事に割れました。その瞬間、これまで吸収されていた秘密が大音響で湧き出てきました」
「大音響というのはどういう意味だ?」
「文字通り城内を通り越して、王都中に響き渡る大音響です。凝集されていた反動で、放出されたら凄い音量になったのでしょうか? 水晶玉が割れたなんて話、母から聞いたことはありませんでしたし。もしかしたら、歴代使っていて壊れたのが初めてだったのかな?」
本気で首を傾げているルシアを見て、ダレンが呆れ気味に窘める。
「当事者が他人事のように言うな」
「だって、本当に予想外の事態だったんですよ! あまりの騒々しさに、耳が聞こえなくなるかと思いましたもの! それで咄嗟に逃げようと思って、前々から準備していた逃走用の荷物を掴んで、大混乱の城を抜け出したんです」
「しかし一時的に、大声で秘密が暴露されただけだろう? それでよく城から抜け出せたな」
根本的な疑問が解消できず、ダレンは問いを重ねた。それでルシアが淡々と説明を続ける。
「国王と侯爵夫人の不倫とか、王妃の怪しげな薬の密輸とか、王子が兄弟同士で暗殺を企んでいるとか、重臣が周辺国と内通しているとか、任官に関しての贈収賄の話とか延々と大音響で垂れ流しているんですよ? しかも流れる内容は、最近のものから順に遡っていきましたので、現在進行形の話が殆どでした」
言われた内容が城中、更に王都中に声高に叫ばれている情景を想像したダレンは、心底うんざりしながら感想を述べた。
「……それでは確かに大勢が疑心暗鬼になって、大混乱必至だな」
「それ以前に延々と途切れなく、朝も夜もそんな話が続くんですよ。とても眠れやしません」
そこであまりの馬鹿馬鹿しさに唖然としながら、ダレンが確認してくる。
「…………だから、王都中から人がいなくなったと?」
「少なくとも王都を抜けるまで、聞こえていましたからね。城内にいたら何もできないし、発狂しますよ。それで城の主だった面々も王都から出た状態で、揉めまくっていたんじゃないですか? その状態を知った近隣の国が、声が聞こえなくなったタイミングで城を占拠。散り散りになっていた王族を連携させずに捕らえた。そんなところじゃないかと思っているのですが」
「声が聞こえなくなったとは? しばらく聞こえていたのか?」
「クーリス国を出るまで徒歩と、王都方面から各地方に向かう馬車に何回か同乗させてもらって五日かかりましたが、乗せてもらうたびに王都での異変を聞かせてもらいましたから。長年使っていたとしたら、その分、溜め込んでいた話も半端じゃなかったでしょうね。全部放出するまで数日かかってもおかしくありませんよ」
半ば自棄気味に推測を語ったルシアを見て、ダレンは頭痛を覚えた。
「そちらの事情はよく分かった」
「それなら良かったです」
「我が国とクーリス国には直接的な国交はなくてな。大使なども派遣していなかったし、電撃的な占領されるに至った詳しい経緯が不明だったのだ。それで旧クーリス国と取引のあった商会に調べてもらった結果、『二年前、『沈黙の魔女』がクーリス王家に呪いをかけて、王都を人が住めない土地にした。それで隣国に占領されたというような話を住人がしている』と書き記してきてな」
そこまで話を聞いたルシアが、ムッとした顔つきで口を挟んだ。
「何ですか、それは? 私、呪いなんかかけていませんけど?」
「それは……、推測の域を出ないが、王家や貴族の暗部、恥部などを延々と公表されて、とてもそんなのを聞きながら生活できずに王都を出ていたら占領されたなど、さすがに恥ずかしくて他国の者に言いたくなかったのではないだろうか?」
「…………」
困ったような表情でダレンに言い聞かされたルシアは、微妙に視線を逸らしながら口を噤んだ。
「それで、念のため『沈黙の魔女』の行方も捜してみたら、王都に同じ呼び名で住み着いている者がいるというではないか。施政者としては、危険性がないかどうか確認する必要があるだろう? こちらの事情は理解してもらえたかな?」
「分かりました……。ですが『国民を惑わす』とか、言いがかりに近いんですけど。皆に愚痴を言ってもらっているだけで、今まで問題なんか起こしていませんし」
ふてくされたように語るルシアに、ダレンは苦笑しながら続けた。
「事前に調べさせた報告でも、特に大きな問題点は見られなかったとある。それに周囲のお前に対する信用も厚いようだし、わざわざ呼び立てることもないとは思ったのだが、家臣達が納得しなくてな」
自分を認めてくれる発言をしたダレンに、ルシアはたちまち笑顔になって礼を述べた。
「王様、ありがとうございます! でもここに来たばかりの頃は、皆に胡散臭い目で見られて本当に大変だったんです! こっそり聞いた内容を言いふらしたりとか、他の人間に売ったりするんじゃないかって疑われて!」
「それはそうだろう。私だって疑うぞ。それでどうしたんだ?」
「知り合いになったご夫婦に頼んで、片方が部屋の中に入って大声で好きなことを喋ってもらって、片方が私と一緒に外で待っていてもらいました。そして中と外を入れ替えて同じ事をしてもらって、外に声が聞こえないのを実感してもらったんです。その後は試してもらった人達からの口コミで、どんどん利用者が増えていきました」
「そんなに利用する人間が多いのか?」
「王様。円滑な家庭生活を送ったり、日々の労働をつつがなくこなすためには、適度な鬱憤晴らしは必要不可欠です」
「そういうものか」
「そういうものです」
そこで納得したように頷いたダレンだったが、難しい顔つきになって言葉を継いだ。
「ルシア。お前に人を害するつもりはないし、人々の生活に役立つ仕事をしているのは分かった。しかし、秘密を溜め込んだ水晶玉が破損した場合、前回と同じように周囲に多大なる被害を与えかねない。その危険性を放置できないのだが。お前としても、それは不本意だろう?」
「それは勿論、そうですが……。だからといって、私は他の仕事などはできませんし……」
尋ねられたルシアは、ここで途方に暮れた顔つきになった。すると何やら考え込んでいたダレンが、ちょっとした提案をしてくる。
「それではルシア。年に一回は城に来て、私に水晶玉に向かって愚痴を言わせてくれ。その水晶玉は私が回収して、代金の代わりにお前には新しい水晶玉を渡そう」
唐突に申し出られた内容に、ルシアは狼狽しながら尋ね返した。
「え? は、はい? 愚痴を言っていただくのは構いませんが、どうして古い水晶玉を回収して、新しい水晶玉をくださるのですか?」
「古い水晶玉はどこかに深い穴を掘って、割れないように厳重に埋める。万が一割れても、地中ならそれほど響かないだろう。それに一年ごとに交換しておけば溜め込める愚痴の量も少ないだろうし、割れた時の影響は少ない。これでどうだ?」
ダレンは楽しげに笑いながら、誇らしげに告げた。するとルシアは一瞬呆気に取られてから、喜色満面で頷く。
「なるほど! そうすれば危険性はかなり下がりますね! さすがは王様です! そうしていただけるのなら、ぜひお願いします!」
「同意してもらって良かった。お前達、これでこの話は終わりだ。分かったな?」
「はぁ……」
「陛下がそう仰るのなら……」
そんな風に話がまとまり、それから沈黙の魔女は年に一度城を訪れ、国王に愚痴を吐き出してもらった上で、新しい水晶玉を下賜されることとなった。
そして彼女は人々が心の平穏を維持するため、自分のささやかな魔法を行使していくのだった。




