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神様のギフト、配ってます(ただし返品不可)  作者: 成瀬りん
第4章 生命の満ちる場所
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聖女の祈り

 フィオナが目を覚ますと、窓の外には月が輝いていた。

 森の中の、何年も暮らす丸太小屋。どこからともなく、微かに虫の音が聞こえてくる。

 ふと、夜風に当たりたくなって庭に出る。

 先日は油断して攫われてしまったが、魔法でバリアを張りながら――


 ……ただ、やはり警戒はしてしまう。

 誰かいないか、何か潜んでいないか。

 空気の冷たさを感じながら、あちらこちらを見てまわす。

 すると2階の屋根の上に人影を見つけた。

 一瞬びくりとしたが、よく見てみれば、それはアリアだった。


「……アリアさん?」

「あ、フィオナさん。眠れないんですか?」

「ええ……。あんなことがあったから、まだ緊張しているのでしょうか」

「そうかもしれませんねぇ。……一緒に、月でも見ます?」

「うふふ、それも良いですね」


 フィオナの言葉を聞くと、アリアは軽く腰を上げてから、そのまま地面に飛び下りた。

 ……重さを感じさせない、軽やかな着地。


「では、失礼しますね」


 アリアはフィオナの背中に手をまわし、膝の裏に手を添えて、ひょいっと身体を持ち上げた。

 そしてそのまま、トーン、と2階の屋根に飛び上がる。


「わぁ……♪」


 フィオナは、屋根の上に立つことは初めてだった。

 そんな非日常の中、いつもより月が近く見える。いつもより、地面が遠く見える。


「ずっといると冷えちゃうから、お喋りは少しだけ、ですね?」

「そうですね、残念です」


 この不思議な時間は、すぐに終わってしまう。

 こんな気持ちで、こんな時間を過ごすのは……次はきっと、いつになることやら。

 いや、そんな特別な時間だからこそ――


「……アリアさん。

 私の異能……『生命付与』が必要なんですよね?」

「はい。でも、無理は言いませんよ。だから、やっぱり無理……というのでも大丈夫です。

 あたし、フィオナさんを殺したくないですから」


 フィオナは先日、アリアに異能を渡すことには同意していた。

 ただ、そのあとにヴェルガ教に攫われてしまったから――

 ……アリアとしては、フィオナに改めて選択肢を与えたのだ。


「そうしたら……アリアさんは、また旅を続けるんでしょう?」

「そうですね。アタリを引くまで、いろいろな場所をまわるだけです」


 どこか達観しているような、どこまでも孤独な笑顔に、フィオナは頬を赤らめた。


「――『生命付与』は特別な異能。

 使えるのは1回だけです。どうかあなたに、祝福の道を……」


 フィオナは全てを受け入れるように、そっと目を閉じた。

 彼女の両手は身体の前で交差され、尊いものに心を委ねている――そんなふうにも見える。


「――ならば祈りを受け容れよう。

 簒奪たる我が手、虚無たる五指に寄り至れ。

 降れよ力、『生命付与』は我らと共に在り――」


 柔らかな光が、アリアとフィオナの間に満ちていった。

 その光は森を照らし、儚い影を落とし、そしてそのまま……ゆっくりと消えていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝、ザインが食卓に行くと、豪華な食事が並んでいた。


「おお……? これは、朝から……」

「美味しそうでしょ?」


 食事の準備をするアリアが、とびきりの笑顔で言ってきた。

 彼女を覆っていた感情の皮が1枚だけ剥けたような……そんな印象を受けてしまう。


「あ、ああ。これは全部、お前が?」

「ううん、フィオナさんとメルちゃんと一緒にだよ~」


 台所を見てみれば、メルヴィナは野菜くずの処理をしているところだった。

 気持ち、皮に付いた身の部分が多いようにも見えるが……まぁ、不慣れな人のあるあるだ。


「レイラはまだ寝てるのか……? えぇっと……ガルドの旦那は?」

「イノシシを狩りに行ってるよ。今日のお昼はバーベキュー!!」

「ほう……がっつりいくんだな!!」


 そうこうしていると、外からガルドが戻ってきた。


「フィオナ様、遅れてすいません。熟成の時間までは取れませんが、準備は終わりました」

「ありがとう。お昼が楽しみね♪」

「俺も経験として、解体するところは見たかったなぁ」

「……ふっ。そんな機会、どこかで来るかもな」

「え?」

「さぁ、それでは食事にいたしましょう。

 アリアさんとメルヴィナさんにもお手伝いして頂いたんですから!」

「それじゃ、あたしがレイラを起こしてくるね。みんなは座ってて~」


 しばらくすると、アリアはレイラを引きずって連れてきた。

 椅子に座らせられたレイラは、レモンがたっぷり掛かったサラダを食べて、飛び上がるように目を覚ました。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――昼過ぎ。朝食がすっかり消化された頃、バーベキューが始まった。

 イノシシの肉はガルドが切り分け、野菜の下拵えはメルヴィナが行い、アリアは謎の調味料を出していた。


「……お前、また変なものを食わすんじゃないだろうな……。アマーみたいな……」

「アマーを変なものと仰いましたかね? あれは今後、世界を獲る料理だよ!!」

「アマーって何ですか? 私、食べてませんけど……」


 レイラの言葉に、アリアはギクリとした。

 今回は世話になったものの、レイラのことはやはり、早々にどこかに送り返したいのだ。


「そんな機会、どこかで来るかもね?」


 丸太小屋から出てきたフィオナが食器を並べ、ザインが飲み物を注いでいく。

 レイラはイノシシが初めてだということで、肉が焼けるのを興味深そうに見ていた。

 そのうち、ガルドを真似しながら、肉を焼き始めた。


「――うん、美味しい! とっても野生的ぃ~」


 頬を押さえて、嬉しそうに食べるアリア。

 他の全員も、焼けたものを次々に口に運んでいく。

 しばらくすると、フィオナが改まって言ってきた。


「……みなさん。ここでお伝えしたいことがあります」

「今回のお礼は、もう無しですよ?」


 そう言うザインに、フィオナは笑顔を向ける。


「確かにもう、何回も言いましたものね。それでは今後の話なのですが――

 ……私、大聖堂に入ろうと思うんです。アリアさんが間を取り持ってくれるということで」

「今はゴタゴタしてるけど、だからこそ……フィオナさんがいた方が良いと思うんだよね。

 問題が起きないように、あたしからもオリバー様に圧を掛けておくから」


 アリアとフィオナは目を合わせて、お互い微笑んだ。

 それをガルドは、寂しそうな、優しい瞳で眺めている。


「それで、ガルドはしばらく……アリアさんと一緒に旅をしてもらうことになりました。

 だから皆さん、よろしくお願いしますね」


 驚いたのはザインだった。慌ててガルドの顔を見上げる。


「……まぁ、そういうことだ。ただ、この旅が終わったら、オレも大聖堂に戻る。

 フィオナ様を、ずっとひとりにしてはいられないからな」

「そっか、大聖堂に……。旦那にはつらい選択だと思うが――」

「あはは。最初は凄く反対してたけど、フィオナさんが押し切ってねぇ」

「その話が終わったら急に、イノシシを狩りにいきましたからね。

 きっとガルドも、みなさんとの思い出を作りたかったのでしょう」


 ザインは何となく、八つ当たりに行ったのではないか……と思ってしまった。

 そのイノシシは可哀想なことになってしまったが、おかげで今は、美味しい肉が食べられている。


 一方のメルヴィナは、居辛そうな表情を浮かべていた。

 ……大聖堂を出たメルヴィナに対して、大聖堂に入るフィオナ。

 本当に自分の選択は正しかったのか――正しかったはずなのに、はっきりしない感情が沸き上がってくる。

 そんなメルヴィナに、アリアは静かに近寄っていく。


「悩むんじゃよ、若人よ。解決したときのことを考えれば、悩むのは悪くないことじゃ」

「な、何を言ってるんですか! アリアさんだって、年齢は同じくらいじゃないですか!」

「あはは、その調子、その調子。それじゃ、これでも食べて元気を出して~♪」


 メルヴィナはレモンだけが刺さった串焼きを渡された。

 戸惑いながらも口にしてみると――……何だか、微妙な味だった。


 フィオナは一通り食べ終わると、近くにあった椅子に腰を下ろした。

 この森、この丸太小屋で……今までで一番、賑やかな時間。

 これから大聖堂に入ったら、きっとこんな時間には巡り合わないだろう。

 ……そんな思いを胸に、森の空気を感じながら、皆の姿を目に焼き付けていた。


 ずっと昔から、命を懸けて自分を助けてくれたガルド。

 心はどこか幼いのに、それでも気丈に自分を貫いてくるレイラ。

 まわりに翻弄されているように見えて、その実……強く足掻き続けるメルヴィナ。

 いろいろな個性をまとめて、場を上手くまわすことのできるザイン。

 そして、今まで誰にも秘密を打ち明けてこなかった――……アリア。


 ――自分が縛られていた異能……『生命付与』を、まさかそんな形で使おうだなんて。

 そもそも、アリアから聞いた話――オルビス神が、そんな存在だったなんて。

 自分には信じられない。

 信じられる範疇を越えている。しかし――


「――神を討つ、か……」


 フィオナの視線の先では、アリアが、ザインが、メルヴィナが、レイラが、ガルドが、楽しそうに時間を過ごしていた。

 とても平和な、全てが輝いている時間。


 こんな時間が、いつまでもずっと続きますように――

 フィオナは心の中で、静かに……オルビスではないものに、祈りを捧げた。

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