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神様のギフト、配ってます(ただし返品不可)  作者: 成瀬りん
第2章 星のように、紡がれて
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祈り祈りて

 牢獄の看守、クリストフは苦悩していた。

 最近、ある牢の前を通ると、不思議な囁きが聞こえてくるのだ。

 そのときは決まって、あの人物……女囚人のヴィクトリアが自分を見ていた。


「何を見ている! 中へ戻れ!」

「うふふ、またねぇ~♪」


 色気のある声が耳につく。

 ヴィクトリアは囚人であるため、みすぼらしい囚人服を着て、化粧もせず、髪もセットしていない。

 しかし、ひとたび手を加えれば、目を見張るほどに美しくなるだろう。

 何といっても、この牢獄で影響力を持つギデオンと付き合っていた女性なのだから。


「……はぁ」


 クリストフはため息をついた。そんな彼女が、自分に一体何の用なのか、と。

 まさか、俺に惚れたのか――と思ってしまったのは、彼の経験の無さからだ。

 頭をぶんぶんと振り、その考えを否定する。

 自分の理想は、もっと清廉潔白な、清らかな女性なのだ、と。


 ……いや、それを考えるのがそもそも違うのではないだろうか。

 自分は今、ヴィクトリアに心を乱されているのか……?

 自分の信仰心が揺らぐのを感じる。もっと信仰が深ければ、こんなことに惑わされないのではないか……。


 ――クリストフは、熱心なオルビス教の信徒であった。

 この国では、ほぼ全ての人々がオルビス教を信仰している。

 その中にあって、クリストフは信仰が全て……というほどに傾倒していた。


 勤務の合間の休み時間には欠かさず、持ち運び用の神像をテーブルに置いて祈りを捧げる。

 これがクリストフにとって、最も安らげる時間だった。休憩所には自分ひとり。その静かな空間で。

 ひとしきり無心で祈ったあと、充足感に満ちながら顔を上げると――


「お祈りは済みましたか? とても敬虔なんですね」

「え? 神職者様……?

 ……い、いや? もしかして、囚人の?」


 その顔には見覚えがあった。

 こんな牢獄とは縁の無さそうな、無害な少女。囚人服を着ているのに、どこか整えられた印象があった。

 そんな彼女が、今は囚人服ではなく、神職者の服を着ている。


「あたしはアストリア・S・ノクス。異端諮問局の人間です。

 ふふっ、お会いしたことはありますよね?」

「あ、あなたは囚人だったのでは……?

 いや、確かにローブも……本物ですし」


 オルビス教では、神職者の服の偽造、不正な流通は厳罰にあたる。

 そのため、この服装は一種の身分証のようになっているのだ。


「突然のことで、疑問な点もあるでしょう。

 もしご心配でしたら、教会にお問い合わせください。できれば、大聖堂の方が良いのですが」

「ああ、あああ……っ!?

 だ、大聖堂に所属の方なのですね……。こ、これは畏れ多い……ッ!」


 クリストフは深々と平伏した。

 様々な街にある教会は、オルビス教の単なる拠点である。

 それに引き換え、大聖堂は1つしかなく、まさにオルビス教の本拠地になるのだ。

 ……しかし、クリストフは当然ながら、気になった。


「そ、それで? 神職者様が、囚人に変装していた……ということでしょうか。

 何でそんな、危険な真似を?」

「詳しくは言えないのですが、ギデオンに関連して……です。

 緊急を要する案件なので、協力して頂けませんか?」

「分かりました。私は一体、何をすれば?」

「少し用事があるので、あたしを外に出して欲しいのです。……大事にはしたくないので、あなたの手で」


 クリストフは迷った。上長に指示を仰ぐことも出来ず、自分の手を汚さなくてはいけないのか……と。

 ……いや? 手を貸すと、手が汚れるのか? だって、相手は大聖堂の神職者様……。

 それに、名前に職位の『S』を含んでいる……ということは、教団の中でも特別の存在である証……。


 クリストフは悩んだ。

 本来なら喜んででも手を貸したいところだが、仕事としての責任を放棄することになる。

 それに、もしかしたら目の前の少女が嘘をついている可能性も――


「す、すいません……。あの、私には決めきれなくて……」

「わかります。あなたは、仕事に忠実な人間であるのですね」


 アリアはにっこりと微笑んだ。

 クリストフの理想とする清廉潔白な、清らかな女性――……とは違うが、この少女自身が、神聖な存在だとすら思えてしまう。


「――あたしには道を示すことしかできません。

 もし、あなたに悩みがあれば、振り払うお手伝いをいたしましょう」


 ……神職者の祝福で、よくある言葉だ。

 しかし今は、いつもより深いものを感じてしまう。


「で、でしたら……!

 最近、仕事中に……悪魔の囁きのようなものが聞こえるのです。これは、私の信仰心が足りないのでしょうか!?」


 その言葉に、アリアは少し微妙な表情を浮かべた。

 クリストフは、それが何を意味するのかは分からない。

 アリアは一息をついて、クリストフに近付いた。


「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 身長の低いアリアは、身長の高いクリストフの額に向けて右手を上げて……指を当てた。

 クリストフは、神聖な儀式を受けるかのように目を閉じる。


「――神の祝福はここに在り。

 望みと共に、その魂から発芽せよ――」


 クリストフは胸の奥に、澄んだ何かを感じた。

 見えはしないが、どこまでも純粋な何かが、自分の中に生まれたのだ。


「あなたが手に入れたギフト――才能は、『信仰の才能』ですね。

 より一層、オルビスの声に耳を傾けられることでしょう」

「……さ、才能を授けて頂いたのですか!? ……おお、何という。

 これこそが神の奇跡ッ! 真なる祝福ッ!! ああ――」


 クリストフは、アリアに跪き、両手を組み、彼女の顔を見ながら涙を零した。

 幼い頃からずっと信仰をしてきたものの、ここまで具体的な奇跡に触れるのは初めてのことだった。


 ……心を澄ませてみれば、今まで不安定に思えていたことが、複雑に思えていたものが、今の自分ならより良く解釈できそうな気がする。

 最近は謎の囁きで悩んでもいたが、そんなものは何ということもない。

 これからは今までよりも、信仰に心を強く傾けることができる……!

 クリストフは涙を拭ってから、改めてアリアのことを、救世主のように見上げた。


「……アストリア様の祝福は、一般の祝福とは比べものになりません。

 まさに神の御業。まさに神の使徒。私ことクリストフ、アストリア様のために全力で働かせて頂きます!」

「ありがとうございます。

 神も、あなたのことを見守り続けてくれることでしょう」


 ――その後、謎の囁きはクリストフに届かなくなった。

 いや、厳密には届いているのだが、より大きな存在を想うことで、彼の認識の外へ追いやることができたのだ。

 クリストフはより深い信仰心を、アリアは脱獄の手引きを手に入れた。

 一方、クリストフを篭絡して牢を開ける……というヴィクトリアの企みは、見事に失敗した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その日の夜、アリアは男性用の牢を訪れた。

 そろそろ全員慣れてきたところで、ギデオンとザイン以外は毛布に包まっている。

 ちなみに男性用の牢の看守は、いつも通り気絶させられている。


「――というわけで、脱獄の算段が付きました。早速、明日に行ってきますね」

「おお、本当に何とかなったのか。嬢ちゃん、すげえなァ。

 念のための確認だが、『異能の天球儀』と、そのパスワードを奪ってくるんだぞ?」

「あはは、さすがに忘れませんよぉ。

 ……ところで、ここに来るまでに何だか雰囲気がおかしかったんですけど」

「ああ。昨日な、俺のパスワードを狙って侵入してきたヤツがいたんだよ。

 そのせいじゃねぇかァ?」

「えー? デリックさんからの刺客ですか?」

「嬢ちゃんが来る前に、既に牢獄に侵入していたんだろうなァ。

 俺の前まで来やがったが、あっさりと返り討ちにしてやったぜェ? しかも今回は――」

「俺が倒したぞ! へへっ、親分を狙うたぁ、ふてぇ野郎だ!」


 アリアとギデオンが話している中、ザインが急に主張してきた。

 普段はお間抜けに見えても、裏の世界に出入りするだけはある。


「――というわけだ!

 はっはっはっ、こいつはもう、俺の右腕だな!」

「ありがとうございます!!」

「あなた、本当にもう子分なのね……」


 アリアが溜息をついていると、ザインはギデオンと離れて、アリアを手招きで呼んだ。

 その上で、ザインは小声で話し掛ける。


「――俺だって、別に子分なんてやりたくねぇよ!」

「あ、そうなの? ずいぶんとサマになってたよ?」

「取り入る一手だっつーの!」


 まぁ、情報屋には情報屋なりの処世術があるのだろう。

 とりあえず、アリアはそう思った。


「はぁ……。それで? 親分さんに取り入って、何か情報は聞けたの?」

「お、おう……。おう?」

「微妙な反応だねぇ」

「いや、俺も何とか、パスワードについて聞き出そうとしたんだよ」


 アリアにとっては、思い掛けない展開だ。

 最終的にはギデオンが持つパスワードも必要になるが、情報屋がひとりで動いてくれるなら楽ができる。


「え? やるじゃん!

 良い情報は聞けた?」

「ああ……。

 多分、聞きたくなさそうな話と、貴重そうな話を聞けたぞ!」

「はぁ。貴重な方から聞かせて?」

「ふふふっ。お前が俺を頼る日が来ようとは……!

 ここまで来たら一蓮托生だからな、教えてやるよ」

「はいはい。良い情報だったら褒めてあげるね」


 ザインは改まって、咳ばらいを1回した。

 そして自信たっぷりに言葉を続ける。


「ギデオンのパスワードには、『そのとき付き合っていたオンナの祝福を掛けた』と言っていた。

 まぁ、祝福のことならお前の方が詳しいだろう?」

「えぇ……。さすがに神職者の祝福とは、違うものだと思うよ?」


 そう言いながら、アリアはヴィクトリアのことを思い出した。

 彼女は入れ墨で、肌に詩文の一節を入れていたけど……あれのこと?

 イコールではないけど、何かしら関係があるのだろうか……。


「んー、それだけだとよく分からないね。

 それで、聞きたくなさそうな話、っていうのは?」


 アリアの言葉に、ザインは微妙な顔で返事をした。


「……本当に聞く?」

「ここまで言っておいて、聞かないって選択肢はないでしょう?」

「……それじゃ言うけど、聞いても……殴るなよ?」

「殴らないよっ!」

「それじゃ言うけど……。

 ギデオンは、おっぱいを揉むのが好きらしい」


 アリアはザインを殴った。

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