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理想の花(1/2)

 ある日、アリアが泊まっている宿屋に手紙が届いた。

 中身を見れば招待状のようで、アリアとの交流を持ちたい……という内容だった。


「……なるほど。こういうのも、悪くはないかな?」


 アリアはまんざらでもない笑みを浮かべて、返事を書くことにした。



 ――後日。

 招待された場所は、郊外にある大きな邸宅だった。

 庭は荒れていたが、元々は美しく整えられていた……そんな印象を受ける。


「初めまして、ノクス嬢。ようこそいらっしゃいました」

「お招き頂きまして、ありがとうございます。

 ……『ヴォルフガング様』、とお呼びすれば良いですか?」

「ははは。もっと気楽に、ヴォルフとお呼びください。私は貴族でもないのですから」

「それではお言葉に甘えまして、ヴォルフさん……と。

 あたしのことも、気楽にアリアと呼んでください」

「承知しました、アリアさん。まずはお茶など、いかがですか?」


 アリアはヴォルフの案内に従って、邸宅の中へ入っていった。


「……使用人はいないのですか?」

「ええ。以前はいたのですがね、数年前から徐々に数を減らしておりまして。

 ここ1年は、もう私ひとりですよ」

「へぇ……」


 広い邸宅で、ここに住んでいるのはヴォルフがひとり。

 何か理由があるのか、ただの変わり者なのか。


「ははは、不思議がるのも仕方がないですね。

 実は秘密の研究をしておりましてね。可能な限り、自分以外の人間を入れたくなかったのです」

「なるほど。誰かいるのと、誰もいないのとでは、随分と違いますからね」


 信用している人間だったとしても、信用している筋からの紹介だったとしても。

 結局のところ、裏切られるときは裏切られるのだ。

 だから、身の安全が確保できているのであれば、ひとりで暮らすというのも良い選択だろう。


「――ただ、建物が広いので。

 そろそろ手狭なところに引っ越そうと思うんですよ」

「おー、それは良いと思います。家の管理で、時間が取られちゃいますからね」


 実際、庭は荒れていた。

 邸宅の内部はそうでもないが、多少、掃除が行き届いていない感はある。

 そんなことを考えていると、ヴォルフが紅茶を淹れて、アリアに出してきた。


「さて。それでは本日、アリアさんをお呼びした理由ですが――

 ……実は、私の研究について相談をさせて頂こうと思いまして」

「ああ、手紙に書いてあったやつですね」

「はい。ご承知の通り、私の研究対象は……オルビス神の加護である、異能についてになります」


 異能という存在は、人智を越えたものとして、広く認識されている。

 しかし、これを持つ者もいれば、持たない者もいる。

 そのため、異能は『オルビス神から特に愛された証』とされていた。


「その研究は興味深いですね。でも、何であたしをご指名で?」

「ふふふ、ご謙遜を。アリアさんは、教団内でも優れた立場を築かれているではないですか。

 そんな方と神の加護について語らうのは……素晴らしいとは思いませんか?」


 アリアはその言葉を聞いて、まぁ確かに、とは思った。

 少し手元が落ち着かず、出してもらった紅茶に口をつける。

 ……毒や薬の類は、入ってはいなさそうだった。


「あたしから何か言えることは無いかもしれませんが、分かりました。

 それでは何なりと、何でもお聞きください」

「――いえいえ、まずはこれをご覧ください」

「え?」


 ヴォルフはアリアを制すると、ソファの後ろからバインダーの山を取り出した。

 そこにはかなりの量の紙が挟まれている。


「さぁさぁ、まずはこれです!

 私がまとめた、異能の一覧なんですよ!」

「ほぅ!?」


 アリアの目が輝いた。

 多くの異能を目にしてきた彼女ではあるが、体系的にまとめられた資料というのは、あまり見たことがない。

 もしかしたら、自分の知らないものが書かれているのでは――

 ……そう思ったが、期待を裏切るかのように、なかなか充実した内容が書かれていた。


「うーん、凄いですね!

 しかも細かいところまでまとめられていて……。

 これ、どうやって調べたんですか?」

「ふふふ、企業秘密です――と言いたいところですが、私はそれなりの情報網を持っておりましてね。

 本人へのヒアリングや、目撃情報からの調査などを行って調べたのです」

「なるほど、なるほど……」


 異能というのは、正しく使用できる人間であれば、特に制限の対象にならない。

 従って、ヴォルフが言ったような形で調査をすること自体は、何の問題も無いのだ。


 反面、誤って使用する人間の場合は――

 ……教団の異端諮問局に見解を求められ、問題があるとされた場合は処分が執行される。

 そのため、アリアが所属する異端諮問局には、基本的に『諮問官』と『執行官』という職位が存在しているのだ。


「――まぁ、この辺りは刺激が弱いでしょう。

 もう少し、刺激的なものをご覧になりますか?」

「ほうほう……!」


 アリアの目は、引き続き輝いた。

 大半は知っているものだったが、たまに変な異能も混ざっていた。

 これはどうやって使うのか……とか、自分だったらこう使うだろう……とか、そういった類の想像が実に楽しい。

 ……そもそも、アリアが誰かと異能の話をすること自体、かなり珍しいことだった。



 紅茶を何度かおかわりして、日もとっぷりと暮れた頃――

 ……ヴォルフは少し疲れているようだった。

 というのも、ほとんどはヴォルフが熱心に語っていたというのが理由だった。


「あ……、もう遅い時間ですね。

 あたし、そろそろ帰ろうかと思うのですが」

「そうですか? それは残念です……。

 ……本当に、残念で――」


 言葉の途中で突然、ヴォルフは大粒の涙を流してきた。


「え、えぇ!? ど、どうしたんですか!?」

「い、いえ……。とても、とても楽しい時間だったな……と。

 私はずっと孤独に研究を続けていたので、誰かに……然るべき人に、ずっと聞いてもらいたかったんです。

 しかし、実際に聞いてもらったら、次はいつ、こんな機会がやって来るのかと――」


 ……孤独というのはつらいものだ。

 例えまわりに人がいても、社会的な孤独というものがある。価値観的な孤独というものもある。

 教団に所属もしていないのに異能を研究する……などというのは、なかなか奇異の目で見られてしまうかもしれない。


「――私には、才能がありません。

 だから、地道に、愚直に、研究を続けるしかありません。

 しかしもう、私の心は……折れてしまうかも、しれない……」


 ふむ……、と、アリアはヴォルフを見た。目線は合わせてくれない。

 必死に、涙を拭う姿を見せている。


「才能があれば全ての悩みが解決する……というわけではありません。

 が、ヴォルフさんは、才能が欲しいですか?」

「……はい。私はもっと、異能について理解したい。触れていたい。

 もっといろいろなことが分かれば、アリアさんに……いえ、教団にも何かお伝えできるかもしれない――」


 ヴォルフとアリアの目が合った。

 彼の瞳は、アリアに強く訴えかけている。


「……ふぅ。あたしは、普通とは違う祝福を与えることができます。

 もしかしたら、それをきっかけに、何かしらの才能の芽が出るかもしれません。

 そういうことは、興味がありますか?」

「それは……そんな、ことが? もしそんなことがあれば、私は何と幸せでしょう……。

 もしかして、アリアさんは――」


 アリアは少し間を取って、自身の指を何度か眺めた。

 最終的に、軽く息をついて、ヴォルフの額を指で触れる。


「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 詠唱が始まると、ヴォルフは静かに目を閉じた。

 ようやくゴールにたどり着いたような……、そんな安らぎのようなものが伝わってくる。


「――神の祝福はここに在り。

 望みと共に、その魂から発芽せよ――」


 ヴォルフは額に一瞬の熱さを感じたあと、全身に稲妻のようなものが走るのを感じた。

 それは自身が外部に広がり、外部が自身に流れ込むような……不思議な感覚。


「あなたが手に入れたギフト――異能は、『無限魔力』――

 ……え? な、何で? 何で急に、そんなものが!?」


 アリアは驚愕した。知識としては持っていたが、これは教団としては容認できない異能だった。

 彼らの神が、異端とする存在のひとつ。

 全ての制約から解き放たれ、人智を超えた量の魔力を供給するという――


「――さらに? こ、これは――」

「魂の変質が止まらない……!? もしかして、『開花』まで進む……ッ!?」


 異能や才能を芽吹かせる『発芽』に対して、その先に存在する――『開花』。

 新しい芽が大きな樹木へ育つように、異能や才能も大きな成長を見せる。

 しかしそれには、膨大な量の経験や知識が必要なはず――


 ……いや、ヴォルフは既に、それをこなしていたのか。

 アリアは思い至った。今までは、芽吹く機会が無かっただけなのだ、と。


「ふふふ……っ。 はははっ! あーっはっはっはっ!!

 こ、これは……予想以上だ!! 狙い通りの異能と共に、その檻も破壊するとは――」

「……狙い通り?」


 ヴォルフの言葉に、アリアは反応した。


「ああ、そうだよ。

 貴様が異能を与えているのは、監視魔法で把握していたッ!!」

「監視魔法……。そんなものまで、使えたの!?」

「……ふふふ。貴様のことは、ずっと見ていたよ。

 その力、確証を得るために……幾度か、干渉させて頂いたがね」


 それを聞いて、アリアには思い当たることがあった。

 不自然な爆発事故や、通り魔による傷害行為など――


「……なるほど。計算ずくめだった、ってわけね」

「ああ、そうだよ。……私の本職は、魔法使いなのだ。

 だから貴様には、礼として――我が『無限魔力』による、最高の魔法で無に還してやろう」


 ヴォルフは胸元から1枚の紙を取り出した。

 その紙を勢いよく破ると、周囲の景色が歪んでいき――巨大なホールに変わっていった。

 遮るものが無い地平線。地面を埋め尽くす石畳。柱など無いのに、高く高く張られている天井。

 ……何とも、不思議な空間だった。


「最初から、ここで戦うことを想定していた……、ってわけね?」

「その通りだ。私の演技力も、なかなかのものだっただろう?」

「劇団をお探しなら、紹介しましょうか?」

「くくくっ、戯言を。

 ……さて。それではまずは、この魔法で――」


 ヴォルフはアリアに手をかざした。

 しかし一瞬後、ヴォルフは不思議そうに自身の手を眺める。


「……? ……いや、そうか。

 私が異能を持つように、貴様も異能を持っているのだな……?」


 ヴォルフはにやりと笑った。


「有能になった研究者さんに、あたしの異能が分かるかしら?」

「……これは、アレだな……。なかなかに珍しく、私も話でしか聞いたことはないが――

 貴様が持っているのは……数多の異能を、数多の攻撃を無力化する、『対象化拒否』の異能だろう?」

「へぇ? これを知っているんだ? さっきの資料には無かったのに」


 『対象化拒否』の異能を持つ人間は、攻撃や異能の対象として選べない。

 そのため、一見すれば無敵の異能にも見えてしまう。しかし――


「だが、それも無敵ではない。貴様を対象にしなければ良いだけ。

 例えば、貴様の後ろの柱を――……なッ!」


 ヴォルフは手の先に魔方陣を作り出し、そこから巨大な火球を生み出した。

 そしてそれを、アリアの――いや、アリアの後ろの柱に投げ付けた。

 火球の軌道上にいたアリアは、一瞬力を溜めてから、華麗に飛んでかわす。


「博識なのね。さすが、開花に進むだけはあるわ」

「私は全ての魔法、全ての異能の知識を、あらゆる手段で得てきた。

 その中で今、私は最強の『無限魔力』を手に入れたのだ……。貴様の異能なんぞ、敵ではないッ!! フハハハハーッ!!」

「……全ての、魔法? 全ての、異能?」


 アリアはヴォルフを真っすぐに見つめながら、言葉を続けた。


「――それなら。

 『簒奪(さんだつ)五指(ごし)』のことは、知ってる?」

「ほう? 貴様ら異端諮問局が探していた異能のことだろう? それがどうした!?」

「へぇ……。まさか、知っているんだ。極秘情報なのに、どこで聞いたのやら」

「ふふふ。私には有能な『草』がたくさんいるのでな。

 ……まぁ、これはこの街の、脇の甘い情報屋から聞いた話だが」


 脇の甘い情報屋――

 そう言われても、アリアの頭にはひとりしか浮かんでこない。

 同時に、『あいつかー!!』という言葉が、アリアの中で響き渡った。


「……それで? 知っているのは、それだけ?」

「ふん、既に存在しない異能なんぞに興味は無い。

 あれを持つ者は、異端諮問局によって殺されたのだからな」


 その言葉に、アリアは冷笑した。


「何だ、期待外れね……。随分と、浅い知識だこと」

「ふっ、……ならばどうする? この強大な力を手に入れた私を、止められるとでも言うのか!?」

「止めるよ。この力は、一線を越えている」

「――何だと?

 いや……な、何だ!? こ、この光は――……ッ」


 ヴォルフの視界は白に焼かれ、次の瞬間、闇が落ちた。

 どうにか目が慣れてくると……そこに立っていたのは、先ほどまでとは明らかに雰囲気の違う少女だった。

 黒いローブに黒い帽子、黒い靴。金色と赤色の刺繡や装飾が沈むように施されたデザイン――



「――異端諮問局、特務裁定官。

 アストリア・S・ノクスの名において、私がお前に終わりを告げる」



 ……明らかな特別感。明らかな異質感。

 全てを敵にまわすような、全てを味方に付けるような。

 たかがひとつ、異能を開花したにすぎない自分とは、比べるべくもない――


「……くかかっ、私を異端と認めるか!

 それでは、諮問を飛ばした執行を――貴様の裁定とやらを、やってみてはどうかね!?」


 ヴォルフは見下すように、軽蔑するように、黒の少女に言い放った。

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