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この二次元住める世界じゃなかった

プロローグ

俺は、山田太郎。

世にも珍しい、顔も人生もドブ川に落としたような、正真正銘の**”無能”**だ。

俺の人生は、何一つ上手くいかなかった。

小学生の頃、皆が楽しそうに鬼ごっこをする中、俺はただ一人、校庭の隅で砂ぼこりを眺めていた。声をかけても、誰も俺の存在に気づかない。まるで、俺だけが透明人間になったかのようだった。

高校受験では、必死に勉強したのに、試験当日に熱を出して実力を発揮できず、滑り止めにも落ちた。友人たちは皆、希望の進路へ進んでいく中、俺は浪人生という烙印を押され、家族の期待を裏切った。

そして、ようやく入った大学でも、俺は誰とも馴染めなかった。サークルに誘われても、会話が続かず、居心地が悪くて逃げ出した。気づけば、俺の周りだけ、いつも誰もいなかった。

就職活動は、地獄だった。

面接官は、俺の冴えない顔と、自信のない話し方を見て、あからさまに嫌な顔をした。「うちの会社は、コミュニケーション能力を重視しています」その言葉が、俺の心に深く突き刺さった。何度挑戦しても、結果は同じ。俺は、社会から必要とされていない「無能なゴミ」だった。

俺は、次第に現実から逃避するようになった。

家族の罵倒から逃げ、社会の冷たい視線から逃げ、そして、現実の自分自身から逃げた。

俺の部屋は、一歩足を踏み入れるだけで、カビ臭い匂いと、何日も洗濯していない服の酸っぱい匂いが混じり合い、呼吸をするのも苦しかった。鏡に映る自分の顔は、見るたびに吐き気がした。俺は、自分が嫌いで、自分自身を呪った。

俺の人生のすべては、パソコンのモニターの中にあった。

そこには、俺が愛してやまない、最高にクールで美しくて、誰よりも強いエルフの美少女、リリスが笑い、戦っている理想の世界があった。彼女は、俺の唯一の希望だった。この世界なら、俺は変われる。この世界なら、リリスに会える。

そして、ある日、本当にその世界へと転生する。

やった、ついに俺の人生が始まるんだ!

そう叫んだ俺は、まだ知らなかった。

この世界は、俺にとって、現実よりも恐ろしい地獄であることを。

第一章:夢の終わり

目が覚めると、俺は森の中にいた。

太陽の光が、木漏れ日となって地面に降り注ぐ。鳥のさえずりが聞こえる。深呼吸をすると、土と草の匂いが肺を満たした。現実の俺の部屋とは比べ物にならない、清々しい空気だった。

「…夢じゃないんだ」

俺は震える手で自分の体を触った。汚い部屋着は、見慣れない冒険者らしい衣装に変わっていた。風呂に何日も入っていなかった俺の体からは、不快な匂いがしない。顔に触れると、脂ぎっていた肌は滑らかで、鏡などなくても分かる。俺は、変わったんだ。

「すごい…!」

思わず声を上げると、目の前にゲームのキャラクターのように可愛らしい女の先生が立っていた。彼女の白い肌、つややかな金髪。夢にまで見た二次元の世界が、今、目の前に広がっていた。

「さあ皆さん! 冒険者になるためには、仲間との連携が不可欠です! パーティを組んで、ダンジョンに挑みましょうね!」

先生の声が、森の奥まで響く。俺の周りには、勇者志望のイケメンや、魔法使いの美少女、獣人の戦士など、ゲームで見たことのあるキャラクターたちがいた。彼らは皆、笑顔で互いに声をかけ合い、すぐにパーティを組んでいく。

俺の心が、高鳴る。

この世界では、俺も誰かと話せる。誰かと一緒に冒険できる。

「ねえ、あなたも早くパーティを組まないと、このままだと落第よ?」

優しい声に振り向くと、先生が俺に微笑みかけていた。彼女の笑顔は、まるで俺を歓迎してくれているようだ。だが、その言葉は、俺の胸に重くのしかかった。

ああ、そうだった。俺は、人と話すことができない。現実世界でも、学校ではずっとぼっちだった。声をかける勇気もなく、ただ一人、教室の隅で震えていた。この世界でも、俺は何も変わっていなかった。

その日以来、俺は孤立した。

勇者志望のイケメンも、魔法使いの美少女も、みんな楽しそうに仲間とダンジョンに挑んでいく。俺は声をかけることすらできず、ただ一人、教室の隅で震えていた。

それでも、強くなるしかない。リリスに会うために。

俺は魔法の修行に挑んだ。初級魔法の呪文はたった一言、「ファイア」。だが、俺の口から出たのは、微かに熱い息だけだった。

「馬鹿にするな! そんな吐息で火がつくか!」

魔法の先生は俺を罵倒した。俺は、魔法の才能すら無かった。

次に剣術に挑んだ。剣を握ると、手が滑って地面に落とした。剣の重さに耐えられず、腕が震える。

「スポーツもできないのか、この役立たず!」

道場の師範は俺に唾を吐きかけた。俺は、戦う才能すら無かった。

現実世界で俺の匂いを嗅いだペットに逃げられたのと同じように、魔物にも「うわ、くさっ!」とでも言われているのか、全く懐いてくれない。俺は魔物使いにもなれなかった。

俺は気づいた。この世界は、ただの「ゲーム」ではなく、「現実」なのだと。そして、俺の人生は、この世界でも、何も変わらないのだと。

第二章:最後の悪夢

俺は、全てを失った。

強くなる才能も、仲間も、愛する資格も。何もかもが、この世界で俺から遠ざかっていった。生きる意味を失い、それでも、俺にはただ一つの希望があった。

リリス。

彼女は、俺の人生そのものだった。彼女の笑い声、戦う姿、モニター越しに見ていたその全てが、俺の生きる糧だった。この地獄のような世界で、ただ彼女に会うことだけが、俺を支えていた。

そして、ようやく憧れのリリスに出会えた。

彼女は、ゲームで見た通りの美しさだった。銀色の髪が風になびき、ルビーのような瞳が輝いている。俺は、震える手で彼女に近付いた。この世界で、初めて心から誰かに触れたいと思った。

だが、俺の汚い顔と体を見たリリスは、冷たい言葉と視線で、俺の心を突き刺した。

「触らないで、キモい」

俺の希望は、音を立てて崩れ去った。それでも、俺は諦められなかった。俺の人生を救ってくれた彼女に、せめて、せめてキスだけでも。

俺は最後の力を振り絞り、リリスに手を伸ばした。

だが、俺の腕がリリスに届くことはなかった。

「その汚い手で、リリスに触るな」

俺の目の前に現れたのは、あのゲームの主人公、俺の分身であるはずの最強の勇者だった。彼は、俺の顔を見るなり、あからさまに嫌な顔をした。

「お前のような劣等種は、この世界の汚点だ。消えろ」

勇者は容赦なく、俺を地面に叩きつけた。腐りかけのゴミと、汚い水たまりの中に。

俺には、どこにも居場所がなかった。現実でも、二次元でも。

生きる意味を失った俺は、誰にも知られず、ひっそりと二次元の世界で命を絶った。

目を開けると、そこは光も色もない、無機質な世界。

ああ、そうだった。

俺は、現実世界でも、とっくに死んでいたんだ。

これは、俺の人生の続きじゃなかった。

ただ一つの点として、永遠に存在し続ける俺の、最後の悪夢だった。

そして、俺の目の前に、リリスが立っていた。

彼女は、俺の顔を見るなり、嫌悪感に顔を歪ませた。

「また、あなたなの…?」

彼女の声は、まるで俺という存在そのものを否定しているようだった。

「…何度やり直しても、あなたと私の居る世界は、決して交わらない。あなたは、私の汚点なのよ」

彼女は、俺に背を向け、ゆっくりと歩き去っていく。俺は、彼女の背中を追いかけた。だが、俺の足は、一歩も前に進まなかった。

「…嫌だ!行かないで、リリス…!」

俺は、必死に叫んだ。しかし、俺の声は、彼女には届かない。

「…もう、会えないのね…」

彼女の声が、静かに聞こえた。

俺は、絶望の淵に立っていた。永遠に、リリスに会うことも、彼女に触れることもできない。永遠に、俺は一人だ。

これは、俺の人生の続きじゃなかった。

ただ一つの点として、永遠に存在し続ける俺の、最後の悪夢だった。


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