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❅始まりの唄❅

どこまでも透き通り、果てしなく続く、生きとし生けるものの源である海。

この始まりは女神テティスが(いにしえ)に流した一粒の涙だと言われている。

数ある海域のうち、人魚が住まうこの海域はエピカリスメロディと呼ばれ、人が住まう大地とは遥か遠い。


今、ここにはかつてとは異なり人魚たちだけの文明が発達している。 

これより半世紀ほど前には人と人魚は共に海上都市を創り上げるほどの文明が栄えていた。

しかし、ときに時間というものはあらゆるものを狂わす。

始まりは些細なことだったが、確かに人間と人魚の心は次第に離れていったのだ。

だが、完全に決裂をし、大陸から人魚の姿が消えたのは今からたった十八年前だ。

―きっかけはひとりの人間とひとりの人魚。


月の光が闇をよく照らし、星たちが瞬きを繰り返す夜。  

美しい人魚の少女が自慢の歌声を響かせ、これまた麗しい青年のために浜で唄を紡いでいた。

月の女神と見紛うように可憐で、金碧珠(きんぺきしゅ)の瞳と蜂蜜色の髪を持つ、透きとおるかのように洗練された容姿の人魚。

彼女は海の女王ウンディーネの娘で正真正銘の人魚姫である。

その人魚の目の先にいる、闇よりも研ぎ澄まされた黒髪に太陽のように眩しい金色の瞳をした少年。

彼は人魚の交流国として名高いフィーリア帝国の皇子であった。

ふたりは―恋人だった。

 

気づかぬところで糸はほつれる、それは当然のことだ。

何故ならば、遠い遠い空の向こうで、遠い遠い時空の果てで運命の糸車はカタカタカタと音を立てていつも回っているのだから。


彼女のその魅惑的な歌声は夜の澄み切った空気を震わし、ついには街の人々をも魅了した。

彼女自身も知らぬ間に。

人魚の歌声は聞く者の真実をうつす、それが清き心であろうと醜き心であろうと。そのため、至福の心地よさを得られるのだと言う。


人は、気づいてしまったのだ。

人魚の真価に。それは人魚の知恵や技術にあるのではなく、人魚自身にあるということに。

やがて、人は美しい歌声を響かせる人魚を捕まえ始めるようになり、人魚は裏で高値で取引されるようになった。

これに対して声を上げる者もいたが、その数は徐々に増えていった。

人魚は自分たちを捕獲しようとする船を沈没させるしか手がなく、たくさんの人を海の中に沈めた。


多くの人間と人魚の犠牲をだしたこの出来事から次第に両者の関係のヒビは大きなものとなり、それは、消えない傷となったのだった。

一回捻じ曲げられてしまったものは簡単には戻せない、遂には争いにまで勃発しそうになったそのとき、

―人魚は大陸付近の海から忽然と姿を消した。

人魚は逃げることを選んだのだ。

これは、人魚姫の意思であった。 

もちろん人間に復讐しようと申し立てを起こす人魚は少なからずいた。

しかし、皆は姫を。いや、このとき新たに母なる海の女王となった彼女の選択を受け入れたのだ。

新たな海の女王は大好きだった人という存在に刃を向けようなどとは思わずにひっそりと姿を消すことを望んだのだ。

そうして、帝国の皇子アルベルト・リンデ・フィーリアと人魚姫ミスリナ・ヒュドール・セイーレは運命を違えることとなり、物語は悲恋に終わったのであった。

 

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