表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/27

23話 練習の成果②

 澪が藤村にお茶を出してから、さらに一週間が経った。



 午前五時半。


 いつも通り布団から身を起こした澪の表情は暗かった。

 実家の朝を思い出したからではない。澪はもう、寝起きに焦ることはほとんどなくなっていた。

 

 「今日は……律様にお茶出し……」


 この一週間、桜井との猛特訓でお茶を淹れるまでの待ち時間をかなり改善できた。

 しかしそれでも時々気が焦ってしまい、味に苦味が出てしまうことがあった。


 ――もし律様にお出しする時に焦って苦いお茶を出しちゃったらどうしよう!?


 澪は思わず両手で頭を抱えた。不安と緊張で体温が下がってきる。

藤村の時はやんわり伝えてくれたが、桂木律の場合はそうはいかないだろう。


 ――仮に失敗しても同行はさせてもらえるみたいだけど……。

それでも失敗したくない!


 実家で使用人としてこき使われてきた自分に目をかけ、拾ってくれた桂木律の前ではそんな失態は見せたくなかった。

 澪はゆっくり両手を下ろすと顔を上げる。


 「でも、ここで悩んでても仕方がない……。

時間は止まらないんだから……」 

 

 澪は大きなため息を吐いて身支度を整えると台所に向かった。




 「おはようございます」

 

 少し暗い声で澪が挨拶をすると、すでに準備を始めている榎田が振り向く。


 「おはよう、柏木さん。

ずいぶん暗いけど悪い夢でも見たのかい?」


 「え? あっ! すみません!

今日のことを考えてしまっていて……」


 「今日? まぁ、何か心配なら朝が一段落してから聞こうか」


 「あ、ありがとうございます」 


 「一段落してからだよ。

 ほら、準備に入りな」


 「はいっ!」


 澪は反射で返事をすると作業に取り掛かる。

午前六時までには出勤予定の全員が台所二に集まっていた。




 午前九時半、榎田は言った通りに澪の話を聞きに来てくれた。

台所の隅に設置してある三畳ほどの座敷で話し込む。


 「柏木さん、さっき言ってたことって何だい?」


 「今日は……その……律様にお茶をお出しする日なので。不安で……」


 「ああ……。それで失敗したらどうしようって暗い顔になってたわけか」


 「わ、わかります?」


 「わかるさ。不安や緊張に駆られない方が無理な話だよ。

もうそんなに日が経ったのか。早いねぇ」


 懐かしむように言う榎田に澪は少しだけ落ち着いた。 

すると話を聞きつけた藤咲と桜井が集まってくる。


 「え、柏木さん今日なの!? 頑張ってね!」


 「気負わずにいつも通りやれば大丈夫です。

ここ数日のお茶はとても飲みやすかったですから」


 「藤咲さん、桜井さん……。ありがとうございます。 

頑張ってきますね」


 「柏木さんなら大丈夫だよ! 私みたいな失敗はしないと思うから!」


 「え、藤咲さん? まさか律様にお出しした時に失敗したのかい?」


 眉をひそめて怪訝そうに言う榎田に藤咲は明るく頷いた。


 「はい! 律様のお着物に少し零してしまいました!」


 まるで笑い話のように言い切った藤咲に、場の空気が凍った。

しばらくの沈黙のあと、榎田が瞬きを繰り返しながら口を開く。


 「いや、言い切るのは凄いけど……」

 

 「自信満々なのはどうかと思います……」


 「今はこうですけど、私も当時は生きた心地がしませんでした!

「あ、解雇だ」って思いましたもの!」


 ――失敗を明るく話せる藤咲さんって凄いな……。

もしかして私を元気づけるために?


 そう思うと澪の緊張が少しほぐれた。


 「なんだか安心してきました。

このままいけば大丈夫そうです」


 微笑んで言った澪に榎田達もつられて口元を緩める。


 「ああ、そのまま行ってきな! 柏木さんならやれるよ。

なんたって、普段から隣で仕事ぶりを見ているんだからね」


 「私も自信を持って保証します。

練習通りやれば大丈夫ですからね」  


 桜井達に鼓舞されて澪の心が温かくなる。

 その時、まるで見計らったように藤村が澪を呼びに来た。





 澪は藤村に連れられて書斎の前まで来る。

 藤村は振り返ると、普段通りのはっきりとした声で告げた。


 「さて、いよいよですな。

律様にはお伝えしてありますので、後は変に緊張なされませんよう。

終わったら元の業務に従事してください」


 「は、はい……」


 せっかく和らいだ緊張も、書斎前廊下というシンとした空気と藤村の声で再び澪の心を埋めてしまう。

 

 「では、良き結果を期待しておりますぞ」


 藤村は深く一礼して去ってゆく。

彼の後ろ姿を見送りながら、澪は気持ちが落ち着かなかった


 ――いっ、行ってしまわれた。

もう入室してもいいのよね?


 そこまで思って、澪は自分の手が震えていることに気づいた。

それを落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をする。


 そして澪は書斎のドアを三回ノックすると声をかけた。


 「か、柏木でございます……」


 「入れ」


 「失礼いたします……」


 すぐに凛とした返事があって、澪は体を縮こませながら入室した。

 入ってすぐの広いテーブルには書類が山のように積み上げられており、

その中央に桂木律が椅子に腰掛けていた。

 桂木律は澪をチラリと見ると、自分の真正面――澪から見て左側をまっすぐ指差した。

そこには正方形の小さめのテーブルに急須等のお茶出しセットが用意されていた。


 「話は聞いている。茶出しだろう?

そこに準備ができているから、始めてくれ」


 「え? い、今からですか?」


 「ああ。お前の用事はそれだろう?

俺は此処で見ているからな。茶を淹れた後、()()()()()()()()()()()()()()?」


 ――律様の所まで!?


 予想外の言葉に、澪は小さく口を開けたまま固まった。

 金蘭亭でも桂木律やお客様に出すことがあるので、一通りの流れを桜井から教わってはいたが、ここ数日はお茶を戻す待ち時間の練習ばかりしていたため、全くの盲点だった。


 ――お、落ち着いてやれば大丈夫大丈夫……


 澪は練習通りに、加えて普段より待ってからお茶を淹れ、お盆の上に茶杯と湯呑を乗せて立ち上がった。

 それから桂木律の周囲を観察する。


 ――本当は相手の後ろから置くのが正しいけど、書類の山を倒すわけにはいかない。

 教わった通りに前から置こう


 澪は心の中で何度も復唱しながら桂木律の正面に立った。

彼の品定めするような刺す視線が向けられるが、澪はなるべく気にしないようにした。


 「前から失礼いたします……」


 桂木律から見て右側に茶杯を置くと、一礼して彼の斜向かいに待機する。

そして不安を顔に浮かべて彼の様子をうかがった。

 

 桂木律は無言で湯呑を手にすると、一口すすった。

それから静かに茶杯に置き、目を閉じて腕を組む。 

 

 ――もしかして苦かった? いつもよりは待ったつもりだったんだけど…… 


 室内のピンとした張り詰めた空気が澪の不安を加速させる。

 桂木律は大きく息を吐くと、目を開けた。


 「……良い茶だ。温度、味共に良好。とても飲みやすい」


 澪は失礼だと思いながらも、桂木律の言葉が信じられなかった。


 ――誇張して仰っている?

いや、でもここで嘘をつく意味なんて……。

それに律様ならはっきり仰るはずだわ。

 なら、お礼を言わないと!


 「あ、ありがとうございますっ!」


 「何故お礼を言う? 俺は正しく評価しただけだ」


 「そ、それでも律様に良い評価を頂けたのが嬉しくて……」


 照れなのか別の感情なのか、澪は顔を赤くして遠慮がちに言う。 

 そんな彼女を見て桂木律は今日初めて頬を緩めた。


 「では、また七日後だ。期待している」


 「は、はい! 

 失礼いたします!」


 澪は早口で言うとすぐに退室しようとした。

 が、


 「待て、柏木澪」


 いきなり呼び止められて、澪は緊張した面持ちで振り返った。 

 桂木律が表情を崩さないまま自分を見つめている。


 「な、何か不手際がありましたか?」


 「そうではない。

 その……最近は順調か?」


 「え?」


 ――私の体調を案じてくださっている?


 「以前、無理をさせてしまったからな。

あのようなことは二度と起こしたくない……」


 「あっ、あれは! 私の管理が足りなかったからで!」


 澪は慌てて弁解した。

同時に桜井が危険を冒しながらも食事を運んでくれたことや、

桂木律がわざわざ部屋を訪ねてくれたことを思い出し、再び顔が赤くなる。


 「そうだとしてもだ。

俺を含め、お前が無理をしていることに誰も気づけなかった……。

少しでも普段と調子が違ったら、迷わず休んでほしい」


 「し、承知いたしました……」


 しっかりとした口調で告げる彼に、澪は口を閉ざした。


 「呼び止めてすまなかった。

従事に戻って良いぞ」


 「はい。

失礼いたします」


 澪は今度こそ、書斎を退室した。

 しかし、何とも言えない感情を心に抱えていた。

次回は3月14日更新予定です。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ